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			<title>明日は明日の風が吹きすぎだと思うの</title>
			<description>いつの間にか波乱万丈な日々。
明日は明日の風が吹くっ言うけれど、それにしても吹きすぎだと思うの。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tomorowswind</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>明日は明日の風が吹きすぎだと思うの</title>
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			<description>いつの間にか波乱万丈な日々。
明日は明日の風が吹くっ言うけれど、それにしても吹きすぎだと思うの。</description>
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			<title>2階にライトニングケーブルを取りに行って</title>
			<description>2階にライトニングケーブル（iPhoneの電源ケーブル）を取りに行き、他のことをやって、1階に降りて来てしばらく他のことをやり、スマホを見て、ああ、さっき2階にライトニングケーブルを取りに行ったのに忘れて降りて来てしまった、と思い出し、また2階に取りに行く、ということを、今日は少なくとも3回は繰り返した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この一年、とくに脳の劣化が激しい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
うつ病とは脳疾患であるということを、うつ歴10年、精神的症状のないうつ歴に至っては16年にして、本当の意味で理解した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今、うつ歴を計算するのに、22-6=という引き算がどうしても出来ず、電卓で計算した。&lt;br /&gt;
脳疾患というのは、そういうことだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今の私には、こうやってブログを開くことも、文章を書くのも難しいし、物理的な辛さを伴う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
でも、あまりにもうつ病というものをこの社会は理解していない。&lt;br /&gt;
（うつ病以前の私が、理解していなかったように。）&lt;br /&gt;
そして、うつ病者はあまりにも多く生み出され、その不理解によって重症化している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だから、これから書ける時に書けたらいいな、と思っている。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tomorowswind/42580478.html</link>
			<pubDate>Wed, 26 Dec 2018 18:10:04 +0900</pubDate>
			<category>メンタルヘルス</category>
		</item>
		<item>
			<title>花が与えてくれるもの</title>
			<description>花が好きだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
子どものころ、ピアノを習っていた。&lt;br /&gt;
先生がとても厳しい人で、通うのがとても嫌だった。&lt;br /&gt;
帰りに母が八百屋さんで花を買ってくれることだけが楽しみで（当時、花は八百屋で買うものだったのだ）、何とか通うことが出来た。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
我が家の庭は、母という担い手を失い、さらに私の腰痛＆うつ病のせいでほったらかしになり、まるで廃屋かのように荒れ果てていた。&lt;br /&gt;
それが、この春ごろから、雑草を切る（抜くのではなく、ハサミで切る）ことが出来るようになり、少しずつ再生しつつある。&lt;br /&gt;
加えて、野や人家の庭先の花を見ることがモチベーションになって出来るようになった日々の散歩とが、私の精神を、また驚いたことに腰痛から私の身体を、少なからず回復させている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一番好きだった「小説を読む」ということが出来なくなり、私は途方に暮れていた。&lt;br /&gt;
この病の耐え難い日々を、何によって和らげてよいのか分からなかった。&lt;br /&gt;
でも、人生で「物語」に出会うよりも先に出会い、愛していた「花」というものが、今、また私の心に一筋の救いを与えてくれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
花というのは不思議なものだ。&lt;br /&gt;
亡き母が植えた花が、あるいはやはり亡き叔母や今は連絡を取り合っていない友人が株分けしてくれた花が、季節になると、今も咲く。&lt;br /&gt;
伸びた雑草を切るようになってからは、もうなくなってしまったと思っていた花がある日突然丈を伸ばし、咲いたりもする。&lt;br /&gt;
母の愛していたミヤコワスレが、今年の春、咲いた。&lt;br /&gt;
ヤブランも咲いたよ、ママ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
次から次へと目まぐるしく生えてくる雑草も、鬱陶しいが、実は愛おしく思う。&lt;br /&gt;
その世界はいつもいつも驚きに満ちている。&lt;br /&gt;
時々、これはなんだろうと思って、切らずに伸ばしてみたりする。&lt;br /&gt;
この夏、ヤブミョウガが花を咲かせた。&lt;br /&gt;
世界は美しい、また少しそう思えるようになった。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tomorowswind/42127248.html</link>
			<pubDate>Mon, 25 Sep 2017 23:21:24 +0900</pubDate>
