ゆーくんはどこ?

皆様ありがとうごさいました。アメブロへ引越しますので、また、お会いしましょう! 我人に媚びず、富貴を望まず。(黒田官兵衛)

大河ドラマ「風林火山」

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由布姫・・・!



あまりにもあっけない「姫の死」でした。

由布姫が三条夫人に対抗心を燃やし、
あたらな側室の登場に敵愾心を燃やし
晴信のつれない態度に反抗して躑躅ヶ崎のお屋敷に乗り込んだり
そして息子四郎を武田の跡取りにしたいと野心を露にしたり・・・


そんな、わがままで強気でプライドの高い由布姫を見てきただけに
その儚い一生が、余計に哀しく見えてしまうのです。


もっともっとわがままな姫様を観ていたかった!

勘助も同じく同じ思いでしょう
もっと激しく、深い気持ちではあったでしょうが。

彼女の生き様が激しかっただけに
姫ならきっと病気も克服してくれるんじゃないか。

きっとそんな想いもあったのかもしれない
だから木曽攻めに全力で取りかかった。

「リツとの婚儀」も恐らくは姫の気持ちを汲んで無理して承諾したにちがいありません。
何度もくりかえしちゃいまうが、あまりにもあっけない姫の死に
私もそうですが、勘助もきっと呆然としてしまったに違いありません。


柴本さんの演技は、そこらへんの由布姫の儚さと強さを上手く演じていらっしゃいました。

「私は男に生まれたかった。
女ではだめ。敵を愛してしまうから・・・」

「生まれ変わるなら、あの水鳥になりたい。」

そして晴信と勘助に強く「木曾を打ちなされ」と進言したあの強さ。

そして最後・・・四郎の行く末を思いながら
「もう死んでしまったのかしら。諏訪湖の水面は見えませぬ・・・」


なんとなんと儚い。
自由に生きたい。自由に愛したい。

そんな無常の想いが、あふれ出ていました。

そして多くの戦国乱世の女性達も同じような思いを胸に生きていたのでしょう。

諏訪御料人
弘治元年11月6日 病没。
年齢、実名は不肖。 恐らく25歳ぐらいの若すぎる死でありました。
墓所は長野県伊那市高遠町の建福寺。勝頼が成人して墓所を自分の居城に移したとされます。
法名は「乾福寺殿梅厳妙香大禅定尼」。

三条夫人と梅姫の涙の別れに号泣してしまいました。



池脇千鶴さん。演技上手すぎ!


軍略のための人質。

自分が計った経略とはいえ、わずか12歳の愛娘との別れは父としても辛いものがあったのでしょう。

娘を抱きしめて離さない妻につい、冷たい言葉をかけてしまう晴信さんだけど
母が娘を抱きしめて語る内容は、決して「悲しみ」だけの甘いものではなかったのです

「もう帰る家はないのです。」
「もし武田へ帰るようなことがあれば、それは武田や父上さまに災いのあるときです」

そして、最後にこう告げるのでした。

「もし、辛くて我慢できないのであれば、潔く自害なさいませ。」
「母も一緒に死にますゆえ・・・」


これほど心強い言葉はありません。
娘は異国でどんな辛い思いになっても、母の言葉を胸に我慢できるでしょう。
辛いからと自ら命を絶てば、自分の母をも道連れとしてしまうからです。
辛くても我慢して幸せを見つけようと思ったに違いありません。


由布姫と四郎に肩入れしている勘助でも三条夫人の母の愛に打たれて

「これぞ、ほんものの慈愛だ」と、認めざるをえませんでした。


この母娘の別離の場面には伏線があったのです。
三国同盟を成立させた影の主役である、勘助と雪斎の茶の湯での禅問答でした。

勘助は、側室由布姫の産んだ四郎の家督相続の野望を雪斎に暴露します。
雪斎も今川家の上洛=天下取りのという野望をあっさりと認めます。

お互い、自分の腹の内を隠し切れないと判断したのでしょうね。

しかし、「無償の愛」に妄執することは驕りであり、破滅を招くと雪斎は指摘します。
現に、彼らの画策で駿、甲、相の姫君は皆、人質として輿入れすることになったからです。
無償の愛であったとりても、あからさまにならなければ「策略」になることを指摘したのです。


