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皆様ありがとうごさいました。アメブロへ引越しますので、また、お会いしましょう! 我人に媚びず、富貴を望まず。(黒田官兵衛)

大河ドラマ「篤姫」

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島津斉彬から「篤姫は次期徳川将軍の正室に推薦されている」と打ち明けられた幾島は、
以前にもまして厳しく指導を行います

しかし、元来じゃじゃうまの気質をもつ篤姫には
そんな礼儀作法は、退屈なものでしかありません


ついつい「まぶた目」で幾島をびっくりさせようとイタズラをしたりします。


・・・・・幾島さん=松阪慶子さんの、醒めたリアクションは、爆笑ものでした!


まったく成果のでない状態に、幾島もさじを投げてしまう有様。

かたや江戸では、ペリー来航のどたばたで政局は混乱し落ち着きをみません。
水戸斉昭ら強固な攘夷派が台頭し、将軍は暗愚・・・・

もしアメリカと戦争でも起こすことになれば、敗戦は必至。
そのまま日本が植民地と化してしまう可能性もあったわけです。

そんな政局の舵取りを、薩摩藩という最南端の外様が遠隔操作するためには
大奥にあって、内側から幕府をコントロールできる人物を配置したい。
そのために老中阿部正弘と島津斉彬がはかって、御台所候補として篤姫に白羽の矢を立てたのでした。


斉彬は、幾島の懇願をうけて、篤姫に「そなたは御台所となる」と真実を告げます。


混乱した姫は、思い余って斉彬に、碁の大局を所望し、御台所に選ばれたその意図と問いただします。


斉彬は、正直に「大奥から政局を動かしたい」と政略結婚であることを告げました。
まあ、武家の娘の婚姻はその殆どが政略結婚であったわけですから、あえて驚く内容ではないでしょう

しかし、篤姫は

「自らの意思で、江戸に行きます」と答えます

だからといってそれが政略結婚でなくなるという訳ではないですが、
篤姫は自分で江戸へ上がるとを決意することで、自分自身を納得したかったんでしょう。

親や家の都合で流される人生ではない!とある意味、斉彬に宣誓したともとれます

そして、真実、その後の篤姫は、決して薩摩藩の「遠隔操作ロボット」として大奥に鎮座だけの
姫ではありませんでした。

むしろ江戸幕府の代表として、薩摩藩と対峙することとなるのです・・・・

そういう視点でとらえても、この姫が当時の姫君としては珍しく
自らの意思で行動することが出来る女性であったと言えます。

そして、篤姫を一目観ただけで、その資質を見出した斉彬公の人物眼の素晴らしさに
改めて驚かされます。

事実、島津斉彬公は、下級藩士でしかなかった西郷隆盛をお庭番として抜擢し、
また大久保を藩政の中心に配置するなど、身分に関わりなく人材登用を断行した殿様でした。
斉彬公の人物眼の素晴らしさは、当時の日本にあっても群を抜いていたと言えますね。


そういえば、西郷隆盛演じる小澤征悦さん。
今年のNHKのもう一つの目玉ドラマ「坂の上の雲」で夏目漱石を演じられるそうですね!

わたしはこのドラマもものすご〜く、楽しみなんです!

原作の司馬遼太郎先生の「坂の上の雲」を読まれた方は、私もそうでしたが、
明治新政府の教育改革や人材登用の革新性に感嘆されると思います

主人公秋山兄弟も正岡子規も、佐幕派の松山藩、いわゆる賊軍の藩士の子弟でありました。
それが明治新政府になってまもない時期に、国や藩(県)の奨学制度に助けられて
東京の最高学府(現東大)や士官学校(現防衛大)で学ぶことができただけでなく、
秋山兄弟は、そろって陸海軍の幹部に出世するわけです

明治政府は、薩長閥と悪口を言われながらも、人材登用は、身分や出身地の格差なく
資質があるものを広く登用していました。

維新後、本当にかなり早い時期からこの制度を明治新政府が断行できたのは
やはり下級武士の身分でありながら若くして藩政の中心に抜擢された大久保利道などの意見が強かったのでしょう。

そう考えれば、身分制度の壁で慢性的な人材不足に陥っていた徳川幕府が、
諸外国からのプレッシャーに耐え切れず崩壊するのは、あるいみ当然のなりゆきであったと言えますね



