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夏目漱石の『坊っちゃん』は、中学生くらいの時期に一度通して読んでいると思っていた…。今回取り上げているのは、ごく最近購入した新潮文庫版だけれど、『坊っちゃん』そのものは、新学社文庫版や講談社から出ている少年少女日本文学館版などで、二十年以上前から手元にあったからだ。実際、登場人物も、教頭の赤シャツとか、なよなよした画学教師の野だいことか、そこそこ覚えているのも手伝って読んだ気になっていたようだ。
しかし、今回あらためて読み進めてみると、坊っちゃん・赤シャツ・野だいこが釣りに行って、とある島を例の赤シャツが「ターナーの画のようだ」とか何とか言う辺りを過ぎた頃から、どうも私はその後の『坊っちゃん』の展開がどうなったという記憶がないのである。本当に一回でも読んでいれば、読み返してみた時に(あぁ〜、そうそう、こんな感じだったわ〜)という感覚を味わえるはずだと思うのだが、「ターナー島」以降それが全くない。ということは、私は坊っちゃんら三者の釣りの場面までは目を通したものの、それより先の話を実は読んでいなかったということなのだろう。つい先日の記事で、「『坊っちゃん』を久しぶりに再読中〜」みたようなことを書いたくせに恥ずかしい……。これは「再読」なんかではない。殆ど「初読」である。
当時、中学生だった私は、世代を超えて読み継がれ、愛されている天下の名作を、そして愛媛県は松山市の観光事業に大いに貢献しているところの文学的資源を(つまらん小説)と評価したもののように思われる。その時、面白いと感じていれば、きちんと最後まで読んだはずなのだ。とんだ大馬鹿野郎のコンコンチキが私という人間なわけだが、そんな私も二十数年を経てちょっぴり大人になったのであろう、今回は『坊っちゃん』という作品を非常に、大変、誠に、この上なく面白く読めた。
まず、夏目漱石が坊っちゃんに語らせているところの、松山の印象が興味深いのだ。昔「ターナー島」の辺りまで読んだ時には、私の感受性が鈍かったのか、良く言って大らかだったのか判らないが、坊っちゃんは数学教師として赴任した当初、松山の土地や地元民のことを、かなり手厳しく突き放しているのである。
「…県庁も見た。古い前世紀の建築である。兵営も見た。麻布の聯隊(れんたい)より立派でない。大通りも見た。神楽坂を半分に狭くした位な道幅で町並はあれより落ちる。二十五万石の城下だって高の知れたものだ。こんな所に住んで御城下だなどと威張ってる人間は可哀想なものだ…」
「…然しこんな田舎者に弱身を見せると癖になると思ったから、なるべく大きな声をして、少々巻き舌で講釈してやった…。…一番強そうな奴が、いきなり起立して先生と云う。そら来たと思いながら、何だと聞いたら、「あまり早くて分からんけれ、もちっと、ゆるゆる遣(や)って、おくれんかな、もし」と云った。おくれんかな、もしは生温(なまぬる)い言葉だ…」
「…冗談も度を過ごせばいたずらだ。焼餅の黒焦(くろこげ)の様なもので誰も賞(ほ)め手はない。田舎者はこの呼吸が分からないからどこまで押して行っても構わないと云う了見だろう。一時間あるくと見物する町もない様な狭い都に住んで、外に何にも芸がないから、天麩羅事件を日露戦争の様に触れちらかすんだろう。憐れな奴等だ…」
と、こんな調子である。思うのだが、松山市の皆さんは、『坊っちゃん』において書かれている自分たちのふるさとの印象をどう感じているのだろう。漱石が実際に愛媛県尋常中学校の教師として赴任し、なお且つ、この作品が書かれた明治時代の松山と現代の松山では比べるべくもないのだが、思いのほか、ケチョンケチョンに書かれているので、本当のところ、『坊っちゃん』を読む松山市の人々は、心中複雑なのではなかろうかと推察するのである。
坊っちゃんは決して、松山の地を好きで好きで仕様がないとは語っていない。むしろ、松山からいつでも去る決心をちょくちょく固めているようにさえ見える。坊っちゃんは小説の中の登場人物に過ぎないのではあるし、彼の考えることと漱石の考えることが常にイコールというわけではないが、松山での勤務経験を持つ夏目漱石が、作品内で様々な描写を行うにあたっては、自分自身の経験をもとにするのは当然ということを考慮すると、作者・夏目漱石の内部に、任地・松山という土地に対するフラストレーションが少なからずくすぶっていたのではないかと勘繰ってしまうのである。一度、松山に住んでいる人たちに『坊っちゃん』を本当に最後まで読んだことがあるか、そして、その『坊っちゃん』を読んで内心どう思ったか訊ねてみたい心地がする。
それから、意外にマドンナの存在がそんなに大きくないことに驚く。私が住んでいる山口県東部からは、「防予(ぼうよ)汽船」という松山直航フェリーが就航しており、かの地へは旅行しやすいはずなのだが、残念なことに私はまだ松山を訪れたことがない(しかしながら「防予汽船」のCMソング「み〜な〜み、瀬戸ぉ〜内ぃ〜海ぃぃ〜〜♪、光る風〜、走る波〜〜♪…」という、おそらく中国・四国地方でおなじみの歌はいまだに歌える)。そこで、テレビの旅番組や美味いもの番組からイメージを得ることになるのだが、観光地・松山というと、坊っちゃんとマドンナのキャラクター商品や、そのキャラクターが包装紙に印刷されたお土産品(なかでも坊っちゃん団子)などが浮かんでくる。坊っちゃんやマドンナが顔を見せるカラクリ時計もあったような気がする。とにかく、校長の狸や教頭の赤シャツ、うらなり君こと古賀先生、坊っちゃんと同じ数学教師の山嵐らは付け足しで、坊っちゃんとマドンナという組み合わせが街中に溢れているようなイメージがあるのだ。『坊っちゃん』を一度も読んだことのない人なら、坊っちゃんとマドンナは付き合っている、と勘違いするのではないか。