そして、事実、今川の姫が正室として輿入れした武田は、今川をめぐる父息子の対立を産み
更には、側室腹の家督継承による内部崩壊のため、自滅し滅亡してしまう運命となったのです。

以前にも書きましたが、この三国同盟によって小手先の安寧を得た3国が
その後、時をおかずに同盟を破棄し、結果信長、家康、秀吉に滅ぼされてしまいます。

その一方で三国同盟の「当て馬」にされた越後が、幕末まで上杉家を存続させた真理は
ここら辺にもあるのかもと、考えさせられました。

相変わらず深いストーリです。



さて、ここからは史実の「三国同盟」について。
よりリアルに理解やすいように、おなじみの「高白斎記」をご紹介しましょう。

天文12年(1553年)12月、北条、武田の婚約成立に関する記述。

「正月十七日甲午、小田原ヨリノ使者に御対面ノ時、小山田、宮川バカリ烏帽子着申サレ候。
二月廿一日戌刻、来ル甲寅(天文23年)ノ年、小田原へ御輿ヲ入レラレルベキノ由、
晴信公ヨリ御誓詞句。氏康ヨリノ御誓句ハサル正月十七日ニキタル」 (「高白斎記」)


つまり天文22年に両家が誓詞を交わして婚約が整ったとあります。

そして実際に武田の息女が北条新九郎氏政に嫁したには、天文23年7月。
「妙法寺記」に、このときのど派手な輿入れの様子が記されています。

輿82挺。
長持 42艇
甲州(武田)から輿入れにお供した騎馬は3千騎。人数は1万人。
相州(北条)から出迎えた騎馬は5千騎。

「カヨウナル儀ハ、末代ニアルマジク候アイダ、書キツケ申シ候」(「妙法寺記」)

とにかく、国の威信をかけた花嫁行列でありました。

そしてハンサムで聡明と有名であった北条新九郎氏政の正室となり
夫婦仲もよく嫡男氏直を出産するなど、幸せな結婚生活を送っていました。
父晴信も娘のために安産祈願をするなど両国は良好な関係を保ち続けていました。

しかし、裏切りは戦国の常。


永禄11年(1568年)12月13日、父の信玄の駿河進攻により三国同盟は破綻。

父の非情な行動により姫の運命は急転換し、悲劇がまっているのでした。


ネタバレなのでこのあたりで・・
もし今年のドラマで描かれなければ、彼女(黄梅院)については別途記事にしてみますね。

                              


さてさて次回(とはいっても明日の8時ですが=3)波乱の回のようですね。

今日見た再放送の最後に由布姫が血を吐いてびっくりしたのですが、
予告のタイトルが「姫の死」だったので更にびっくり仰天です。

え〜。もう死んじゃうんですか!!
予告見る限りでは、伊武雅刀演じる雪斎も倒れてましたし。

個人的には、ガクト景虎さん上洛についてもっと描いて欲しいな〜!
ガクト景虎さんの烏帽子姿に、またまたうっとりなもんで・・・
とうとう始まりました!「川中島合戦」!!!

やっぱりロケによる合戦シーンは絵になりますね。
武田軍と越後軍が川中島をはさんで対峙したシーンの素晴らしさ!

「武田は鶴翼、越後は魚鱗」

この瞬間、まるで自分が合戦の最前線にいるような身震い感じ鳥肌がたちました!


それと、何よりも度肝を抜いたのは、ガクト景虎の甲冑姿!!

肩から腰に巻かれた紫色のベルベット、
そして、長髪をなびかせ、白馬にまたがって颯爽と戦場を疾走するお姿は、中世ヨーロッパの騎士。
何故か兜もかぶってないし〜!!

麗しすぎます。
この武者姿だけでも切り取って壁紙にしたいくらい・・・

以前も書きましたが、滝沢君の「義経」以来の、美しい武者姿ですう〜。(ほれぼれ)

ガクト自らが景虎のイメージや衣装選びに積極的に関わったと聞いていますが、さにあらん!
NHKのスタッフだけでは、これほど美しい「上杉謙信像」は生まれなかったでしょう。

映像、ビジュアル的には、完全に長尾景虎の勝ちでしたが、
しかし、ドラマの中身は、武田軍の団結の素晴らしさが描かれていて、一矢報いていましたね!