			<category>メンタルヘルス</category>
		</item>
		<item>
			<title>韓国ドラマばかり見ている</title>
			<description>最近（この半年くらい）、韓国ドラマばかり見ている。&lt;br /&gt;
なぜ韓国なのかというと、まぁ韓国のドラマがネットで無料で大量に配信されているということが最大の要因なのだが、うつ病のせいでちょっとしたことでも恐怖や不安が喚起される中（あんなに好きだった小説も読めなくなった）、なぜか韓国ドラマはその多くが「見れる」のだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
韓国ドラマを見始めた最初のころ、私は炊飯器が出てくる場面で仰天してしまった。&lt;br /&gt;
日本以外でご飯を炊いて食べる国があることを今まで考えたことがなかったのだ。&lt;br /&gt;
自分の無知に恥じ入るばかりである。&lt;br /&gt;
韓国ドラマの面白さは、私にとって半分くらいはこういう発見が占めている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今現在の場面だと日本とほぼ同じなのに、1990年代が舞台だと日本の1960年代（？）くらいの感じなことに驚いたり。&lt;br /&gt;
外食では、洋食や中華、和食を食べている場面が多く出てくるが、家庭では、ほぼ伝統的な料理しか食べないんだ～、とか。&lt;br /&gt;
時代物では、調度品や衣装が、結構私の中の「乙女心」にヒットする、刺繍とかすごく可愛い、とか。&lt;br /&gt;
「縁」や「因果応報」や「運命」などの言葉がよく出てくる、というか物語の筋そのものがそれをモチーフにしているものが多く、ああ同じ文化圏（仏教的、道教的）なのだなぁとか。&lt;br /&gt;
家族意識が強く、年長者（特に親）の権力がすごく強くて、個人の範囲まで侵略してくる感じが若い人は生きづらそうだな、とか（この儒教的思想は日本も同じだけど、日本はむしろ母親が子供のために尽くさなくてはならない感が強い感じ）。&lt;br /&gt;
この間、感じたこと、知ったこと、考えたことは、数限りなくある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
他のアジアの国のドラマも見たくなって、今中国の時代ドラマと台湾の現代ドラマを見ている。&lt;br /&gt;
どちらも「イケメン」がたくさん出てくるようなドラマなのだが（そういうドラマが一番私にとって「地雷」が少ない）、日本のマンガ・アニメ文化、アイドル文化の影響のすごさ、みたいなものもしみじみ感じる。&lt;br /&gt;
また、台湾は文字が簡略化されていない漢字なので、すごく親しみ深い。&lt;br /&gt;
というか、韓国ドラマにも漢字が出てくるとテンションが上がる。&lt;br /&gt;
漢字という一文字一文字に意味を持つ文字のすごみとか、それをいかに自分が愛しているかに思い至る。&lt;br /&gt;
あと、韓国のドラマを見ていると、なぜこの場面でこの人はこういう反応なのか？とよく分からないことが起きるが（西洋のドラマでもよくある）、今見ている台湾のドラマはそれがない。&lt;br /&gt;
台湾の人のコミュニケーション方法は日本人によく似ていると思う。&lt;br /&gt;
（私にとっては日本のドラマよりさらに違和感がないので個人的なものかもしれない。）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただ、韓国のドラマを見ていると、そのコミュニケーション方法に学ぶところも多い。&lt;br /&gt;
（ドラマの中のことだから、現実は違うのかもしれないけれど）&lt;br /&gt;
韓国のドラマでは、その時の感情で、言いたいことを言う場面が多い。&lt;br /&gt;
日本だったら、このセリフ一発で人間関係終わりなのではないか、と思うような無神経だったり失礼なことを平気で言ったりする。&lt;br /&gt;
（そういう「キャラ」の人というわけではなく、登場人物全員がそういうことを言ったりする。）&lt;br /&gt;
でも、韓国では、どうも人間はその時々で色々な感情を持つよね、それは押し込めないで表現しようよ、で、時間がたつうちに、何回も話し合ううちに、冷静になったり考えが変わったりするよね、そうやってお互いの意見をすり合わせていこうよ、と考えられているようだ。&lt;br /&gt;
これはひょっとしたら、すごくストレスの少ないコミュニケーション方法なのでは、とたくさんのドラマを見るうちに感じるようになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
中国に関しては（台湾も中国だという話はさておき）、中国の物語を元にした創作物が日本には数限りなくあるわけで（三国志とか西遊記とか）、もう、本場！元祖！先輩！という勝手な期待が個人的に沸き上がる。&lt;br /&gt;
最近かなり色々作られているみたいなので、見るのが楽しみだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
何だか長々と書いてしまった。&lt;br /&gt;
すごく久しぶりにここに来て、わざわざ書くようなことでもない気がするが、誰かに話したくて仕方ないが聞いてくれるような相手がいないので（笑）、書いてすっきりした！</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tomorowswind/42093171.html</link>
			<pubDate>Tue, 22 Aug 2017 01:53:13 +0900</pubDate>
			<category>メンタルヘルス</category>
		</item>
		<item>
			<title>施される側であることを受け入れられるか</title>
			<description>働けないこと、家事もろくに出来ないこと、役立たずなこと。&lt;br /&gt;
そのことが、私に耐え難い苦痛をもたらす。&lt;br /&gt;
うつ病になったことのない人は多分想像できないくらい、その痛みは激しくて荒々しいものだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ずっともがいている。&lt;br /&gt;
色々チャレンジしてみても結局断念せざるを得ないことになっている。&lt;br /&gt;
