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母のお供でバスツアー

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母のお供でバスツアー

バスツアー参加が趣味の母。その母のお供で訪れた旅先の思い出を綴るコーナー。時折、バスツアー以外のお出かけなども載っています。
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結婚式!

結婚式といったって、残念ながら私が結婚するのではない。従弟にあたる二十六歳の男の子がこのほど目出度く結婚したのである(しかも再婚)。 というわけで、十月二十四日(土)に山口県光市にある結婚式会場「シエロ ディマーレ」に行って来た。なんと云いますか、幸せな二人をはたからニヤニヤと眺めるのは楽しいもんですなぁ!

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 「シエロ ディマーレ」は瀬戸内海に面したレストラン&結婚式会場で、オーシャンビューポイントが非常に多い印象。式も瀬戸内海が見える屋外チャペル前で行われた。この日は心持ち薄曇りだったので、日焼けをさほど気にすることもなく、また着物を着ている私や親族達も暑くてかなわんということもなく、ちょうど良い気候であった。

 チャペル前ではあったが形式としては人前結婚式。なんだろう、二回目の結婚ということで、神様には誓いづらいということなのか? いやいや、別にクリスチャンじゃないんだから人前式で十分だ。式次第自体もシンプルで、結婚宣誓書にサインをし、指輪交換をして、指輪のはめられた左手を芸能人の結婚記者会見みたいに、我々の前に明示。それを我々が拍手という形で承認して、それで終了。あんた達が結婚して幸せなら、あたしゃそれでいいよ、という気持ちで私も承認したわけである。

 こういう結婚式に出席していつも困るのは、花嫁さんのブーケトスの時に母や周囲の親族から、「ブーケを取れ!ブーケを取れ!」とせっつかれて、前へ前へと押し出されることである。そんなに三十三歳で未婚って、焦らなきゃいけないことかい? それも、親達も私に対して真剣に助言しているわけではないのである。どこかニヤニヤと、面白がっていることが丸分かりの表情で「ブーケを取って来い」とけしかけるのである。私というヤツは、こういうハレの催しとかパーティーとかは大好きなんであるが、いかにも演出めいたことは、なんかその場にいて恥ずかしい気持ちの方が先に立ってしまうタイプの人間なのだ。しかもブーケなんて取りにいって(あの人、なんか必死そう)と周りの若い女の子達に思われ「あ、私たちはいいんで、どーぞどーぞ」なんて遠慮されてしまうのも、嫌なんである。
母がたわけた表情で私をけしかけるのが非常に恨めしい…。かくして、「ブーケ取っておいで!」「いいってば、そんなの!!」という母娘の攻防戦が続くことになる…。

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 披露宴会場も前面ガラス張りのオーシャンビューだったのだが、最後のお色直しに行ったはずの二人がなかなか戻ってこないなぁと思っていたら、こんなことになっていた。なんですか?これは…。瀬戸内の浜辺を歩くっていうプランなのですか? 幸せな二人というのは、こういうことも受け入れてしまうものなのか。おそらく「時々披露宴会場の方に向かって手を振って下さい」と指示されているのであろう。恥ずかしそうに、我々に向かって手を振っている二人の姿が見える。そして、それにつられて振り返してしまう我々…。結婚式の演出って、よくよく考えると面白い。

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 母が撮る私の写真はいつも大概ピンボケ。

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 で、仕方がないので鏡に映った自分を撮るという荒技に出る私。今回は、母の娘時代の付下げを着用。結婚前に仕立てたもので約三十五年前の品である。まぁ、私も法律上は「ムスメ」なんで着物もまだまだムスメ仕様で良かろう、などと都合の良いことを考えている。袖丈が一尺七寸と長めなのが時代を感じさせるが、背が一五六センチと若干小柄な私が着ると、長い袂(たもと)で縦のラインが強調され実寸よりも背が高く見えるほか、その袂で太い腰まわりが隠れるので、「ザ・昭和」な体型の私にピッタリの袖丈寸法となっている。

