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 『マイナス・ゼロ』において非常に好感が持てるのは、先にも書いたように浜田俊夫(中河原伝蔵)を昭和三十八年に連れ戻す救出者が出ないことである。都合が悪くなったら元の世界へとんぼ返り、もしくは元の世界と移動先の世界を行ったり来たりというご都合主義の作品に仕上がってはいないということなのだ。だからこそ俊夫は、これから自分が生活していかなくてはならない昭和七年の東京の街々を、じっくりと観察しながら歩いている。様々な物の値段を調べ、当時の貨幣価値や物価感覚に馴染んでいく。その観察や体験が、当時の人々のささやかな生活を鮮やかに浮かび上がらせていく。この「救出者無し」という設定が、『マイナス・ゼロ』を大きく動かしていく原動力になっているのだ。
 
 また、指定できるのが行きたい年代のみ、というタイムマシンのシンプルな性能も、この作品を魅力的なものとするのに一役買っている。最近のタイムマシンは行きたい年代や日時のみならず、場所も任意設定なのが標準装備だと思われるが、俊夫が乗るタイムマシンは場所の設定が出来ないことになっているのである。よって、年代がどれだけ変わっても、タイムマシンが出現する処はドーム型研究室の内部にあたる場所で、そこが時代によってただの原っぱだったり、屋内だったりする。更に建物の床の高さから出発して移動先が何もない原っぱだとすると、床の高さからマシンが落ちてしまうので、かなりの衝撃があるし、反対に地面から出発して建造物の内部に到着する場合などはマシンが床と衝突し、粉々になってしまう危険もある。
 
 そういうタイムマシンの不便な部分があることによって、昭和三十八年にすぐ戻れると考えていた時期の浜田俊夫は、カシラたちにマシンの高さを調整する仕事を依頼せねばならず、それが縁となって親密な人間関係が生まれていく。そして、彼が元の世界に戻ることが不可能になってからも、その人間関係が浜田俊夫の昭和七年での生活を支えていくのである。タイムマシンが極めて高性能で、日時から場所から搭乗者の意のままになり、困ることがないようだったらドラマなんて起こりっこない。
 
 浜田俊夫は、「昭和八年ごろからヨーヨーが流行りだした」という、今は亡き母の言葉を思い出して、そのヨーヨーで一攫千金を狙ったりもしている。試作品を作って、カシラの子供たちに向けて実演し、事務所まで借りて製作販売を担当してくれる玩具屋を募るのだが、こちらの事業はどうやら失敗したようだ。白木屋百貨店の火災事故に遭遇もし、ダットサンの一人乗り小型車・フェートンを千二百五十円で購入もしている。そういう、ちょっとしたエピソードの数々によって、読者の我々にも懐かしい昭和の香りが蘇ってくること請け合いだ。
 
 最終的には、及川氏や物語の所々で名前の出てくる活動写真女優の小田切美子などもパズルのピースとなって物語上の重要な鍵を握り、それこそ時空がある一点へ向かってギュウッと収斂して行くのを見せつけられるかのように、作中に配置された謎が一気に解決していく。俊夫が昭和七年へ行ってしまった後、伊沢啓子が取る行動によってものすごい結末が用意されているのが見物の小説である。
 
                                         平成二十二年五月十九日 読了
 
 
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 私は「未来からやって来た人」というのに、いまだかつて遭遇したことがない。遠い将来、我々の文明が高度なタイムトラベル技術を開発していて、タイムマシンでの時空を超えた旅行が現実のものになっていれば、もっと「未来人」らしき人にバンバン出遭っていてもよさそうなものだが、(あっ! あの人、未来人ちゃうか!?)というような人間には、ついぞお目にかからないのである。
 
 私がイメージする「未来人」らしき人をごく簡単に説明すると以下のようになる。
メタリックな全身タイツとでも言うべき「未来服」を隠し持っていて(目的地に着いたら、その時代の衣装を着ているが、出発時はタイツ的なものを着用)、時々それが時空旅行先の人間に見つかりそうになるために不自然に慌てふためいている。
妙な予言をふと口走って、(しまった…!!)という顔をしている。
③変容してしまいそうな未来の歴史を修正するためだろう、いつもなぜか忙しそうにバタバタと走り回っている。
④困り果てた顔で、「実は未来からやって来た」と渋々白状している。
 などなど。
しかしながら、三十四年間生きてきた中で、そういう挙動不審の人間は周囲にはいなかったような気がするのだ。皆さんの周りはどうだろう?
 
