|
〜14日〜 卒業が近づいてきたということもあって、送別会や、人を紹介したり紹介されたりなど、会合が急激に増えてきた。既に10日先まで毎日予定が入ってしまっている。この日はまずランチタイムを利用して、人を引き合わせる役回りを演じた。Y教授のお話は相変わらず面白く、ためになる。同席した外国人の友人も感銘を受けていたようで、会合をセッティングした甲斐があった。ちなみに写真はハーバード・デザイン・スクールの建物。さすがにアートな作りになっている。ここのカフェをしばしば利用している。 夜はアメリカ人の親友と中国語のかつての先生とチャイナ・タウンで夕食。先生の希望により、Taiwan Cafeを利用。ウェイトレスに台湾のビールは無いのかと聞いたら青島しかないとのことなのでガッカリしていたら、「あなたはやっぱり台湾派なのね」と中国語の先生から突っ込みを受けた。カタツムリの肉を注文してみたところ、臭みがバジルによって効果的に消されており、それでいながら独特の歯ごたえを存分に楽しむことができ、大満足。食事の後、外に出たら、中華街のゲート付近に人だかりができていたので何だと思って行ってみたら、中国人達が中国将棋に興じていた。昨夏、中国で見た風景を思い出し、少しノスタルジーを感じた。2次会はハーバード・スクエアのFinaleで。ここのレストランを利用するのは初めてだったが、接客が実に丁寧で、ワインがとても美味で素晴らしかった。12時近くまで話し込んだ。二人とも博士課程の学生であり、アカデミアの苦労話を聞かされた。 〜15日〜 この日は朝にジョンストン教授からメールをいただいた。修士論文に関して先日ロス教授からもらったコメントについてジョンストン教授の見解を聞いたところ、教授からはロス教授とはかなり違ったコメントが返ってきた。さらに教授からはいくつか学術雑誌を紹介され、修士論文を短くしたものをその中のどれかに投稿してみてはどうかと言われた。この雑誌というのがいわゆる一流雑誌ばかりなので驚いたが、後で博士過程の友人に聞いてみたところ、政治学の世界では一度に一つの雑誌にしか論文を投稿できないというルールがあるそうで、まずは一流雑誌に投稿し、徐々にランクを下げていくというのが一般的な流れなのだそうだ。また教授からは雑誌毎の特性についても教えていただき、大変勉強になった。 この日の夜はフレッチャー・スクールの会合に出席。カラオケだった。フレッチャーで授業をとったことがあり、フレッチャーには友人が数人いるのだが、彼らに会うことができて良かった。台湾人の友人が3人いたので、中国語の練習のためにここぞとばかり中国語で話しまくった。やはり外国語はネイティブとの会話を経ないと上達しないと思う。ちなみに中国語の歌に挑戦してみた。文字は読めるのだが、メロディに合わせて漢字を読むと言うのは難しいものである。 〜16日〜 今日は午前中は自宅でのんびり過ごした後、ベトナム料理のLESでランチ。午後は図書館で勉強。そしたらアメリカ人の親友から電話がかかってきたので、カフェで駄弁った。その後は韓国の外交官の友人2人とコーヒーを飲んだ。1人は今週末に帰国し、その後私が昨年参加した中国でのプログラムに参加するので、今日がお別れの日。彼は韓国外務省の日本エキスパートになることを目指している。一生モノの交友関係になるだろう。ちなみに写真はケンブリッジ・コモンの一角にあるコッシュートを記念する像。彼はアメリカ独立戦争に義勇兵として参加したポーランド人で、アメリカでは英雄と看做されている。 夜はOさんと慶応大学の某教授ご夫妻とOut of the Blueでディナー。非常に感じがいいご夫妻で、かつお話が面白いので、とても充実したディナーとなった。ためになる話もいろいろと伺うことができた。このレストランはこれで二回目だったが、相変わらず素晴らしい味。今日注文したステーキは絶品で、もしかしたらアメリカに来てから食べたステーキの中で最も美味だったかもしれない。ソースが最高としか言いようがない味だった。
