ゆーくんはどこ?

皆様ありがとうごさいました。アメブロへ引越しますので、また、お会いしましょう! 我人に媚びず、富貴を望まず。(黒田官兵衛)

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直江兼続の実子、竹松が再び病に倒れてしまいます。

高熱にうなされながら「母」を慕う息子の姿・・・

京伏見で、上杉景勝の正室・菊姫とともに人質の生活を続けるお船に
菊姫は、「上杉家のため直江の家督を譲った忠義の子を守ることこそが上杉のため」と
米沢へ帰らせたのです。
母の帰宅は直江家に希望を与えました。竹松の容態は徐々に安定してくるのです。


しかし、
伏見で一人暮らす菊姫は、やがて病に倒れるのでした。


「秀頼公のため」と諸侯を説得し、石田三成の率いる西軍を破り天下の実権を握った家康は、
いよいよ本当の天下取りを実現します。

慶長8年(1603年)3月、家康は将軍宣下を受け「征夷大将軍」として江戸幕府を開きます。

上杉家は、すでの敗者の身となれば無駄に異議を唱えて、
米沢での苦しい生活に耐える家臣や領民を路頭に迷わせてしまう。。。

上杉景勝と直江兼続は、「生きるために」家康へ祝賀を述べるため江戸へ赴くのでした。

しかし、その江戸屋敷に、「菊姫さま病に倒れる」の一報が届きます。
景勝は直江に後を託して急ぎ京へと駆けつけるのでした。

菊姫の・・・やつれ果てた姿に絶句する景勝に
「上杉家のために、側室をお持ちください」と懇願する菊姫。
菊姫は、「殿の子を生んで見せますと誓ったのに、本願果たせず・・」と無念の思いを吐露します。
景勝は、菊姫の、命懸けの想いを汲み取り、側室をもつのでした。

そのころ江戸では、突然姿を消して京へ向かった上杉景勝へ、家康より猜疑の目が向けられます。
直江は、「奥方さまの病気見舞い」と堂々と答えます。
「妻や子を思う気持ちが分からなければ天下など治められない」とも断言します。

それは、「生きるために」屈服はするけれども、精神は決して卑屈にはならず。
堂々と「上杉の生き方」を家康に見せ付ける、直江の気概の表れでした。

翌年の春・・・年始の挨拶に大坂城へ登城した上杉景勝の元に、
「菊姫逝去」の知らせが届きます。
悲しみを堪えて豊臣秀頼に拝謁する景勝。

「お喜びもうしあげます・・」
その言葉が、どうしても口にできない景勝は、菊姫を失った悲しみで嗚咽を漏らすのでした。
側にいた直江兼続は、景勝の悲痛な想いを受け取り、景勝に代わって秀頼に年賀の祝辞を伝えます。

米沢に帰った兼続は、菊姫の死を悼むお船を励まします。
お船は菊姫を守るために10年間も伏見で共に暮らしたのです。

すっかり病状のよくなった竹松には、
「そなたの命は、菊姫さまに助けていただいたのだ。決して粗末にしてはいけない」と諭し
愛に生きた菊姫の冥福を祈るのでした。

と・・・

今週は、常盤孝子さん祝・ご結婚!という寿ニュースもあり、
ご祝儀感想文にしたったのですが、
やっぱり正直に書きます・・・

なんとも・・・かんとも、う〜ん・・・な回でした。

まず、後で説明しますが、史実がむちゃくちゃ。

そして、ドラマ的に納得できないのが、
本多の次男を婿養子とし、直江の家督を継がせるという婚儀を
一体いつ、どんな理由で景勝が承諾したのか、まったく触れていない点。

このポイントは、次回の「実頼追放」と深くリンクするだけに、
きっちりと描いて欲しいです。

それと、菊姫が執拗に景勝へ「側室を持って」と哀願するシーン。。
あんまりしつこくて、同じ女性として、なんかイラっときました
何より、史実の菊姫は、決してそんな「はしたない」真似などしない、プライドの高い姫でした。

それと、「領民のために生きる」といいながら
ドラマの直江は、いつも屋敷に篭って書類見てるか、もしくは、家族の看病してるだけ。
泥んこになって率先しながら、農業改革や、水利事業(堤防建設)してほしいし、事実、
本物の兼続は、そういう現場主義の執政だったのです。

直江の米沢での政治やその事業は、ドラマが終わった後の「天地人紀行」でちょっと触れるだけ。
これでは、負け組からの出発の現実味が伝わりません。
いつだって、キレイな衣装で髪型もばっちりの直江では、民もついてはこないでしょう。

妻夫木くんには、是非とも「泥まみれ」の演技を期待したいです。
イケメンは泥かぶってもイケメンだから、大丈夫だって〜!


