|
戦国時代の革命児といわれる織田信長の実像に迫りたく、
昔、安土から岐阜へ織田信長の足跡をたどる旅行をしました。(1泊2日温泉付き)
初日は安土城を訪ねました。滋賀県の安土町にあります。(田舎でした ^_^;)
このお城は1582年(天正10年)明智光秀により焼き払われた信長の居城です。
天守台(本丸)をめざし大手道と呼ばれる石段を上り始めました。
途中、坂道の石段のなかに「石仏」と書かれたプレートを発見。
「なんだ?」としめされた方向をみると、なんと階段の石にはっきりと仏様の姿が…?
説明によればなんと安土城建設の際に、近隣の寺の石仏やお墓を略奪して、そのまま階段石や城壁に使ったらしい。
よ〜くみると、確かに戒名らしき文字も石段に見受けられる…ぞぞぞ (怖)
「わたし、仏様踏みそうになったよぉ〜。ばちあたる!」もうぶっ飛んじゃいましたよぉ〜
現代人の私ですら、墓石や仏像を足でふむなんて、恐れ多くてできません。
ましてや、信長の時代はまだまだ封建的で民衆は仏や神を今以上に信仰し、もっと祟りをおそれていたていたはず。家臣達には「天守へきたくば、仏を踏んでこい!」て言ってたわけだ。
仏罰を恐れず自分の力のみを信じていた、まさに「THE信長」!
やはり只者ではない。信長の人物像がぐ〜んとまじかにかんじられた一瞬でした。
続く…
|
織田信長の「うつけ」ぶりはすべて彼なりの理由があるのだけど、時に極端すぎてついていけなかった家臣(光秀)がいたのも納得です。
2005/4/7(木) 午後 6:47
温泉付きってのがいいな〜!私も仏様、踏めませんよ!
2005/4/7(木) 午後 6:49 [ yukunmama ]
地元なので小さい頃から何度か安土城跡には行ったことありますが、そんな事実知りませんでした!私知らずに踏んでたかも!?ぞぞぞ・・・。
2005/4/7(木) 午後 11:33
何?何?何?戒名が・・・・・おそるべし信長!!
2005/4/8(金) 午後 0:34
>なんとん様、こんな強烈な上司に心からついていける日本人の方が少ないとおもますね〜!
2005/4/8(金) 午後 4:17
>tomotomo0033様、私にとって温泉は旅の条件の必須項目ですよ〜^o^
2005/4/8(金) 午後 4:18
>miffy様、地元だったんですね!田舎だなんてすみませんでしたm(_ _)m 琵琶湖も近いし、風光明媚ないい土地でしたよ!また行きたいです。今度帰省された際に是非とも石段チェック下さいませ。
2005/4/8(金) 午後 4:21
>ちゃとこ様、ホントにこの人物、日本人のスケール超えています…
2005/4/8(金) 午後 4:22
お邪魔します。 信長さんは、やることが、どれもこれも凄いですね、常識をはるかに超えている。 さすが、king_of_jipang(←スペルあってるかわかりません)。
2005/4/9(土) 午後 2:00
>こういち様、King of Jipang とは、かっての大河タイトルですね!信長は中国の歴代皇帝に影響受け?中央集権的な国家を作ろうとしたと言われてますよ。(固有名詞がでずあやふやな表現ですみません・・・)
2005/4/11(月) 午後 3:25
こんにちは!
3年以上も前の記事に文字通り、「ぶっ飛んで」きました(笑)
最近になって、城と歴史に目覚め、信長についていろいろ調べてます。
石仏・・ホントにビックリでしたね。
今後も、じわりじわりココで勉強させてください!
2008/7/16(水) 午後 9:34 [ 馳という名の前世 ]
まさに、「THE信長」!
安土城ってこんなにヤバイ城だったんですね。
2008/12/25(木) 午後 0:15 [ sen*n*oy*me ]