「命を惜しむ老いぼれ」と前回馬場にけなされ、内心熟字たる想いを持ち続けた諸角虎定(加藤武さん)。
武士の誉れのために戦場で命散らさんと、晴信の撤退の下知に背いて、刈屋原城に立てこもります。

僅かの手兵で、勇猛果敢な越後の大軍を迎え撃つ!
越後の長尾景虎が相手なら、死出の旅路にふさわしい!

しかしそんな諸角を救うため、武田信繁や馬場、勘助が動きます
何よりもその行動を許した晴信こそが、諸角の命を守ろうとしたのでした。

勘助の咄嗟の献策で、長尾景虎の退却に成功した晴信は、
命令違反という重大な罪(切腹に値する)を犯した諸角に

「生き恥をさらせ」

と命令します。
老将なれど、まだまだ、死なすわけにはいかない。
そして、その言葉通りの死に場所を、諸角は後に見つけることとなるのでした。

諸角虎定は晴信の父、信虎からの宿老で、16代武田家当主信昌の庶子とも言われています
(つまり信虎の異母兄弟)
川中島合戦のとき、70歳を超えていたのは間違いないと思われます
元祖「赤備え」の飯富虎昌に並ぶ猛将の「おじいちゃん」でした! 

演じてる加藤武さんの、老武者ぶりが素晴らしい。
大河ドラマ「風林火山」の最期まで、老人パワー全開でつっぱしってほしいですね!


では史実の第一次川中島とはいかなる戦であったのでしょうか?

天文22年(1553年)9月1日 川中島布施(旧篠井市布施)にて初めて遭遇した両雄。
武田晴信は33歳。対する長尾景虎は若干24歳の若武者でした。

この前哨戦となった景虎の虚空蔵山城攻めについて、駒井高白斎は日記にこう記しています。


「九月朔日(9/1),越後衆ハタラキ、八幡ヤブレ、荒砥自落。
 三日、土田、青柳ヲ敵放火・・・会田ノ虚空蔵落去」  
                     「高白斎記」

越後軍の進撃が迅速かつ勇猛であったかが分かる記述です。
しかし虚空蔵が陥落しても武田晴信は全軍を率いて越後に決戦を臨むことはありませんでした。


長尾景虎の神速勇猛な攻撃と戦法に乗らず、晴信はひたすら守勢をとることで
名よりも実をとったといえましょう。
自軍の損失を最小限にとどめて、景虎を信濃から追い返した晴信の手腕はさすがといえます。

しかし、晴信は天下覇権の前途に最強のライバルが出現を悟ったことは間違いありません

「勝山記」によれば、晴信はこの合戦の合間に2度、卜筮による占いを行ったそうです。
結果は2度とも 「晴信は大吉。敵景虎は大凶」

が、これは、占いにて自軍の士気を高めるための方便でした。

また、長尾景虎が越後へ退陣する際、追捕に功のあった大須賀久兵衛という武士に
晴信自ら与えた「感状」が現存しています。

晴信が景虎という強敵の出現に緊張していたかが分かりますね。

9月22日、長尾景虎は、越後へ凱旋します。
実は、長尾景虎が、勝ち戦でありながら退陣したのは、武田晴信の巧妙な作戦の結果だけでなく、
別の事情もありました。

景虎自らの京都への上洛が控えていたからです。
その目的は、ずばり、上杉憲正を擁しての「関東進出」の名分を得るためでした。

風雲急をつげるなか、次回(といっても今晩放映)は、武田、今川、北条による「三国同盟」です。
さて三国の思惑はいかに?!武田の家中はいかに描かれるのでしょうか?

楽しみですね。
・・・すみません。今週はテンション低いです・・・

「村上討伐」という題名は華々しいけれど、ドラマの内容は、明らかに手抜きです。

次回の「川中島」へのつなぎなんだろうけど
今までの風林火山なら、どんなマイナーなお話でも骨太のつくりでかつ、伏線もありと、
見事な構成ゆえに評価も高かったのですが。。。

たとえば、前回の上杉上杉憲政の嫡男若丸のエピソードや、
大井夫人の憂いを残したままの死去とか・・・
マニアでもうなる深い内容で、私はとても印象深いんです!


