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			<title>私の同朋運動</title>
			<description>　浄土真宗本願寺派で推進されている同朋運動。
　教団の基幹運動に位置づけられ、よく耳にする言葉だけど、一体何をする運動なの？と疑問を持っている方も多いはず。私のその一人でした。というよりも、今も・・。
　そこで「同朋運動って何？」「なぜするの？」といった素朴な疑問を抱いている仲間（僧侶・門信徒・その他）が集い、同朋運動について共に考えていきたいと思います。
　とりあえず私が普段疑問に思っていること、考えていることを書いていきたいと思います。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tomodougyou</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>私の同朋運動</title>
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			<description>　浄土真宗本願寺派で推進されている同朋運動。
　教団の基幹運動に位置づけられ、よく耳にする言葉だけど、一体何をする運動なの？と疑問を持っている方も多いはず。私のその一人でした。というよりも、今も・・。
　そこで「同朋運動って何？」「なぜするの？」といった素朴な疑問を抱いている仲間（僧侶・門信徒・その他）が集い、同朋運動について共に考えていきたいと思います。
　とりあえず私が普段疑問に思っていること、考えていることを書いていきたいと思います。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tomodougyou</link>
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		<item>
			<title>門徒推進員＝教団・僧侶にとって都合のいい門徒？</title>
			<description>&lt;div&gt;　先日、教区の門徒推進員の総会があった。そこで規約が一部改定された。これまで門徒推進員とは「僧侶と共に基幹運動を積極的に推進する門徒」であったのが、この4月からは「走路と共に御同朋の社会をめざす運動を推進する門徒」へと変わった。特に門徒推進員さんから異論は出なかったようだが、これだけの大きな問題を何事もないようにさらりと変わってしまうことに、ビックリした。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　少なくても今、門徒推進員さんになっている方々は「基幹運動を推進する門徒推進員」に成る為に各組で連研修を受け、中央教習を終了し、「決意表明」をして門徒推進員になったはずである。ところが4月からいきなり、今日からは「御同朋の社会をめざす運動を推進するのが門徒推進員」だと一方的に告げられた。本来なら少なくても一人ひとりに了承を取ってしかるべきである。「こうなったけど、門推を続けますか？」と。okなら続けてもらい、ｎｏなら辞めることもありのはずである。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　あくまでも仮定のあるが、もし将来、日本が再び戦争を始め、教団も「教団を守るためには仕方ない」と言って、再び戦争膂力の道を歩み始めたらどうなるのだろうか？門徒推進員とは「国家の戦争に積極的に協力する門徒」と簡単にすりかえられてしまうことだってOKになってしまう。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　教団や一部の僧侶は門徒推進員など「自分達にとって都合のいい門徒」ぐらいにしか思っていないのだろう。でも門推さんもそんなにお人よしではない。いつかきっとしっぺ返しを受けるだろう。&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tomodougyou/53325680.html</link>
			<pubDate>Fri, 06 Jul 2012 09:45:47 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>貧困と差別②</title>
			<description>&lt;div&gt;　4月より東京首都圏での開教（教線の拡大）の先頭に立つ築地本願寺。聞くところによると、そこの企画・運営に携わる委員会（？）のメンバーの有識者枠に、かつて「過労死は本人の責任」と述べた某経営者が就任するという。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　過労死は自己責任。もちろんそういう考え方の人がいても不思議ではない。しかし少なくても親鸞や法然はそんな自己責任論（自力）を否定するために他力の教えを明らかにしたはずである。親鸞や法然の考えとは相反するの人物であることは間違いない。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　私たちの教団が首都圏開教に力を入れるのは何のためか？