（仕事だけでなく、ボランティア・市民活動の類においても）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その中でぐるぐるしているうちに、思い至ったこと。&lt;br /&gt;
私が自らを役立たずと非難し、生きる価値がないと思うことは、娘を全否定することになる。&lt;br /&gt;
娘を殺すことと同意ともいえる。&lt;br /&gt;
同じうつ病者や他の障害者、傷病者などに対しても同じだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
昨今、役に立たない者やお金を稼げないものは生きている価値がない、という考え方が広まってきているように感じる。&lt;br /&gt;
それに対する反論は色々ありうる。&lt;br /&gt;
全ての人は生まれながらに生きる権利を有している、憲法もそれを保証している、とか。&lt;br /&gt;
人工透析を受けている人より、健康で長生きする人の方が実は税金（や年金）がかかる、とか。&lt;br /&gt;
誰でも、明日にでも役に立たない側の人間になりうる、とか。&lt;br /&gt;
人類は、弱肉強食ではなく、弱い成員も生きられる社会を作ることで、もっとも生存に適した種になったのだ、とか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私は娘を見るうち、こんな風に思うようになった。&lt;br /&gt;
娘のような存在は、人に「徳を積ませる」ための存在なのかもしれないと。&lt;br /&gt;
善行を積みたくても、それを施す相手がいなければそれは無理なのだから。&lt;br /&gt;
よく昔話に出てくる、乞食を装った神様みたいな存在。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして、私はこの生において、自分が施す側ではなく、施される側であることを受け入れられるかを問われているのかもしれない、と最近時々思うようになった。&lt;br /&gt;
自分が役立たずでも、それを許せるのか。&lt;br /&gt;
娘や他人がそうであるのを本当に許すためには、自分を許せなくてはならない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そんな思いの中、今日本質をつくツイートに出会った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
”病を背負い、他者の助けがなくては生きていけない。そうした人には、誰かの助力、善意を受け入れることが、また、避けがたいわが身の試練を生き抜いていくことが労働になる。こうしたことが「労働」である事実に気が付きさえすれば、「社会的弱者」を支えるという、何とも横柄な発言もなくなるだろう。”&lt;br /&gt;
（若松英輔さんのツイートより）</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tomorowswind/41723802.html</link>
			<pubDate>Tue, 18 Oct 2016 22:42:33 +0900</pubDate>
			<category>メンタルヘルス</category>
		</item>
		<item>
			<title>私はなぜ自殺をしなかったのか</title>
			<description>2008年、私はあることをきっかけに心が粉々に壊れ、激うつとなった。&lt;br /&gt;
でも、私はその時から今に至るまで、一度も自殺を試みたことはない。&lt;br /&gt;
激うつになった後しばらくは、暴力的ともいえる自殺衝動に24時間毎分毎秒襲われていたにも関わらず。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私が自殺を企図するのをとどめていたのは、やはり子どもの存在であり、もし私が自殺したら息子がどれだけ衝撃を受けるかは想像に難くなかったし、施設に入所している娘に出来るだけ長い間会いに行くこと、そのためだけでも私は生きなくてはならないと思ったというのはある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「死にたい」という言葉を毎日電話で受け止めてくれた従姉の存在も大きい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だが、最近ふと、当時「上の立場」的な人が当時周りにいなかったことも大きかったのではないか、と思うに至った。&lt;br /&gt;
当時、私は母と息子と同居していたが、母は認知症であり、既に「親」ではなかった。&lt;br /&gt;
つまり、当時の私には親も配偶者も兄姉も上司も身近にいなかったのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2011年に同じくうつ病になった息子も、一度も自殺を試みたことがないと言う。&lt;br /&gt;
うつ病の症状も自殺を企図しなかったことも、私と息子はそっくりなので、これは何か遺伝的な生来もった性格のようなもののせいなのかもしれないが、息子にとっても、そのとき身近にいたのが私だけだったことが大きかったのではないかと思う。&lt;br /&gt;
私は母親という「上の立場」にある人間だが、たまたま同病者だったため、理解者たりえた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
うつ病者の家族というのは、とても大変だと思う。&lt;br /&gt;
何もせずゴロゴロしている姿に、イライラすることも多いだろう。&lt;br /&gt;
でも、うつ病者は、自ら十分すぎるほどに自分を責めている。&lt;br /&gt;
この世に生きながら、地獄にいる。&lt;br /&gt;
家族や身近にいる人の一言が、命取りになる。&lt;br /&gt;
どうか理解して欲しい、そう心から願う。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tomorowswind/41711608.html</link>
			<pubDate>Mon, 10 Oct 2016 00:24:05 +0900</pubDate>
			<category>メンタルヘルス</category>
		</item>
		<item>