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 今回の着物の取り合わせ。金糸の刺繍の入った半襟をかけてラメ入り・金茶の重ね襟をプラス。吉祥文様の帯は、昔はよく見られたベタ金で六通(ろくつう)。昔の帯は丈が短いうえに私の胴が太いので、たれの部分が短くなってしまい、太鼓を締めるのに四苦八苦であった。帯揚げは三・四枚目の写真に写っているが、臙脂と芥子(からし)の染め分けに金糸があしらわれている物を合わせた。

 普段は紬やウール、もはや汚れても惜しくない古い小紋ばかり着ているので、こうしてハレの席で錦紗の着物などを着ると心が浮き立つ思いがする。この日は自装だけでなく、伯母の留袖着付けもしたので、呉服屋勤めをしていた頃を思い出したり、色々と勉強になった一日であった。帯結びももっと面白いものを覚えて、着物を着たいと思っている周囲の人にどんどん着付けてあげられたらいいなと思う。

 そして、また面白い演出の結婚式があったら出席したいですね!!!
あ〜、誰か結婚しないかなぁ〜♪


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着物ウィークin萩!

着物ウィークin萩という、着物で山口県萩市の城下町を散策するプランが十月一日〜十二日まで催されているので、父母と共に行って来た。つい先日、妹夫婦と一緒に萩に遊びに行く計画が、私の体調不良で果たせなかったのだが、案外早くリベンジの機会がやってきて、人知れず鼻息の荒い私である。

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 まず、田中義一像近くの駐車場に車を停めて、そこから田町商店街に沿って歩くと、左手に「旧久保田家住宅」という風情ある邸が見えてくる。ここが着物ウィークin萩の中心基地になっていて、着物を持っていない方でもここで申し込めば、着付けを行ってくれる。私たち一家が到着した時も、着付け済みの女性達が華やかに邸の表門を飾っていた。着物レンタルと着付けは四千円。自分の着物を持っていって、着付けのみお願いするなら千円で対応してくれる。私はここで、「着物ウィークin萩・津和野パスポート」を入手。着物姿でこのパスポートを提示すると、協賛店で様々な特典やサービスを受けられる。
 京都で呉服屋勤めをしていた時に、私も一生懸命「京都着物パスポート」を配布していましたよ。そういう懐かしいことも思い出しますねぇ。
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 その「旧久保田家住宅」の向かいは重要文化財の「菊屋家住宅」になっている。豪商の邸なので、表見世が遥かかなたまで長〜く続く。
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 入ってみることにした。私は着物姿ということで、大人五〇〇円の拝観料を四五〇円に割引して頂いた。
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 式台を上がって、座敷にお邪魔すると眼前に素敵なお庭が広がる。菊屋家は御武家から商人になった家筋らしいのだが、この邸はたびたび上使の本陣としても使用されたとのことで、豪奢というよりは質実剛健といった感じ。有栖川宮熾仁(ありすがわのみやたるひと)親王殿下(一八三五年〜一八九五年)もお立ち寄りになったらしい。
 画面中央下の平たい大きな庭石がお分かりになるだろうか。これは、駕籠置(かごおき)石と言って、乗って来た駕籠から乗り降りする為のもの。写真の向かって左に御成門(おなりもん)があるのだが、そこから駕籠が入って、この駕籠置石に到着するようになっている。
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 こちらは初代内閣総理大臣・伊藤博文公直筆の書。
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 それをガイドさんの説明を聞きながら、それらしく畏まって見学している私。
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 商家ということで、いかにも番頭さんが算盤を弾いていそうな所も見学できた。
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 へっついさんも残ってますねぇ。そのほか、湯殿や雪隠(せっちん)の間まで見て回ることが可能で、この菊屋家住宅だけで、かなりの時間愉しめる。
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 邸の出口から外へ出ると、ここにも着物姿の女性。日本全国、こういう景色がもっと増えるといいですね。着物フォトコンテストも開催されているので、アマチュアカメラマンらしきオジさんたちが、着物美人を激写している光景にも出会う。
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 菊屋家住宅の出口が面している「菊屋横丁」を歩くと、すぐに「高杉晋作生誕地」に辿り着ける。写真は、その入口で撮った一枚。本日の私は、下げ髪に大島紬。当日は春の日のように、うらうらと好い天気に恵まれたので、もう少し華やかな色味の着物でもよかったかなと思う。パッチリと派手めな小紋を着ている方も多かったし。
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 こちらは「俥宿 天十平(くるまやど てんじゅっぺい)」。古民家を改築したカフェ&ギャラリースペースである。YAB(山口朝日放送)のニュースで、ここが紹介されていて、機会があったら行きたいなと思っていた所なのだ。我々が訪れた日は、ギャラリースペースでアンティーク家具の展示販売が行われていた。
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 この古民家の持ち主は何度か変わったらしいが、ひところは医院として使われていたとのこと。温かな陽光の入る出窓と純白で清潔な漆喰の壁が、いかにも昔の医院を思い起させてレトロ感ばっちりである。
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 カフェスペースにて。本日は着物が地味なので、帯に明るい物をもってきた。袋帯なのだが、個性的なタッチの鸚鵡(おうむ)柄なので、おしゃれ着に合わせてよく締めている一本。
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 この日は萩焼き祭も開かれていて、歩き疲れての帰り道に少し立ち寄ってみた。最近は、萩焼にも鮮やかな発色の作品が多く出てきて、子供の頃の(萩焼はとりあえず薄茶色い)というイメージが良い意味で覆されるひとときであった。

