ゆーくんはどこ?

皆様ありがとうごさいました。アメブロへ引越しますので、また、お会いしましょう! 我人に媚びず、富貴を望まず。(黒田官兵衛)

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月照様の寺〜成就院

皐月晴れの爽やかな良日、
清水寺成就院へお参りしてきました!

はい💕
西郷どんと月照様の所縁の寺です✨

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通常は非公開ですが、
連休期間(4/28-5/6)、特別公開されると知り、何が何でもと、馳せ参じた次第です。

見所は、
『月の庭』と称される庭園。

写真撮影禁止のため
HPからの抜粋になりますが、

それは見事なお庭でした!

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相阿弥原作、小堀遠州の補修とも伝えられる、江戸時代初期を代表する名庭で、
国の”名勝”に指定されているそうです。


秀吉寄進と伝わる、『誰が袖手水鉢』、
烏帽子岩、手毬灯篭などを池の周りに配し
高台寺山を遠方に配する借景式庭園です。

どこか、足立美術館の庭園に似た、
奥行きの深さを感じさせてくれる
美しい庭でありました。

西庭にある自然石の手水鉢の側には
水琴窟があり、それは爽やかな音色を
聴かせてくれました。

月の庭の東側には、持仏堂があります。
ご本尊、十一面観音、不動明王が鎮座し、
また、月照様も祀られているとの事なので
公開されているかお聞したところ、
残念ながら完全非公開だそうです。
残念…





尊王攘夷派の僧、月照様は、
清水寺成就院第24世のご住職様です。

西郷どんや近衛忠煕らが集まり、
この成就院で密談を行いました。

この美しい月の庭に立つ
尾上菊之助様演じる月照様の高貴なお姿を
想像するだけでも、うっとり…💕

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月照様と西郷どんは
未曾有の国難を解決すべく
この庭を眺めながら
様々に語り合ったことでしょう。

しかし、二人に危機が訪れます。

安政5年(1858)
島津斉彬の急死。

敬愛する主君の死に絶望した西郷は
殉死しようとしますが、それを思いとどめさせたのが、月照さまでした。

しかし、時を同じくして、
井伊直弼による安政の大獄が始まります。
尊王攘夷派として朝廷に影響力のある月照も、弾圧の対象となったのです。

月照様を救おうと、西郷どんは月照と共に薩摩へと帰ります。
しかし、斉彬亡き後の薩摩藩は、幕府に楯突くことを恐れて月照の入国を拒みます。

それどころが、
西郷どんは、月照の暗殺まで命じられたと言われております。

四面楚歌となった二人は、
錦江湾で入水自殺を図ります。
しかし、西郷どんだけ奇跡的に一命を取り留めたのでした。

月照と西郷どんは固く抱き合い、
海に身を投げました。

二人の間には、人としての深い愛が
あったに違いありません。


西郷どん31歳、人生の一大転機です。
明日の大河ドラマ、
正座して見届けたいです。

西郷どん 第3話

西郷家は子沢山の大所帯。
父 吉兵衛と吉之助の
わずかな給金で暮らしていかねばならず、
祖父や小さい弟が病になっても
医者に診せるお金もありません。

そんな貧乏暮らしから
吉兵衛は借金をする事に決めました。

吉之助と共に商人に借金を申し込みにいくも、武士のプライドが邪魔して
不遜な態度をとる父。
見かねた吉之助が、頭を下げて
百両もの大金を借入する事が出来ました。

家族みんなで、白米をたらふく食べる
西郷家。

さらに、従者の熊吉の田舎の老婆にも
米 ニ俵もプレゼントする大盤振る舞い!

イメージ 1



その画面を見ながら、

西郷どん、それ借金だから、、
熊吉のお婆さんには、米一俵でええんちゃう?

と、思ってしまった、しぶちんの私。

いやいや、苦労も幸せも
みんなで分かち合う、それが、西郷家。


西郷隆盛の器の大きい、豪放磊落な性格は
西郷家の家風だったんですね!