だけど、今回は、村上義清の越後逃亡という、川中島の原因となる有名な事件であったにもかかわらず
はしょりすぎてましたよね。
正妻玉の井さんなんて、ちょっと出演してあっというまに自害してしまいました。
彼女のお話なんてもっともっと膨らますこともできただろうに。


しかも、玉の井の死を知った義清が

「武田め〜!!」

と怒りをあらわにするだけで終わってしまいました。

これでは、あまりにも薄幸すぎますよ〜。

私は、村上義清という武将を、武勇に優れた(政治力はなかったかもしれないけど)
いかにも戦国武将らしい豪快な人物としてポイント高いのですよ。
それだけに永島敏行さん演じる義清の、塩田城からの決死の脱出劇を詳しく描いて欲しかったです。

今回は村上の敗走についての説明はただ語りのみ。
安易に展開しすぎたのではないでしょうか!

まあ、明日放映の「第一次川中島」は、殆どロケでかなり時間とコストをかけた
濃い内容のようなので、汚名挽回?、ぜひとも迫力ある映像を期待したいです。

それと、勘助と原の娘、リツとのその後はどうなるのでしょう?
貫地谷しほりさん演じたミツ同様、原作ではまったく登場しない女性だけに
逆プロポース後の結果がかな〜り気になります!



ちなみに、村上義清の越後逃亡により、多くの村上配下の家臣達が武田に降伏しました。
真田幸隆の調略も功を奏していたいたのでしょう。
この家臣達は、武田の軍門において、当然ながら、越後との合戦の盾となりまた活躍もしました。

もともと村上のもと武勇に長じた武士達であったのですから、晴信が重用するのも納得です。

そして、武田滅亡後は、他の家臣の多くがそうであったように、徳川の軍門に吸収され、
例えば、屋代氏のように徳川幕府下にあって、10000石取りの大名に出世した家もありました。


では、越後に下った村上義清と、嫡男国清のその後の人生は・・・?

ネタバレになりますので、また日を改めて記事にできたらと思っております。
37話のタイトルは「母の遺言」でしたが、
私は、今回の隠されたメインテーマは「武門の滅亡」であると感じました。

北条氏康(松井誠さん)は関東管領 山内上杉憲政を追放し関東における覇権を確立した
いわゆる「平井合戦」での勝利を目前として、嫡子・新九郎、後の4代北条氏政
「武門の最期とは何か、とくと見ておくがいい」と諭します。

   義を守りての滅亡と
   義を捨てての栄華とは
   天下格別にて候

これは、氏康の父、北条氏綱の訓戒状の一説ですが、
まさしく、「武門」=もののふ の有り様、心がけを言い当てていると思います。

そして、滅び行く武門の象徴として上杉憲政の嫡子・竜若丸の悲劇が描かれたのです。

天文21年(1552年)1月、憲政は越後の長尾景虎(ガクト)のもとに逃れました。
しかし、時すでに遅く、平井城に留まった嫡子上杉竜若丸が氏康に捕らえられ、処刑されたと知ります。

それは、義を忘れた重臣・妻鹿田の裏切りによるものでした。

北条氏康は、竜若丸の名誉のため、果し合いの結果、これを切り捨てます。

「みよ、氏康に一太刀くれたわ。このものこそ、武門のほまれ」

無念に散った竜若丸の名誉は、氏康の言葉で救われたのです。

武士にとっては敵に捕縛され首をはねられるは、最も恥ずべき行為でありました。
そして家臣は主家のため、最期の一兵となっても敵に立ちむかうことこそ、
武士の恩顧、すなわち、もののふの誉れでありかつ、義の姿であったのです。

たとえば、上田原合戦で討ち死にした、板垣や甘利のように・・・


主家上杉への義を忘れ、二心をもった妻鹿田は、見せしめとして首をはねられました。

いみじくも、ガクト・長尾影虎が糾弾したように
「何故、嫡子を越後へと落ち延びさせ、御自ら上州に踏みとどまらなかったのか」

   (それは、自分の命が惜しかったから)