さてさて、次回(といっても今晩ですが)、
我らが尚五郎さんと篤姫の、久々の再会の予感・・・
島津77万石の姫として他家へ嫁いでも恥ずかしくないよう
幾島の厳しい「お姫様教育」が始まりました。

しょっぱなは、訛りの矯正。

これも原作ではといても印象的な場面です。
しかも、原作に忠実に演出されていましたね。

幾島は、於一にかすかな「薩摩訛り」があることを少しの会話のなかで気がつきます
それは、幾島が、江戸や京都で長く暮らしてきたからでした。

そして姫の両親が島津分家の由緒ある家柄であることから
この訛りは、姫のすぐ側に居ながらも身分の低い人物=すなわち
教育係の老女の影響であることを推測して

「老女は誰か?またその出自は?」

といきなり問いかけるのです。

菊本が、己の身分が低いことを憚って自害しただけに於一は

「仔細あって名は明かせぬ」ときっぱりと断わるのでした


やはりこの強気の性格は、当時の大名の姫君としては異例であったでしょう。


幾島から「姫さまにはかすなな薩摩なまりがある」と侮辱されても

「言葉に訛りがあって何が不都合じゃ。薩摩は天下に誇れる国である」と正面から反論するのでした。


さすがの幾島も、姫の「じゃじゃうま」ぶりにあきれ果てて斉彬公に訴えでます
「生家へ返してもまだ間に合う」と・・・


しかし、斉彬公は、

「そのような姫だからこそ、面白い」と応えます

斉彬公の野望のためには、賢く聡明である姫でなければ勤まらないからです

幾島の困り果てた様子をみて、とうとう斉彬公は自分の野望を打ち明けます

それは、篤姫を徳川宗家、時期将軍家祥、後の家定の御台所(正室)に据えるという
想像を超えた内容でありました。

そして幾島の「闘争心」に再び火が着くのでした。



一方、於一にも決意の時がきました。
今和泉家の娘から島津本家の娘となるために、今和泉の両親から与えられた名前を捨てるのです

新しい名前は

「篤子」  


この名前は、第11代将軍徳川家斉の正室、茂姫 にあやかった名前でありました。

茂姫は、斉彬公の曾祖父 第8代藩主・島津重豪の第二女で、
わずか8歳で将軍家との婚約が決まり、それ以降、江戸城の大奥で成長した姫でありました。

結婚は、家斉17歳、茂姫 16歳のとき。

輿入れが決まってのちに「篤姫(とくひめ)」と改名したのです。

この、茂姫(篤子)さまは、好色の将軍の影で、
数多の側室と彼女達の産んだの数多の子らと、彼らに仕える侍女たちで、ごった返した大奥を
見事にまとめあげた、それは立派な御台所であったと伝わります。

そんな薩摩が誇る賢女にあやかり「篤姫」という名前を頂いたわけで
すでに、そのころから、斉彬公の野望は現実味を帯びてきていたわけです。

そんな裏事情も知らず、あれこれと束縛される生活と幾島になじめない篤姫。
宮崎あおいさんの、じゃじゃ馬ぶりと、松阪慶子さんの、生真面目ぶりが好対照で
おもわず、笑ってしまいました。

さて、第11代将軍徳川家斉 についてもう少し説明させていただきます。

この好色な将軍さま、

歴代将軍で側室の数ナンバーワンを誇り?ます。

正式にわかっているだけで16人の側室がおり、名前も分からない身分の低い妾を加えれば
40人以上いたと言われています

そしてわかっているだけで、男子26人・女子27人 の子供がいました。
「ご落胤」と言われる子供はこれ以外にも数多おり、総勢100人ほど子を産ませたのではないかとも
噂されております

とにかく、好色、絶倫、女狂いの将軍さまでありまた。

そしてこの数多の子供達の養育代が、天文学的数字となり幕府の財政をあっというまに逼迫させる
こととなりました。

そしてこの財政難は、その後の財政改革の効果なく、回復することとはありませんでした。
即ち、幕府の弱体化を招く結果とまりました。
つまり、幕末動乱のタネは、家斉公の頃から徐々にまかれていたと言えるわけです。