熊吉の田舎で一泊した吉之助は、
借金取りから逃れるため
夜逃げする貧しい少年とその家族に
出会います。

以前見かけたその少年は、
とにかく剣が強い!
後の中村半次郎です。

西郷どんの側近かつボディガードとして
生涯付き従った、維新の豪傑です。

同じく極貧の下級武士の出で、
人斬りとして恐れられながらも
土佐の岡田以蔵とは全く違う人生を
歩みます。

それは、人生の骨格となる少年時代
に西郷どんに出会えた事が要因でしょう。

中村半次郎はなかなかのイケメンだったの
ですが、
演じた子役も、可愛かったですねー。

西郷どんは、子役達が粒揃いで
観ていて、隙がありません。

薩摩藩は、先先代の作った多額の借金を
密貿易を行う調所の財政政策で大儲けをし
いまや黒字に転じる余裕もあったのですが
だからといって、それを藩に還元せず、
年貢の取り立ては厳しさを増し
下級武士も食い潰れる貧しい生活を
強いられていました。

その辛い気持ちは
斉興や調所、由羅に虐げられ
40歳を過ぎても家督を継げず、
江戸住みを強いられている
叡智の誉れ高い斉彬への渇望に
拍車をかけました。

由羅の呪詛?で、斉彬の男子はことごとく
早死し、温厚な斉彬すら反撃にでます。

密貿易の咎による調所自害。

しかし、斉興と由羅は強行手段にでます。

藩内の斉彬新派である重役に
謀反の罪で切腹を申しつけるのでした。

勿論冤罪です。

その重役の中には、
西郷どんが尊敬していた赤山様の名前も。

さあ、来週は
涙無しでは見れないでしょうね。


尚、お由羅騒動については
過去記事で書いてますので、
是非、ご一読を。

【お由羅騒動】
https://blogs.yahoo.co.jp/tomyu1999/54366882.html

【思無邪】
https://blogs.yahoo.co.jp/tomyu1999/57502811.html

ワンコの一周忌

今日はワンコの一周忌法要です。

ペット霊園は早朝から参拝者で
いっぱいでした。

今日は晴天で、
見上げると
真っ青な空に白い飛行機雲。

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日差しは暖かくて、
読経の間も寒さはそれほどでもなく、
ワンコの恩返しなのかな…

一周忌なので卒塔婆を奉納しました。

昨今の悪徳業者とは違い
この霊園は近所のお寺のご住職が
必ず般若心経を読経してくれます。

紹介してくれた
動物病院に感謝です。

通院と介護の日々が思い出されます。
あれからもう一年たつんだなあ、
早いものです。

ワンコの魂の安息を祈りました。

西郷どんの青年期

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西郷どんの少年期
小吉時代については、西郷どん初回の感想文にて紹介したが、
青年期へ繋がる内容なので、
改めて掲載する。

西郷隆盛は、
文政12年12月7日
島津家城下 加治屋町に生まれる。

西郷の盟友 大久保利通は、
文政13年8月10日 同じ加治屋町生まれ。
まさに竹馬の友だ。

加治屋町は、ドラマでも描かれていたように、下級武士の家宅が集まった郷中。
西郷家は小姓組の家格で、藩士の身分では下から二番目であった。
西郷の父親、吉兵衛は、勘定方小頭。
いわゆる小役人である。

西郷隆盛の兄弟は
長男の小吉(吉之助)、お琴、吉次郎、
おたか、おやす、慎吾(従道)、 小兵衞。
西郷どんの弱者への慈愛は、小さい妹弟との暮らしから育まれたのだろう。

吉之助は、少年時代から身体が大きく、威圧感があったそうだ。
もっとも励んだのは相撲と剣術。
特に相撲は得意で腕力は強かったが、一方で、四書朗読も習字も算盤も苦手であった。
ところが、同輩の少年と争い、誤って右腕を、刀で傷つけられ腕の筋を痛めた。
そのため以後は剣術を諦めた。
西郷吉之助の学業がめきめき上達するのはこの事件以降である。