しかし、作中ではマドンナはチラッとしか登場しないのである。「何だか水晶の珠を香水で暖ためて、掌へ握ってみた様な心持ち」がするハイカラ美人であることと、うらなり君(古賀先生)の婚約者であるにもかかわらず、教頭の赤シャツからもモーションをかけられている罪な女であることは分かるが、うらなり君や赤シャツに対する、彼女のはっきりとした感情は特に見えてこないのだ。どちらかといえば、そのマドンナを、計略を用いてうらなり君から掠め取ろうとする赤シャツや、彼の腰ぎんちゃくである野だいこへの反発から、典型的な直情径行型の男である坊っちゃんが山嵐(堀田先生)とタッグを組んで懲らしめるという展開の方に重きが置かれているため、マドンナにそれ以上の役割はないのである。この、実際の作品におけるマドンナの存在感の無さと、観光地・松山との間に結構大きなギャップがあるような気もして、これも面白いなと思ったのである。
そして、坊っちゃんの幼少期から仕えている下女の清(きよ)のこと。
坊っちゃんは東京に残してきた清のことをなにかと案じている。清が望んでいる詳しい近況報告になるように、苦手な手紙書きを試みてみたり、ふいに清に逢いたくなったり、清の言行を思い出してみたり。あたかも、新社会人が始めて一人暮らしをするにあたって、母親のこれまでの苦労や自分にかけてくれた愛情について、ついつい考えてしまうようにだ。清は清で、坊っちゃんの家の奉公人なのに、主である坊っちゃんに、かえって小遣いや菓子を与えてひどく可愛がっているのである。昔の、主家の人間と奉公人の関係は、どこでもこんな感じだったのだろうかと思う。奉公人である年老いた清は坊っちゃんを子供の頃から猫かわいがりし、主である坊っちゃんは、松山を去って東京へ帰った後、また清を引き取って一緒に暮らし、一生の面倒を見る。主従関係というと封建的で身分制度がかもし出す抗いがたい束縛のようなものを感じがちだが、存外にこの坊っちゃんと清の関係のように親子に近い感情で構築されているのものも多かったのではないかと気付くのだ。現代の雇用・被雇用関係ではなかなか見られない光景ではある。 だから私は、松山にいた時の坊っちゃんの自由奔放な言動や、彼が巻き込まれた事件、滑稽味を帯びた感性も好きなのだけれど、最も好きなくだりはここである。
「おれが東京へ着いて下宿へも行かず、革鞄(かばん)を提げたまま、清や帰ったよと飛び込んだら、あら坊っちゃん、よくまあ、早く帰って来て下さったと涙をぽたぽたと落した。おれも余り嬉しかったから、もう田舎へは行かない、東京で清とうちを持つんだと云った」
清は、もとは由緒ある家の人間であったようだが零落して奉公人になった。十分な学校教育を受けていないと見えて、坊っちゃんの赴任する松山が、どっちの方角にあるかも分かっていない。とりとめのない話もするし、想像力ばかりが豊か過ぎて、坊っちゃんはいずれ、麹町辺りへ屋敷を構えて役人になると勝手に決め込んでしまってもいる。坊っちゃんからすれば、学のない下女の域を出ないはずの清だが、それでも坊っちゃんは、そんな清のことが好きなのである。学校で教わるような学問が出来ないこと、下女という身分であることといった社会的属性は、清という老女の本性(ほんせい)や人間としての徳、愛情の豊かさとは全く関係がない。坊っちゃんもそのことを理解しているから、清のことが誰よりも好きなのである。彼女がこの世を去るまで面倒を見たいのである。上に挙げた文章は、坊っちゃんの清に対する恩愛と責任とがにじみ出ている、私のどこよりも好きな文章となっている。
おそらく坊っちゃんは、清の中に万人に勝る美点を見出し、それゆえに清のことが好きであったのと同じように、松山という土地も本当は好きだったのではあるまいかとも考える。でなければ、俗な赤シャツと野だいこをとっちめるのに、山嵐と共同戦線を張るということもなかっただろう。山嵐こと堀田先生は会津出身なのだが、ちょっぴり強情で、しかし正義感の強い堀田先生が坊っちゃんと同じ職場にいるということ、そして「ほかの所は何を見ても東京の足元にも及ばないが温泉だけは立派なものだ」と坊っちゃんに言わしめるその土地の特色こそが、坊っちゃんにとっては松山の何にも勝る美点だったのである。その美点によって、彼はなんだかんだ言っても松山に愛着を感じていたろうし、そしてまた夏目漱石自身もそうだったのではあるまいかと、ふと私は感じたのである。
平成二十二年五月十日 再読了のはずだったが読了ということで。
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私にはほんのちょっぴり仙人願望というものがある。喜怒哀楽を超絶し、およそ書物と酒樽しかない小さな庵に住み、梅花の香りの頃には逍遥遊として春の気に交わり、冴え冴えとした月の頃には月兎と戯れる。不老不死までは望んでいないが、できれば不老長生を得て、たまーに人間界の出来事にちょっかいを出したりしながら「ふぉふぉふぉっ」と笑う。そんな仙人になりたい気持が心のどこかにあるのだ。 |
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