親鸞が明らかにした念仏の教えによって「苦悩の有情」を救うためなのか？それとも教団という組織を守るため、金のためなのか？&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　今回、新たに本願寺や宗派、築地本願寺の意思決定機関のメンバーに選ばれた有識者の顔ぶれ、一人ひとりのこれまでの発言・思想などを一つ一つ見ていくと、先の答えが自ずと見えてくるのかも知れない。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;↑訂正。某経営者とは、築地本願寺の門徒で、就任したのは宗派の諮問機関の有識者枠でした。&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tomodougyou/53296550.html</link>
			<pubDate>Sat, 23 Jun 2012 10:52:19 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>貧困と差別</title>
			<description>&lt;div&gt;　先日、「貧困と差別」というテーマで話を聞いた。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　浄土真宗の教えをこれまでご縁のなかった人にいかに広めるか？教団内では、その最初のきっかけになるのが葬儀だとこれまでは語られてきた。親や大切な人の死を縁として仏縁を結んでいくんだと。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　しかし今、格差社会による貧困層の増大により、その葬儀すら出来ない人々が増えているという。お通夜や葬式などの宗教儀礼をせずにそのまま斎場に直行する「直葬」というのが増えている現状を憂い、「葬儀の意味を再確認しよう」みたいな研修会が最近盛んに行われているが、「葬儀など要らん」という人には一定の効果はあっても、経済的事情によって「葬儀をしたくても出来ない」という人にとっては、そんな話は全く意味を持たないのだろう。かえって相手を追い込み、傷つけるだけである。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　これまで、そして現時点においても、寺院経済の基盤は、儀礼執行による門信徒（檀家）から布施収入によるところが大きい。それは間違いない。しかしそのことが、儀礼をしてくても出来ない門信徒（檀家）の居場所を奪い、寺院の敷居を高くしてしまっているのではないか？造像起塔などの諸行を否定し念仏一つで救われるとした法然や親鸞の教えから、現在の真宗寺院は乖離しているのではないかという問題提起であった。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　もちろん現場では、そのような葛藤を抱き、様々な工夫や試行錯誤を重ねる住職がいるが、講師からは、儀礼をしたくても出来ない人の意見をいかに寺院運営に反映させることができるか、それが今後の課題であるという提起があった。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　少し話が変わるが、今回の宗法改正で、宗派をはじめ本願寺、築地本願寺（別院）などに、教団関係者にプラスして社会の一線で活躍する「有識者」を加えた少数精鋭の意思決定機関なるものが設置された。教団外の意見を参考にしながら、長期凋落傾向にある教団を再び浮上させようという狙いだろう。それはそれで理解できる。しかしその有識者の顔ぶれを見て思う。はしてそこに「儀礼をしたくてもできない人」がいるのだろうか？またそのような人々の声を代弁してくれる人がいるのだろうかと・・・・。&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tomodougyou/53289271.html</link>
			<pubDate>Wed, 20 Jun 2012 11:05:04 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>悲しみに寄り添う</title>
			<description>&lt;div&gt;　今、ウチの教団（西本願寺）では「悲しみに寄り添う」が流行である。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　最近の本願寺新報にこんな法話が載っていた。友達が失恋した。彼の話を黙って聞いているうちは良かったが、「またいい人に出会えるさ」と少しアドバイスした途端、元気がなくなった。やっぱり私はまだまだだな・・。悲しみに寄り添うとは、黙って相手の話を聞く（傾聴）が大切だ、といった内容の法話。おそらくその例話によって阿弥陀仏の慈悲の心を強調したかったのだろう。法話自体はともかく「悲しみに寄り添う」という言葉は非常に便利な言葉だと思った。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　今、沖縄では「基地をなんとかして欲しい」「基地が減らないのは本土による差別」であるという声が高まっている。「本土」とは何も本土の政治家やマスコミだけを指すのではない。