|
【上の写真は23世 吉田追風が横綱、梅ヶ谷と常陸山に立ち合いの阿吽の呼吸(あうんのこきゅう)を伝授している所です。】
【下の写真は、実際に藩主 細川綱利公が愛用した、三っの力石です。旧吉田司家の中に祭ってありました】
【司家肥後藩へ】
寛文元年四月二十八日(西暦1661年) 吉田司家 第15世 追風は、
肥後藩主 第三代 細川綱利(つなとし)公に、武家奉公の為、
熊本に従った(入藩した)。そして坪井(現在の熊本北署辺り)に、藩主から屋敷を賜り厚遇された。
綱利公は、熊本の高田原(後の相撲町)に、相撲屋敷を定め毎日、
地取相撲の稽古を命ぜられたのであった。(現在の下通り・駕町界隈)
そして、肥後の国中に募って強力なる者、数十名をかかえ、相撲組を作られた。
この組を、御手木組(おてこぐみ)と言った。
又綱利公自ら、相撲愛好の念の強かった藩主で、腕力が強く庭の石等
を愛用して力石と名ずけては、抱え上げたりしたらしく、綱利の力石と伝えら
れたものが、今も残っている。
このころから肥後歴代藩主は、熊本城二の丸及び、川尻御茶屋、
水前寺御茶屋でも盛んに、御覧相撲(藩主立会)を執り行った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
【行司】オフィシャルサイトへ!→ http://tomoiteruya.otemo-yan.net/ ←ここをクリツク
『目指せ熊本一番ブログへ、皆様の温かい応援を宜しくお願い足します。
『おてもやんブログ熊本の地元のブログサイトです【クリック無料】募金ではありません(笑)』
【吉田司家に関する記事の営利目的の転載及写真の無断使用はしないでください。NPO法人行司】
ヤフーブログ内限定での営利目的以外の記事転載に関しては、大歓迎です!転載お願いします!
|
いや〜〜この記事は最高ですね〜〜〜、
相撲好きには、たまらん・もったいなくて・・・
手書きで写し取ろうかな??? あは!
2008/3/16(日) 午後 1:11 [ - ]
rakuten23様
今日は、凄く暑いですね!
記事転載OKです。
2008/3/16(日) 午後 9:52 [ sasasa ]