			<title>新海誠監督の見ている風景</title>
			<description>新海誠監督の『君の名は。』が大ヒット中だという報道に接して、思い出したこと。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
中学生のころからか、息子の勉強机には絵葉書サイズの絵が飾ってあった。&lt;br /&gt;
空と雲と駅の絵。&lt;br /&gt;
あまりアニメの絵が好きでない私だが、その絵はとても美しいと思った。&lt;br /&gt;
何かの機会に息子に聞いたら、それが新海誠という監督の映画（アニメ）『雲のむこう、約束の場所』の一場面で、その監督の作品がとても好きだということを教えてくれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
時がたち、今から数年前に、私はたまたまネットで同監督の『秒速5センチメートル』が無料配信されているのを見つけ、観てみた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日常のなんていうことのない風景、私にとってみればどちらかと言えば灰色でぱっとしない風景－例えば、駅の切符自販機－が細部に至るまでリアルなのに息をのむほど美しく描かれていて、軽い衝撃を受け、息子にそのことを話したら、不思議なことを話してくれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
昔、初めて新海監督の映画を見たとき、自分と同じ風景が見えている人がいたんだ！と驚いた、と。&lt;br /&gt;
不登校だった中学2年生のころ、夜、近所の小さな池のそばを歩いていたら、突然頭の中で爆発が起こった、と。&lt;br /&gt;
その瞬間から、世界が信じられないくらい美しく見えるようになったんだ、と。&lt;br /&gt;
それは、まるで新海監督の描くそれそのものだった。&lt;br /&gt;
なにか多幸感にも溢れていた。&lt;br /&gt;
それは、中学3年になり、学校に戻った後もしばらく続いていて、段々とその感覚は薄れていったが、大学に通っていたころも、まだその片鱗が残っていた。&lt;br /&gt;
強迫性障害とうつ病になってからは、全く失われてしまったけれど、と。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当時、息子にそんなことが起きていたなんて全く知らなかった私は、本当に驚いた。&lt;br /&gt;
息子に起こったのが何だったのか、それが何を意味するのか、私にはもちろん、息子にも分からない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただ、こんなことがあったというお話。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tomorowswind/41705136.html</link>
			<pubDate>Wed, 05 Oct 2016 01:16:35 +0900</pubDate>
			<category>大学</category>
		</item>
		<item>
			<title>津久井やまゆり園に花を手向けに</title>
			<description>昨日は、息子と娘と3人で、津久井やまゆり園に花を手向けに行った。
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;津久井やまゆり園は、ほんの少しのタイミングが違えば、娘が入所していただろう施設だ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;自宅から遠いことが難点だったが、施設の充実度、関連施設の多さによる人的交流の活発さ、美しい自然環境などに惹かれ、一番娘を入所させたいと思った施設であり、そのためのお試しの短期入所も娘にさせた。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;息子の運転で、娘を現在入所中の施設に迎えに行って、津久井に向かった。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;やまゆり園に着き、献花台に花を供え、手を合わせた。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;span style=&quot;font-size:14.56px;&quot;&gt;娘は、たまたま外に出てきた職員の方に、にこにこしながら、&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size:14.56px;&quot;&gt;無邪気に頭をぺこぺこ下げた。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;再び、後部座席に娘と並んで座り、発車した途端、涙が溢れだし、嗚咽が漏れた。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;その時、娘が、私を自分の肩へと引き寄せ、私の頭を抱いた。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;私は後から後からあふれ出る涙を止めることが出来ず、ただ娘の肩で泣き続けた。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;娘が、このようなことをするのを、今まで経験したことも見たこともなかった。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;娘が、他の人の感情を読んで、行動をするのもあまり見たことがない。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;そもそも、娘が他の人の感情を読めるのかどうかも定かではない。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;（娘は言葉をしゃべれない）&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;人のことを慰める、という発想がそもそも出来るかどうかも不明だし、今までそのようなことをしたのを見たこともなかった。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;だから、私は泣きながら、とても驚いていた。