私も含めて「本土の人間」である。その問いかけに私たちはどうこたえるのか？「あなたたちは差別者だと」とそこまで言われているんだから、「違うなら違う」「そうならそう」と何らかの反応があって然るべきである。例えば、私たちの西本願寺教団はその問いかけに対して公式には何も反応していない。曲がりなりにも基幹運動（同朋運動）の中で差別問題に取り組み、4月からは新たに「御同朋の社会をめざして」運動を展開しているのに、なぜ何も言わないのか？「沖縄の悲しみに寄り添っている」「傾聴している」とでも言うのだろう？今、沖縄が求めているのはちんけな寄り添いや同情ではないはず。この基地を早く本土へ引き取ってくれ！差別するな！である。「悲しみに寄り添う」とは本当に便利な言葉だとつくづく思う。何もしない、何も考えない、何の葛藤も抱かない、最高の口実にだってなる言葉である。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　阿弥陀如来の慈悲もえらい軽く見られたもんだ・・・・&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tomodougyou/53276394.html</link>
			<pubDate>Fri, 15 Jun 2012 11:21:27 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>医療と差別②</title>
			<description>　死には&amp;#9312;生物学的死&amp;#9313;社会的死&amp;#9314;関係性の死の三つがあるという。&amp;#9312;はいわゆる「死の三徴候」によって認定される死。&amp;#9313;は、例えば長期の行方不明者など社会が死んだものと見なしたことで生じる死。&amp;#9314;は家族や親友の死を遺された者が受け入れた時に生じる死である。この中でも特に&amp;#9313;の社会的死を社会（世間）から宣告されることによって生じる差別がある。まず高齢者差別である。高齢者差別は、「高齢者は社会にとって不必要なもの」と社会から宣告されることによって生じる差別である。そしてハンセン病差別である。かつてハンセン病患者は、「国辱」などと社会的死を宣告され隔離や断種などあらゆる人権侵害を強いられた。いずれも生物学的死よりも先に社会的死を宣告されることで生じた差別である。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tomodougyou/53058621.html</link>
			<pubDate>Sat, 17 Mar 2012 11:07:03 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>医療と差別①</title>
			<description>先日、差別の視点から医学・医療を考えるという研究発表を聞いた。&lt;br&gt;
　江戸時代、医者はどちらかというと被差別者であったという。確証はないが、病気というのは「業病」という言葉があったように罪の穢れ（罪穢）から生じると考えられいて、それに関わる医者も同じようにケガレた存在と見なされていたのではないかと推測される。ちなみに医者以上に差別されていたのが、今でいう看護師（婦）であった。医者と同じように不浄なものを扱う者ということに加えて、女性ということで一層差別されたと考えられる。そのような差別の中で「医者坊主」という言葉が生まれてくる。よく時代劇などに出てくる医者というのは剃髪している。つまり僧侶の形を模した医者が登場する。僧侶といえば、封建社会の中で大きな権威を持つ存在であった。その僧侶の権威を借りることで、被差別者でありながらかろうじて医者という存在が認められていたのではないかという提起であった。&lt;br&gt;
　ところが明治維新後、医者のステータスはぐんと上がる。その理由として戸籍制度をあげることが出来る。富国強兵・近代国家の樹立をめざす明治政府は徴税や徴兵の必要性から戸籍管理を強化する。その過程で、それまで僧侶がしていた人の生死の判定を医者が担うこととなり、医者のステータスはぐんと高くなる。つまり国家権力の介入により医者は被差別の立場から解放されたのである。そして逆に戦前・戦中にかけては差別者になっていく。例えば、戦争中、細菌兵器の開発などを目的に中国大陸で人体実験や生体解剖を繰り返した７３１部隊などがその典型である。それは優勢思想に基づき障がい者やユダヤ人を迫害したナチスドイツの医者にも当てはまる。ちなみに戦後のドイツは医学界含め社会全体で徹底的自らの戦争責任を追及した。その結果として、「患者の尊厳を何よりも大切にする」といった医療倫理が生まれてくるが、日本の場合、医学界を含めてそれがほとんどなされなかった。例えば731部隊のケースでは、米軍との取引によって関わった医師（研究者）の罪が不問にされ、彼らは戦後も病院や大学、製薬会社などで重要なポストを占め続けたという。それらが戦後の薬害エイズなどの深刻な問題の背景にもなったという。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tomodougyou/53054496.html</link>
