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この三関取の資料写真は御座いませんので勧進相撲の絵図(錦絵)を御覧ください








岸石岩右衛門 大山源太左衛門 鏡山増右衛門



 岸石岩右衛門
 
  土 俵 歴
 
 出身地は不明。宝暦十一年(1761年)十月、岸石浦之助の名で東幕下一枚目に登場したが同場所は全休。
翌十二年三月には、岸石岩右衛門と改名し東前頭二枚目に入幕した。同場所は一勝五敗二休と不振、翌十三年四月場所は西幕下五枚目に落ち同場所は全休。同年十月引退した。
 幕内の在位は一場所で、最高位は前頭二枚目。

  



 大山源太左衛門

  土 俵 歴
 
 相撲今昔物語に「生国は肥後長洲といえるところの産なり」とあることから現在の玉名郡長洲町の出身と思われます。
また同書には、大空円右衛門の弟子とあり、陣幕長兵衛の弟子の部にも記されてます。
 明和二年(1765年)三月、江戸に出て芝明神の相撲に大山源太左衛門と名乗って東関脇に付け出された。同場所は一勝七敗。
同年十月には東前頭三枚目に下がり、同場所響灘源太左衛門と改めた。同場所も一勝四敗三休と不振で大阪に帰ってしまった。
同四年(1767年)には大阪で大山と名乗って西大関をつとめ、以後、安永年間から天明元年まで十五年間、上方(京都、大阪)の幕内上位で活躍、上方では相当の強豪、実力者であったようです。
 この間、安永三年(1774年)十月、同四年三月、同十月、同七年三月の四場所は江戸に出て幕下でとっているが、江戸では全般に不振であった。天明元年、大阪で前頭十四枚目限りで引退して二代目陣幕長兵衛を襲名し、大阪屈指の大部屋である陣幕部屋を守りたて、同八年(1779年)まで頭取(年寄)をつとめました。
 江戸相撲の幕内の在位は二場所で、最高位は関脇。

   



 鏡山増右衛門

  土 俵 歴
 
 出身地は不明。陣幕長兵衛の弟子で、安永六年(1777年)十月、東関脇に付け出された。
翌七年三月には鏡ケ嶽増右衛門と改めた。翌八年三月には東小結。天明二年(1782年)十月引退した。
 幕内の在位は三場所で最高位は関脇。




平成20年2月25日(月)

本日のNPO活動報告

熊本菊池郡大津町【不知火光衛門の生まれ故郷】の、教育委員会事務局の室長様に面会し大津町に相撲文化で、お役に立てることが出来ないか相談してきました。

まずは、つつじ祭りの子供相撲を見学に行くお約束をし来年度行事からイベント参加出来るよう頑張っていきます。




【行司】オフィシャルサイトへ!→ http://tomoiteruya.otemo-yan.net/ ←研究の成果発表



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