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昨日は、息子と娘と3人で、津久井やまゆり園に花を手向けに行った。
津久井やまゆり園は、ほんの少しのタイミングが違えば、娘が入所していただろう施設だ。
自宅から遠いことが難点だったが、施設の充実度、関連施設の多さによる人的交流の活発さ、美しい自然環境などに惹かれ、一番娘を入所させたいと思った施設であり、そのためのお試しの短期入所も娘にさせた。
息子の運転で、娘を現在入所中の施設に迎えに行って、津久井に向かった。
やまゆり園に着き、献花台に花を供え、手を合わせた。
娘は、たまたま外に出てきた職員の方に、にこにこしながら、無邪気に頭をぺこぺこ下げた。
再び、後部座席に娘と並んで座り、発車した途端、涙が溢れだし、嗚咽が漏れた。
その時、娘が、私を自分の肩へと引き寄せ、私の頭を抱いた。
私は後から後からあふれ出る涙を止めることが出来ず、ただ娘の肩で泣き続けた。
娘が、このようなことをするのを、今まで経験したことも見たこともなかった。
娘が、他の人の感情を読んで、行動をするのもあまり見たことがない。
そもそも、娘が他の人の感情を読めるのかどうかも定かではない。
(娘は言葉をしゃべれない)
人のことを慰める、という発想がそもそも出来るかどうかも不明だし、今までそのようなことをしたのを見たこともなかった。
だから、私は泣きながら、とても驚いていた。
そして、とても心を揺さぶれた。
とても悲しいのに、とても幸せなひとときでもあった。
娘が死なないで本当に良かった。
改めて心の底からそういう思いが湧いてきて、また泣いた。
事件の犠牲者になった方たちのご家族の痛みはいかばかりだろう。
そう思って、また泣いた。
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娘−知的障害など
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詳細
1996年、娘はアンジェルマン症候群という病気(?)を持って私の元に降り立ってきました。
この時から私の人生は今までと全く違った色合いのものになりました。
あまりに想いが大きすぎてまだ殆ど何も書くことが出来ませんが、おいおい今までのこと、
書いていきたいと思ってます。
この時から私の人生は今までと全く違った色合いのものになりました。
あまりに想いが大きすぎてまだ殆ど何も書くことが出来ませんが、おいおい今までのこと、
書いていきたいと思ってます。
コメント(2)
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高校を卒業した娘は、去年の5月から知的障害者用の成人施設で暮らしている。
高2の夏ごろから、8カ所の施設を見学し、3カ所で短期入所を行ったが、どこもいっぱいで空きなど全くないと言われ途方に暮れていた中、1カ所だけグループホーム建設に伴って空きが出来、幸運にも入所することが出来た。
長年暮らしていた児童施設を離れ、全く知る人のいない施設に移ったときは、娘の心細さを思い胸が痛んだが、思いのほか娘は早く新しい居場所になじんだ。
そんなに早く馴染んだ理由に、一人の利用者Fさん(同じ寮に住んでいる女性)の存在があったようだ。
成人施設の入所者は、とても高齢化していて恐らく平均年齢は50才以上だろう。
Fさんも恐らく、60代だと思う。
その方に、娘は入所してすぐに懐き、その方に膝枕してもらいながら寝っ転がったり、もたれかかって甘えたりしていたようだ。
娘が家族以外でそのような態度を取った相手は、今まで一人もいなかったと思う。
Fさんとは私も何回かお会いしたが、それほど知的には重くなく、大抵のことはご自分ででき、優しい穏やかさをまとった方だった。
そのFさんの訃報が昨日届いた。
私は行けなかったが、息子が今日通夜に参列した。
そこで、息子が職員の方に聞いたこと。
Fさんは一年以上前に乳がんが見つかり、手術をしたのだという。
手術痕に触れられると痛むらしく、職員が触ると、嫌がった。
しかし、娘はそんなことは分からず、不用意に触ってしまう。
職員は、娘にやめさせようとするが、いつもFさんは「かわいこちゃん(Fさんは娘のことをこう呼んでいてくれたそうだ)に触られるのはいい、大丈夫」だと言ってくれていたという。
その話を聞いて、私は涙が止まらなくなってしまった。
Fさんになんと感謝したらよいのだろう。
そして、なぜ娘からFさんが奪われてしまったのかと天を恨みたくなると共に、ひょっとしたら、娘がFさんの最期の1年を共に過ごせたのは、Fさんにとっても幸せなことだったのではないかも知れない、とも思った。
親ばかかもしれないが、娘にはそういうところ(そういう役どころ)がある気がするのだ。
Fさんは、無理な延命治療はせず、痛みもさほど長引かず、息を引き取られたそうだ。
ほとんど受け答えが出来なくなった中、「かわいこちゃん」(ともう一人の仲の良かった人)に会いたいか?と聞かれ、わずかに首を縦に振ったという。
Fさん、本当にありがとうございました。
ご冥福をお祈り致します。
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娘は、今18歳、高校3年生。
高校を卒業したら、今いる児童施設を出ないといけないので、成人のための施設をあれこれ探している最中だ。
どこもいっぱいで、入所待ちしている人はたくさんいるので、かなり大変だ。
今日、娘は、ある成人施設に、お試しで1泊の短期入所している。
こうやって色々な施設に娘を知ってもらい顔を売って、空きが出た時の候補に入れてもらうのだ。
(何も事情が分からない娘を、誰も知っている人がいない所にいきなり置いてくるのは、かなり胸が痛むことではあるが。)