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;そして、とても心を揺さぶれた。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;とても悲しいのに、とても幸せなひとときでもあった。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;娘が死なないで本当に良かった。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;改めて心の底からそういう思いが湧いてきて、また泣いた。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;事件の犠牲者になった方たちのご家族の痛みはいかばかりだろう。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;そう思って、また泣いた。&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tomorowswind/41700591.html</link>
			<pubDate>Sat, 01 Oct 2016 21:02:17 +0900</pubDate>
			<category>育児</category>
		</item>
		<item>
			<title>娘が暮らす施設のFさんのこと</title>
			<description>高校を卒業した娘は、去年の5月から知的障害者用の成人施設で暮らしている。
&lt;div&gt;高2の夏ごろから、8カ所の施設を見学し、3カ所で短期入所を行ったが、どこもいっぱいで空きなど全くないと言われ途方に暮れていた中、1カ所だけグループホーム建設に伴って空きが出来、幸運にも入所することが出来た。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;長年暮らしていた児童施設を離れ、全く知る人のいない施設に移ったときは、娘の心細さを思い胸が痛んだが、思いのほか娘は早く新しい居場所になじんだ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;そんなに早く馴染んだ理由に、一人の利用者Fさん（同じ寮に住んでいる女性）の存在があったようだ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;成人施設の入所者は、とても高齢化していて恐らく平均年齢は50才以上だろう。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;Fさんも恐らく、60代だと思う。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;その方に、娘は入所してすぐに懐き、その方に膝枕してもらいながら寝っ転がったり、もたれかかって甘えたりしていたようだ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;娘が家族以外でそのような態度を取った相手は、今まで一人もいなかったと思う。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;Fさんとは私も何回かお会いしたが、それほど知的には重くなく、大抵のことはご自分ででき、優しい穏やかさをまとった方だった。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;そのFさんの訃報が昨日届いた。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;私は行けなかったが、息子が今日通夜に参列した。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;そこで、息子が職員の方に聞いたこと。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;Fさんは一年以上前に乳がんが見つかり、手術をしたのだという。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;手術痕に触れられると痛むらしく、職員が触ると、嫌がった。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;しかし、娘はそんなことは分からず、不用意に触ってしまう。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;職員は、娘にやめさせようとするが、いつもFさんは「かわいこちゃん（Fさんは娘のことをこう呼んでいてくれたそうだ）に触られるのはいい、大丈夫」だと言ってくれていたという。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;その話を聞いて、私は涙が止まらなくなってしまった。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;Fさんになんと感謝したらよいのだろう。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;そして、なぜ娘からFさんが奪われてしまったのかと天を恨みたくなると共に、ひょっとしたら、娘がFさんの最期の1年を共に過ごせたのは、Fさんにとっても幸せなことだったのではないかも知れない、とも思った。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;親ばかかもしれないが、娘にはそういうところ（そういう役どころ）がある気がするのだ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;Fさんは、無理な延命治療はせず、痛みもさほど長引かず、息を引き取られたそうだ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;ほとんど受け答えが出来なくなった中、「かわいこちゃん」（ともう一人の仲の良かった人）に会いたいか？と聞かれ、わずかに首を縦に振ったという。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;Fさん、本当にありがとうございました。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;ご冥福をお祈り致します。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tomorowswind/41571025.html</link>