そしてペルー来航で、幕府の迷走は加速することになります。

薩摩の二人の姫が守りこうとした徳川と大奥が、まさか薩摩と対立することになろうとは
まさに運命のイタズラ、歴史の皮肉としかいいようがありませんね。
於一の鶴丸城での生活が始まりました。

薩摩77万石の姫君ですから、そのしきたりはほぼ江戸城と同じ。
分家の今和泉家島津家とは、格の違いがありました。

アットホームな家で過ごした毎日を思えば、
物事の規制も多く窮屈で束縛された毎日であったでしょう。

しかも、広川達、奥女中はあからさまに「分家の姫」という蔑んだ視線を浴びせるわけで・・・

物事に動じない、闊達な性格の於一であっても
慣れない毎日にふさぎの虫がでてしまう有様でした。

気弱な姫であれば鬱になってたかもしれませんね。


しかし、そこは機転の利く於一のこと。

広川が勧めた「お香」を逆手にとって、顔見知りの近さん(ともさかりえさん)を
城中に招いたのでした。

お近さんは、島津斉彬側近の名士、小松清猷の妹。
鶴丸城への登城も可能と踏んでの機転でありました。

(ただし、原作にはこのシーンはありません)

そしてお近さんは、実の母上様、お幸さんの手紙を於一に渡します。
さすが、人智に長けた母上さまは、於一が慣れない本家での暮らしに落ち込んでいることを見越していたのでした。

「女子(おなご)は生家の家風を身につけて輿入れしてはならぬと申します。
 当家のことは一切お忘れなされ。かまえて今和泉ふうを出してはなりませぬぞ・・」

この言葉は、原作で母上が別れのさいの「はなむけの言葉」として書かれてあります。
なぜかこれがとても印象深かったんです。

殿方には分からないかもしれませんが、この言葉、現代でも生きています。
現代社会でも、生家のしきたりを婚家へ持ち込むことに、やっぱり抵抗ってあるんです。
宮尾登美子先生らしい、言葉だなあと、原作読んだときに感じ入った言葉でありました。


そして於一を励ますためにお幸は「菊本の書置き」を於一に託すのでした。
父上の目を盗んで母上が秘かに手元にとどめておいた菊本の遺書です。

そのなかで菊本は、「前へ前へ進むことこそが姫様の生き方だ」と於一を励ますのでした。

・・・もうここらあたりで、私の目はうるうる状態です。


(ただしこれも原作にはありません)


於一を育み見守ってくれている人たちの温かい励ましを受けて気を取り直した於一は、
やっと本来の明るさと快活さを取り戻したのです。

そして、翌日。

斉彬公から直々の命で京の近衛家から召された老女「幾島」との対面が待っていました!
そのとき、於一と幾島の激動の未来を予想するかのような雷鳴が!

いや〜。憎い演出ですね〜!


幾島は斉彬の実の姉君であった郁姫が、近衛家へ輿入れするときに付き添った老女です。
薙刀の名手でもあり、原作では「古武士の如きおもむき」があると表現されています。

幾島さんを演じる松阪慶子さん。
朗々としたよどみない言葉、相手を威圧するような存在感といい、「幾島」にぴったりですね!

まだ先の話になりますが、
江戸大奥の老女取締役である「滝川さん」を稲森いずみさんが演じられるとか・・・!
『義経』の常盤御前以来、時代劇での稲森さんファンの私としては、幾島 VS 滝川 も
今からとっても楽しみなんで〜す。

さて、薩摩で於一が島津本家の姫君として厳しい教育を受けている最中
日本史上でも最も特筆されるべき大事件が起こります

「黒船来航」です。

ぺリー率いるアメリカ艦隊が浦賀に現れたのは、嘉永6年6月3日(新暦1853年7月8日)。
この日を境にして、徳川政権だけでなく日本という国そのものが、激しく揺れます
それは、日本人が井の中の蛙のまますごせた時代が終焉し、「世界」というより大きな枠のなかで、
思考し行動することを余儀なくされた瞬間でありました。

実は、ペリー艦隊は、浦賀へ上陸する前に琉球王国へ上陸していた事は余り知られていません。
ドラマでは少しだけ触れられていましたが・・・

当時の琉球王国は、薩摩との密接な関係は持ち続けていましたが、れっきとした独立国でありました。
しかも、正式には清国の冊封を受けた、いわゆる属国でもあったのです
(日本は鎖国していたので清の柵封を受けていない、アジアでは希少の国でありました)


江戸幕府が、鎖国のぬるま湯で外交音痴に陥っていたとき
琉球王国との密貿易により海外の情報を入手していた薩摩と、島津斉彬公が
当時、最先端の外交感覚を身に着けていたのは、偶然ではありません。

そんな状況下にあって、江戸の「時代遅れ」を危惧した斉彬公が弄した「策」。
薩摩藩が江戸表を遠隔操作するための秘策が実行にうつされようとしておりました。

その秘策こそが、於一の激動の運命の序章なのであります!


