TomyのTagaytay 子育てLife

移住して3年と8カ月・・・移住〜子育ての日常です

移住前

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親の事

移住数年前、両親はまだ健在
お袋が年に2度ほど救急車で運ばれるようになりました
持病は喘息・骨粗鬆症・C型肝炎の3つ
喘息を抑えようとステロイドを増量すると、免疫力が低下して肝炎ウイルスが増殖して悪さする
その繰り返し
さすがに高齢での二人暮らしに不安を覚え、自分から
「家を処分して、老人ホームに入ろうかしら」と言ってきました
実はこの2年前に、家の中を200万円かけてバリアフリーにしたばかり
妹と二人で資金援助もしたのに・・・口が裂けてもそんなこと言えません
口から出たのは、「そだねー」
 
私と妹で有料老人ホームを探しました (個室が前提です)
地域別の大体の月額使用料で、食費は別となります
秋田県 1015万円
仙台市 20万円
多摩地区 2025万円
文京区 40万円以上
妹が文京区寄りの新宿区に住んでいるため、何かあったときの為に近い方がいい
とのことで、その近くの老人ホームに決定
この時お袋が、「夫婦別室にして欲しい」と言い出しました
・・・ 料金倍増 ・・・!
当然年金では全く足りません
自宅を売却したお金が当てられます
「自分たちのお金だから、好きに使いなよ」と妹と話をしていました
そして、お袋の選んだ部屋がこちら
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「贅沢過ぎるんじゃない?」と、心で思っていても、口には出せません
こちらは1Fロビー、孫と言うより、齢の差はひ孫ですね
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親父はお袋の言いなりで、自分の考えを言えません
子供の七五三の時に
「来年3月にフィリピンに移住するけど、一緒に行く?」
親父が珍しく、「うん、行ってもいいよ」
ホームの居心地は悪くないのですが、お酒とか煙草の制限が嫌みたい
お袋は、「私はここでいい、もう動きたくないし、喘息があるので飛行機は不安というか無理!」
病気持ちなので、ケアのしっかりしたホームは離れたくないそうです
「大丈夫だよ、住み込みのナース雇うから」
一生懸命、フィリピン・アピールしましたが駄目でした
 
親の金だからいいんだけど、二人で年間1,000万円の消費
勿体ないな〜
フィリピンで、毎年1,000万円使ってくれたら富豪気分に浸れたのにな〜
 
結局妹とは、「お兄ちゃん、両親が生きている間だけは、最低年12回は帰国してね」
で折り合いを付けました
一家で帰国すると、140万として、毎年4080万円か
デカいな〜なんて思いながら、日本を発ちました

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移住まで残り半年

2014年 10月
家のオーナーさんは一週間で渡米するため、慌てて売買契約書を作成
その他の書類は、ブローカーのおばちゃんがやってくれることになりました
日本だとこれで終了ですが、フィリピンを甘く見てました
翌年に知ったのですが、厚さ3cmほどもある書類の束?(納税証明書とか)
が必要で、売主は既に米国、買主は日本、ブローカーのおばちゃんも
相当苦労したそうです
結局、名義変更終了までほぼ半年かかりました
ちなみに私とカミさんの共有名義にしました

移住する来春まで、既に半年を切っています
これからは子供たちと、最後の日本の思い出作り
先ずは七五三祝い
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日本のマクドナルドも、あと何回行けるんだろうねー
 
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大好きなアンパンマンミュージアムもこれが最後
また日本に来た時に行こうね
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そして最後の雪遊び
「アナと雪の女王」のオラフのつもりです、似てないけど・・・
 
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引っ越しはドアtoドアのBOXで送ることも考えましたが、家具類を捨てるのは勿体ないとカミさんが言います
仕方なく日通に見積もりを取ってもらいました
「荷物多いですねー」と言いながら見積もりで出てきた数字がこれ
200万円! (正直、100万円くらいかと思っていました)
既に1月中旬
3月末で退社予定でしたが、有休を消化したら2月末に実質退社となります
なので3月に入ってすぐに移住するとすれば、2月上旬には荷物を送らなければいけません
段ボール箱詰めは、ほぼカミさんがしてくれましたが、仕分けできていない
「ゴミこれだけ?」・・・そう、全部詰めちゃうんです
「オレは最後の仕事が忙しいし、貴方たちは先に行って受け入れ準備をしてて」
と、荷物と一緒に送り出しました