 萩そのものへは、もう何年も前に友人たちと来た思い出があるものの、その時は山口県立萩美術館・浦上記念館や、ちょんまげ麦酒(びーる)(←地ビールの名前)醸造所へ立ち寄っただけだったので、こうして城下町を歩き、ふるさと・山口県が辿って来た歴史や、県が輩出した偉人達のゆかりの地を学べたことは非常に良かった。時間的に見学できなかった箇所としては、「木戸孝允旧宅」「青木周弼旧宅」など、まだまだあるので、またいつかそちらへも足を運べたら、と思っている。
 今回の着物の取り合わせはこちら。
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 前回の記事で紹介したのは四十年前の久留米絣だったが、今回着用したのは現代品の大島紬。絣の大きさは確か7マルキ。裾も黒の無地八掛を付けて大人っぽい雰囲気にしてみたもの。半襟は、実際には刺繍襟をかけたけれど、写真は菊の花びらを織り出した紫の半襟をコーディネート。
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 証紙と共に。「地球印」が鹿児島で織られた反物であることを証明している。
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 目立たせたい帯のみ赤系にして、半襟・帯締め・帯揚げなどは色が散らかった感じにならないように青系でまとめた。
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 私はアンティーク着物やレトロ柄の着物も大好き。今回の帯も少しレトロ調だったので、帯留も彫金のぽってりしたデザインのものを選んだ。シルバーに真珠とホワイトサファイア・ピンクサファイアがあしらわれている。真珠が付いているので準フォーマル辺りまで使えるほか、街着によく合うので重宝している。
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 萩市に限らず、日本にはまだまだ着物姿の似合う風景というものが残っている。また、歴史的情緒タップリの所でなくとも、例えば近所の小さな神社であったり、商店街であったりしても、着物姿がしっくり来る場所が案外身近にあるかもしれない。女性の体を柔らかに包む布のある風景というのは、本当に善いものである。今まで着物を着たことがない方でも、もしも箪笥に仕舞いっぱなしの着物があったら、是非、一度袖を通してみて頂きたいと思う。着用して、新鮮な空気に触れさせてあげることで、着物はまた長持ちするのである。着物を長く保存する最も良い方法は、実は折に触れて身に付けることではないだろうか。