ところで、京の近衛家で対面するお二人 島津斉彬 と 近衛忠熙。
高橋英樹さんと春風亭小朝師匠!
そうです。「三匹が斬る!」の殿様とたこ、 ですよ〜。

お二人の場面をみると、ついニヤケテしまいます
役所広司さん、友情出演でちょい役でもいいから登場しないかな・・・
たこさん、いや、小朝さん演じる忠熙のアドリブないかな・・・ (NHKだし、ないか!)

篤姫 第7回「父の涙」

島津分家の姫から、島津本家77万石の姫君へ。

それは、慣れ親しんだ家からだけでなく、父母、家族との別れも意味するのでありました。


「父がそなたの上座に坐るは今宵限りぞ」


父として素直に接することのできない忠剛のそんな「可笑しみ」と「哀切」を
長塚京三さんが、見事に演じていらっしゃいましたね。

そして、菊本の自害という、衝撃に揺れる娘の心を静めるため、
母のお幸さんは、奥をさいはいすることの重要性を説くのでありました。

「一方聞いて沙汰するな」

これは、将来、大奥を率いることとなる篤姫の心を支える言葉となるのです。


それにしても、樋口可南子さんの演技は本当に素晴らしかった!
娘のことを案じるだけでなく、これから娘が当面するであろう困難を想像し助言する強さも持ち合わせた
母親の心境、愛情がひしひしと伝わってきました。

「母上はお強いのですね」

頑固者で融通の利かない男達を支えているのは実は女たち

というのが、宮尾先生の描こうとした大きなテーマでもあるのですが、
幼少のことから、内助の功を発揮する母上さまの姿をみて育った篤姫の、人生のお手本となるような
立派な母上さまであったようです。

そして菊本夢枕のシーン・・・

罪人同様に、自分の存在を消し去ることを望んだ菊本の覚悟。
そしてその本心は、

「姫様のゆくては、この菊本の霊がきっとご守護させて頂きます」

その本懐を於一が理解した瞬間、菊本は成仏できたんでしょうね。
原作でもうるうるしましたが、ドラマを見てもやっぱり涙がこぼれました。


そして、我らが尚五郎君〜!

彼の気持ちを知っている忠剛の心配りで、於一と最後の碁を打つことに。
勝負もおわり、碁石を片付ける二人。
それはあたかも、二人の甘酸っぱい青春が終わったことを暗示しているようでありました。

「姫さまのお守りをいただきたい!」


尚五郎君は、この後、姫への想いを胸に、
西郷や大久保と共に幕末維新の暴風雨へ身を投じていくこととなります。

そして於一にも激動の運命が・・・


そういえば、お幸さんが於一懐妊中に見た異様な人影が於一の運命を暗示するかのうに告げるシーン。

「その者を江戸へ連れて参る」

これも原作どおりです(ただし原作は於一が15歳の時)が、この怪人を演じているのって
麿赤兒さんなんですね〜。
テロップみてなるほど、存在感あるw〜と思ってしまいました。

宮尾先生の原作は、主人公が女性なだけに、こういうちょっとし不思議な、というか
「オーラの泉」っぽいエピソードも多いです。
それがまた魅力でもあるのですけどね!


では、最近恒例となった?

