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学校に戻ったのはよいが、では入れる高校があるのか、という大きな問題があった。 |
息子が不登校の頃(完
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不登校時代をどう過ごし、どうやって学校にもどって進学したか、
書いていきたいと思ってます。
コメント(10)
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昨日、記事を投稿してから、娘が入所した前後のことを鮮明に思い出した。 入所する直前。 私が、母のちょっとした言葉(多分、「一人で暮らすなんて可愛そうねぇ」といった言葉)に、 キレて、今まで堪えていたものが堰を切ったように溢れ出て、泣いてしまったことがある。 息子がその場に居合わせたので、慌てて洗面所に駆け込んだが、声を潜めることも出来ず、 号泣してしまった。 後にも先にも、あんな風に泣く姿を息子に見せてしまったのは、このときだけだった。 入所日は美しい春の日だった。 施設の桜が、今が盛りで、夢のようだった。 あの風景は忘れることが出来ない。 その帰りの車のなかで、私は「もう一生、心の底から幸せだと感じることはないだろうな」と 思っていた。 もうひとつ。 記事を書いてから、思ったことがある。 息子は中学校3年生のとき、頑張っていたんだな。 なんであんなに頑張れたんだろう。 学校も休んだり遅刻したりしてばかりだったし、他の子に比べれば、取り立てて頑張っていたわけ でもあるまい。 しかし、不登校当初、枕から頭を上げることも出来ず、学校に行くよう促しても、怒鳴り散らして 抵抗したころに比べれば、信じられないような状況だ。 多分、今思えば、不登校当初は、一種のうつ状態だったのだろう。
どんなに頑張ろうとしても、体が動かなかったに違いない。 やはり、ターニングポイントは、仙人(「息子が不登校だったころ(6)−カウンセリング」)との出会い にあったように思う。 そのときから、私は息子の好きにさせた。 もちろん、たまに怒りをぶつけてしまうこともあったし、将来どうするのか問い詰めてしまうこと もあったが、基本的には、極力口をつぐんだ。 息子は、昼夜逆転のネット三昧の日々を過ごし、そのうちに、エネルギーを蓄えることができたの だろう。 早めに、SOSを息子が出したこと、そして、早めに、全面的な休息をとったことが、息子の場合 は効を奏したのだと思う。 |
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以前、書いていた「息子が不登校だったころ」シリーズ、息子が中学校を卒業するまでのことを |
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本当に久しぶりになってしまいました。 |
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息子、不登校時代続きです。 |