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?H1>東京在の妹夫婦が「シルバーウィークに帰省したら、萩に行ってみたい」と希望していたので、「よっしゃ、行こうぜ!」ということになっていたのだが、フタを開けてみれば、甥っ子(一歳児・十一キログラム)を数ヶ月ぶりにたびたび抱っこしたことで、ひどい神経痛が出てしまい、私は萩行きを断念することになってしまった…。 イメージ 2
 息をするのもしんどいくらいの背面痛だったので、仕方なく、妹の旦那さんに「ぜひとも萩の町並みを撮ってくるように」と申しつけ、彼らを送り出したのであった。あいにくの曇り空だったようだが、何とか雨に見舞われることもなく、観光できた模様。しかし、萩のどこら辺を散策したのか、写真からでは分かりにくいのが難点と云えば難点か。
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 お〜、萩の町は「日本の道100選」というのに選ばれているんですな。これによると、彼らは菊屋横丁という所を歩いたらしい。
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 幕末の尊攘倒幕派の志士・高杉晋作の生家。名は春風、号は東行、変名は谷梅之助。久坂玄瑞と共に、吉田松陰門下の俊英と称されたことは、幕末ファンの方なら言わずもがなのことであろう。
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 こちらは、田中義一の生家らしい。一八六三年〜一九二九年を生きた、陸軍大将にして政治家という人物。田中義一内閣を組閣し、第一回普通選挙を実施する一方で、共産党などを徹底的に弾圧した人としても知られる(三・一五事件、四・一六事件)。
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?H1>萩に行くのなら、散策する際に古い町並みに合うようにと、久留米絣の単(ひとえ)を選んでいた。あまり明るい色味の小紋などを着ても、自分ひとり浮いてしまうと思ったので。今回は、萩には行けずじまいだったので、コーディネートだけ、ご紹介したいと思う。  私自身、外出時は殆ど着物を着るくらいの着物好きなのだが、父方の祖母も着物道楽の人である。で、この久留米絣の反物は、祖母が仕立てないまま持っていたのを、二年ほど前に譲り受けて、懇意の呉服店で仕立ててもらったものだ。好みにもよるが、久留米絣は地厚なので、胴裏・八掛を付ける必要があまりなく、単仕立てで着たほうが着姿もスッキリする。また、少し汗ばむ季節(五六月と九月辺り)に着るものとしておけば、木綿なので吸湿性もよく、気持ち良く着ることが出来る。(一般的に、単を着る季節は六月・九月となっているが、私はかなり暑がりなので、気候によっては四月下旬から五六月、九月から十月上旬まで着ることがある。単は着る期間が短いからと、あまり仕立てたがらない方もいらっしゃるが、温暖化の影響もあり、むしろ着用期間は任意で延ばせると考えて、ある程度の枚数をお持ちになっても損はないだろうと思う)
 今回は小さい子の世話もあるだろうし、お太鼓できっちり着なくてもイイや、と思って、素材を合わせて、気軽な木綿の半幅帯をチョイス。
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 着物本体は、約四十年ほど前に織られた久留米絣なので、半襟もレトロな感じで。なおかつ全体の色が暗くなり過ぎないように、パッと華やかなものをかけようと予定していた。
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 帯留も少し華やかな色にして目線がそこに行きやすいように。そうすることで、ずんぐりした昭和体型の私でも、少しだけ足長に見えるのだ(ほんまに少しだけだが)。素材は、気軽に買える価格のベネチアングラス。
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 ブローチを帯留代わりに付けてみると、帯と帯締めが同じでも、印象が変わる。
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 今回の半幅帯はリバーシブルになっていて、落ち着いた茶系の縞と鳥獣戯画の柄が楽しい。着物本体の柄がもっと小さいか、無地に近い場合に、鳥獣戯画の方を表に出して締めるとポップな印象になる。

