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【潮錦義秋】

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【潮錦義秋】



土 俵 歴


大正13年9月25日、下益城郡隈庄町下宮地(現下益城城南町)に生れました。

本名は村上義秋。

子供のころから相撲に慣れ親しみ、その怪力ぶりは近所の評判でありました。

小学校を卒業するころ、熊本市出身の荒汐卯三郎親方(元 殿(しんが)り)に、
昭和15年秋17歳のとき荒汐部屋に入門し、昭和16年1月、本名の村上をそのまま四股名として初土俵を踏みます。

同期には鏡里(のち42人目の横綱)や松登(のち大関)がいました。

やがて荒汐は部屋経営をやめ、

力士をあげて横綱双葉山が経営する双葉山道場に合併したのでその所属となり、
双葉山が引退して年寄時津風を襲名してからは時津風部屋の所属となりました。

同部屋には先輩の不動岩がいました。3段目には5場所いたが、4場所目に荒汐の「汐」の1文字をもらって「汐錦」と改め、

それから2場所目に幕下に上がり、4勝1敗と好成績を残したところで応召しました。

昭和20年6月と11月の2場所は兵役と未帰還で星取表もブランクになっていました。

幕下に上がって、これから伸びるという肝心なところで兵役にいって、その期間も長く、ひところは戦死まで伝えられ部屋一同身を案じていました。しかし無事に帰還し、昭和21年11月、幕下別格で再出発したのでした。


空白を取り戻すために非常な努力をし、その後は順調に勝ち進み、5場所目の昭和23年10月の大阪場所は、

西十両11枚目に進みました。同門の鏡里はもう幕内のパリパリではるか前方をつっ走っていました。

十両に10場所在位したが、5場所目の昭和25年1月、西8枚目のときに潮錦と改めました。

昭和26年5月場所は千秋楽に大山部屋の新鋭松登と対戦し、惜しくも敗れて11勝4敗となり十両優勝を逸しました。

しかし次の9月場所は千秋楽に立浪部屋の小坂皮と十両の優勝決定戦を行い、
得意の上手投げに小坂川を破って13勝2敗の好成績をあげ、十両優勝を遂げ、

翌27年1月前頭15枚目に入幕しました。


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