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〜9日〜 この日は中国外交の分野で有名なロバート・ロス教授と昼食をとった。何と教授からのお誘いであった。前回お会いした時にサインをおねだりしたのが効果的だったのかもしれぬ。いい機会だと思ったので、修士論文を読んでいただけないかと依頼したところ、何と2日足らずの間で私の論文の全てに目を通していただいた上に、貴重なコメントをたくさんいたいだいた。出版に関心があることを前もって知らせておいたところ、出版するには何が足りないかを的確に指摘してくれた。論文の内容についてはマイナーな修正で大丈夫だと言われたが、問題は方法論らしい。私はちょっと厳格な方法論を使用したのだが、こういった論文はアジア研究の学術雑誌では好まれず、かといってこのような方法論が好まれる政治学の雑誌では日中関係のようなアメリカとは無縁のテーマは好まれないのだそうだ。というわけで、ロス教授からは、方法論的な色彩を和らげるとともに、文章の分量を大幅に絞り、アジア研究の学術雑誌に投稿することを薦められた。というわけで、出版を目指すにはかなりの作業量が必要になりそうだが、それでも私がやると決心するならば、教授もサポートしてくれるという。 夜からはいよいよMITのアジア・太平洋危機シミュレーションが始まった。これはMITのリチャード・サミュエルズ教授が今学期私が履修したJapan and East Asian Securityという授業が開講された年に開かれるシミュレーションで、90年代前半から行われているもの。アメリカの元官僚と研究者、そして日本からも有名な方々が参加するなど、メンバーは超豪華。この日はレセプションが行われ、日本人がやけに多かったので名刺交換をしたところ、経団連の方々が多かった。経団連がこのシミュレーションのスポンサーの一つなのである。何気なく話しかけた人が経団連の首脳のお一人だったことが判明し、ひどく狼狽。ちなみに会場はMITのFaculty Clubであった。 〜10日〜 このシミュレーションは太っ腹で、シミュレーションの期間中の朝食と昼食はFaculty Clubで提供される。朝7時半から朝食が始まり、その後ブリーフィング。シナリオについては明らかにできないが、2010年代から20年代にかけての時代が舞台で、豪華メンバーが日本、中国、アメリカ、インド、ロシア、イランの6チームに別れて、それぞれ指定された役割を演じる。ちなみにサミュエルズ教授の授業の学生は各チームの副官としてあてがわれ、私は中国チームを担当した。中国チームはメンバー多く、中には極めて偉い人もいて、大変緊張した。副官の役割は、他チームとの連絡がメインで、他国のプレイヤーとの外交交渉をセッティングしたりする。他の副官(クラスメイト)もかなり緊張していて、最初はミスコミュニケーションが頻発した。次第に慣れていったが、合計7時間近くも英語でやりとりするのは結構大変。しかもチームメイトのお偉いさん達からいつ指示を受けるのか分からないので、常に彼らの話に耳を傾ける必要があった。 夜はお別れディナー第一弾。他大学ではもう授業が終わっているところが少なくなく、近日中に帰国あるいは帰省する人が結構いる。この日は日本と韓国の友人達と会った。別れの季節の到来である。 〜11日〜 今日も朝7時半から朝食。食事はアメリカにしては美味な方だった。今日のシミュレーションでは中国がリーダーシップをとる機会があり、私は会議のアレンジで大忙しだった。さらに、このシミュレーションにはマスコミ役が2人いて、彼らがニュースをテレビを通して流すのだ。また、各国がテレビを前にして声明を発表することもある。各チームはこのテレビを通して他チームの状況を知ることができるのだ。激しく疲労したが、多くを学んだシミュレーションだった。日本にもこういうものが必要だということで、日本人の出席者の方々と意見が一致。 帰宅した後は見事の爆睡。明日からはいよいよ中国語の最後の試験が始まるが、各種ミーティングのセッティング等で、それどころではない。
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政治・安全保障について
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日米両国の政治や安全保障についてコメントしてみます。
