ここから本文です

書庫全体表示

記事検索
検索

全212ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

2階にライトニングケーブル(iPhoneの電源ケーブル)を取りに行き、他のことをやって、1階に降りて来てしばらく他のことをやり、スマホを見て、ああ、さっき2階にライトニングケーブルを取りに行ったのに忘れて降りて来てしまった、と思い出し、また2階に取りに行く、ということを、今日は少なくとも3回は繰り返した。

この一年、とくに脳の劣化が激しい。

うつ病とは脳疾患であるということを、うつ歴10年、精神的症状のないうつ歴に至っては16年にして、本当の意味で理解した。

今、うつ歴を計算するのに、22-6=という引き算がどうしても出来ず、電卓で計算した。
脳疾患というのは、そういうことだ。

今の私には、こうやってブログを開くことも、文章を書くのも難しいし、物理的な辛さを伴う。

でも、あまりにもうつ病というものをこの社会は理解していない。
(うつ病以前の私が、理解していなかったように。)
そして、うつ病者はあまりにも多く生み出され、その不理解によって重症化している。

だから、これから書ける時に書けたらいいな、と思っている。

花が与えてくれるもの

花が好きだ。

子どものころ、ピアノを習っていた。
先生がとても厳しい人で、通うのがとても嫌だった。
帰りに母が八百屋さんで花を買ってくれることだけが楽しみで(当時、花は八百屋で買うものだったのだ)、何とか通うことが出来た。

我が家の庭は、母という担い手を失い、さらに私の腰痛&うつ病のせいでほったらかしになり、まるで廃屋かのように荒れ果てていた。
それが、この春ごろから、雑草を切る(抜くのではなく、ハサミで切る)ことが出来るようになり、少しずつ再生しつつある。
加えて、野や人家の庭先の花を見ることがモチベーションになって出来るようになった日々の散歩とが、私の精神を、また驚いたことに腰痛から私の身体を、少なからず回復させている。

一番好きだった「小説を読む」ということが出来なくなり、私は途方に暮れていた。
この病の耐え難い日々を、何によって和らげてよいのか分からなかった。
でも、人生で「物語」に出会うよりも先に出会い、愛していた「花」というものが、今、また私の心に一筋の救いを与えてくれている。

花というのは不思議なものだ。
亡き母が植えた花が、あるいはやはり亡き叔母や今は連絡を取り合っていない友人が株分けしてくれた花が、季節になると、今も咲く。
伸びた雑草を切るようになってからは、もうなくなってしまったと思っていた花がある日突然丈を伸ばし、咲いたりもする。
母の愛していたミヤコワスレが、今年の春、咲いた。
ヤブランも咲いたよ、ママ。

次から次へと目まぐるしく生えてくる雑草も、鬱陶しいが、実は愛おしく思う。
その世界はいつもいつも驚きに満ちている。
時々、これはなんだろうと思って、切らずに伸ばしてみたりする。
この夏、ヤブミョウガが花を咲かせた。
世界は美しい、また少しそう思えるようになった。

最近(この半年くらい)、韓国ドラマばかり見ている。
なぜ韓国なのかというと、まぁ韓国のドラマがネットで無料で大量に配信されているということが最大の要因なのだが、うつ病のせいでちょっとしたことでも恐怖や不安が喚起される中(あんなに好きだった小説も読めなくなった)、なぜか韓国ドラマはその多くが「見れる」のだ。

韓国ドラマを見始めた最初のころ、私は炊飯器が出てくる場面で仰天してしまった。
日本以外でご飯を炊いて食べる国があることを今まで考えたことがなかったのだ。
自分の無知に恥じ入るばかりである。
韓国ドラマの面白さは、私にとって半分くらいはこういう発見が占めている。

今現在の場面だと日本とほぼ同じなのに、1990年代が舞台だと日本の1960年代(?)くらいの感じなことに驚いたり。
外食では、洋食や中華、和食を食べている場面が多く出てくるが、家庭では、ほぼ伝統的な料理しか食べないんだ〜、とか。
時代物では、調度品や衣装が、結構私の中の「乙女心」にヒットする、刺繍とかすごく可愛い、とか。
「縁」や「因果応報」や「運命」などの言葉がよく出てくる、というか物語の筋そのものがそれをモチーフにしているものが多く、ああ同じ文化圏(仏教的、道教的)なのだなぁとか。
家族意識が強く、年長者(特に親)の権力がすごく強くて、個人の範囲まで侵略してくる感じが若い人は生きづらそうだな、とか(この儒教的思想は日本も同じだけど、日本はむしろ母親が子供のために尽くさなくてはならない感が強い感じ)。
この間、感じたこと、知ったこと、考えたことは、数限りなくある。

他のアジアの国のドラマも見たくなって、今中国の時代ドラマと台湾の現代ドラマを見ている。
どちらも「イケメン」がたくさん出てくるようなドラマなのだが(そういうドラマが一番私にとって「地雷」が少ない)、日本のマンガ・アニメ文化、アイドル文化の影響のすごさ、みたいなものもしみじみ感じる。
また、台湾は文字が簡略化されていない漢字なので、すごく親しみ深い。
というか、韓国ドラマにも漢字が出てくるとテンションが上がる。
漢字という一文字一文字に意味を持つ文字のすごみとか、それをいかに自分が愛しているかに思い至る。
あと、韓国のドラマを見ていると、なぜこの場面でこの人はこういう反応なのか?とよく分からないことが起きるが(西洋のドラマでもよくある)、今見ている台湾のドラマはそれがない。
台湾の人のコミュニケーション方法は日本人によく似ていると思う。
(私にとっては日本のドラマよりさらに違和感がないので個人的なものかもしれない。)