 長州人でありながら、私は一度も萩の観光地を訪れたことがないので、機会があれば次こそ行ってみたいものである。そのときは、どんな季節で、どんな着物を着ているだろう。萩に限らず、山口県の景勝地などを紹介出来ることがあれば、また記事を書きたいと思っている。長く、山口の地を離れていたためか、自分の故郷(ふるさと)というものに、私自身が興味深々なのだ。山口県にしても、着物にしても、その他の伝統文化にしても「善きもの」を常に感じ取れる人間でいたいなと考える今日この頃である。


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 九月十七日から東京在の妹夫婦が帰省している。
半隠遁生活の賜物である「いと静謐なる日々」は、一歳になったばかりの甥っ子によって破られ、家中に喧騒が響き渡る。


 今回は母のお供ではなく、妹夫婦達のお供で、ちょいちょい出掛けることになりそうな予感。
 
 妹夫婦が帰ってきて三日目に、山口県岩国市美川町にある「地底王国 美川ムーバレー」に行って来た。岩国市というと、全国的には「米軍岩国基地」として有名な所だが、緑濃い山間の地を、清流錦川(にしきがわ)が流れる落ち着いた雰囲気の町である。一本の釘も用いずに組み上げられた、優美な錦帯橋があるのも、この岩国の地だ。

 錦川清流線に沿って渓谷を進んでいくと、「地底王国 美川ムーバレー」の偉容が現れる。ここは平成五年まで、玖珂(くが)鉱山として稼動していた鉱山で、「地底王国 美川ムーバレー」はその玖珂鉱山の閉山後、跡地を利用して作られたレジャー施設なのだ。鉱脈としては全長四十三キロメートル、その内の約八五〇メートルが家族で楽しめる地底王国として生まれ変わっている。ちなみにここは、タングステン・すず・銅などが採れた、日本一の規模を誇る鉱山であったらしい。

 ムー大陸のような古代文明の遺跡を模した演出。小さい男の子なんて連れて行った日には大興奮間違いなしの、洞窟探検が出来るレジャーランドで、真夏に行けば風穴並みに涼しいのも魅力。広島ナンバーの車が多く、近隣の県からドライブがてら遊びに来るのに、丁度いい観光地なのだろう。洞窟内は、場所によっては滝が轟音を立てながら落ち、薄暗いトンネルが地底深くまで延々と続いているポイントもある。

 ちょっとアップダウンが激しい箇所もあるので、子供よりもかえって私のような体力のない大人の方がキツイ…。

 おまけに暗がり続きで、写真が素人にはなかなか上手く撮れない。試しに撮ってみた写真は全滅であった…。

 しかし、他の家族連れがキャッキャ言いながら探検するのを眺めたりするのも、また楽しい。
現在は、「クリスタルスカルの秘密」というイベントを開催していて、入場口で渡されるコンパスを手がかりに地底をめぐり、クリスタルスカルを見つけ出す探検が、子供達の間で人気となっている。子供よりもムキになって、探検している親達もいたけれど。


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八月二十五日、国宝阿修羅展に行ってきた。母と参加したバスツアープランで、山口県周南市の徳山駅前から九州国立博物館まで、大型観光バスをかっ飛ばして行くのだ。

 東京で国宝阿修羅展が開催されていた時は、まだ京都府民であった私。京都から東京まで阿修羅像を見に行こうかとも考えていたが、旅費もかかるし、どうしようかなと迷っていた。そもそも方向音痴なので東京国立博物館まで、一人で辿り着く自信もなかったのだが、山口県に帰ってしばらくすると、九州国立博物館に阿修羅が来るというではないか。(この機会を逃したら、もう一生、阿修羅を三六〇度の全方向から見学できることなどない)と思った私は、その熱き思いを軽く母に伝えておいた。そうすれば会期が終わるまでに、ドライブがてら、一緒に出かける機会を作ってくれると思ったからである。

