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ブログ管理者、ともっちが書く何気ない日々の日記です!

ともっちとは・・・。

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最愛なる君へ。

天国の君へ
 
 
「いつもそばにいるね!」
 
と言っていつも笑っていた君がいたよね。
 
そして、君は天国に旅立ち、私だけが残された・・・。
 
 
残された、私は生きている。
 
 
いつも一緒にいて、
 
いつも同じ話していたよね。
 
それは決まって2人の子供の話、
 
しかし、子供の顔を見る前に君は旅立ってしまった。
 
 
だけど、私は生きている。
 
 
そして今、新しい恋が始まろうとしている。
 
そのとき、いつも心に響くあのときの一言・・・
 
 
「いつもそばにいるね!」
 
 
抜け出せない迷路の中を何年も彷徨っている私がいる。
 
君は天国から応援してくれているのか?
 
それとも・・・・。
 
 
だけど、私は生きている。
 
 
月日は淡々と流れ、時間だけが過ぎていく。
 
君と一緒に過ごせなかった日々を違う人と過ごそうとしている私がいる。
 
私は君と同じようにこの人を愛せるだろうか?
 
ふと、我に返ったときに、いつも心に流れてくるあの一言。
 
 
「いつもそばにいるね!」
 
 
今も私の周りにいるのかな?
 
 
「いつもそばにいるね!」
 
 
ともっち心の叫び

3人娘!

今日は、ブログで仲良くしてくださっている「さき様」より私のブログによく出てくる、3人娘のことが聞きたいとのリクエストがありましたので、少しお話したいと思います。
 
 
3人娘は、正確には4人娘で、あと1人いるのですが、1人は2年前に結婚をして小さな子供もいるので、たまにしか遊びにこれないのです。
 
 
 
私と3人娘の出会いは、今から5年位前の話になります。
 
 
当時、嫁を亡くして2年位が経過し、精神的に病んでしまい、うつ病状態になっていました。
このいつも陽気で明るい性格の私から、笑顔が一切無くなり、毎日暗い人生を送っていました。
 
毎日が、嫁の後を追って死のうかなぁ〜って思っている人生でした。
これは本当の話です。
 
 
そんな中、男友達に言われて、茨城ではそれなりに大きな病院に行くことになりました。
もちろん、精神病患者が行く病院です。
 
 
精神病の病院に行くということに対し、抵抗があったのですが、あまりにも友達がきつく言うので、1度行ってみようと思って、病院に行きました。
 
 
先生と話をした後に、メンタル面でのケアが必要であると判断されて、年齢も近いからと言われて、1人の女性を紹介されました。
この女性は、この病院内で専用の部屋を用意されていて、メンタルケアなど色々な相談を受けている女性でした。
そのとき、初めて「社会福祉士」「精神保健福祉士」という仕事があると言うことも知りました。
彼女は、この資格の保持者だったのです。
 
 
そうです!
 
 
その彼女こそ、3人娘の1人なのです!
 
 
彼女は、私が病院に行くと、とても親身になって明るく接してくれました。
また、色々と話をしていくと、私が住んでいるところから、車で5分くらいのところに住んでいたのです。
 
今だから明かすと、当時チョット好きだったかもwww(テレ。。。)
 
 
家が近いこともあり、うつ病にかかっているときは、仕事の帰りや休みの日などに、なんだかんだ理由を付けては、私のところに来て、元気付けてくれたのです。
おそらく2日に1回は、私のところに来てくれていたと思います。
 
 
その看病のかいあって、2年の月日はかかったものの、私の顔に笑みが戻りました。
 
 
なので、彼女は私の命の恩人とまでは調子にのるので言いませんが、大事な人なのです。
今の自分がいるのも、彼女がいてくれたから、今の自分がいます。
 
この彼女が、いつも私の家に来ていて、お父さんが参上したりする、お騒がせな彼女です。
 
 
そんな彼女に、今度は困っている人を助けてみませんか?と誘われたのです。
何を言っているのかわからなかったのですが、誘われるがままに一緒に行ってみると、そこには「ボランティアグループ ふたば」と言うグループがありました。
 
 
この団体は、老人ホームやグループホーム、介護施設などにお邪魔して一緒にイベントをやったり、遊んだりするグループでした。
 
 
残りの2人は、この「ふたば」にてお知り合いになった方です。
 
1人は、管理栄養士の資格を使って、特別老人ホームで給食の献立などを考える仕事をしています。
1人1人の身体や病気の症状にあわせた献立を34人分毎日考えるのが仕事です。
介護ヘルパー1級の資格も持っていて、時には現場に入りヘルパーの仕事もこなすがんばりやさんなのです。
 