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今日は朝一で中国語のテストがあったが、今回の試験は持ち込み可のライティングの試験だと聞いていたので、ほぼ無対策で臨んだ。最初に15分程度、儒家思想の現代社会における有用性をめぐる中国語の先生2人のディベートを聞いた上で、それに対するレスポンスを書くという形式。適当に自論を書き連ねた。その後、N将軍との勉強会のための資料を急いで作成。 午後はまずクリストファー・ヒューズ教授の講演会に出席。読書録の欄にも書いたとおり、彼は日本の防衛政策の若手研究者。彼はmilitarize(日本語で言えば「軍国化」)というコンセプトを使うと昨今の日本の防衛政策を上手く説明できると述べていた。日本の防衛費は海上保安庁の予算も含めれば増加し続けており、社会の中での自衛隊の地位も上がっており、さらに自衛隊の活動範囲も拡大しており、これはmilitarizeというコンセプトにある程度沿うものだという。我々日本人は「軍国」という言葉にはアレルギー反応を持っていて、実際にmilitarizeという言葉には違和感がある、と主張する日本人の出席者もいたが、教授からは、とは言っても現在の傾向は非軍国化ではないのは明白だ、と反論されていた。先日知り合ったばかりのY教授がヒューズ教授の知人なので、紹介していただいた。何とヒューズ教授は東大法学部に留学しており、私のゼミの先輩だったりするのだ。 また、Y教授が隣に座ったアジア系の年配の男性に声をかけたところ、何と台湾の元某国大使(正確には「代表」)や国家安全保障会議の高級幹部を務めたことがあるVIPであることが判明。興奮した教授が私を元大使に紹介したところ、元大使も興奮。ヒューズ教授と話した時も感じたが、肩書きが物を言うという時は少なくない。是非一緒にお茶でもという話になり、N将軍も交え、1時間ほど懇談。残念ながら話の中身は明らかにできないが、非常に実がある話だった。その後はN将軍のオフィスで勉強会。 帰宅してからはジムへ行って汗を流した。先日N将軍宅で体重を量ったところ、何と70キロを超えていて大ショック!身長を考えれば問題ない体重ではあるが、アメリカに来てから5キロ近くも体重が増えているというのはよろしいことではない。この1年間でかなり太った気がする。帰国まで、できる限り頻繁にジムに通いつめるつもり。
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〜19日〜 5月中旬にMITでアジア太平洋危機シミュレーションが行われる。サミュエルズ教授の授業の参加者はこれへ参加することになっている。 当初、私達はコントローラーとプレイヤーの間のメッセンジャー的な役割を割り当てられることになっていた。ところが、N将軍が教授からの依頼により日本の防衛大臣役を引き受けることに急遽決まった。問題は、このシミュレーションの参加者の大多数が政府の高官や学者などのエキスパートであること。N将軍はスタッフが必要なので、教授に掛け合って、私を防衛次官役に、空自のMさんを統合幕僚長役に配置換えしてもらうよう依頼するそうだ。 気合十分のN将軍が早速勉強会を始めようとおっしゃるので、この日のお昼に3人でNさんのオフィスに始まり、文字通りの作戦会議。前回のシミュレーションの報告書(MITのCenter for International Studiesのサイトで入手可能なので、興味がある方はどうぞ)を読み、まずはシミュレーションの概要を把握。イランの核武装、インドとロシアの同盟、台湾の核武装計画、米台FTA、朝鮮半島統一など、非常にシビれるシナリオばかり。シナリオはMITが誇る教授陣が書き上げただけあって、非常によく作りこまれている。N将軍の訴えかけが成功すれば、私は日本チームの一員としてこれらのシナリオに対する日本政府としての対処案を練る必要がある。これは勉強になるばかりでなく、将来にとっても役に立つかもしれない。 その後、図書館に行って中国語の宿題を片付けた。ジョンストン教授にメールを送り、修士論文に対するコメントを催促するとともに、果たして出版するだけの価値があるのか見極めて欲しいと依頼。すぐに返事が来て、これから修士論文を見るので、現在のバージョンを送ってくれと言われたとともに、チューターから高い評価をもらったようでおめでとう、確かに先学期提出した君のペーパーは一級品だったよと言われた。果たして教授からどういうコメントが返ってくるか、興味深いところ。 〜20日〜 今日は朝一で妻と実家に電話した後、自室で例によって修士論文の作業。修士論文の執筆がこんなに手間がかかる作業だとは思わなかった。昼食を近所のタイ料理レストランで食べた後、図書館に行き、また修士論文の作業を再開。取り敢えず、今私ができることは大体終わった。これからは返ってくるコメントを受けてどのように論文を修正していくかの作業になる。午後、先日知り合ったばかりのケネディ・スクールに通う女性とお茶した。国際機関で働く彼女の話は面白く、3時間以上も話してしまった。 来週、サミュエルズ教授の授業で20分のプレゼンをする必要があるので、準備を始めた。たまたま先学期はプレゼンをする機会が無かったので、約1年ぶりのプレゼンとなる。とは言え、中国語のプレゼンは数え切れないほどやっているので、正確には英語でのプレゼンということになる。修士論文の一部を開陳する予定である。
