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カレル橋の旧市街側の橋塔です カレル橋の建築家ペトル・パルレーシュによって、1400年に造られました もともとは、通行料を徴収したり、橋を守るために造られたもので、 現在は、一般に開放されていて、塔の上からは、カレル橋からプラハ城の方まで見渡せます 塔の内部です 旧市街の眺めです カレル橋からマラー・ストラナ(小地区)、プラハ城の眺めです 【旧市街側の橋塔からの眺め】 「百塔の町」とも呼ばれるプラハには、その名の通り、たくさんの塔がありますが、 この旧市街側の橋塔からの眺めが一番のオススメです^^♪ ガイドブックなどで紹介されている、プラハの景色を楽しめます^^♪ 旧市街側の橋塔 ★
カレル橋 ★★★ 旧市街側の橋塔 60チェコ・コルナ・撮影可 (2007年4月)
【世界遺産】 プラハ歴史地区
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CZ:プラハ
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プラハのユダヤ人地区です 現在もたくさんのシナゴーグが残されていて、各シナゴーグを見学することが出来ます 僕はどこも内部を見学していませんが^^;ユダヤ人地区もせっかく歩いてきたので紹介します^^♪ (尚、シナゴーグのチケットは、ユダヤ人地区内のシナゴーグ予約センターの売り場で買えるそうです) ユダヤ人地区集会所です 16世紀後半に建造され、その後は改築を重ねて現在見られる姿になりました 現在もユダヤ教徒の社会的な集まりの場として利用されているそうです また、尖塔にある時計は通常の時計ですが、屋根にはヘブライ文字で書かれた時計があり、 ヘブライ語が右から左に読む為、この時計は逆回りに針が動いています (写真では角度的に分かりにくいですが、屋根の左にある時計です^^;) 旧新シナゴーグです 1270年頃に建てられたヨーロッパ最古のシナゴーグです もともとは、新シナゴーグと呼ばれていましたが、 16世紀以降、その他の新しいシナゴーグが造られた為、この名前になりました スペインシナゴーグです プラハで最初に建てられた礼拝堂が取り壊された跡地に建てられたもので、 現在見られる姿は、1868年に建て直されたものです その外観が、スペインのアルハンブラ宮殿に似ていることから、この名前が付けられたとのことです マイゼルシナゴーグです 16世紀後半、皇帝ルドルフ2世の許可を得て、当時の地区行政責任者のマイゼルが個人的に建てたものです 現在は、チェコにおけるユダヤ民族の歴史や学問について展示しているそうです ピンカスシナゴーグです 15世紀後半に建造され、その後は改築を重ねて現在見られる姿になりました 内部の壁には、ナチスに殺害された約8万人のユダヤ人の名前と、 死亡場所、死亡年月日が書き連ねられているそうです ピンカスシナゴーグの裏手には、旧ユダヤ人墓地が広がっています 1万2000基もの石版状の墓石が折り重なったり、無造作のような雰囲気だそうです 1787年にユダヤ人墓地は廃止された為、それ以降に埋葬された人はいないそうです クラウスシナゴーグです もともとは、当時の地区行政責任者のマイゼルが建てた3軒の建物のことでしたが、 その後、17世紀後半に建造され、19世紀に改築されました クラウスシナゴーグは、ユダヤ人地区で最大のシナゴーグで、 埋葬組織の拠点としても重要な役割を果たしていました 現在は、ユダヤの伝統や生活習慣に関する品々が展示されているそうです 儀式の家です 1912年に建てられたもので、儀式を行ったり、遺体置き場でもありました 現在は、ユダヤの伝統や生活習慣、その中でも病気や死、墓について展示されているそうです 芸術家の家(ルドルフィヌム)です 19世紀後半に建てられた、チェコのネオルネサンス様式の代表的建築物です 内部には、音楽祭「プラハの春」のメイン会場となるドヴォジャーク・ホールや、 大小のコンサートホールやギャラリーが入っているそうです また、プラハ交響楽団の本拠地でもあります ユダヤ人地区集会所 ★
旧新シナゴーグ ★★ スペインシナゴーグ ★★ マイゼルシナゴーグ ★★ ピンカスシナゴーグ ★★ クラウスシナゴーグ ★★ 旧ユダヤ人墓地 ★ 儀式の家 ★★ 芸術家の家(ルドルフィヌム) ★ 【世界遺産】 プラハ歴史地区
