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今日は産業カウンセラーの『資格登録更新研修』を受講した。
(帰りの電車なう。) 「産業カウンセラー」を標榜し続けるためには、日本産業カウンセラー協会が主催する講座にお金を払って出席して決まった期限内に所定のポイントをためないといけない。 全くいちいちお金がかかるんだからと渋々受講することにした研修だったが、予想以上に実り多き時間だった。 午前中の講座は講師の方のカウンセラーとしての原体験を語るものだった。 ここで多くの宝物のような言葉と気付きをもらった。 とても全部は伝えきれないのでひとつだけ。 「治る」とは。 治るとは一般的には病気になる前の状態に戻ることだと考えられているが、実は前の状態に戻ることはほとんどない。 例えばはしかにかかったら、はしかにかかる前の状態に戻るのではなく、二度とはしかにかからない体になる。 「治る」とは病気をこえて病気の向こうがわに行くこと。 脳梗塞などで麻痺が残った人たちの自助グループ。 最初おずおずと会に参加して 「あなたの痛みや不甲斐なさなど私たちにも分かりますよ。 どうぞこちらにいらっしゃい。」 と言われた人がしばらくすると、 「どうぞこちらにいらっしゃい。」 と言う側になる。 麻痺は治らなくても、世話される側から世話する側にたった時「治った」。 うつ病の人がうつの前に戻るのでは勿体ない。 うつになったからこその人になる。 午後は「来談者中心療法」について。 その歴史と理論と方法というかなり学術的な講義だったが、いまさらながら「カウンセリング」というものがいかに深く実証的に研究を重ねたものか実感した。 特に来談者中心療法の創始者であるロジャーズが統合失調症のクライアント(沈黙の青年)に行なったカウンセリングの逐語記録が心に残った。 「逃げ出して死にたい」 「生きていて何になる」 と語る彼は、統合失調症とうつ病の違いはあっても今の私と同じだ。 その彼が、カウンセリングを通してわっと泣き出し感情をすっかり吐き出す。 後日、彼は寛解し、大学に戻る。 少なくとも私たち精神疾患を患っている人間は、認知行動療法にせよ来談者中心療法にせよ薬を処方される以上にカウンセリングを充分に提供されるべきではないだろうか。 それも安価に。 精神疾患を患うことによって経済的に困窮している人がほとんどなのだから。 これが実現したとき、私は「うつになったからこその人」になれるのかも知れない。 |

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