			<pubDate>Mon, 27 Jun 2016 03:16:02 +0900</pubDate>
			<category>育児</category>
		</item>
		<item>
			<title>息子が分かってくれていたこと（母との確執）</title>
			<description>ものすごく久しぶりの投稿。
&lt;div&gt;書いておきたい私にとって大きな意味のあることがあったので。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;息子と話していたときのこと。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;昔話をする中で、息子が子どものころ、私と母（息子のお祖母ちゃん）がよく喧嘩していて困った、ということを言った。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;確かに私と母は怒鳴りあうような喧嘩をしばしばしていた。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;母がまだ認知症になる前。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;母が近づいてくると猫が逆毛をたてるような気持ちになっていたころのこと。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;そして、いつもその喧嘩の後に母（お祖母ちゃん）から、いかに私（お母さん）が酷いか、息子は聞かされていたという。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;これは初耳だった。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;それを聞き、それでも息子は私（お母さん）が悪いとは思わなかった、と。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なぜなら、お母さんは自分にお祖母ちゃんの悪口を言わなかったから、と。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;それが、お母さんの正しさを示している気がした、と。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;その時その時の母との喧嘩で、いつも自分が正しかったと思っているわけではない。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;子どもは、母親のことを無条件に「贔屓」するということも分かっている。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;それでも、この息子の言葉に私は救われた気がした。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;分かってくれていたんだ、と。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;かつて、父も兄も、常に「被害者」となる母の言葉をそのまま受け取り、一緒になって私を責めた。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;何か、私は家族の中で、極悪非道な親不孝者として扱われていたが、今振り返ると一体私が何をしたのだろう、と思う。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;確かに私は無口で愛想がなかった。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;（でも、それの何が悪いのだろう？そして、私は家族に積極的に、また受容的に話を聞いてもらったことが一度もないのだ）&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;確かに私は家事の手伝いをしなかった。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;（それは今考えると酷いと思う。でも、商売もやっているのに、あんなにピカピカに毎日掃除をする必要があったのだろうか？何より、兄が家事を手伝っていたら、私は喜んで手伝っていただろう）&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;確かに私には反抗期があった。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;（でも、そんなの普通じゃないか？しかも、例えば煙草を吸うとか、そんなことすらやっていないし、誰かとトラブったり、不登校になったり、停学になったりとかしたわけでもない）&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;確かに私は兄より学費がかかる私大にいった。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;（でも、浪人もせず、そこそこの大学に受かり、自宅から片道2時間かけて通い、普通に卒業したのだから、ちくちく嫌味を言われるようなことではないのではないだろうか）&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;子どもを「加害者」にし、自分が「被害者」になる親は、子どもを棄損する。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;子どもは、自分を罪悪感の炎で焼いてしまう。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;周りにはとても分かりにくく、多分母はほとんどの人に「いい人」と思われていたであろうが。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;（実際、母は私以外の人間には「いい人」だった）&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;そのことを誰にも理解されない孤独の中にずっと私はいたし、理解される日がくるとも考えていなかったが、思いもかけず理解してくれる人が現れた。