ゆーくんはどこ?

皆様ありがとうごさいました。アメブロへ引越しますので、また、お会いしましょう! 我人に媚びず、富貴を望まず。(黒田官兵衛)

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家康の「しかみ像」

徳川幕府の礎を築いた徳川家康
彼は稀代の政治家、謀略家であるが、同時にたいそう戦上手な武将であった。

若かりし頃は織田信長軍内でも抜きん出て勇猛な部隊として知られ
数々の戦功を揚げただけでなく、時には退却時の「殿(しんがり)軍」という危険な仕事を自ら買って出るなど、その後の慎重な家康像とはかけ離れた勇ましい、かつ無鉄砲ともいえる一面もあったのである。

その戦上手で勇猛な家康が生涯一度だけ心からの敗戦の恐怖に震えた一戦がある。

三方が原の戦いである

現在の浜松付郊外。時は元亀3年(1572年)12月。

天下取りのため京を目指す信玄率いる武田軍は2万5千人
迎え撃つ徳川軍は半分以下の1万1千人(織田信長援軍3千含む)

武田軍は数の上で勝りながらも、家康の居る浜松城を攻めもせず家康の目前を悠々と進撃する。
さすがの家康もこの屈辱には耐えることができず、家臣の制止も聞かずに
劣勢でありながらも、果敢に武田軍へ戦いを挑むのである。
そのとき徳川家康31歳。 武田信玄は52歳であった。

家康にはそのとき勝算はあったのである。
武田軍が祝田の坂から狭い盆地に入る機会を窺っていたのである。

ところが祝田の坂へ到着するとそこで待っていたのは布陣を終えた武田軍姿であった
信玄は、家康が此処へ急襲することを読みきっていたうえでの策を講じていたのである。

散々に打ち負かされる徳川軍。家康自身も命からがら浜松城へ逃げ帰った始末であった。

その後絶対絶命の家康を救ったのは信玄の急死(翌年1573年 4月12日)であった。
家康は「信玄の進撃に震えるわしの姿を写し取っておけ」と恐怖に震える己の姿を写させ
その絵を生涯身近におき、二度と同じ失敗を繰り返さないよう己を戒めたと言われている

これがその「しかみ像」 (徳川美術館蔵)である。

イメージ 1


己を窮地に追い込んだ信玄を、しかし家康は生涯尊敬して止まなかったという。
その後、家康は長篠の戦い後に滅んだ武田遺臣を多く召抱え甲斐を安堵し、信玄の戦法や治世の術をを学び徳川政権の礎とした。

三方が原の戦いと「しかみ像」は、血気盛んな若武者だった男を、遠謀老練な「天下取り」へ導いた契機ともいえる。

閉じる コメント(12)

信玄みたいなおじさまがダンナの取引先にいたらなあ…。(´ー`)y─┛~~

2006/2/6(月) 午後 4:01 [ ペネロペ ]

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信玄という武将は魅力あります。家康が信長的手法でなく信玄的な治世術を幕府運用に登用したんですね〜なるほど、面白いです。

2006/2/6(月) 午後 6:00 natumi

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まさをさま、信玄公はさしずめ戦国時代の「上司にしたい男」NO.1でしょうね!

2006/2/6(月) 午後 11:25 ゆーくんままま

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なつみさま、ふむふむ、結局最後に天下を取った家康に取り立てられ家臣団を構成したのが、織田信長に滅ぼされた武田や今川の遺臣であったというのは、なんとも皮肉ですね。

2006/2/6(月) 午後 11:28 ゆーくんままま

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「自分の失敗を教訓にして同じ過ちを繰り返さない」現代にも立派に通用するお話です。最後の天下をとった家康は優秀な家臣団に支えられ、彼らの進言に耳を傾けたといわれてますが、こういう経験を生かしたのでしょう。

2006/2/7(火) 午前 0:32 [ kouchan ]

まことです。日本史はからっきしダメな私ですが、徳川家康さんならなんとか、です。勇猛でならした三河武士、その統領ですからさしずめ胆の据わったかたなのでしょう。三国志でいえば「孫権」さんでしょうか?

2006/2/7(火) 午後 0:59 まこっち

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最近、家康の側近を描いた「御家の狗」という本を読んで、(3回目ですが。。)家康観が変わりました。良くも悪くも奥の深い武将です。。 荀攸の話ともどもいつか記事にしますね。

2006/2/7(火) 午後 11:29 [ いっしー ]

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KOUKOUさま、失敗を成功へ生かしたんですね。私もこの逸話を知ったとき、家康と信玄という武将の奥義に触れた思いがしました。いいエピソードです。

2006/2/8(水) 午後 3:11 ゆーくんままま

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孫権+司馬仲達 って感じですね〜!武勇だけでなく戦術(謀略)の才も備えてますから・・・そんな勇猛な三河武士よりも武田軍は強かったそうですから、家康の恐怖も理解できますねえ。

2006/2/8(水) 午後 4:01 ゆーくんままま

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いっしーさま、3回も読み直したんですか〜!スゴイ、きっと面白い本なんですね。ちょっと探してみよう。家康が天下を取れたのも彼の側近あってといわれてますね。首をなが〜くして記事UPお待ちしておりまする。

2006/2/8(水) 午後 4:03 ゆーくんままま

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三方が原の戦い前後の話は、「逃げろ家康」(池宮彰一郎著)が非常に印象的に描いていたなと覚えています。(今は絶版で読めないかな・・・)家康という武将を考えると、よくも悪くも懐が深いな〜というのが実感ですね。以前は敵だった、旧今川、武田の家臣を自分の家臣に重用するなどなかなかできることじゃないですしね。今回の大河ドラマでは西田敏行さんが演じられますが、どのような「家康」になるのか、個人的に楽しみですね^^

2006/2/8(水) 午後 5:19 [ スクネ ]

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「逃げろ家康」まだ読んでいませんがとても面白そうですね。家康の懐の深さは、武田だけでなく今川の遺臣も数多く登用している点です。今川は家康にとっては正真正銘の敵。信長なら九族まで処断しちゃうかもしれません。派手さはありませんが、興味深い人物であるのは確かです。

2006/2/9(木) 午後 5:17 ゆーくんままま

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