14歳で元服し、吉之助隆永と名乗る。

後世、西郷隆盛と呼ばれる男の本名は
実は西郷隆永である。

西郷どんも周りの人達も
吉之助と呼んでいた。

隆盛は父の名前で、王政復古の位階で
親友の吉井友実が、
西郷の本名を間違って隆盛と申告したため
それ以降は、西郷隆盛に改名したらしい。

友の間違いをまことにしてしまう、
何とも西郷どんらしい。


やがて加治屋町郷中のリーダー格となる。
16歳で島津藩の菩提寺である福昌寺の住職、無参和尚について禅の修行を始める。

この禅寺での修行もまた
西郷隆盛の人生を導く出会いであった。

(大河ドラマで描かれるのかは不明なれど)

西郷どんは6尺(180)に近い巨体で、少年時代から目立つ存在であったが、
禅の修行を始めた事で、よりその迫力が増したのであろう。

右腕の怪我により剣術の鍛錬は出来ずとも
血気盛んな薩摩隼人を束ねて
維新革命へと導いたのは、禅で鍛えた
強靱な精神力とオーラを放つ迫力であった。

西郷吉之助は18歳で
『郡方書役助』になり、その後『書役』となり、この役職を27歳まで務めた。

これは、村々を巡回し、農民の年貢を決める役目で肉体的にも精神的にもハードであった。

不正や賄賂がまかり通る上役と
不況で年貢を納められない貧農との板挟みで、西郷吉之助は、粉骨砕身して働く。

大河ドラマで描かれたように、
若き吉之助の正義感溢れるエピソードは
あまたあるらしい。

年貢や納税のため、大切な牛を売る羽目になり、泣きながら愛牛との別れを惜しむ老農夫を目撃した吉之助が、
哀れな農夫のために、減税に奔走し尽力したと言う。

大河ドラマで、家族の為に売られていく
村娘のため、馳けずりまわる吉之助の姿は
ドラマ的演出ではないのだ。

この頃、西郷吉之助の正義感を確たるものにしたのは、変人上役との出会いも大きかった。

郡奉行の迫田太治右衛門利済という。

年貢や税調の長官という重役ながら
見すぼらしい家に住み、
『役人が贅をつくし驕慢になれば、国は滅びる』と若き西郷に持論を説いた。

維新後、東京から薩摩へ下野した西郷の
言葉そのものである。

吉之助は迫田に触発され
農政について意見書を度々提出した。


しかし、不正や賄賂がまかり通り
搾取に奔走し私腹を肥やす藩にとって
迫田のような人物は、疎ましいだけだ。

やがて役職を免じられた。

次の郡奉行は相良という人物であったが、
迫田とは違い、増税を第一目的とし
農民の都合など全く顧みない。

そして、その頃の薩摩藩は、
”お由羅くずれ”という御家騒動の真っ只中であった。

藩内は混乱し、様々な派閥を生み
人心は腐敗していた。

当時の吉之助は、
『眼閉じ鼻を摘まぬと城下を歩けぬ』と
と藩内外の混乱に嘆息したと言う。

尚、お由羅騒動については
大河ドラマでも取り上げられるので
また改めて。

又、篤姫の折に記事にしていますので、
下記へジャンプ、是非お読み下さい。

https://blogs.yahoo.co.jp/tomyu1999/57502811.html


お由羅騒動で幾多の血を流しながらも
嘉永4年(1851) 島津斉彬が藩主となる。
西郷吉之助 25歳の時である。

西郷の感激はひとしおで、
『50年の生涯のうちで、斉彬公家督された程の喜びはなかった。』
と後年語っている。

大河ドラマでは、
少年時代に島津斉彬に出会っているが
これは史実ではない。

しかし斉彬は、藩主になってからすぐに
西郷吉之助を登用している。

通常ならお目通しなどありえない
下級役人の西郷吉之助を何故抜擢したのか?