ただ、韓国のドラマを見ていると、そのコミュニケーション方法に学ぶところも多い。
(ドラマの中のことだから、現実は違うのかもしれないけれど)
韓国のドラマでは、その時の感情で、言いたいことを言う場面が多い。
日本だったら、このセリフ一発で人間関係終わりなのではないか、と思うような無神経だったり失礼なことを平気で言ったりする。
(そういう「キャラ」の人というわけではなく、登場人物全員がそういうことを言ったりする。)
でも、韓国では、どうも人間はその時々で色々な感情を持つよね、それは押し込めないで表現しようよ、で、時間がたつうちに、何回も話し合ううちに、冷静になったり考えが変わったりするよね、そうやってお互いの意見をすり合わせていこうよ、と考えられているようだ。
これはひょっとしたら、すごくストレスの少ないコミュニケーション方法なのでは、とたくさんのドラマを見るうちに感じるようになった。

中国に関しては(台湾も中国だという話はさておき)、中国の物語を元にした創作物が日本には数限りなくあるわけで(三国志とか西遊記とか)、もう、本場!元祖!先輩!という勝手な期待が個人的に沸き上がる。
最近かなり色々作られているみたいなので、見るのが楽しみだ。

何だか長々と書いてしまった。
すごく久しぶりにここに来て、わざわざ書くようなことでもない気がするが、誰かに話したくて仕方ないが聞いてくれるような相手がいないので(笑)、書いてすっきりした!

働けないこと、家事もろくに出来ないこと、役立たずなこと。
そのことが、私に耐え難い苦痛をもたらす。
うつ病になったことのない人は多分想像できないくらい、その痛みは激しくて荒々しいものだ。

ずっともがいている。
色々チャレンジしてみても結局断念せざるを得ないことになっている。
(仕事だけでなく、ボランティア・市民活動の類においても)

その中でぐるぐるしているうちに、思い至ったこと。
私が自らを役立たずと非難し、生きる価値がないと思うことは、娘を全否定することになる。
娘を殺すことと同意ともいえる。
同じうつ病者や他の障害者、傷病者などに対しても同じだ。

昨今、役に立たない者やお金を稼げないものは生きている価値がない、という考え方が広まってきているように感じる。
それに対する反論は色々ありうる。
全ての人は生まれながらに生きる権利を有している、憲法もそれを保証している、とか。
人工透析を受けている人より、健康で長生きする人の方が実は税金(や年金)がかかる、とか。
誰でも、明日にでも役に立たない側の人間になりうる、とか。
人類は、弱肉強食ではなく、弱い成員も生きられる社会を作ることで、もっとも生存に適した種になったのだ、とか。

私は娘を見るうち、こんな風に思うようになった。
娘のような存在は、人に「徳を積ませる」ための存在なのかもしれないと。
善行を積みたくても、それを施す相手がいなければそれは無理なのだから。
よく昔話に出てくる、乞食を装った神様みたいな存在。

そして、私はこの生において、自分が施す側ではなく、施される側であることを受け入れられるかを問われているのかもしれない、と最近時々思うようになった。
自分が役立たずでも、それを許せるのか。
娘や他人がそうであるのを本当に許すためには、自分を許せなくてはならない。

そんな思いの中、今日本質をつくツイートに出会った。

”病を背負い、他者の助けがなくては生きていけない。そうした人には、誰かの助力、善意を受け入れることが、また、避けがたいわが身の試練を生き抜いていくことが労働になる。こうしたことが「労働」である事実に気が付きさえすれば、「社会的弱者」を支えるという、何とも横柄な発言もなくなるだろう。”
(若松英輔さんのツイートより)

2008年、私はあることをきっかけに心が粉々に壊れ、激うつとなった。
でも、私はその時から今に至るまで、一度も自殺を試みたことはない。
激うつになった後しばらくは、暴力的ともいえる自殺衝動に24時間毎分毎秒襲われていたにも関わらず。

私が自殺を企図するのをとどめていたのは、やはり子どもの存在であり、もし私が自殺したら息子がどれだけ衝撃を受けるかは想像に難くなかったし、施設に入所している娘に出来るだけ長い間会いに行くこと、そのためだけでも私は生きなくてはならないと思ったというのはある。

「死にたい」という言葉を毎日電話で受け止めてくれた従姉の存在も大きい。

だが、最近ふと、当時「上の立場」的な人が当時周りにいなかったことも大きかったのではないか、と思うに至った。
当時、私は母と息子と同居していたが、母は認知症であり、既に「親」ではなかった。
つまり、当時の私には親も配偶者も兄姉も上司も身近にいなかったのだ。

2011年に同じくうつ病になった息子も、一度も自殺を試みたことがないと言う。
うつ病の症状も自殺を企図しなかったことも、私と息子はそっくりなので、これは何か遺伝的な生来もった性格のようなもののせいなのかもしれないが、息子にとっても、そのとき身近にいたのが私だけだったことが大きかったのではないかと思う。
私は母親という「上の立場」にある人間だが、たまたま同病者だったため、理解者たりえた。

うつ病者の家族というのは、とても大変だと思う。
何もせずゴロゴロしている姿に、イライラすることも多いだろう。
でも、うつ病者は、自ら十分すぎるほどに自分を責めている。
この世に生きながら、地獄にいる。
家族や身近にいる人の一言が、命取りになる。
どうか理解して欲しい、そう心から願う。

全212ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

明日の風
明日の風
女性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

ブログバナー

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

検索 検索

よしもとブログランキング

もっと見る
本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事