子供たちは、「わー、新幹線だー」と喜んでいますが
このまま日本を離れるなんて、全く理解できていないようです
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空港まで送り翌日家に戻ると、これからやらなければいけない事の整理
リストを作るだけで気が滅入ってきます
レポート用紙1枚では足りませんでした
公共料金の支払い
カードや口座の住所変更
税金の支払い
そして日本を離れる3日前、愛車とのお別れ・・・バイバイ
本当は持って行きたかったのですが、前年の夏から自家用車の輸出規制で出来なくなりました
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飛行機に乗ると、今までの旅行で乗った時とは違い、少し胸がキュンとします
やっぱり、ワクワクとはいかないですね

台湾旅行

1歳半になると、自分で持って食べられるようになりました

ぐちゃぐちゃになりますけどね

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歩けるようになったので、冬の間は何度かゲレンデで雪遊び

まだ怖いと言う感情が無いので、そり遊びも平気でした

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1歳までは国際便はタダなので、今のうちに海外旅行するか

行先は、東日本大震災への寄付で大変世話になった台湾にしました

JTBの「七福神巡り、台湾一周旅行」という地味なパックツアー

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 想像通り、子連れは私達だけの年配の方々ばかり

全食事つきですが2人分だけ

なのに、多くのレストランで双子ちゃん用の食事を無料で出してくれました

殆どはバス移動でしたが、一ヵ所だけ電車移動

日本語を話せる台湾人も多く、いろんな方に話しかけてもらいました

こういう時は、赤ちゃん連れは有利です

友好を深められて良かったなー

先日地震のあった花蓮で見た民族舞踊にて

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 2歳の誕生日前に、スタジオで記念写真?

フィリピンの家庭では、こんな写真をいくつも額縁に入れて飾ってあるんです

日本の両親、フィリピンの両親へも額縁に入れて贈りました

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初めての誕生会

1歳の誕生日は、盛大にやりたいと言うカミさんの希望で
フィリピンで執り行いました
ついでが2
1つは、教会で洗礼を受けました
洗礼は字のごとく、神父さんが双子ちゃんの頭に聖水を流すんですね
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なんか、証明書みたいなのも貰いました
そして、皆で歌まで歌ってくれました (教会にいた全員でですよ)
洗礼でひと泣きした後は、爆睡
そしてこの後は歩いて、誕生会のパーティー会場へ移動しました
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もう1つは、カミさんの兄弟の子供も誕生日が近いので入れて欲しいと
結局3人の子供の1歳の誕生会となりました
手配は全て義母にお任せなので、私は支払いをするのみ
そうとう張り切って準備してくれました
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・レストランの貸し切りパーティー
・レチョンバブイ
・ピエロ
・アイスクリームの屋台 etc
親戚の他、招待客の半分はカミさんの同級生で、同窓会の乗り
ただ、日本のように時間になったので、さア開始と言う訳でもありません
いつの間にかだんだんと人が増えているかんじでした

誕生日を過ぎると歩けるようになり、1歳4ヶ月ではプレイルームでも遊べるようになりました
子供の成長って、本当に早いですね (じじいになるわけだ)
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お座り 〜 立っち

双子ちゃんも退院して、生後2カ月になりました
未熟児でしたが体重もやっと3kgを超えてきました

普通の赤ちゃんだったら出産時の体重ですよね

カミさんがずっと家から出ていないため、外出したいと言い出しました

生後3カ月まではあまり外出しない方が良いのですが、仕方ない

ダイエーのエレベーターの中で、見知らぬおばさんに

「こんなちっちゃい赤ちゃん、まだ外に出したら駄目よ」と、カミさんが言われてます

私は他人のふり・・・


それでも生後4カ月過ぎたら、やっとコロコロしてきました

仲良くお昼寝です
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お馬さんごっこだってします

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お風呂は私がいるときには順番に、カミさん一人の時はバケツがお風呂でした

フィリピン人の習慣か、お風呂も昼間が多かったです

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外に出れば店員さんからは普通に、「お爺ちゃん」って呼ばれますが

もうめんどくさくなり、日本では殆ど「お爺ちゃん」で通してました

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