武門として最も恥ずべき行為をした、上杉憲政という暗愚な武将への痛烈な批判となったのでした。


そして、今度は、我らが「武田家」へ視点を移します。

武田晴信は信濃を統一し、今や押しも押されぬ実力者として天下覇権の一歩を踏み出したところ。
今川息女が嫡子、太郎の正室として輿入れすることも決まり、後顧の憂いもなくなりました。
まさしくお家は順風満帆でありました。

しかし、そんな状況にあって、心ある者は、武田家中の不協和音を感じ始めていました。
特に、死期を悟った晴信の母、大井夫人(風吹ジュン)は、不吉な胸騒ぎを覚えます。

晴信と信虎のような父子の確執が、再び繰り返されるのではないか・・・?

「もし武田が滅ぶとしれば、それは、父を追放したことの因果でしょう」

大井夫人の遺言は、まさに正鵠を得た予言でもあったのです。


義信が廃嫡されたのち、武田の家督を継いだ四郎勝頼は、
結局、武田恩顧の家臣団から見放され、再起を託した一族である小山田信茂の裏切りにあい
武田家滅亡を招いてしまいます。

諏訪四郎勝頼の家督相続は、やはり「義」=正当性に欠けたものであったと、
家中から認識されていたことが、史家の間でも常々指摘されています。
信玄の孫でもある信勝が家督を継ぐまでの、仮の継承であったとされる所以です。


現代社会では理解しがたいことですが、「武家」や「武士」は主家に忠義を尽くし、
また領主はそのような家臣達の生活を100%守る義務があったのです。


竜若丸との危険な果し合いによって、『武門の最期』を嫡子、氏政へ伝えようとした北条氏康でしたが、
しかし残念ながら後北条氏は、氏政と氏直の時代に豊臣秀吉の小田原遠征のため滅亡してしまいます。

氏政は、武門の誉れにのっとり、「義」を守って滅亡したのかどうか?

それは、判断が分かれるところでしょう。

個人的には、北条氏政は、偉大なる父、氏康には及ばないとはえ、
初代・北条早雲(伊勢新九郎)から受け継がれた北条家訓を守り、領土拡大だけでなく、
領民への善政を心がけた点。
また、成り上がりものの「豊臣秀吉」に最期まで抵抗し、そもため小田原遠征を招き
結局、北条は滅亡したとはいえ、「武門としての最期」を全うした、立派な武将であったと
思っております。

結局、越後との合戦に臨んで、後顧の憂いを立つために三国同盟を結んだ、今川・武田・北条、三家が
ともに滅亡し、相対する上杉家が、明治維新まで存続したことの不思議を思わずにはいられません。

「義」とは何か?
「武門=もののふとは、いかにあるべきなのか?」


これは、鎌倉時代から江戸時代〜幕末まで続いた「武家政権」を考える重要なポイントです。

鎌倉幕府が後醍醐天皇の倒幕運動によりあっけなく滅んだ元弘の乱を鑑みれば、
最期まで暗愚な得宗北条高時を守るため、もののふとして討ち死にした多くの鎌倉武士達がいました。

また、明治維新のさい、徳川家を守るため朝敵となってでも最期まで抵抗し散った
多くの幕臣達がいました。

   義を守りての滅亡と
   義を捨てての栄華とは
   天下格別にて候

氏綱の遺訓は、その回答のヒントになるのです。
わたしは、現代社会では、もう死滅してしまった武士という、ある種滑稽でもあり、また潔く感動してしまう男たちが信じた「義」について、改めて考えさせられた次第でした。

ただし、私は「義」という観念を100%賛美しているわけではありません。
「義」「忠義」という考えが時の政権によって歪曲され宣伝されたことが
先の「太平洋戦争(大東亜戦争)」の悲劇の要因であると考えるからです。


ドラマの本筋とは少し離れた内容になってしましたが、これがドラマを見た私の正直な感想です。



さて、次回。とはいっても今晩は、村上義清の越後逃亡。
すなわち、川中島序章です!!

楽しみですね〜!!

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