 しかしまさか、バスツアーを申し込んでいるとは思わなかった。しかも「申し込むよ」という事前の相談もなく。我々は、山口県東部のへんぴな村に住んでいるので、集合場所もやけに遠く、朝は四時起きとなった。

 途中、防府駅や新山口駅、その他色々な集合場所で年配のご夫婦や、オバちゃんグループなどを拾いながら、壇ノ浦を渡って九州へ。母と私は、恐るべき晴れ女で、バスツアーの際に、天候が悪かったことなど一度もない。この日も、真っ青に澄んだ初秋の空が目に心地良く、爽やかに晴れ渡っていて、壇ノ浦も凪いでいた。

 九州国立博物館は、想像していた以上に近代的な建造物であった。京都文化博物館や近代美術館、京都国立博物館などを見慣れていた私は、美術館・博物館の類は「茶色っぽい」、もしくは「灰色っぽい」ものだと思っていたのだが、現地に着いてみると、九州国立博物館は全面ガラス張りの上に真っ青な屋根が乗っかっていて、地味でくすんだ色に慣れていた私の目を直撃したのであった。

 それにしてもラッキーだったのは、入場までに一・二時間並ぶことを覚悟してきたのだが、この日は行列も一切なく、すんなり会場に入れたこと。日ごろの行いが良いと、こんなところまで神様サービスが充実しているのかと嬉しくなったほどである。ここでの滞在時間は、なんと四時間と設定されていたため、待ち時間ゼロ状態により、かえって鑑賞時間が有り余る結果となった。その分、母はのんびりとミュージアムショップなどで、お土産を物色することが出来たようである。

 初めて見る阿修羅像は、やはり神秘的な表情であった。向かって左の顔は、唇をかみ締めて今までの罪を悔い、右の顔は、これから生まれ変わって生きていこうと新たな決意を表し、正面の顔は、悔い改めたものの、前途には様々な困難が立ちはだかっていることへの緊張と祈りの心が浮かんでいるように思える。鑑賞者の流れをせき止めて、一つ所でかぶり付きのように阿修羅を凝視するアシュラー達のマナーの悪さに、ちと、イラッときたものの、(イカン、イカン、こんなことでイライラしては)と、阿修羅を見習い、それこそ仏の如き無心の表情で、会場を後にしたのであった。

 ちなみにこの時は、博物館一階に見上げるほどの規模で、人形による壇ノ浦合戦絵巻が繰り広げられていて、そちらもなかなか見ものであった。

 購入した公式図録は、二千五百円という価格の割りに立派なクロス張りで、タイトルはシルバーの箔押し、そして上品さをかもし出す角背と、まことに素敵な作りになっている。丸背と角背なら断然角背が好き!という私には、またとないアイテムとなった。

 鑑賞時間が余ったので、動く歩道に身をゆだねて、大宰府天満宮へも立ち寄った。九州国立博物館と太宰府天満宮とは、背中合わせのように隣接しているのである。気温も盛夏に比べるとしのぎやすくなっていて、もう薄物も、今年はこれで着納めだ。次回バスツアーに参加する時は単(ひとえ)か袷(あわせ)を着ての参加となる。

 帰りのとあるサービスエリアで休憩を取っていたところ、同乗していたオバちゃんが段差に気付かず、一段高いところから落ちてしまうというアクシデントがあった。オバちゃんはそのことを添乗員さんにも言わなかったようで、大した事なかったのかなと安心していたら、最終的にバスを降りて解散した際、足を引きずっていて「捻挫したみたい」と言うのだ。(添乗員さんに言ったら、湿布か何か持っとったかもしれんのに)と思ったが、もう後の祭りである。
今度、バスツアーに参加する時は、そんなオバちゃんたちの為に絆創膏や湿布薬なども持参しようと誓った日であった。


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