 もしかすると、タイムトラベルは可能なものとなっているが、人間が存在する時代への旅行は、関わり方によっては後の歴史を大きく変える危険性があるために「時空旅行に関する国際法」で禁止されているということも考えられる。せいぜい、「古生物見学ツアー」が組まれる程度のものなのかもしれない。それでも、厳しい細則にのっとってツアー客は行動しなければならないはずだ。どんなに微小な生物でも指で潰したりするのは厳禁である。その生物の遺伝子が損なわれたことによって、後に生物学上ものすごい進化を遂げたかもしれない動物が消滅してしまうこともありうるし、何より、その遺伝子を持った小さな生物が自分のご先祖様かもしれないからである。特に、後々哺乳類に進化していく可能性がある脊索(せきさく)動物は要注意だ。触れず、関わらず、ひたすら観るだけ。時空旅行も意外に面倒くさいものなのである。
 
 『マイナス・ゼロ』では、そういう時空旅行で行き着く先が昭和七年の世界なのだが、主人公である「浜田俊夫」がタイムマシンに乗って過去へ出発する基点となる時代が昭和三十八年であるから、現代の我々からすると、その昭和三十八年の情景そのものが既に、時空旅行で味わうノスタルジィを帯びている。私が誕生する、たった十二年前の世界には違いないが、両親がまだ十歳の少年少女という時代でもある。更に昭和七年ともなれば、その両親が生まれる二十一年前となり、私の祖父母らの子供時代となるのだ。この作品で描写されている昭和三十八年・七年は、私に連なる人々が実際に生き、元気に駆け回って体験した世界なのだ。したがって、私以外の読者でも若い方ならば、これは誰々が何歳だった時とか、私よりも年長の方ならば、この年は自分が何々をしていた時とかいった具合に、思い出に浸り、懐かしさを覚えながら、この作品を読むことが出来るはずである。
 
 昭和二十年五月二十五日深更、十四歳の浜田俊夫は、住まいのある東京で空襲を経験する。母と避難しようとする俊夫は、隣家に住む三つ年上の憧れの女学生「伊沢啓子」とその父「伊沢先生」が無事に避難したかどうかを確かめる為に隣家に立ち寄るが、彼が発見したのは、焼夷弾の直撃を受けて頭に怪我を負い、気息奄々としている伊沢先生の姿であった。娘の啓子の姿はどこにもない。瀕死の伊沢先生は「十八年後の一九六三年五月二十六日午前零時、この場所に再び来て欲しい」との遺言を浜田俊夫に残してこと切れた―――――。
 
 一九六三年(昭和三十八年)、浜田俊夫は戦争の終盤を生き抜いて三十二歳の働き盛りになっていた。就職した会社はテープ・レコーダーとトランジスタ・ラジオの製作で急成長し、彼はその技術部長として働いていたが、十八年前の伊沢先生の遺言がずっと気がかりになっている。約束の期日が近づく。彼は意を決して、当時、伊沢先生と啓子が住んでいた家の現在の住人が、及川という初老の男性であることを突き止め、その彼に連絡を取り、母屋の隣に昭和二十年当時からあるドーム型の研究室に居させて欲しいと願い出るのだった。
 
 俊夫は、自分がそこに行ったからといって何が起こるのかは一切分かっていなかった。やがて、約束の時間がやって来て、研究室のドアを内側から開けた者は―――――、防空頭巾をかぶり、モンペをはいた憧れの啓子さんであった!
 
 終戦間近の時点では俊夫十四歳、啓子十七歳だったはずの年齢差が、昭和三十八年の再会では、俊夫の方がはるかに彼女の年齢を上回ることになってしまった。当初、啓子は自分が十八年後の世界に一足飛びに来てしまったことに気付かず、パニックに陥り、俊夫は俊夫で、啓子が昭和二十年五月二十五日以降の記憶を失った状態で自分の前に現れたのだと解釈したのだが…。三歳上の啓子が変らず可憐な少女の容貌を保っていることに不審を抱いた俊夫は、彼女が本当に昭和二十年の世界から時を越えてやってきたのではないかと考え始める。そして研究室の中を覗くと、見たこともなく使用法も不明の、のっぺりした箱状のものが鎮座しているのであった。
 
