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『善徳女王の真実』の中で
つい見入ってしまうページがある。 それは、 『新羅王室系譜図』 と 『大元神通の系譜』 という二つの系譜だ。 新羅王室系譜図は、『三国史記』や『三国遺事』に基づくいわば正史の系譜で、 ミシルやミセンらは一切登場しない。 一方、大元神通とは、『花郎世紀』の記述に基づいた系譜、いわば裏史だ。 ミシルは、『花郎世紀』にのみその実在が記されている。 『花郎世紀』とは、 新羅33代 聖徳王時代(702〜737)に官吏だった 金大問が編纂した歴史書で、 『三国史記』が編纂されるまで存在したがその後散逸したと言われる。 しかし、何とその幻の歴史書が日本の宮内庁書陵部に秘蔵されており、宮内庁に勤務していた朴昌和氏が、1923〜1944年の間に密かに筆写したとされる。 その筆写本は、朴氏の家族と門下生が所属していた。 その後1955年に西江大の李鐘旭教授が筆写本を入手し、現代語訳付きの翻刻本を出版した。 しかし、特に性風俗に関する内容が物議となり、韓国学会では朴氏による偽作であるとするのか主流だそうだ。 だが、日本の古代史オタの私から見ると 花郎世紀の描写は日本の古代史と重なる部分がある。 儒教思想に侵食される前の古代日本は おおらかな性の自由を享受していた。 『古事記』の国生み伝説の二柱、 伊邪那岐(イザナギ)・伊邪那美(イザナミ)は兄妹だ。 おじ姪、従兄弟婚など当たり前であった。 また、飛鳥時代には、新羅の仏像が何点も日本に伝来しており、 高松塚古墳やキトラ古墳などの壁画も 共通のデザインが見つかるなど、 大和朝廷との文化の伝来共有は、想像以上に濃密だった。 ならば、仏像などと共に、花郎世紀が日本の皇室に献上され大切に秘蔵されていたとしても、不思議ではないだろう。 正倉院宝物などの完璧な状態をみれば、書類の保管は古代日本人の得意技でもあった。 もし宮内庁に今も"花郎世紀"が現存するなら、是非とも公開して欲しいものだ。 花郎世紀は、通常の歴史書とは違い、花郎のリーダーである『風月主』32名の系譜や行跡などが郷歌とともに記されいる。 年代にすると、 504年から681年の140年間。 24代真興王から31代神文王。 当時の新羅の王室、貴族や庶民の生活や風俗、政治、宗教等が描かれているが、 特に性風俗についての記述が、三国史記の正史からかけ離れている為、学会の議論となり、偽書説が主流なのだそうだ。 "花郎世紀'には近親婚、兄妹婚、姉妹婚などに加えて、王室主催の乱行パーティや、色共、同性愛など、スキャンダラスな内容がてんこ盛りで、 その色事の中心にあり権勢を誇ったのが、 美室(ミシル)であった。 ミシルは 真興王の正室、思道(サド)王后の姪の娘で、二人は同じ"大元神通"系統として宮廷内でタッグを組み、朝廷の実権を掌握した。 "大元神通"とは、"真骨正統"とならぶ、 新羅王室の婚姻の系統で、"花郎世紀"にのみ見られる用語である。 それぞれが王とその一族へ夫人を供給しており、どちらの系統から王后が選ばれるか、男子が産まれるか、で権力勢力図はがらりと変わる。 ドラマ同様、華やかな宮廷にあって、 その水面下で熾烈な女の闘いが繰り広げられていた。 ちなみに真骨正統系には、ドラマでおなじみの、善徳女王の母、摩耶夫人や、金?信(キムユシン)の母、蔓明夫人などがいる。 真平王と摩耶夫人の娘であるトンマン 王女は、真骨正統派の嫡流である。 つまり、ドラマ善徳女王のメインテーマ、 トンマン王女vsミシルは、 真骨正統 vs 大元神通 の代理戦争とも言えるだろう。 参照 『善徳女王の真実』 キム・ヨンヒ氏著 大元神通系譜図 |

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