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香港

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香港ランチ事情

 香港のレストランで好きだったのは、セントラルのシティバンクプラザの1階にある、ローストチキンのファーストフードのお店がとても美味しく、ランチは、ほぼ毎日そのローストチキンを食べていました。そうですね、ランチボックスが、1000円ぐらいだったと思います。
 あと、中華麺のお店は、安くておいしい店がおおかったです。ワンタン麺が15香港ドルぐらい、日本円に換算すると、約230円ぐらいです。ただ出てきてすぐは結構熱いので、やけどに注意しなければなりません。
 香港の吉野家にもよく行きましたが、牛丼セットにコーラがついてくるのには少し面食らいました。
 香港では、熊本の味千ラーメンがすごい人気でした。中華麺の倍以上の値段でしたが、日本の味千ラーメンと同じ味でとてもなつかしく、よく食べました。
 あとは、パシフィックプレイスの向かいにあるビルの定食屋にもよく行きましたが、とても値段が高かったのを覚えています。好きなお皿をとって、精算するんですが、ご飯と味噌汁と焼き魚と冷奴で、1800円という感じでした。日本だったら、500円ですね。

香港の感想PART2

 昨日から引き続き香港の話を。

私は、香港にいた時は、投資会社に勤めていました。従業員数は、15人程度のこじんまりした会社でした。従業員の国籍は、日本人7名、香港人OL5名、アメリカ人3名、フィリピン人1名という感じでした。香港人OL以外の人は、皆日本語が話せたのですが、香港人OLは一人を除いて日本語が話せなかったので、英語でコミュニケーションしていました。香港人OLは、全員、英国やカナダなどの大学に留学経験をもっている人でした。香港人は、皆英語のニックネームを持っています。例えば、私の部下は、JessicaとPennyとWendy の3人でした。それで、3人を呼ぶときもその英語の名前で呼び合っていました。3人ともとても明るい性格でしたが、共通しているのは、家事が嫌いなことと、自分自身の投資のことをいつも考えているということでした。
 香港にはアマサンといって主にフィリピン人のお手伝いさんが月6万円ぐらいで雇えたので、香港人の女性は、家事や育児から解放されるために、6万円以上稼げるのであれば、家事はアマサンにまかせて働きに出たほうがいいという感じでした。平日に香港の公園へ行くとアマサンが香港人の子供を連れて公園にきているのをよく見かけました。
 もう一つ香港人OLから聞いて驚いたのは、香港人同士で未婚者がつきあい始めた場合、女性は男性からVISAのようなクレジットカードをもらうということでした。ちなみに、日本では家族間で2枚目のクレジットカードを奥さんや子供に持たせることができますが、香港では他人でもファミリーカードを持たせることが可能なようでした。そこで私が香港人OLに、「何のために彼からクレジットカードをもらうの?」とききました。すると「彼が浮気した時に、思いっきり買い物をするため。」という答えが返ってきました。なるほど、そういう仕組みかと納得しました。
 ただ、香港人OLにも、日本人が忘れてしまった美徳が残っています。それは、親を敬うということです。これも驚いたのですが、既婚、未婚にかかわらず皆親に仕送りしています。日本でも、未婚者で親と同居している人が、家計に数万円入れるということは、ある程度は行われているのかと思っていますが、既婚、未婚、親と同居、別居にかかわらず、かならず親に給料の一部を渡しているというのは、やはり驚きです。また子供からお金をもらった親は、祖父母にお金を渡すという仕組みになっているようでした。とにかく香港では、親が大切にされているという印象を受けました。

さらに明日に続く。
 

 とみーがいつもお世話になっています。とみーの父です。とみーが文化祭の準備に専念したいということと、部活の九州旅行の話が一段落ついたということで、ピンチヒッターを頼まれました。とみーが戻ってくるまで、しばらくおつきあいしていただければ幸いに存じます。
 私は、とみーと違って、鉄道の趣味はありません。ですから、もしかすると、いや間違いなく、とみーのピンチヒッターは勤まらないかもしれませんが、よろしくお願い致します。
 
 いきなりですが、今日は香港に住んでたときの話をしてみたいと思います。我が家が香港に住んでいたのは1996年から1998年にかけてです。香港は1997年の7月1日にイギリスから中国に返還されました。ちょうど香港がイギリスから中国に返還されたその瞬間に立ち会うことができました。私は、返還のその日のことをはっきりと今でも覚えています。返還のその日の午前0時ちょうどに、香港と中国の国境から、中国陸軍の軍隊が列をなして、香港内に入ってきました。といっても、それを生でみたわけではなく、テレビでみました。その時、なるほど国の主権が変わるということは、軍隊が変わることなんだとはっきり認識しました。返還の当日の朝に、香港島のもともとイギリス軍が駐留していた基地に掲げられていた国旗が、ユニオンジャックから中国国旗に変わっているのをこの目で目撃しました。
 もともと中国の領土だった香港がなぜイギリス領になったのか。簡単に言えば、アヘン戦争(1840−42)で当時の中国の清朝が敗れ、南京条約で香港をイギリスに割譲することになったからでした。
通常「香港」と言う場合、九龍、香港島、新界の3つに分かれる地域の総称を指しますが、南京条約で割譲されたのはこのうち「香港島」のことであり、その対岸の九龍半島は含まれていませんでした。現在の九龍市街は1860年の天津条約で割譲され、また新界(九龍半島の大部分)は1898年に「租借」されています。「租借」とは期限付きで領土を割譲することで、この時には99年間という期限がつけられました。つまり、1997年の返還というのは、これに由来するわけで、 この際、香港島と九龍市街も一括して返還されることになりました。
 香港が、イギリスから中国に返還されて、何か変わったことがあったというと、我が家が日本に帰ってきた1998年頃の状況をいうと、実は、何も変わりませんでした。特に繁華街の取り締まりが厳しくなるということは一切ありませんでした。
 続きは、明日また、書いていこうと思います。
 

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