 そこから、俊夫と啓子の認識のすり合せが始まる。俊夫は啓子に16型テレビ・セットを見せ、ガスライターを使わせ、コカ・コーラを飲ませた。昭和三十八年の新聞、日本が無条件降服したこと、東京タワー、ありとあらゆるものを見聞させ、結果、啓子は自分が空襲の夜から十八年後の平和な時代へ、一瞬の内に移動したことを悟ったのであった。彼らは、現在では及川邸となっている元・伊沢家のドーム型研究室にある箱状のものがタイムマシンであり、伊沢先生が娘を空襲から逃れさせる為に、それを使ったのだという結論に至る。伊沢先生が残した大学ノートというものがタイムマシン内部にあり、旧字体と全く見覚えのない文字で書かれた日記が発見されるのだが、その不思議な文字を大雑把に解読し推理すると、伊沢先生が、はるか未来から昭和初期に来て住みついた人らしいことが分かっていく。
 
 そして、それがタイムマシンであるということを理解した時から、彼らの数奇な運命の歯車がにわかに廻り始めるである。否、読み終えてから考えてみるに、二人がタイムマシンの存在を知らない頃から、彼らの人生はそのタイムマシンによって翻弄されていたとも云える。
 
 俊夫は、啓子がうたた寝をしている間にタイムマシンの内部を検分するのだが、そのうち、タイムマシンを動かしてみたい衝動に駆られ始める。彼は啓子が眠っている間に、二十九年前の昭和九年へ行ってみることにした。これは伊沢先生が日本に来た翌年とされているのだ。啓子が眠っている間に行って、すぐ帰ってこれるものと考えていた俊夫はとうとうタイムマシンのボタンを押してしまったのであった………。
 
 結論から言うと、俊夫が到着したのは更に二年昔の昭和七年の世界であった。この二年の誤差が生じた理由として、俊夫および我々の時代の十進法と、伊沢先生が元々の世界で用いていたらしい十二進法の違いが挙げられるのだが、この十進法と十二進法に関する勘違いが、この『マイナス・ゼロ』という作品をより一層面白くし、物語が佳境に入るにつれて、パズルの一片一片がカチカチカチッと奇麗にはまっていくような気分を我々に味わわせてくれる、いわば仕掛けになっている。ちなみに私は、俊夫による十進法と十二進法の推理、そしてノートに記された謎の文字の解読の箇所で、一回読み流すだけでは理解できなかったので何度も読み直しを余儀なくされた…。
 
 が、その推理と解説を乗り越えた後のストーリー展開が、「計算し尽くされた推理小説」という範疇を超えて、浜田俊夫が出会う心優しい人々との「人情世界」、失われた古き良き時代をもう一度ゆったりと闊歩する「懐古趣味」といったものに彩られているせいか、なんだか心がジーンとしてくるのだ。昭和七年の東京の街並みなど知りもしないはずの私が、作者・広瀬正氏の綿密な風景描写のお蔭で、云いようのない懐かしさを感じる。このノスタルジィ。これこそが『マイナス・ゼロ』が単なる推理小説・タイムトラベル小説以上の作品と評価される所以(ゆえん)なのである。
 
 浜田俊夫は昭和七年に到着した後、ある一つの不都合事が起こって、昭和三十八年に帰れなくなってしまう。普通なら、元の世界から誰かが都合よく救出に来てくれるものなのだが、浜田俊夫に助け手は現れない。いや、助けようとする人がいたことは終盤になって判明するのだが、やはり十二進法の勘違いに阻まれて直接的な救出が行えなかったのである。したがって俊夫は、昭和七年から三十八年までを、もう一度生き直すことになってしまった。むしろ彼の助け手となったのは昭和七年を生きる人々であり、間借りをさせてくれることになった仕事師のカシラやそのおかみさん達だ。
 
 時、折りしも、日本が戦時体制へと変遷していく頃(ころおい)である。彼は昭和七年で生活するにあたって戸籍の必要を感じ、潜伏する予定の、とある共産党員の戸籍をそっくり受け継ぐことにした。俊夫がその共産党員に支払う見返りは千円。共産党員はそれを活動資金にして地下へ潜るのである。その人物の戸籍を貰ったことで、浜田俊夫は「中河原伝蔵」という名になった。しかし、このことで中河原伝蔵宛ての赤紙(召集令状)が、俊夫のもとに届く結果となるのだ。本物の中河原伝蔵が予備役陸軍歩兵一等兵だったこともあるが、共産党員でもあることへの懲罰的意味合いがあったらしい。
俊夫は応召しなければならないのか…、それともほかに何らかの逃げ道があるのか………!?
 