 
もう1人は、「障がい者 生活支援センター」に勤めています。
このお仕事は、身体障がい者や精神障がい者、知的障がい者などが自立できるように、就職斡旋などを行う仕事をしています。
この1人と出会ったことにより、私の夢で今工事中の「障がい者雇用施設」を作ろうと思ったきっかけになった人です。
この人と出会ったことにより、障がい者の就職困難な情況、知的障がい者への世間からの批判などを聞かされ、自分に何か出来ることはないかなぁ〜って思ったのがきっかけです。
 
 
こんなことがあり、この3人とは長い付き合いになっているわけなんです。
とても真面目で、顔も可愛くて、スタイルも良いのですが、欠点を言えば、3人共男を近寄らせないオーラを出しているんです。
恋にとってもおくてで、彼氏が出来ないんです><
これだけ、一緒にいて、男の人と食事に行った話を数回聞いたくらいで、彼氏の話が一切出てきません><
 
 
そんな彼女達も今年で26?27?歳くらいです。
そろそろ素敵な人を見つけて、幸せになってもらいたいところです^^
 
 
これが、私と3人娘のつながりでした!
 
 
 
 
 

将来の夢!

昨日は、いつもより会社の仕事が早く終わり、自宅に8時ごろに帰ることが出来ました。
 
 
 
こんな早い時間に、帰ってこれる事が滅多に無いので、年末も近いということもあり、少しずつ大掃除に向けて、片付けをしていこうと思いました。
 
 
 
まずは、夏服が少し出したままになっていたので、クローゼットに洋服を片付けることにしました。
 
 
 
そのときです!
 
 
 
クローゼットの棚の奥に1箱のダンボールがありました。
 
 
 
? ? ? 
 
 
 
ん?まったく記憶がありません。。。。
 
 
 
中を開けてみると、私の生まれた頃の写真から結婚式の写真まで、綺麗に整理されて、箱にしまってありました。
おそらく、嫁が整理しておいてくれたのだと思います。
って事は、ここに最低でも7年間は置いてあったことになります。
 
 
 
まったく気がつきませんでした^^;
 
 
 
中の写真を見ると、私が母親に抱かれながら、ミルクを飲んでいる写真や、学校入学、そして結婚式の写真などがあり、ずっと見入ってしまいました。
 
 
 
そんな中、何冊かの文集を見つけたのです!
 
 
 
それは、小学校の時に書いた作文を文集にまとめた「あしあと」という本でした。
早々に、自分のページを探したら、小学3年生のところにのっていました。
 
 
 
このときの、作文の課題が「将来の夢」だったみたいです。
 
 
内容を読んで、すっかり忘れていた、私の将来の夢を思い出しました。
 
 
 
 
作文の内容を少し抜粋すると、
 
 
「私の夢は、ケーキ屋さんになることです。」
「私は、今までに誕生日のときに、大きなケーキを食べたことがありません。」
 
・・・・・・
 
「なので、大きくなったらケーキ屋さんになって、お腹いっぱいケーキが食べたいです。」
 
 
確かに、私の家は片親で生活が苦しかったので、誕生日にケーキが出てきたことが、ありませんでした。
幼いながらに、家が貧乏だということを把握していて、親にも誕生日にケーキが食べたい!と言ったことも1回も無いと思います。
 
 
しかし、心の中では、食べたかったのでしょう。。。。
 
 
そのことが、作文の中に書いてありました ;;
 
 
 
 
幼少期の夢は、叶える事が出来ませんでしたが、今は食べたいときに食べたいものを食べられるくらいの生活が出来ています。
決して贅沢な生活ではないですが、この普通に生活できるということに、幸せと感謝の気持ちを持ち続けたいと思います。
 
 
 
ちなみに、私と嫁は小学校からの幼なじみですので、嫁の作文ものっていました。
「大好きな人のお嫁さんになって、2人の子供と一緒に暮らしたい」
 
 
大好きな人・・・・私で良かったのだろうか。
子供2人・・・・・・まだできなかったね。。。
 
 
気持ち的に色々と複雑な気持ちになりました。
結局、夜中1時まで、写真を見たり、文集を読んでいて、まったく片づけが終わらないまま、睡眠の時間を迎えてしまいました><
 
 
今日から、少しずつ片づけをやっていこうと思います^^;
 

複雑な気持ち

この花を、ご存知でしょうか?
私の大好きな花でもあります。
 
 
イメージ 1 
  ← これは、つぼみの状態です。
 
     5枚の花びらがくっついて
     います。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 2
 
 
 
 
花びらが開くと、薄紫色の
きれいな花が咲きます。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 3
 
  周りに多くの花をつけて咲きます。
 
 
  花の季節は、たしか6月〜9月
  くらいだった気がします。
 
 
 
 
 
 
私は、この花が大好きで、自宅に植えていたりもします。
 
 
 
 
 