さて、「勝手に補足のコーナー」ですが、
今回は菊姫の逝去前後の出来事を時系列に並べてみて、
景勝と菊姫の夫婦愛を検証してみたいと思います。


文禄4年(1595年)秀吉の命で、越後より上洛し、伏見の上杉屋敷で人質としての生活が始まる

共に伏見で人質となっていたお船は、慶長3年(1598)上杉家が越後から会津へ移封となった際、
夫とともに会津へ帰国していた。(ドラマとは違いますので要注意)

また、慶長8年(1603) までに、
景勝は、秘かに公家の娘四辻氏を景勝が側室として米沢へ迎えていた。
四辻氏の実家は、西園寺家の一門で、公家の名門。

慶長8年(1603)3月、二条城で徳川家康が将軍宣下を受け、征夷大将軍となる。

慶長8年(1603) 10月、上杉景勝と直江兼続は、家康の将軍宣下の祝賀のため京へ上洛。
豊臣秀頼と千姫(家康の孫)との婚儀の祝賀も兼ねてである。
途中 江戸城へ登城し、徳川秀忠に拝謁している。

(家康と景勝主従が対面したのは江戸ではなく伏見です、ドラマとは違いますので要注意)

その後、翌年8月まで、景勝は伏見に滞在する。


尚、米沢に暮らす四辻氏はすでに妊娠しており、出産は翌年の5月。

慶長8年(1603) 冬、菊姫が病に倒れる

一説には、景勝が側室を持ち、妊娠させたことに傷つき、鬱病になったとされる。

慶長9年(1604) 2月、病状が悪化したため、菊姫の義弟・武田信清が伏見へ駆けつける。

景勝は、菊姫の病気平癒のため神社仏閣への祈願を行ったり、名医を招いたりしている。

慶長9年(1604)2月16日、景勝と信清に看取られ、伏見の上杉屋敷にて菊姫逝去。

『上杉家御年譜』には、「公(景勝)ヲ始メ奉リ、諸士ニ至ルマテ悲歎カキリナシ」と、
景勝や家中の者が、菊姫の死を悲しむ様子が伝えられている。

しかし、菊姫は病死ではなく、側室の妊娠に嫉妬し絶望して、自害したという説も有力である。

墓所は、京都妙心寺亀仙庵(現隣華院)。後年米沢林泉寺にも墓碑が建立された。



慶長9年(1604) 5月5日、米沢で側室四辻氏が玉丸(定勝)を出産した。
上杉景勝の唯一の実子である。しかし、産後の肥立が悪く・・わずか3ヵ月後、

慶長9年(1604)8月17日 側室四辻氏亡くなる。

一説には、菊姫の怨霊に祟られたといわれている・・・

慶長9年(1604)8月21日 上杉景勝、伏見から米沢へ帰国の途につく。

母に先立たれた乳飲み子の玉丸(後の定勝)は、直江兼続夫人・お船によって養育される。



如何ですか?
ドラマとは一味も二味も違う、夫婦の姿が見えてきませんか?

菊姫は、名門武田家の、しかも武田信玄の実の娘として生まれ(母は側室の油川氏)
美貌でもあり、才色兼備と誉れの、プライドの高い姫君でした。

夫・上杉景勝も、自身が名門・上杉(長尾家)の出身だけに、
この美貌の姫を慈しみ生涯尊敬の念を持ち続けたことは間違いなく、
豊臣秀吉の命で、伏見で人質の生活を余儀なくされなければ、終生仲睦まじく暮らせたはずでした。

しかし、長すぎる別居生活のため、子宝に恵まれず
子供がいないことが、景勝や上杉家の最大のウイークポイントとなってしまいます。

景勝は、大名として、側室を入れました。
当時としては当たり前のことだったからです。

しかし、菊姫は、頭ではわかっていても、心で許すことができなかったのでしょう。
しかも相手は、公家の名門の姫。自分と遜色ない出自であることも、
プライドを傷つける要因であったと想像できます。        

菊姫の発病が、四辻夫人の妊娠発覚の頃と重なるのは、決して偶然とは思えません。
「病は気から」と云います。
私は、菊姫が鬱病にかかっていた可能性は高いと思います。

しかし、景勝は、関ヶ原の敗北による減封で、どん底にある米沢へ帰らず、
菊姫のいる、京に滞在しています。

執政・直江兼続の手腕を信じていたのも大きな要因でしょうが、
景勝は領国よりも妻を選んだとも言えます

恐妻家だったのでしょうね。
でも恐妻家は、イコール、愛妻家なのです。

武田と上杉の和睦の証として甲斐から越後へ輿入れし、
越後から人質として伏見屋敷で夫と離れて暮らし、10年。
結局、会津へも、米沢へも帰国することができませんでした。
享年 42歳。法名 大儀院殿梅岩周香大姉

他の戦国時代の姫君同様、悲しみの色を感じさせる人生でしたが、
最後、愛する夫に看取られたことが何よりの救いです。


さあ、次回は、大国実頼の悲劇です・・・(涙



写真は、二条城、勅使の間です。将軍が朝廷からの使者(勅使)を迎えた対面所です。
上段に勅使が座り、将軍は下段に座っていました。

景勝&菊姫は、NHKホームページより拝借しました。

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