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プラハの旧市街には、旧市街広場以外にもたくさんの見所があります! 今回は、その一部(自分が写真を撮った所^^;)を紹介します^^♪ カロリヌムです カロリヌムとは、カレル大学の本部の呼び名で、 カレル大学は、1348年にカレル4世が建設した中欧最古の大学です 現在は、このゴシック様式の出窓以外はほとんど残されていません この出窓の設計は、カレル橋や聖ヴィート大聖堂の設計者でもある、建築家ペトル・パルレーシュです スタヴォフスケー劇場(エステート劇場)です モーツァルトが「ドン・ジョバンニ」を初演したことでも知られる由緒ある劇場です 劇場の完成は1783年ですが、その後、増改築が重ねられ、 現在の姿は、1989年に再開されたものです ベツレヘム礼拝堂です ヤン・フスがチェコの民衆に説教を行なった教会です 15世紀初頭に建てられましたが、18世紀後半に全壊しています 現在の姿は、1950年頃に再建されたものです ナープルステク博物館です 国立博物館の一部門として公開されている博物館で、 アジアやアフリカ、ネイティヴアメリカンの文化を紹介しているそうです 聖十字架教会のロトゥンダです 11世紀に建てられたロマネスク様式の礼拝堂です ロトゥンダとは、円筒形に造られた礼拝堂のことです クラム・ガラス宮殿です 18世紀初頭にハプスブルク大使の為に建てられたもので、 中庭や天井画、階段などの装飾が美しく見応えがあるそうです 現在は、プラハ市の資料館となっていて、 コンサートや企画展のある時以外は、一般公開されていません カレル通りにある金のヘビの家です プラハで最も古いカフェだそうです クレメンティヌムです フェルディナント1世が、強大化するフス派に対抗する宗教勢力として、 カトリックのイエズス会を招き、1556年に修道院を創建したのが起源です 1601年には、プラハで最初のイエズス会の教会である聖サルヴァトール教会も建てられ、 ハプスブルク家の支援もあり、教会、礼拝堂、図書館、天文台などが次々に建てられ、 最終的に、プラハではプラハ城に次ぐ規模の複合建築になりました 修道院は1773年に廃止され、現在では、チェコ国立図書館、国立技術図書館として利用されています 内部の鏡の礼拝堂ではクラシックコンサートが開かれたり、ガイドツアーで天文塔に上ることが出来るそうです スメタナ博物館です スメタナに関する資料を集めた国立博物館の分館です 建物は、別名「ラジャンスキー宮殿」とも呼ばれています 1863年から1869年まで、スメタナ自身も実際に住んでいて、 「売られた花嫁」や「ダリボル」もこの場所で作曲されました カロリヌム ★
スタヴォフスケー劇場(エステート劇場) ★ ベツレヘム礼拝堂 ★ ナープルステク博物館 ★ 聖十字架教会のロトゥンダ ★ クラム・ガラス宮殿 ★ カレル通り ★★ クレメンティヌム ★★ スメタナ博物館 ★★ 【世界遺産】 プラハ歴史地区
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旧市街広場に建つ、白壁が美しいバロック様式の聖ミクラーシュ教会です その起源は12世紀に遡り、その後、何度も改築が行われ、18世紀に現在見られる姿になりました 現在は、フス派の教会となっています 内部は、白と桃色の大理石を基調とし、金の装飾が施されていて、 聖ミクラーシュの生涯や聖書を題材とした天井画や、華麗な彫刻で飾られています 音響の良さでも知られ、ミニコンサートなども開かれています 【聖ミクラーシュ教会(旧市街)内部】 聖ミクラーシュ教会では、日本語で結婚式を挙げることも出来ます♪ (昨年、私の友人も、聖ミクラーシュ教会で結婚式を挙げました^^♪) ちなみに、プラハには聖ミクラーシュという名の教会が2つあるので、 区別するために、(旧市街)とつけています (もう一つは、マラー・ストラナ(小地区)にあります) 聖ミクラーシュ教会(旧市街) ★★★
旧市街広場 ★★★ 聖ミクラーシュ教会 無料・撮影可 (2007年4月)
【世界遺産】 プラハ歴史地区
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旧市街広場の東面に建つ、ティーン教会です 80mもある二本の尖塔が、とても印象的です! 元々は、外国の商人たちの宿泊施設に付属していた教会で、12世紀に建てられたそうです 現在見られる、ゴシック様式の建物に改築されたのは、14世紀の頃だそうです 実際の名称は「ティーン(税関)の前の聖母マリア教会」で、 教会の裏側に税関があったので、その名前が付けられたそうです ティーン教会の前に位置する建物はティーン学校で、 ティーン教会付属の神学校ということです ティーン教会は、15世紀には、フス派(反カトリック)の拠点でしたが、 教会がカトリックに変えられると、フス派の人たちが教会に入れないように、 教会の前に建物を建てて塞いでしまったとのことです 手前のティーン学校がある建物の1階をくぐり抜けて行くと、ティーン教会の入口に辿り着きます (1階はレストランとかになってるので、まるでお店に入って行くような感じですが…^^;) 教会の内部は、おそらくバロック様式の内装だったと思います^^;(記憶が;;) (内部は見張ってる人がいて、写真ダメ!って言われました…(@_@;)) ティーン教会 ★★★
旧市街広場 ★★★ ティーン教会 無料・撮影不可 (2007年4月)
【世界遺産】 プラハ歴史地区
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