さて、その、娘が暮らす児童施設に迎えに行き、成人施設に送って行く途中のこと。
渋滞に巻き込まれたりして、時間がなくなってしまったので、コンビニでお昼を買って、車の中で食べさせることにした。
私が何気なく「○○ちゃん、パンでいい?」と聞いたら、娘が
「パン!」と喋ったのだ。
私は、何が起こったか、すぐには理解出来なかった。
もう一度、「パン食べる?」と聞いたら、やはり、はっきりと
「パン!」と言った。
(ちなみに、娘はパンが大好き)
どう考えても、意味が分かって言っている。
本当に、本当に、びっくりした。
18歳にして、娘が初めて喋ったのだ。
娘は、意味のある単語は、例えば「ママ」のような言葉さえ喋ったことがない。
それどころか、「あーー!」「ひゃーー!」「うーー」といった声を発するだけで、それ以外の音すら口にしたことがないのだ。
こちらの言っていることはかなり理解出来ていることは分かっていたが、まさか、娘が意味のある言葉を発する日が来るなんて、想像もしていなかった。
人生何が起こるか本当に分からないものだ。
一緒にいた息子も「天と地がひっくり返るほど驚いた」「生きていてよかった」「施設ってすげぇな。学校ってすげぇな」と言っている。
息子と二人で、今日を「パン記念日」と名付けた。
娘は、パンをたらふく食べた後は、どんなに誘導しようと、一回も「パン!」と言ってくれなかったけれど。
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今日は、地元の入所施設(成人・知的障害)のお祭りに行った。
娘は今、高校2年生。
高校を卒業したら、今いる施設を出ないといけない。
児童施設と成人施設は、別なのだ。
そのために、今から動いている。
夏休みには、地元の施設4ヶ所を娘も連れて(息子も一緒に)見学に行った。
最初から、定員がいっぱいなので無理、というところもある。
今日お祭りに行ったところは、少しは余地がありそう。
そして、家に近いし、全体に活気があって、娘に向いてそうな感じがして、ここに入れたらベストだと思っている。
今日も娘、息子と一緒。
施設の庭で、利用者さんによるカラオケを聞きながら、出店で買った焼きそばやシシカバブを食べた。
美しい秋の、穏やかな一日。
「幸せ」という名が似会う日。
市の障害福祉課の人が、相談窓口の人にあらかじめ連絡してくれていたので、挨拶に寄った。
こうやって、娘の顔を売っておくのだ。
今回、こうやって動いてみて、障害者福祉も老人福祉のように、障害の程度を行政によって審査され、それによって判定された区分によって、受けられるサービスが決まるような仕組みになったことを初めて知った。
そして、老人福祉のケアマネ的存在がいて、ケアプランを作る事業所があり、そのケアプランに沿って、サービスを提供する事業所(入所施設とか、在宅の介護サービスとか)と、利用者自身が契約する仕組みになっているようだ。
ケアマネ的存在がいることは良いのだけれど。
区分認定で、もし、軽めの判定がされたら、施設に入所することは不可能になる。
どんな家庭の事情があろうと。
それって、どうだろう。
以前は、行政が介入して、色々な状況を加味して、誰を優先的に入所させるか、などを決めていたと思う。
それは、恣意的になる可能性もあるが、現実に即していた気がする。
そして、利用者と事業所の直接的な契約だから、事業所は自由に利用者を選ぶことが出来る。
(事業所がたくさんあれば話が別だが、現実はどこも満杯で入所はとても難しい。)
そうなると、手のかかる利用者、特に問題行動のある利用者は、敬遠されがちになるのではないか。
家族でみるのが限界になっているような、そういう利用者ほど入所しにくくなることになる。
うちの娘は、自分で食事が出来なかったり、いちいち介助が必要だが、性格が穏やかで、愛想があり、人が好きでどこででもうまくやっていけるタイプ。
だから、まだ良いと思う。
だけれど、もっと大変なケースで親が福祉に頼れないって、考えただけで鬱になる…。
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今日は、娘がクラス施設のクリスマス会に息子と参加した。
子供たちの出し物とボランティアの人たちの歌。
何てことないんだけど、いつものことながらここに流れる温かい空気に幸せ気分になる。
ボランティアの人たちが歌った(というかみんなで歌った)「アンパンマンのマーチ」に、何だか泣いてしまったよ。
いい曲だってことは知っていたのだけれど、この何てことのない平和な日々が実はとても貴重なものなんだという思いで、ぐっときてしまった。
そして、今の日本、アンパンマンがたくさんいるなぁ。
そうだ うれしいんだ いきるよろこび
たとえ むねのきずがいたんでも
なんのためにうまれて
なにをしていきるのか
こたえられないなんて
そんなのいやだ!
いまをいきることで 熱いこころもえる
だからきみはいくんだほほえんで
そうだ うれしいんだ いきるよろこび
たとえ むねのきずがいたんでも
ああ アンパンマン やさしいきみは
いけ!みんなのゆめまもるため
なにがきみのしあわせ
なにをしてよろこび
わからないままおわる
そんなのいやだ!
わすれないでゆめを こぼさないで涙
だからきみはとぶんだどこまでも
そうだ おそれないで みんなのために
あいとゆうきだけがともだちさ
ああ アンパンマンやさしいきみは
いけ! みんなのゆめまもるため
ときははやくすぎる 光る星はきえる
だからきみはいくんだほほえんで
そうだ うれしいんだいきるよろこび
たとえ どんなてきがあいてでも
ああ アンパンマンやさしいきみは
いけ! みんなのゆめまもるため
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