|
「入院される方へ」
こんな主題の説明書を手渡されていた。
入院時に用意していただくもの、として
洗面具、石鹸、石鹸箱、シャンプー、リンス、ブラシ、歯ブラシセット、コップ2個、
浴用ナイロンタオル、下着5〜6枚、女性の方は生理用ショーツとナプキン、パジャマ、
靴下、普段着を着替えも含めて3〜4組、タオル3枚、バスタオル2枚、履き物、
ティッシュペーパー、ビニール袋45サイズを数枚(洗濯物を入れておくため)、
などなどが書かれていた。
これらすべてに記名が必要だ。
入院するには実に多くのものが必要なんだと認識した。
朝起きて、まず入院用のこれらを揃えることから始めた。買い出しだ。
揃い次第すぐに持っていくつもりでいた。
女性用のものに関してはさすがに分からなかったので、実家の母、妹にも手伝ってもらった。
7/16(日)夕方。今朝来たばかりのI 病院へ母と2人で向かった。
I 病院は公立病院であり、緊急性のある患者向けの病院だ。
そのため床数もそれほど多くない。
大きく第1、第2病棟とに分かれており、
第1病棟は隔離病棟と呼ばれる。
つまり症状の重い患者向けの病棟だ。
多くの患者は入院後ここで数日から1週間程度を過ごすことになる。
後で知ったのだが、第1病棟は症状により3段階の部屋が用意されている。
休日のため正面玄関からは入れず、裏口から入り、警備員室で面会書に記入する。
第1病棟へは窓も無い白く塗られた鉄製の厳重な扉から入室する。
インターホンで職員を呼び出し、しばし待たされる。
暫くすると看護師さんが現れ、患者用のトレーワゴンが用意され、
我々が持ち込んだ荷物のチェックを一緒に始めた。
基本的に鋭利な刃物類はもちろん、紐の類も持ち込み厳禁である。
ビニール、袋類も駄目で穴を開ける必要がある、自殺される可能性があるためだ。
そして持ち物1つ1つに名前を記入したかどうか、チェックしていく。
記入漏れがあるもについては持参した油性ペンで名前を書いていく。
「つらいだろうけど早く良くなってくれ」そんな思いを込めながら
名前を書いていくと何故か悲しくなってきた。
この時点で相当悲壮な思いだったと記憶している。
これからのことが相当不安だった。
部屋に案内されると妻は眠りについていたが、そこは想像以上に物々しかった。
格子扉で厳重に施錠され、トイレも付いている。
自分の意思では部屋の外へは出られないことを物語っている。
担当医師は、その留置場を思わせる個室の状況をお子さんが見ると少なからず影響を受ける、
とのことで子供が見舞いに来るのは控えたほうが良い、と言った。
それくらい厳重である。相当な重症患者もいることを窺わせる。
その日は妻とは面会できずに帰宅した。
次回は妻の洗濯物を交換するために3日後に来院することにした。
幸い翌7/17(月)も休日だった。
これからのことを母、義母と相談し、当面平日の日中は2人に来てもらい、
子供の面倒を看てもらうことした。
子供は夏休み前にあと4日の登園があった。
朝、朝食の準備をしながら洗濯。子供を起こし、着替え、朝食を食べさせ、通園準備。
そうこうしているうちに母、義母がやってくる。
「今日は8:40頃に迎えのバスが来て、14:10頃に迎えのバスが到着します。」
そんなことを伝え、私は会社へ出勤する。
夜、帰宅後バトンタッチ。子供の1日の様子を聞いてから帰ってもらう。
その後子供を風呂にいれ、寝かす。
そんなパターンを1週間続けた。
この間の一番の心配事は子供。
ママがいなくてメソメソして淋しい思いをするのでは?
それは杞憂だった。
幸いにも子供は人見知りしない。
誰か顔見知りの人物が傍にいればよかった。
パパ、ママがいなくてもまったく元気は衰えず、おばあちゃんと過ごせる。
これは妻が育てた成果だと思う。ありがたかった。
私はかろうじて仕事に行けた。
お互い実家がともに近距離であったことは幸いであった。
|
「これは妻が育てた成果だと思う。ありがたかった。」
このフレーズにじーんときました‥その気持ち、奥さんに届いているといいな‥^^
2007/7/22(日) 午後 10:23
また書いていただいてありがとうございます。
子供が生まれた当初からできるだけ外へ遊びに連れて行って、たくさんの刺激を与えていこう、と2人で決めていました。妻は忠実に守ってくれてましたね・・・
2007/7/29(日) 午後 8:23