大河ドラマ篤姫の「おやおや?おかしいんじゃない〜?」コーナーです

(勝手にネーミング! ^^; )



今回は、島津紋について

江戸末期とはいえ、家の各や身分の違いが歴然としていた時代。
特に薩摩藩は、その格差の大きい藩でもありました。

原作では紹介されていたのですが、有名な島津の紋(丸に十字)にしても
本家と分家では仔細をみると図柄が少しずつ変えてあるそうで、
今和泉家では、十字の下端が空いているのが特徴のようです。

鶴丸城へ登城する篤姫の長持にその紋がある。。。と原作で書かれていましたが、
ドラマを見る限り、ふつうの丸十字で、殊更に違いはないようでした。

宮尾先生は、本家への養女となることが、現代では考えられないほど
大変なことであったことを、こういう細かい描写を交えて読者へ伝えようとされていました。


「島津発祥の地」に対するクレームが宮崎県都城市から正式に行われた・・・など
今回の大河は毎回このプログでも指摘していますように、ちょっと時代考証が雑なんです。

もうちょっと史実や原作への配慮がほしいな〜と思った次第です。

と文句は言ってますけどでも、


ドラマはむちゃくちゃ面白い!


次回は幾島さんとのバトル開始ですのでもう見逃せません〜!

篤姫 第6回「女の道」

菊本!


篤姫の叫びが今でも響いています。

私は原作を愛読していたので、菊本の壮絶な最期について知っていました。
それだけに、昨日の放映でも最初の頃から、涙が溢れていました。

菊本の最期について、宮尾登美子先生は、かなりのページを割いて描いていらっしゃいます。
何故、島津77万石の養女となるという前代未聞の慶事の前にこのような惨い決断をしたのか・・・!

原作では、菊本は、下級士族の出で、年季はもうとっくに過ぎており、持病もあって
本来なら、今和泉島津家を出ていなければならない侍女(老女)でした。
しかし、「姫様のよか嫁姿を見るまでは」という願いを母のお幸さまがお認めとなり
「病気療養」という名目で、於一(原作では敬子)の侍女として使えていたこととなっています。

それゆえ、於一が島津本家に入ってしまえば、菊本の居場所はなくなります
下級士族の出身であることが、障害でもあったからです。

しかし、於一を、斉彬公の目に留まるほど立派な姫君に育て上げたのは私だという
プライドも勿論あったでしょう。

今回のドラマでは、そういう菊本の複雑な心の揺れを、
佐々木すみ江さんが見事に演じていらっしゃいました。
まさに、原作の菊本そのものであったように感じました。

だから、菊本が涙したり、於一の寝顔をまじまじと見つめたり、
呆けたように放心したりするシーンに、涙してしまったのです。

そして鶴丸城へ斉彬公の真意を確かめる於一に対し、
女としての心得を説きます。

「女の道は一本道でございます。さだめに背き引き返すは恥じにございます」

恋愛や結婚の自由がなかったそんな時代。
女として気高く生きて欲しい。

この言葉は、ある意味現代の女性にも当てはまりはしないでしょうか?
恋愛、結婚、仕事、出産、女の道は昔同様、決断の時は多いです
そんなとき、心に留めておきたい、言葉でありました。


実は、この菊本も生害(自害)の顛末は未だ続きます。
父忠剛の想像を超えた酷い仕打ちも待っております。
そして、そんな父の仕打ちは、菊本が望んだことでもあったことなど
結構驚愕の展開が待っています。


ところで、今回も養女の件で納得いかないからと、於一が斉彬公直々に問いただすというシーンがありました。これも当時としては、ありえないお話です。
原作でも粛々と受け入れる於一の姿が描かれています。
でも、ドラマなんで・・・と良しとしちゃいましょう・・・


ただし、ここの感想でも毎回指摘していますが、今年の大河ドラマは去年の風林火山に比べたら
時代考証無茶苦茶だ!ってクレームもあるようです。

主役の宮崎あおいさんや瑛太さんのさわやかな演技もあってか視聴率が絶好調!
なんで、まあ今年の大河は最終回までこの調子でしょう。

数字さえ取れれば、テレビなんて何でもOKだからです。

しかし、宮尾先生の原作は、菊本のいう100%「おんなの道」の世界。
どろどろしたおんなの本音が魅力でもあります。
できれば、今後も原作の良さはそのまま生かして演出して欲しいな〜と思いますね!

ところで、この「菊本」という侍女ですが、実在の人物かどうか興味をもって調べたのですが
分かりませんでした。宮尾先生の創作なのかな?
そうだとすれば、宮尾先生の構成力の素晴らしさを証明してますね。

そしていよいよ鬼の侍女「幾島さん」の登場です。
松阪慶子さんが演じられてますが、びしびしと篤姫を鍛えて欲しいです。

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