			<pubDate>Thu, 15 Mar 2012 10:54:54 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>御同朋の社会をめざす運動とは？②</title>
			<description>　「宗教教団の公益性」という言葉を最近よく聞く。法律のことは詳しくないので間違っているかも知れないが、宗法法人は原則無課税である。そこには「宗教法人には公益性がある」という前提があるんだと思う。しかし昨今、消費税増税議論に見られるように国家財政は思わしくない。そこで宗教法人にも課税をすればいいという議論があるという。「公益性がある」と言いつつ、社会の諸問題に積極的に関わらないどころか、「葬式仏教」と揶揄されたその「葬式仏教」すらしない宗教界、特に伝統仏教界に対する批判も含まれているんだろう。&lt;br&gt;
　そこで仏教界ももっと積極的に社会の諸問題に関わっていこう！とする動きが最近見られるようになった。特に、文化人類学者の上田紀行さんなどが「がんばれ仏教！」といった本を書いてエールを送ってくれている。全国にはコンビニの倍以上のあたる7万のお寺がある。それらが人々の悩みを受け止めることができれば、自死などの問題にも貢献できるはずであると、以前研修会でおっしゃっていた。また、今回の東日本大震災では、たくさんの宗教家や寺院がいち早く被災地の支援に入り、犠牲者の供養や悩み相談等を行い、改めて世間からその役割が見直されているという。人々の苦悩に寄り添う、それがお寺やお坊さんの本来の役割であるんだろう。&lt;br&gt;
　おそらく今回、私たちの教団において「御同朋の社会をめざす運動」が提起された背景にはこのような事情もあるんだろう。そのことに関しては異論は全くない。しかし忘れてならないのは、「社会のために」とか「教団の公益性」と言いながら、教えを捻じ曲げてまでも国家が推進める戦争に協力したり、被差別部落の人々を差別してきたのも私たちの教団だったということである。そのことをこれまでの私たちは基幹運動の中で「真俗二諦」として学んできた。その学びをどこまで継承した上での新たな運動の提唱なのかが全く見えてこないところに、次期運動への一抹の不安や「基幹運動潰しのための方針転換」といった穿った見方が生じてくるのだろう。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tomodougyou/53023208.html</link>
			<pubDate>Thu, 01 Mar 2012 12:19:47 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>御同朋の社会をめざす運動とは？</title>
			<description>先日、中央基推委で提起された新運動計画（案）や4月以降の宗派の組織図などを見た。よくここまでこれまでの基幹運動（門信徒会運動・同朋運動）を教団内から消し去ったものだなと逆に感心した。&lt;br&gt;
　特に同朋運動については、差別事件や差別制度が依然として教団内に根強く残る中、何の総括も現場の声も聞くことなく60年以上の運動をきれいさっぱり消し去っている。例えば、社会部の中に人権問題を担当する部署が新たに作られ、更にそのもとに弁護士などを加えた第三者委員会を設置するという。おそらく差別事件などが起きたらそこで対応するんだろうが、そんなものは同朋運動でもなんでもない。単なる犯人探しや運動団体対策を念頭に置いた事件対応主義でしかない。差別事件を通して背景にある教団の差別体質や制度を見直していこうという同朋運動とは全く異質なものである。その他にも、これまで運動の重点項目であった「御同朋の教学の構築」や「門信徒との課題の共有」は一体どこに行ってしまったんだろうか？重点プロジェクト推進本部という部署が出来て、そこから全教団人が取り組むべき特に重要だと思われる課題が今後提示されるらしいが、そこで「御同朋の教学の構築」が掲げられるのだろうか？まさかとは思うが・・・。&lt;br&gt;
　これまでの運動の成果と課題を引き継ぎ更なる運動の発展を目指すために「御同朋の社会をめざす運動」を新たに始めるとのことであるが、「もう教団には差別はありません。だから運動はしません」とはっきり言ってくれた方がよっぽどスッキリしたんだと思う。「新たなはじまり」を言うのであれば、中途半端にではなく、そこまで徹底して欲しかった・・・。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tomodougyou/53020525.html</link>
			<pubDate>Wed, 29 Feb 2012 11:12:33 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>宗法改定後の運動</title>
			<description>　先日、宗法改定後の運動をテーマにした研修会に参加した。&lt;br&gt;