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〜1日〜 日本では人事異動があったり、新入社員が入ってきたりするなど、4月1日はやけに季節感があるものだ。東京では桜も咲いている季節だし。しかし、残念ながらここボストンにはそういう季節感は無い。ただ、この日は今年一番と思える暖かさ。やっと春めいてきた。 この日は中国語の授業の後、図書館にこもり、ひたすらサミュエルズ教授の授業のリーディングをこなした。オフェンシブ・リアリズムで有名なミアシャイマー教授の『大国政治の悲劇』の一部を読んだ。オフェンシブ・リアリズムとは一言で言うと、国家は自らの安全のために自己利益を最大化し、覇権国となることを目指すものだ、という理論である。本書の一番の読みどころは教授が21世紀の東アジアをオフェンシブ・リアリズムの理論を用いて大胆に予測している箇所だ。 教授によれば、21世紀の東アジアのシナリオは実は2つしかない。一つは、中国の経済がこのまま急成長を遂げ、これに合わせて軍拡も進め、アジアの覇権を狙うというもの。この場合、アメリカは中国に対抗すべく引き続き日本と韓国に軍を残すことになり、米中戦争の危機が高まる。2つ目のシナリオは、中国の経済成長が止まって大国になることができず、代わりに日本が覇権を狙うというもの。この場合、中国に対抗する必要が無いのでアメリカはアジアから軍隊を引き上げることになるが、その代わり日本は自主防衛のため軍拡に進むことになる。ところが日本の軍拡は他国から猛反発を買う上、日本にはアメリカほどの圧倒的な国力が無いので、東アジアは不安定な多国間システムとなり、その結果、戦争の危険性も増す。どちらのシナリオも戦争の可能性が高いとしているところがポイント。教授はこの結論を踏まえて、日本の21世紀の安全保障政策の立案は難しいものになるだろうと言っている。 〜2日〜 今日は中国語の授業の後、久しぶりにアメリカ人の親友と昼食をとった。彼は春休みの間、彼女に会いに北京に行っていたのだ。やはり中国の方が段違いに食事が美味いと言っていた。彼は寝台列車で泰山に行くなど、面白そうな経験をしたそうだ。ちなみに彼女は某社のジャーナリストであり、彼はその友人の他のジャーナリスト達とも会ったらしいのだが、チベット問題については誰も言及しなかったそうだ。 食事の後は、図書館で勉強。他のアメリカ人の友人と会って論文の進捗状況を聞いたところ、かなり進んでいるようだったので、私も気を引き締めて、帰宅後、論文に取り掛かった。Language Exchangeをしているアメリカ人の女の子に論文の文法のチェックを依頼していて、論文の一部が添削されて返ってきたのだが、添削の見事さに驚いた。彼女は博士課程の学生で、ティーチングの仕事もしているので、論文の指導のノウハウもあるのだろう。それにしても、あらためて英語の難しさを痛感した。当たり前のことだが、ネイティブ・スピーカーのコンパクト、かつパンチ力がある表現というのは、なかなか外国人には真似できないものがある。論文の一部を見直して、ジョンストン教授に送信。今晩も引き続き論文の執筆だ。
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また一週間が始まった。例によって朝一は中国語。今日は魯迅の文章を読んだのだが、中国語の先生は魯迅の文章は英語や日本語の影響が強く、中国語の美しさが損なわれているので好きではないと言っていた。また先生は、魯迅が仙台に留学中、中国人のスパイが日本人によって殺される映画を観た際、中国人の聴衆が泣いているのに対し、日本人の聴衆が喝采しているのを見て、中国人を救うには医学ではなくて文学が必要だと悟ったという話を紹介していた。こういう話をされると、クラス唯一の日本人としては、非常にやりにくい。 授業後は図書館でジョンストン教授から紹介された論文を読んだ。今日はある博士論文を読んだのだが、論文の構成など、参考になるところが非常に多く、有益だった。午後はMITのサミュエルズ教授の授業。今日は日本の政軍関係について。教授は鎖国から戦後に至る日本の近現代史は政軍関係の変化の歴史だと喝破していた。鎖国以後の徳川幕府が軍事政権だったのに対し、明治・大正政府は非軍事政権だった。それが1920年、30年代に再び軍事政権が現れ、日本は戦争に突入し、戦後は再び非軍事政権に戻った。確かにこうして見ると、日本の近現代史における政軍関係の変化はかなりダイナミックである。また、教授は戦後日本の文民統制の特色として、内閣法制局と防衛省(庁)の内部部局(いわゆる背広組)の存在を挙げていた。法制局に言及する辺りが通である。法制局の重要性については内外で知られているが、未だに法制局についての体系的な研究は存在しないのだそうだ。授業後、クラスメイトの日本人2人と2時間近くもお茶する。元自衛隊将官のNさんから貴重なお話を伺った。 帰宅後は修士論文に取り組む。ジョンストン教授のコメントを踏まえてイントロダクションを書き直しているが、これがなかなか大変。ただ、逆にイントロさえ書きあがれば、あとは割合すんなりと進みそうな気もする。
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