|
ボストン生活あれこれ
[ リスト | 詳細 ]
初めての海外生活は毎日が発見の連続です。ボストンでの日常生活で体験したことを書き綴ります。
|
〜7日〜 修士論文の作業が取り敢えずひと段落ついたせいか、なかなか勉強をしようという気力が起こらない。昨日でハーバードの授業が終わり、この日から試験準備の期間が始まった。中国語の授業では任意参加の復習セッションが開かれるのだが、どうもやる気が起こらない私は迷わずサボり。遅い時間帯にダラダラと起きたら、アメリカ人の親友から電話がかかってきたので、車で急ぎ登校し、彼とお茶した。その後、台湾人の友人とLanguage Exchange。 午後は日本の防衛政策を専攻しているニュージーランド人の女の子のプレゼンを聴きに行った。博士論文の研究計画の発表会。事前に研究計画書を入手していて、午前中に読もうと思っていたのだが、友人と長時間駄弁ったことにより、ほとんど読めずに発表会に出席する羽目に。おかげでフィードバックを与えることができず、申し訳なく思った。日本のある政府高官(某総理の元秘書官)が出席していたので、ご挨拶させていただいた。 その後、発表会に参加していたNさんとお茶した。Nさんも日本の防衛政策を研究している。発表会の中でスーザン・ファー教授が、日本の防衛政策の研究は今や人気分野となり、研究者が群がっているので、日本の防衛政策のある特定の分野にフォーカスしないとこれからはやっていけないだろう、というコメントをしていた。日本の防衛政策が世界中で注目を浴びているのは嬉しい限りだが、私見によればまだまだこの分野の研究は成熟しているとは言い難く、研究の余地はまだまだある。この点を少し掘り下げて、Nさんにアドバイスした。他方、Nさんからは私の論文出版構想についていろいろとアドバイスをいただいた。 帰宅後はジムで汗を流した。軽く小説を読んだほかは何もできず。今週は英気を養う1週間と位置付け、来週から再び論文関係の作業を再開しようと考えている。 〜8日〜 今日は雨だったので、車で学校に行き、図書館で中国語の試験勉強。四字熟語の暗記にはいい加減飽きた。昼はフィリピン人の女の子とデート。カフェ・スシで昼食をとった後、ハーバード・スクエアのカフェでお茶した。彼女は日本専攻の学生で、私のパーティーの常連なのだが、中国専攻の私とは履修する授業が尽く異なり、会う機会は極めて少なかったのだ。2年間あっという間だったなあ、ハーバードの環境は素晴らしかったなあ、といった話をした。その後は図書館で中国語の勉強を再開。そこでアメリカ人と韓国人の友人と会い、駄弁った。 夕方、中国の軍事に関するセミナーに出席。スピーカーは元アメリカ陸軍軍人で、主に中国陸軍に関する話をしていた。この人は、人民解放軍が近代的な装備を取得したことをもって、人民解放軍が高度な作戦能力を持ったと結論して中国を脅威とみなす論調に批判的。第一に、近代的な装備=高度な作戦能力ではなく、両者がイコールで結ばれるためには、訓練とドクトリンが必要。ところが、中国の訓練とドクトリンはまだまだ不十分。第二に、全体的に見て、近代的な装備は3割程度にしか過ぎず、中国の戦力の大部分は旧態依然のものに過ぎない。第三に、中国の兵力の実に7割が陸軍に集中しており、海外に兵力を展開するための資源配分が成されていない。ちなみにこの人とは明日から始まる危機シミュレーションに一緒に参加することになるので、これまたご挨拶させていただいた。 帰宅後、例によってジムへ。いろいろな人と会って話を聞き、体も動かす、という非常に健康的な日々を送っている。