先に紹介した福昌寺の無参和尚が
『素晴らしい若者がいる。』と
斉彬に推挙したという説明や、

奇人変人上司の迫田奉行と共に
度々意見書を提出しその硬派ぶりが、
斉彬の耳に入っていたとも言われている。

そして西郷吉之助 28歳の時、
島津斉彬の参府に従い
初めて江戸に赴く。
そして、水戸藩の藤田東湖を訪れ
時勢について論じあう。
西郷吉之助の政局デビューである。

ともあれ、18歳の頃から
農民の為に汗と涙を流して奔走した
9年間の月日の積み重ねが、
斉彬と吉之助を結びつけ、
やがて維新革命へと突き進むのである。

少年期と青年期の出会いが
その人物の人格形成に
いかに大きな影響を及ぼすか。

そして、西郷の少年から青年時代を鑑みるとピュアで素直な性格だと分かる。

これが、男も女も万人を魅了した
モテモテ西郷隆盛の秘密であろう。

ちなみに、この頃すでに吉之助は
最初の妻を娶っている。
伊集院兼寛の妹、須賀 という。
しかし、後に妻の実家から離縁を求められ
別れている。

また、島津斉彬が家督を継いだ翌年、
祖父、父、母が相次いで亡くなった。
葬式に次ぐ葬式で蓄えも底をつき
貧乏に拍車がかかる。

わずか26歳で吉之助は世帯主となり、
幼い兄弟たちを養う責務が
肩にのしかかる。

西郷の最初の結婚が破綻したのは、
若い妻にとって、
貧乏な大家族の生活が、耐えられなかったのかもしれない。

尚、西郷の三番目の妻、糸であるが、
西郷とは16歳も年下であった。

大河ドラマの糸さんは
吉之助と年も変わらない幼馴染として
描かれている。
史実をあえて変えているのだ。
なんでなんかな⁇

西郷どん 第2話

観ました!
しかもオンタイムで。
初回からの期待の表れですね。

冒頭から、鈴木亮平さんの西郷どんが
登場!

薩摩の田園風景が
鈴木亮平さんに良く映えてます!

豊かに見える田んぼ
しかし、その年は凶作。

年貢を取り立てる役人職にありながら
借金のかたに売られそうな村の娘を助けようと、
なけなしの給金をも差し出す吉之助。

幼い妹弟の為に
川で鰻を取ろうとして
すってんころりんしちゃう西郷どん。

鈴木亮平さんの
サービスショット😍

大久保や村田、有馬など
悪ガキだった竹馬の友も
大人になってます。


祝いの席でも
吉之助は浮かぬ顔。

日々の暮らしもままならぬ農民、
一方上役らの間では、賄賂や不正が
まかり通っています。
農民の間でも、抜け目ない者は
隠し田を持っていたり(直虎🐯!)

上役と農民の間に挟まれて
苦悩する吉之助。

とはいえウジウジ悩むよりもまず行動!
役人トップのに直談判したり、
それでもラチがあかないからと
島津成彬へ手紙を渡すという強行手段にでます。

しかし、
農民の娘、ふきが、
年貢の借金のかたに売られてしまいます。
糸さんから状況を聞いた吉之助は
成彬への接触を諦め駆けつけます。

とはいえ、貧乏役人に何ができるわけもなく、借金取りに土下座する吉之助に対し
ありがとう、立派なお侍さんに会えて
良かった、と涙を流して家族のために
売られていくふき。

もう、このシーン号泣でした。

ふきちゃんの魂のこもった演技に
胸が締め付けられました。

村娘一人も助けられない自分は
立派なお侍なんかじゃない、と
己の非力を嘆き涙を流すのでした。

ここでも、私も号泣でした。

西郷どん、
熱いです。
面白いです🤣

.
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