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ブダペストの王宮の丘(ブダ城)です 主な観光地(王宮、マーチャーシュ教会、漁夫の砦)はこれまでに紹介したので、その他の観光ポイントです♪ まぁ、あくまで時間に余裕があればですね^^; 王宮地下迷宮です 王宮の丘の地下には、洞窟が縦横無尽に広がっています もともとは、ワインセラーや祈りの場、監獄として利用されたり、 第二次世界大戦時には軍の秘密施設として使用されていたこともあるそうです 現在は、その一部が観光客向けに開放されています 内部は、観光用の演出がされていたり、ワインの湧き出る泉などもあるそうです 旧市庁舎です 三位一体広場の角にあり、建物の角にはブダペストの守護神の彫刻があります マーリア・マグドルナ塔です もともとは、13世紀に建てられた教会でしたが、 第二次世界大戦で破壊され、この塔だけが残っています 戦争の傷跡を残すという意味で、建物も傷だらけのままだったり、 周囲にも壊れた石の欠片が散乱しています ウィーン門です 王宮の丘の北の出入り口で、18世紀には城門があったそうです 現在の門は、トルコからの解放250周年を記念して1936年に造られたものです 王宮地下迷宮 ★
マーリア・マグドルナ塔 ★ 三位一体広場 ★ ウィーン門 ★ 王宮の丘(ブダ城) ☆☆☆ 【世界遺産】 ドナウ河岸、ブダ城地区及びアンドラーシ通りを含むブダペスト
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HU:ブダペスト
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王宮の丘(ブダ城)の漁夫の砦です 砦と言っても、実際に戦いに使われた歴史はありません 白い石灰石で造られたネオロマネスク様式の尖塔と回廊は、 マーチャーシュ教会を改築した建築家シュレックが、 20世紀初頭に街の美化計画の一環として建造したものです 名前の由来は、中世に、この場所に魚市場があったことや、 ドナウの漁師組合がこの辺りを守っていたことに由来します 漁夫の砦の南端、マーチャーシュ教会の横にある像は、 初代ハンガリー国王の聖イシュトヴァーンの騎馬像です 【漁夫の砦】 尚、漁夫の砦に入るには、通常は料金がかかりますが、 冬期と夜は無料開放しています^^♪ 漁夫の砦 ★★★
王宮の丘(ブダ城) ☆☆☆ 漁夫の砦 冬期は無料・撮影可 (2006年11月)
【世界遺産】 ドナウ河岸、ブダ城地区及びアンドラーシ通りを含むブダペスト
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王宮の丘(ブダ城)に建つ、マーチャーシュ教会です 王宮と同じくらいの歴史を持ち、歴代の王が戴冠式を行った由緒ある教会です 王宮の丘で最も目立つ約80mの塔は、15世紀に、マーチャーシュ1世により建てられ、 彼の名から「マーチャーシュ教会」と呼ばれるようになりました 教会の正式名称は「聖処女マリア教会」と言います 13世紀、ベーラ4世の命によりロマネスク様式で建てられたのが起源で、後にゴシック様式に改築されました 16世紀に、オスマン帝国に占領されると、教会はモスクに改装されてしまいました 17世紀に、ハプスブルク家によりオスマン帝国から解放され、カトリック教会に戻されました 一時期、バロック様式に改装されましたが、19世紀、建築家シュレックが元のゴシック様式に改築しました カラフルな屋根は陶磁器で有名なジョルナイ製のタイルを使用しています エリーザベト(シシィ)がフランツ・ヨーゼフ1世と戴冠式を行ったのもこの教会です このために、リストは「戴冠式のミサ曲」を作曲し、自ら指揮をしました 内部は、美しいステンドグラスやキリスト教関連の絵などで装飾されていますが、 壁の文様から色使いなど、独特な雰囲気を放っています また、宝物室には、王冠のレプリカなどがあります 音響効果に優れていることでも有名で、定期的にオルガンコンサートが開かれています 【マーチャーシュ教会内部】 マーチャーシュ教会 ★★★
王宮の丘(ブダ城) ☆☆☆ マーチャーシュ教会 650フォリント・撮影可 (2006年11月)