|
|
〜4日〜 数日勉強を休んだが、まだ授業は続くのでこの日、ぼちぼち勉強を再開。中国語の700字の作文を書き上げた。夜はN将軍の自宅にお呼ばれして、職場の先輩Oさん、早稲田大学のY教授とともに豪勢な夕食をご馳走になってしまった。Y教授は非常に偉い方でありながら、とても気さくで楽しい宴となった。学界や政界などの裏話をいろいろと聞くことができた。 〜5日〜 アメリカには残念ながらゴールデン・ウィークという素敵なものは存在せず、普通に今日から授業が始まった。中国語の授業の後、図書館で読書。昼食は昨日知り合ったばかりのY教授とご一緒に。相変わらず教授のお話は面白い。ちょうど私のトピックに教授はご関心をお持ちのようで、もしかしたら教授が今度書く論文に私の修士論文が引用されることになるかもしれない。その後MITに行き、サミュエルズ教授の授業に出席。先週自分のプレゼンを終えたので、今週は他の人の話を聞くだけ。早いものでこの授業も今週末の危機シミュレーションを残すのみとなってしまった。授業後、MITのフードコートで、他の2人の日本人とお茶(私はここで夕食)した。 夜は約2ヵ月半ぶりにケンブリッジ交響楽団に復帰した。2月中旬にスキーで怪我して以来、練習を休み続け、コンサートも1回キャンセルしてしまっていた。ぶっちゃけ、4月上旬には怪我はほぼ回復し、楽器を叩ける状態になっていたと思うのだが、今度は修士論文のためにあまりに忙しく、練習に行く時間も惜しいという有様になってしまった。この度やっと勉強の方が一段落つき、めでたくオーケストラへ復帰の運びとなったのだ。ちなみにオーケストラの方からはたびたびメールをもらい、「オーケストラ一同、あなたがいなくて寂しく思っている」などという殺し文句をもらってしまった。皆私を温かく迎えてくれ、特に打楽器の同僚などは、「今回があなたの最後のコンサートでしょ。シンバルをあなたのためにとっておいたのでおやりなさいよ。」と言ってくれた。泣ける話ではないか。 ちなみに今回のコンサートの曲目はマーラーの交響曲第1番「巨人」。マーラーは私が最も好きな作曲家であり、「巨人」も最も好きな曲の一つ。担当はシンバル。お聴きになると分かるが、シンバルは極めて重要な役割を果たす。特に4楽章がシンバルの一撃で始まるのは有名だろう。http://www.youtube.com/watch?v=uhGJxO_Qbqo (エッシェンバッハ指揮パリ管弦楽団の名演!)また、1楽章と4楽章の最後の最後で曲想がガラリと変わるところでのシンバルの使われ方も劇的。個人的には3楽章の葬送行進曲で使われるサスペンド・シンバルの暗い響きが好きだ。今日のこの日のために前々から準備してきたので、ほぼ落ちずに叩くことができた。同僚達からは、「やっぱりあなたの演奏は素晴らしいわ。戻ってきてくれて本当にありがとう。」と言われた。何故か、本業であるはずの勉強よりも副業である打楽器の方で褒められる頻度の方が高い。 ただ、どうしても気になるのがオケ全体のレベルが低い点。ホルン(最重要!)などはいいエキストラを連れてきているようで結構上手だったが、トランペットは相変わらずあり得ない下手くそぶりであり、チェロなども普通に落ちる。指揮者のシンシアが珍しく泣きそうになり、「マーラーはこの1時間の作品のために6年もの歳月をかけたのよ!これに対して敬意を払わないといけないわ。しっかりと楽譜を読んできなさい!」と諭していた。彼女の怒りももっともだ。ただ、マーラーは音楽愛好家にとってもやや敷居が高い作曲家であり、私の印象だと、オーケストラの大半のメンバーがマーラーの音楽を理解できていない。まあ、ともあれ、自分にできることをやり、2週間後の本番では満足が行く演奏をしたいものである。
