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先日4/3の夜は、このブログで心配したとおりの酷い状況になりました。
一晩中アラームが鳴り続けてあちこち設備がトリップし続け、自分の力では何もできない無力感を感じました。 あの3.11の14時46分、同じように勤務していた時に感じたものと同じ無力感です。 「これはいったい何のチャンスだろう?」 この言葉を思い返すことすらできませんでした。 一般の物流とは違って、常に生産量と消費量を一致させないといけない電気。 電線に抵抗があるために小さな電流値で済むように高電圧に変圧した結果、取り扱い方によっては命の危険も生じてしまう電気。 そんな感電の危険があるにもかかわらず、(一般公衆が触ってしまうかもしれない)空中に電線を張って流通させざるを得ない電気。 さらに、今回のような強風によって大規模な停電という深刻な状況に至ってしまった電気。 コスト面や技術面など、さまざまな観点で、現状の設備にならざるを得ない現状は確かにあります。 でも、「誰でも」安心して「いつでも」「どこでも」「思い通りに」電気を使って、それをもってみんなが幸せになれる。 そんな状況が確立できれば素晴らしいと思います。 まだ力不足ですが、頑張ります。 blogramランキング参加中! にほんブログ村にも参加してます!! |
勇気の言葉
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毎日を過ごしていると、自分の思い通りにならない、苦しい状況にどうしても遭遇します。
そんな時、こんなことを考えるようにしてます。 「これは何のチャンスだろう?」 これまでにも何度も記事に書いている福島正伸さんの言葉。 最近、改めて読み返している「キミが働く理由」(中経出版)にもある言葉です。 苦しい時に苦しいと感じるのは当たり前。 何にでもプラス受信を意識するだけで毎日が楽しくなる。 結局は自分の感じ方次第。 難しい課題や苦しい状況から逃げるよりも、「これは何のチャンスだろう?」 「これに真剣に取り組むと自分はどんな成長ができるんだろう?」・・・・・・ ワクワクする気持ちになり始めたらこっちのもの。 それに取り組むことが楽しみになってきます。 私はそんなふうに捉えています。私のとっておきの言葉です。 今日もそんな姿勢で仕事に臨むことができたし、そのおかげでいくつかの成果も 出ました。 ただ、これを嫁さんに話すと必ずこう言われます。 「本当に苦しい時はそんなこと考えられないと思う。少し余裕があるから言えることだと思うよ」 ・・・・ごもっともでございます。(本当に。地震のことを考えると。) でも、この言葉を思い返せるような状況の時には極力実行していきたいと思います。 自分に何ができるか。 そのできる範囲を広げられたら素敵なことだと思いますから。 blogramランキング参加中! にほんブログ村にも参加してます!! |
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最近意識していることは、
小さくてもいい、ささやかなことでいいから、 1日1つでいいから、少しだけの勇気を出して 何かにチャレンジしてみよう。 ということ。 毎日の業務や日常生活を何となく続けていると、マンネリや惰性の気持ちが強くなってしまいます。 でも何でもそうですが、創意工夫をすることが楽しさに繋がります。 そして創意工夫をしようとすることは、言ってみれば「慣れ」。 毎日少しだけのやる気と勇気を振り絞って、ちょっとしたことでもいいから挑戦しつづけていくと、 いろんなアイディアが浮かんできます。そして、毎日の当たり前のことが新鮮に思えて来ます。 このことを明確に意識し始めたのは1ヶ月ほど前からで、毎日のメモ帳にも「今日のチャレンジ欄」を 作って、つまらないことでもいいから「今日はこれにチャレンジした!」と言うことを書き込んでいます。 それ以来、変化が少ないと思っていた業務の一部分にも「工夫すれば、チャレンジすれば何でも 楽しくできるよな!」という実感が強く湧くようになってきました。 さらに、そんなことを思っていた今夜、5歳の娘といつもどおりお風呂に入っていたら、娘が突然こんなことを 言い出しました。 「お父さん、今日は何が幸せだった?」 おおっ、それって凄くいいかも! 急に大人びたことを言う娘に驚きながらも、こう答えました。 「お父さんは、今日会社で楽しく頑張って仕事できたことと、帰ってきたらお母さんと○○(娘の名前)がお家で 元気にお迎えしてくれたのが、とっても幸せだったよ」 幸せの実感を意識する毎日も素敵だなあ・・・と思えました。 とりあえずこれからしばらくは、「小さなチャレンジ」と「幸せの実感」というこの2つを、一日1回でもいいから 意識して過ごしていきたいですね!o(^-^)o blogramランキング参加中! にほんブログ村にも参加してます!! |
