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2008年北京オリンピック圧巻の開会式、 理屈抜きで素晴らしい開会式だった! 8月8日午後8時8分 開幕最初のメッセージは、 「朋遠方より来るあり、亦た楽しからずや」 孔子の有名な言葉である。 中国三大発明の一つ「紙」をテーマに、 孔子の3000人の弟子が論語をまとめて後世に伝えようとし、そういうニーズが紙の発明に至った という表現があった(写真) 紙=巻物は今年の五輪開幕式の重要アイテムで、巻物とはすなわち歴史を意味し、 またこれから描かれるであろう未来の象徴である。 さらに、和=調和という儒教の精神を彷彿とさせる演出も目立った。 張芸謀(チャン・イーモウ)監督のメッセージに孔子や中国古代への憧憬が感じられたのは 私だけだろうか? 孔子は、中国古代、春秋時代の思想家。 私は丁度 宮城谷昌光先生の「子産」を読んでいた最中なので余計に そういう思いにシンクロしてしまった。 子産は 春秋時代中期、鄭の名宰相で孔子が尊敬しその思想に多大な影響を与えた人物である。 春秋時代は、乱世でありながらも礼節が重んじられた時代である。 礼節と信義あってこその国家。 向背や裏切りでは国を統べることは出来ないと信じられおり、 覇権や権力闘争と徳の思想が共生しあえた稀有の時代でもあったのだ。 例えば、「子産」において宮城谷先生の描く「鄢陵(えいりょう)の戦い」など およそ乱世とは考えられないような珍光景が展開する。 敵陣を追撃中、敵の君主を見つけたとする。 敵の総大将である。 もし日本の戦国時代であれば討ち取れば、最上級の「兜首」であろう。 しかし春秋時代、 「一国の君主に恥辱を与えると禍にあう」と信じられていた。 君主とは天の代理であるから天を恥辱するに等しいと考えれらたからだ。 敵の君主だと分かった段階で、その武将は礼節を示すため わざわざ兵車から降りて冑を脱ぎ、捕縛もせずに引き返すのである。 そして礼をつくされた君主は当然相手の武将に好意をもつ。 臣下に命じて、弓を武将に贈るのだ。 しかし武将が忠義を尽くすのは自国の君主だけであるため、敵国の君主の行為を 表向きは受け取ることはできない。 しかし秘かに答礼するため、弓を持ってきた使者に対して「粛」という立ったままで3度の礼を おこなったそうである。 「兜首」どころが自分が兜を脱いで敬礼するわけである。 恐らくその前後は、激しい戦闘が行われていた現場でで、ある。、 そしてこんな話も紹介されていた。 見張り台からある右軍の将が、敵の陣容をみたところいつものような余裕が感じられない。 そこで将軍は君主に願い出て、敵の左軍の将へ酒をすすめたいと願いでる。 君主もそれを受け入れ、行人の使者の旗を持たせて、敵陣の中枢へ遣わせた。 軍隊の兵士もみな礼節を知っており、決して使者を傷つける野暮はしない。 使者は敵の左将軍に酒樽と杯を献上し、わが君の代理としてあなたの労をねぎらいたいと 言上するのである。 敵に塩ではなく酒である。 上杉謙信のような武将が、中国春秋時代にはごろごろいたのだ。 どの話も、血生臭い戦場とは思えぬ典雅な風景である。 周王朝の威光が重んじられていたため、春秋時代の主役達はみな貴族であった。 それゆえこのような礼節がまかり通っていたのであろう。 しかし、時代が下がり、春秋後期に入ると、このような戦場の優雅が姿を消す。 成り上がり者が覇権を争う時代に突入したからだ。 君主であろうが、隙あらば殺害し国を乗っ取る。そして他国をいきなり侵略する。 戦国時代からの群雄割拠は、こんな事件のオンパレードと言えよう。 「礼は何処へ消えたのか?」 春秋後期に生きた孔子は、このような礼節の乱れに憤慨し、 その弾劾のために、学問を究めたのである。 孔子の不安は的中したといえよう。 日本も中国も世界ももう礼節は失われてしまったように思えて仕方がない。 モラルや社会道徳の学習のため、論語を子供に教えるという試みもあるそうだ。 2008年北京五輪。 礼節と信義。 安易で実現不可能な絵空事である世界平和というスローガンだけでない より実践的なメッセージがこめられていたように思えた。 スポーツマン精神とは礼節と信義を基本とすべしである。 そして同じメッセージは、アメリカ、ロシアなど絶え間なく紛争を起こす超大国だけでなく チベット紛争や、四川大地震、国内テロや、果ては毒餃子事件など 不安要因を抱えた中国国内へむけたメッセージともいえる。 今日から始まったオリンピックが、礼節を重んじた国際交流の場にあることを願っている (特に、日本選手へのブーイングは止めてね)
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