|
|
今日も6時半に起きて中国語の授業の予習。帰国が約3ヵ月後に迫ってきたが、職場復帰後であってもこんなに早い時期に起きなくてはならない日はそんなに多くないだろう。留学生活も楽ではないのである。今日の中国語の授業は漢詩を扱ったのだが、今日初めて「平仄」の真の意味を知った。まさか四声に関係があるものだとは思わなかった。漢詩は押韻が踏まれているほか、四声による縛りも受けている。具体的には「平」(第一声と第二声)と「仄」(第三声と第四声)が概ね交互に来るように詩が構成されているのだ。あらためて中国の古典芸術の偉大さを思い知らされた。 今日は病院に予約を入れていたので、昼前に病院に向かって歩いていたら、アメリカ人の盟友とばったり遭遇。「韓国人なんかとスキーに行くからこうなるのさ。多分奴(韓国の外交官の友人)は、危険思想の持ち主である君を消すために、君に衝突したんだよ。」というブラックジョークを聞かせてくれた。医者からは、怪我は着実に良くなっていると言われた。しかし、完治するまであと1ヶ月はかかるとのことだった。予想以上に時間がかかるようだ・・・。今月末の春休みは、大人しく部屋で過ごすことになりそうだ。まあ、論文があるので、どっちみち春休みに遠出するのはムリだと思っていたのだけど。 午後は図書館にこもってサミュエルズ教授のSecuring Japanを読んだ。戦後の日本の防衛政策を概観したもので、特に最近の政策の変化についての記述が非常に面白い。近年の海上保安庁の「戦力」強化について詳述されてあり、これまた面白い。何と海保の艦艇の総トン数は、中国海軍のそれの6割以上に達するのだそうだ。帰宅後はまずは中国語の資料絡みの作業をした。中国の学術論文には筆者の名前だけ書かれてあって、所属や専攻について書かれてない、という場合が結構ある。従って、インターネットを使って筆者の情報を探し回った。まだまだ中国ではインターネットのサイト(特にアカデミックの分野のそれ)が充実しておらず、情報探しにはかなり苦労させられた。夜は修士論文。イントロダクションを書いている。
|
|
スキー場での事故から今日でちょうど2週間経った。わき腹の痛みはかなり軽減されてきた。事故直後は、車の運転も困難だったし、笑ったり、咳をすると激痛に襲われたものだ。また、寝返りを打つのも不可能だった。それが今ではこれらの状況は改善されつつある。車の運転はほとんど問題ない(車を停める時など、ハンドルを大きく切らなくてはいけない時に、ちょっと痛むくらい)し、食料品程度の荷物だったら問題なく運べる。笑ったり、咳をしても平気だ。ただ、まだまだ痛みは残っていて、寝返りは苦痛を伴うし、歩いているとたまに痛みを感じる。走ることはまだまだ不可能だ。完治するまでにあと2週間はかかるものと私は見ている。一番つらいのは、この間、ジムに行けないことだ。体を壊していた間、たくさん食べたこともあり、ちょっと太ってきた気がする。傷が癒えたら、帰国までひたすらトレーニングに励みたいところ。 午前中、自室で勉強をした後、ポーター・スクエアの中華レストランで食事。ひどい味。ここはこれで3回目だったが、毎回イマイチな味。その後、Fung図書館に行って勉強。最近、ようやく勉強のペースが上がってきた。図書館でOさんとお会いしたので、いろいろと話した。 帰宅後は、北京在住の友人2人にメールを書いた。中国人とシンガポール人である。夏に北京で知り合って以来、ほぼ毎週メールのやりとりをしている。前者とは中国語、後者とは英語でコミュニケーションをとっている。中国のナマの情報を聞けるし、また中国語の練習にもなるのでよい。その後は、毎週日曜日恒例の中国語の宿題。今週は宿題の量が多くてうんざり。これから中国語のエッセイを書かなくてはならない。
|