【世界遺産】 ドナウ河岸、ブダ城地区及びアンドラーシ通りを含むブダペスト
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王宮の丘(ブダ城)のシンボル的存在、王宮です 正確には、王宮の丘全体を指してヴァール(城、宮殿)と呼びます 現在、王宮の建物は様々な美術館や博物館として使用されています 王宮のメインの建物は、国立美術館となっています 王宮は歴代の王の居城でしたが、その歴史は苦難に満ちたものでした その起源は、13世紀、ベーラ4世がモンゴルの来襲に備えて築いたのが始まりです 15世紀には、マーチャーシュ1世のもと、イタリアなどから多数の職人、芸術家が集まり、 王宮を中心に、ハンガリー・ルネサンスの栄華を誇りました しかし、16世紀には、オスマン帝国との戦いで王宮は壊滅してしまいます… 17世紀になると、ハプスブルク家の支配下に入り、バロック様式の宮殿が新築され、 18世紀には、マリア・テレジアのもとで増改築が行われました しかし、19世紀半ばの大火災で大部分が焼失し、再び改築が行われましたが、 二度の世界大戦と、1956年のハンガリー動乱の際のソ連軍の攻撃により破壊されてしまいます… 現在見られる姿は、1980年代に修復されたものです ライオンの門を通ると、ライオンの中庭に入ります ライオンの中庭からは、ブダペスト歴史博物館に入ることが出来ます 【王宮の丘からの眺め】 王宮の丘(ブダ城)からの眺めは、世界遺産にふさわしい景観です! 王宮 ★★★
国立美術館 ★★ ブダペスト歴史博物館 ★ 王宮の丘(ブダ城) ☆☆☆ 【世界遺産】 ドナウ河岸、ブダ城地区及びアンドラーシ通りを含むブダペスト
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ブダペストのシンボル的存在、くさり橋です ドナウ川を境に西のブダ、東のペストの町を最初に結んだ橋で、全長は約375mにもなります セーチェニ・イシュトヴァーン伯爵の提唱により、1849年に完成しました 彼の名から「セーチェニくさり橋」というのが正式名称です それまで、船が唯一の交通手段だったドナウ川… ある年の冬、セーチェニ伯爵は父の葬儀に出るためにドナウ川を渡らなければなりませんでした しかし、ドナウ川は凍りついて船は出せず、葬儀には出られませんでした この体験から、橋の必要性を強く痛感したセーチェニ伯爵は、当時、最新技術を持ったイギリスに渡り、 設計技師のウィリアム・ティアニー・クラークと建築家アダム・クラークをブダペストに招き、 そしてついに、念願のドナウ川に橋を架ける夢を実現しました くさり橋は、ハンガリーの人々にとって特に歴史的に思い入れのある場所です 19世紀、オーストリア帝国(ハプスブルク家)の支配からの独立戦争の際には、 オーストリア軍により一部を破壊され、結局、戦争もハンガリーの敗北に終わりました また、第二次世界大戦中には、ドイツ軍によって破壊されてしまいます 現在見られる姿は、1949年に修復されたものです その後、1956年には、ソ連の戦車がハンガリーに軍事的圧力をかけるためにくさり橋を渡りました 1989年、ハンガリーが社会主義から決別した日、人々はくさり橋に集まり、 それまでの苦難の歴史からの解放と新しい歴史の始まりを、皆で喜び祝いあいました 夜になると、ケーブルに連なる電球がライトアップされ、 まるで鎖のように見えることから、くさり橋と呼ばれています ブダ側の橋のたもとにある広場は、建築家の名からクラーク・アーダーム広場と呼ばれ、 ハンガリー全土の起点、0m地点となっています クラーク・アーダーム広場から王宮の丘(ブダ城)まで、ケーブルカーで登れます 【王宮の丘へのケーブルカー】 王宮の丘(ブダ城)から見下ろすくさり橋は、本当に素晴らしいです! くさり橋 ★★★
王宮の丘(ブダ城) ☆☆☆ 王宮の丘へのケーブルカー(上り) 700フォリント (2006年11月)
【世界遺産】 ドナウ河岸、ブダ城地区及びアンドラーシ通りを含むブダペスト
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