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「土佐二十万石」 冒頭、一豊さんが嬉しそうに書をしたためるシーンがありましたね。 そして、このような破格の出世ができたのも 「自分の器のせいだ。やっと徳川様に見出されて天運がついてきた」 とのたまうシーン。。 唖然として完全に引いてしまった千代の表情がなんともいえませんでした。 原作でも、千代は有頂天となった夫の豹変振りにあきれかえってしまいますが それは、元来「凡庸だった夫」を一国一城の大名にまで出世させたのは 「妻である私だ」という自負からくる一種の興ざめが原因だったのですが、 大河ドラマの脚本である大石先生は、寧々の台詞「男というのはそういうものだ・・」のとおり もっと辛らつに、男という生き物の愚かさとして描いています。 一豊は今まで上司から命令されて、泣く泣く汚れた仕事にも手を染めてきました。 しかし、これからは、自分の裁量と決断で土佐を鎮撫しなければなりません。 どんな「汚い手」を使ってでも結果を出さなければ、せっかく手に入れた「土佐国」を 手放さなければならないという、瀬戸際に追い詰められているのです。 六平太が毛利の間者ではなく、山内家に仕えたいと申し出たとき、 千代は素直に六平太の言葉とナミダを受け入れたのだけれど、一豊には別の思惑もありました。 それは、六平太を調略や陰謀などに利用しようという魂胆であったのでしょう。 結局、実直が取柄だった一豊さんも、次第に変節していかざるを得ませんでした。
ある意味、大名として「成長した」、「ミニ家康型藩主」山内一豊の誕生であったといえるでしょう 施政者となり領国を安堵させるためには、謀略も弾圧も辞さない。 次回の「種崎浜の悲劇」はその象徴的な事件でありました。 そして、そんな夫の姿に失望してしまう妻の姿があります。 一国一城の主になるため、夫と共に苦難を乗り越えた長い年月が 音を立てて崩れ去っていく、そんな感覚ではなかったでしょうか。 戦争を憎み、命の持ち帰りを願った千代と一豊との距離が次第に大きくなっていくのは 山内家という組織が大きくなった以上、仕方のないことだったのかもしれません。 残り3回で「夫婦の情景」を最後どう締めくくろうとするのか? 私の勘では、原作ともちょっと違う内容になるのではないかなと思っています。 それは、司馬先生=♂、大石先生=♀ だからではないかと・・・・ そんな 原作との比較は次回にでも。 ちなみに、一豊が関が原後拝領したのは「二十万石」でしたが その後の検地による加増などで結果「土佐二十四万石」と称されるようになります。 |

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