 信じられないかもしれないが、私が綾辻行人氏の小説を読むのは、これが初めてである。私があんまりこのジャンルの本を読まないのは、ミステリやホラーは好きだが、熱烈なファンというわけではないというところに起因していることもあろうし、あまりトリックが複雑すぎると、私のオツムでは理解するのに時間がかかるから面倒くさいという理由もある。  
 
 文字で愉しむ分には、自分の理解速度に合わせて、場合によっては繰り返し読めるから、まだ良いのだが、これがテレビドラマや映画となると往々にして付いていけなくなってしまう。『名探偵コナン』のアニメですら、江戸川コナン君のトリック説明がちょっとでも早かったりすると、(あ〜、何か今のよく解かんなかったな…)と未消化な感じを味わう羽目になるくらいなのだ。
 
  だからもう、テレビドラマ『弁護士・高林鮎子』とかになってくると、橋爪功演じるところの「竹森慎平(慎平さん)」が鉄道時刻表を片手に、トリックや犯人のアリバイを暴いていくところなんか、全然付いていけてはいないのである。したがって彼がどんなに一生懸命、電車の発車時刻などをまくし立てて鮎子にトリック説明をしていても、視聴者である私はボンヤリ画面を見ながら、(多分、うまいこと乗り継ぎすることで、人を殺して帰ってこれるくらいの空白の時間が作り出せるのであろう)くらいにしか考えていない。説明し甲斐のない視聴者である。
 
  まぁ、こんな私でも、ベランダの手すりや鴨居や梁に細長い傷が付いていれば、ワイヤーを使って死体や凶器を移動させたのかな?くらいのことは一応分かるんですがね。
 
  本書『深泥丘奇談(みどろがおかきだん)』は、そういうかっちりしたトリックの仕込まれたミステリというわけではなく、どちらかというとホラーに近いのだが、ではいわゆる「恐いホラー」なのかというと、私の感覚に照らし合わせて云えばそうではない。ミステリやホラーが「怪奇探偵小説」「怪奇幻想小説」などと呼ばれていた時代の、そして、それらの境界線が不分明であった時代の作風に近いと云ったらいいのだろうか。とにかく強烈な恐怖感を呼び起こすような要素はあまり見受けられない。不条理で不可解な舞台設定が、主人公の「私」と我々「読者」の現実感覚を目眩ますように、フワフワと浮遊し続ける感じがする作品なのである。
 
  この奇談は、ミステリ作家の「私」が、散歩中に突然強い眩暈(めまい)に襲われ、とある病院に駆け込んだことから始まる。
「医療法人再生会 深泥丘病院」――――。
 この病院を中心にして、「私」の日常が徐々に当たり前の形を失っていくのだ。
 
  深泥丘病院はどこか普通の病院とは違っている。まず奇妙なのは「私」がかかっている脳神経科医師の存在である。名札には「石倉(一)」とある。そしてある時「私」が消化器科を受診すると、そこにも石倉医師がいて、名札には「石倉(二)」。風貌は「石倉(一)」医師と全く同じだが、かけた眼帯の位置が右目と左目で違っている。さらに歯科を受診しなければならなくなり、歯科診察室へ行くと、そこにもまた石倉医師が……。やはり「石倉(一)」医師とそっくりで、今度は「石倉(三)」とある。眼帯はしていないが、「石倉(一)」「石倉(二)」が使っているウグイス色の眼帯と同色のフレームの眼鏡をかけている。そもそもその眼帯も、その下にどんな症状を隠しているのか全く不明だが、物語の最初から最後まで、時間の経過としては二、三年にもなろうかというのに一回も外されたことがないのだ。
 
  そのほかにも、咲谷(さきたに)という女性看護師の左の手首に、ずっと包帯が巻かれていたり、他の看護師は首に包帯を巻いていたり。
 
  「私」は眩暈の症状や体の不調を覚えるたびに深泥丘病院に通い、そのつど「石倉(一)」医師に何らかの処方をしてもらうのだが、年を追うごとに眩暈の頻度は高くなっているようにも感じられる。そうして時折、原因不明の眩暈に襲われる生活の中で、「私」は「見てはならないもの」「説明不可能なもの」の数々を目撃していく。入院時の夜に見た、病室の壁の人面にも似たなにか…。Q電鉄如呂塚(にょろづか)線を走る、ムカデのようなヤスデのような無数の足を持った、虫めいた車両…。三週間にもわたって降り続く長雨を案じて、黒鷺(くろさぎ)川の橋の欄干に吊り下げられる、人間の死体で作った照る照る坊主…。(この死体は深泥丘病院から供出されている!?)
 