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このブログで何回か紹介している福島正伸さんの本にあった言葉です。
最近、仕事が終わると「疲れたなあ」と思うことが多くなってきました。 やりがいを持って仕事をしているつもりだけど・・・何でだろう? 確かに思い当たるところがあります。 今の職場に配属になって早5年。 仕事のローテーションやペースが(悪い意味で)分かってしまった。 以前は、とにかく学ぼう、いつも初心。そんなことを意識していました。 そして、夢をいつも意識することを。 私にとっての夢は、 「家族が幸せに暮らせること」 「昨日まで灯いていた電気を今日も明日も灯け続けること。そのために自分の知識・スキルを役に立たせること」 「職場の若手に仕事の楽しさを分かってもらい、仕事を通した夢を持ってもらうこと」 です。 あの地震以降、特に2つ目の夢を実現させることがいかに困難かを痛感し、更により幅広い見識で勉強を しようとしたのですが、日々が経つごとに忘れかけていた気がします。 思えば、夢を常に意識していた時は非常に充実した心境で物事に当たることができました。 そこには「疲れ」ということをあまり認識していなかったと思います。 夢がないとどんな仕事でもすぐに疲れる。 夢があるからこそ素晴らしい仕事ができる。 毎日というものは学ぶことしかない。 前向きな姿勢は私の強みだったはず。 今一度、自分の夢に向き合っていかないといけませんね。 blogramランキング参加中! にほんブログ村にも参加してます!! |
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今日は職場の飲み会でした。
今帰ったばかりで少々(かなり?)酔っ払ってますが、飲み会で思うところがありましたので メモ代わりにアップしておきます。 明日には忘れるかもしれないので・・・(^−^;) 飲みが佳境に入ったあたりで、仕事のことを熱く語る状況になりました。 職場の若手の業務に当たる姿勢についてです。 (年寄りばかりが集まっているタイミングだったのですが)若手が上長の決済印をもらいたい時に 何を考えているか。 ほぼ確実なことは、 「早く権限者のハンコ(決済)をもらいたい」 ということ。 ただ、その背景にあるのが、ハンコをもらうことが「目的」なのか「手段」なのか。 「とにかくハンコをもらう」ことが「目的」なのか、「自分の実現したい理想を実現する」ための「手段」としての 決済なのか。 多分、前者がほとんどに該当するような気がします。 ただ、自分の理想を実現するために必要な書類を作っているとすれば、その人は、これ以降、もっと 素晴らしい仕事が出来るような気がします。 仮に、今回覧している書類が差し戻しを食らった場合、 「ハンコをもらえるような形になおします」 という姿勢ではなく 「おかげでもっといい仕事ができそうです。ありがとうございました!」 と前向きに捉えられる人のほうが、見所があるというか、より高い次元での業務が実現できそうな気がする わけです。 それを今の職場全員に求めるのは酷かもしれませんが、そういった姿が普通であるような職場を目指して いきたい、そう強く願います。 年寄りの理想論でしょうか・・・ でも、少なくともうちの職場の若手にはもっと素晴らしい仕事を実現してもらって、仕事の本当の楽しさを 分かってもらいたい! そう願うものです。 P.S. 今現在、かなり強く酔っ払っている実感があります。 でも、今の気持ちを忘れないようにしたいと思ってアップしました。 いつもながら一人よがりのつまらない記事ですみません!(×_×) blogramランキング参加中! にほんブログ村にも参加してます!! |