 
今日のように、自宅にいる日は、色々なことが頭をよぎります。
 
 
友達といるときや、このブログでは、常に明るく振舞っている私ですが、現実をまのあたりにすると、考えさせられることが、たくさんあります。
 
 
昨日、動物園に行ったときも、同年代にすれちがうと、家族もちの子供連ればかりです。
同級生の友達も世帯を持って、人によっては子供3人いる家庭もあります。
私も、34歳になり、決して若い年齢ではなくなりました。
会社では、お見合いを進められ、友達の奥さんには、友達を紹介するよ!
といわれ今日まできました。
 
 
このまま、歳を取っていき、1人で老後を向かえ、死んでいくのかなぁ〜。
 
 
と本気で思うときもあります。
 
 
常に自分の中で無くなった嫁を忘れられない、自分がいて、新しい恋愛をうまくこなす自身がありません。
また、1度経験をしてしまったので、人をすごく愛して、その人がいなくなったときの、恐怖感、孤独感がトラウマになっています。
私は、初恋の人とそのままお付き合いをし、結婚をしたので、恋愛経験が少ないのも、新しい恋に進まない理由の一つかもしれません。
 
 
最初は時間が解決してくれると信じて、生きていました。
しかし、7年たった今でも、時間は解決してくれません。
そんなこんなで、年齢も34歳になってしまいました。
 
 
自分の中で、あせる気持ちと、やるせない気持ちで、どうして良いかわからない自分がいるのです。
 
答えが見つからない私は、今も・・・・
そしてこれからも・・・・
 
この孤独感と向き合って生きていくしかありません。。。。
 
 
 
 
最後に、写真であった私の大好きな花ですが、「キキョウ」です。
「キキョウ」の花言葉は、変わらぬ愛/誠実です。
 
 
今日はこれで書き込みを終わりにします。

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暴走族の話

私の猛烈なファン様(勝手な思い込みです!)より、暴走族に入った話が聞きたいとのコメントを頂きました。
今となれば、馬鹿だったあの頃ですが、その話をチョットだけしたいと思います。
 
 
私は、物心が付いたときには、両親が離婚していて、母親に引き取られ、生活をしていました。
当時、母親は裁縫の内職をしながら、私を育ててくれました。
おそらく、月7万円くらいの収入だったと思います。
なので、生活がやっとと言う感じで、お小遣いもなく、たまにもらえる100円で、駄菓子を買いに行くのが、私の楽しみでした。
 
 
当時、小学校の頃は、ビックリマンチョコレートと言うお菓子の中に、シールが入っていて、そのシールを集めることがはやっていたのですが、30円のお菓子ですら、たまにしか買えませんでした^^;
 
 
現代では、バツイチだ、バツニだといいますが、今から25年も前は
片親しかいない、そんでもって貧乏・・・・。
 
 
子供の中で、いじめられる対象です。
 
 
その為、いじめられないように、強く生きるしかなかったのです。
 
 
いじめられないように、何かあれば、喧嘩や暴言です。
中学校に入り、気がついたときには、自分の周りには、自分に似たような人間しか集まっていませんでした。
 
 
よくきく「不良グループ」です。
 
 
そのまま、県立高校へと進学をして、アルバイトで稼いだお金で、教習所に通い、その後中型のバイクを購入し、流れのまま暴走族です。
 
 
常に自分の弱さと格闘をしながら、生きていました。
自分に弱さがあるから、最終的には暴走族になってしまったのだと思います。
 
 
高校を卒業する頃には、暴走族も引退し、大学に行く話もあがっていたのですが、小さい頃からの貧乏生活があったので、とにかくお金を稼ぎたかったのです。
 
 
学校の先生は、奨学金もあるから、大学にいったほうが良いと言ってくれましたが、それを押し切って、高校卒業後、自宅近くの工場に就職しました。
 
 
その会社が、現在働いている、この会社になります。
勤続16年になりますが、毎日がんばって仕事(私の仕事はブログ更新)しています。
 
 
自分でも世の中を理解していて、景気が悪く、大学卒業者が世の中に余っていので、この会社を辞めたら、学のない私では、再就職が厳しい事をわかっているので、がんばって仕事ができるのかもしれません。
 
 
こんな私でも、1つだけ意地がありました。
大学卒業者よりも偉くなる!と言うことです。
 
 
 
その為には、ここでは言えないくらいの努力もしました。
 
 
その結果、今は中小企業(社員数1,000人)の工場で管理職をしています。
ちなみに高校卒業での管理職は、会社で私1人です。
給料も34歳ですが、手取りで38万円くらいもらえるようになり、同年代の人より裕福な生活を送っていると思います。
 
 
それもすべて、片親で育ててくれた、母親がいたからこそなのです。
そんな母親も、私が19歳のときに、脳梗塞で倒れ、帰らぬ人となりました。
今、母親が生きていれば、金銭的には余裕があるので、親孝行の一つも出来たのになぁ〜〜。
 
 
後悔先にたたず!
 
 
です。。。。
これが、私の暴走族人生のすべてです。
 
 
 
つまらない話ですいません^^;

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