 「私」は長年住んで見知っているはずの自分の町の中に、得体の知れないなにかが蠢き始めているのを感じるのだが、不可解なものに関する自分の体験や記憶も、しばらくすると何故かどれも薄れていってしまい、その日常生活がじわじわと浸蝕されていく状況を、うまく説明することが出来ないでいる。「私」が体験する不穏な世界は、『顔』『丘の向こう』『長びく雨』……といった、緩やかにつながりながらも独立した九篇のエピソードで構成されているのだが。
 
  読者の私は、読み始めからこの世界観に不安になった。恐い表現があって不安というのではない。人面が見えたような気がする壁だの、虫っぽい電車が走った気がするだの、単純といえば単純なファクターに対する(大丈夫か!? コレ…)という不安である。(読み続けていいのだろうか?)とも思った。しかし、四番目のエピソード『悪霊憑き』で、私は何となく(ああ、そうだったのか)と腑に落ちたのである。そこに登場するQ大学付属病院・精神科の真佐木(まさき)教授の存在がカギとなった。
 
  Q大学の真佐木教授…、Q大学の真佐木教授…、きゅうだいがくのまさききょうじゅ。キュウダイ、セイシンカ、マサキキョウジュ。その名を読んだ時、私はこの人物を知っている、と思ったのだ。そうだ。Q大学付属病院・精神科の真佐木教授とは、夢野久作の代表作『ドグラ・マグラ』に出てくる九州帝国大学医学部・精神病科の正木敬之(まさきけいし)教授のようではないか。Q大の真佐木教授によって、九大の正木教授を思い出した私は、その連想が正しいかどうかは別として、この『深泥丘奇談』の意図するところが解かったような気がした。
 
  ミステリ作家の「私」は、いつもどおりの日常生活を送っている、つもりになっている。しかしそれは本当にそうなのだろうか。まともだと思っている「私」は、実はゆっくりと時間をかけて精神に異常をきたし始めているのではないだろうか。「私」が体験する説明不可能な事件の数々、それは、現実に起こっているのではなくて、「私」の脳髄の中だけで起こっていることではないのか。そして、その異常をきたしだした脳髄の作用から、あらぬ光景が見えているような気がするのではないか…。たびたび悩まされる眩暈は、その前兆だ。「私」が正常で、世界に何か良からぬことが起こっているのではなく、世界は極めて正常だが、「私」の側に精神の不具合が生じているのである。ジョニー・デップ主演の『シークレット ウインドウ』のようなものである。
 
  こう考えてくると、本書の冒頭で「私」が聞いたような気がする「ちちち……」「ちちち、ちっ、ちち……」という不気味な音は、『ドグラ・マグラ』でいうところの「…………ブウウ―――――――ンンン―――――――ンンンン……………………」という音に相当するともいえる。この「…………ブウウ―――――――ンンン―――――――ンンンン……………………」という音が、『ドグラ・マグラ』の最後の部分にも書かれていて、物語がぐるぐると際限なく続くのを暗示しているように、『深泥丘奇談』でも「……ちちっ、ちちちちちちち……ち」と再び音が聞こえるシーンで終わっている。ミステリ作家の「私」は、『ドグラ・マグラ』の呉一郎(くれいちろう)と思しき青年と同じ役割を担っているのだろう。
 
  これはあくまで私の『深泥丘奇談』の読み方であるわけだけど、これなら、不穏で不安定で時折揺らいで崩れるような世界も、最後まで全く謎が解明されず、カタルシスが得られない結末もおさまりが良くなるのだ。
 
  なんだかもう一度『ドグラ・マグラ』を読みたくなってきた。トリック満載の技巧的なミステリよりも、私には『深泥丘奇談』や『ドグラ・マグラ』の方が体質に合うみたいだ。
 
                        平成二十二年三月十六日 読了                         
 
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