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信玄VS謙信 雌雄を決する合戦の火蓋が切られようとしています。 皆様ご存知のように、この第4次川中島は、今までの川中島の戦いで最大規模の戦いとなり 両軍合わせて8000人の死者を出したといわれています。 また信玄VS謙信の一騎打ちもあったといわれる戦国時代を代表する合戦。 ここで、合戦前の基本データを参考のために記載しておきます。 第四次川中島(永禄4年)時点での両雄の年齢は、信玄公41歳 ・ 政虎(謙信)公32歳。
越後軍は1万3000人の兵。 甲斐は約2万人の兵 数でいえば、武田が有利であった。 信玄公の本陣は茶臼山。 政虎公の本陣は妻女山。 上杉政虎公は、敵陣深く入り込んだ妻女山の本陣において動かず、日毎歌舞にふけっていたといいます。 対峙すること約10日後の・・ある霧の深い早朝。。。! ううう。。わくわくしてしまいます! まさに「風林火山」はクライマックスを迎えようとしています 第47話はまさに決戦前夜の両陣営の人間模様を描いた内容となっておりました。 嵐の前の静けさといいましょうか、 亀治郎さんの信玄公も、ガックンの謙信公も、そして我らが内野勘助さんも あせくせせず、悠然と「そのとき」を待ち構えているようでしたね。 信玄公も勘助も、「川中島で越後を殲滅する」ために着々と準備をすすめ 今の所は首尾よくすすめているという余裕があったのかもしれません。 しかし、ガックン謙信公は、関東管領として出兵したものの、小田原城を落とせなかったという失策のあとではあれど、この失敗により「一皮向けた」武将へ成長したようでした。 それは成田長泰の妻、伊勢姫の、命懸けの諌言があったことも影響しているのでしょうね。 「人として人を超えねばならぬ」 「わが亡き後も越後の民を守ることこそが守護の役目」 謙信公の領国経営の理念が、こののちの上杉家の品格と存続を守ったのでしょうね。 深くていい言葉でありました。(ガックン、上手かった!) そして、伊勢姫を演じた井川遥さんの美しかったこと! 義経の母常盤御前を演じた稲森いずみさん以来、時代劇の鬘が似合う女性を見つけた気分でした。 内野勘助さんの、「わが城を託したい」という言葉にも重みがありましたが 私は、勘助は決して死に急いだのではなかったと思います。 勘助の夢は、御屋形様を天下人にすることと、愛する由布姫も遺児・勝頼公の家督相続であったからです そこらへんの心理描写のうつろいは、原作の「風林火山」の筆致はすばらしく感動的でした! さすが純文学の井上靖先生です。 わたしは原作の最後を読むと、必ず泣けます。 内野さんなら、井上先生の託した、「山本勘助」像を見事に演じてくれると信じます! それにしても、明日(12/2)の放送を含めて残り3話だけなんて・・・寂しいなあ。
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