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;しかも、家族の中に。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;誰よりも母に可愛がられた息子が。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;本当に救われた気がしたんだよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;ずっと胸にくすぶっていた業が成仏したような。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;人生は、本当に想像もしなかったことが起こる。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;明日は明日の風が吹く。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;（いまだ吹きすぎなきらいがあるだけど）&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tomorowswind/41394210.html</link>
			<pubDate>Mon, 07 Mar 2016 22:35:31 +0900</pubDate>
			<category>家族</category>
		</item>
		<item>
			<title>息子の作ったおせち</title>
			<description>昨年末、息子がおせち料理を作ると言い出した。
&lt;div&gt;どうせ口だけだろうと思っていたら、本当に作ってしまった。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;div class=&quot;&quot; align=&quot;center&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-01-36/tomorowswind/folder/1205449/02/40697302/img_0_m?1430275003&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; class=&quot;popup_img_1024_768&quot; width=&quot;560&quot; height=&quot;420&quot; style=&quot;width:373px;height:280px;&quot;/&gt;&lt;/div&gt;
&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　　　　いり鶏&lt;span style=&quot;line-height:1.4;&quot;&gt;・なます&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;line-height:1.4;&quot;&gt;・八幡巻き&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;line-height:1.4;&quot;&gt;・卵焼き&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;line-height:1.4;&quot;&gt;・黒豆&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;line-height:1.4;&quot;&gt;・栗きんとん&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;line-height:1.4;&quot;&gt;・田作り&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;span style=&quot;line-height:1.4;&quot;&gt;　　　　（全部息子の手作りです。）&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;span style=&quot;line-height:1.4;&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;まだ、料理し始めてから一か月くらいだと思うのだけれど。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;息子が小学校6年生の時に離婚して働き始めたときから、私は料理することを放棄した。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;そのことが息子には、とてもショックで、ずっと手作りの料理を渇望していたのだと思う。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;今回も、幼い頃食べた（母と私の）手作りのおせち料理を、もう一度呼び起こしたかったのだろう。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;あまりのうちの崩壊っぷりに、夫を家に呼ぶことも出来なくなっていたが（夫は潔癖症）、片づけ、大掃除もなんとか年末には終わり、夫を家に迎えてお正月を過ごすというミッションもこなすことが出来た。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;我が家の一つの時代が終わり、新しいときが到来しつつある、そんな気がしている年初である。&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tomorowswind/40697302.html</link>
			<pubDate>Wed, 07 Jan 2015 00:07:00 +0900</pubDate>
			<category>大学</category>
		</item>
		</channel>
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