　今回の改定の根底には1980年代に教団内で提起された「ポストモダン論」という思想がある、と数年前に中央基推委で報告された池田総務（当時）の講演録を例に講師から説明があった。「ポストモダン論」とは、近代社会の理念でもある自由や平等など戦後の日本社会が築き上げてきた価値観を超え、許しや感謝、お蔭様、ありまのままの違いを認めるといった価値観に重きを置く考え方だという。確かに「それぞれの違いを認めていく」と言えば、聞こえはいい。例えば、障がい者差別などそれぞれの違いを認めずに自分と異なる者を排除していく差別問題などには有効である。金子みすずさんの「みんな違ってみんないい」という風に。しかし、例えば、部落差別に対してはかえって差別を肯定し助長する役割を果たす危険性があるという。つまり、被差別部落に生まれたのも、貧乏な家庭に生まれたのも、みんなそれぞれの違い。それぞれの違いを認め、互いが互いを許しあいながら、みんな仲良くなっていこう！というとんでもない考え方に陥る危険性があるということである。&lt;br&gt;
　このポストモダン論的な考え方は、何も戦後の話だけではない。明治・大正期、全国水平社が本願寺教団に対し差別撤廃の協力を求めたとき、当時の西本願寺の管長代理であった大谷尊由が同じような論理で平等な社会の実現をめざす水平運動を「悪平等論」であると非難している。つまり90年以上も前からこのような考え方が教団内にあったということである。&lt;br&gt;
　戦後の同朋運動や基幹運動はそのような考え方を批判し続けてきた。それにより、80年代のゆり戻しはあったものの、表面的にはそのような考え方は教団内から駆逐されたかに見えた。しかし今回の改定で再び前面に出てきたことになる。運動に勢いがある時はひっそりと影を潜め、運動が弱体化してきた頃を見計らって、一気に表舞台に出てきたのだろう。私たちの教団の深淵においてずっと昔から受け継がれてきた地下水脈から。そして、その絶ち難い水脈とは言うまでもなく現在の「教学」である。そのような差別を肯定し生み出す教学から差別を許さない教学を打ち立てていこうとするのが「御同朋の教学の構築」である。&lt;br&gt;
　今や運動の目的（同朋教団の実現）もその目的地に辿り着くまでの手段（御同朋の教学の構築）も明らかになった。これが同朋運動の最大の成果だろう。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tomodougyou/53010680.html</link>
			<pubDate>Sat, 25 Feb 2012 11:15:07 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>親鸞は被差別者だった？</title>
			<description>先日、「親鸞は被差別者だった」という主張を「罪穢」という視点から考える研究発表を聞いた。&lt;br&gt;
　差別を生み出すケガレ意識には、死にかかわるケガレ（死穢・黒不浄）や女性の生理や出産にともなう血にかかわるケガレ（赤不浄・血穢、白不浄・産穢）が有名であるが、罪を犯した者を「ケガレた存在」とする「罪穢」という考え方もある。そこから流罪（流人）となった親鸞聖人も「罪穢」の中にあったのではないか。&lt;br&gt;
　例えば、「後深草院崩御記」という史料には、各地の悲田院や清水坂にいた非人と並列するかたちで検非違使が管轄した牢屋である「獄舎」や六波羅探題が管轄した牢屋である「大籠」にいた非人に対し泉涌寺の覚一上人が非人施行を行ったという記述がある。つまり、当時の社会では罪人は非人であり、ケガレた存在であり、被差別者であったということではないか・・。&lt;br&gt;
　また、「御絵伝」には輿に乗せられて流刑地に向かう親鸞聖人の姿が描かれているが、なぜ罪人が輿みたいな立派なものに乗れるのかという疑問から、あれは籐丸籠、つまり罪人が乗せられる籠ではないかという。そしてその籐丸籠は棺桶にも通じる。当時の流罪は死罪と同等で、罪人は流刑地に向か際、後ろ手に縛られ検非違使（？）から首を刎ねられる擬似処刑の儀式が行われたとも。つまり流罪に処せられるとは処刑されるのと同じで、そこにはもちろん「死穢」なり「血穢」が生じたはずである（決して親鸞聖人が貴族の出身だったから流人でありながら立派な輿に乗せられたということではないのだろう）。&lt;br&gt;
　その他にも、法然教団があった東山吉水という土地柄や、彼等が当時の貴族達が「死穢｣として忌み嫌った葬送儀礼も平気で行っていたとすると、専修念仏者自体が当時の貴族社会から「ケガレた存在」と見なされていたのではないかとも・・・。&lt;br&gt;
　「親鸞は被差別者だった」かどうかは、今後歴史研究が進むにつれて徐々に明らかになってくるんだろうけど、なぜ運動の立場から「親鸞は被差別者であった」と問題提起されるようになったのか？それは、親鸞聖人を殊更貴族化・神聖化することで、その権威を利用しながら自らの特権を享受・維持しようとする人々が今でもいるからだろう。権威の相対化・同朋教団の実現、それが同朋運動の目的である。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tomodougyou/53006552.html</link>
			<pubDate>Thu, 23 Feb 2012 11:52:57 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
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