ゆーくんはどこ?

皆様ありがとうごさいました。アメブロへ引越しますので、また、お会いしましょう! 我人に媚びず、富貴を望まず。(黒田官兵衛)

大河ドラマ「平清盛」

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オリンピックや、政局やらで筆が遅れて申し訳ありません。

でもちゃんと観てます。清盛!

特に、30回の崇徳上皇・・・凄まじかったですね!

井浦新さんに、間違いなく崇徳の怨念が降りてました。

深夜に録画を観ていたのですが、
崇徳が生霊となった場面は、マジで部屋の温度が下ったように感じました。

この回は ネ申回!
個人的には、大河ドラマ平清盛の屈指の名場面と呼びたいです。



後白河上皇は滋子との間に憲仁親王をもうけられ、上皇は目に入れても痛くない可愛がりよう。
皇子誕生に沸き立つのは平家も同じ。

そのとき、平時忠が平家の血をひく憲仁を次の帝にしようと画策し、強引に清盛の次男・基盛と
義弟・教盛を仲間に引き入れます。
しかし、そんな策謀は直ぐに露見し、二条天皇が激怒。清盛を叱責します。
天皇に疑惑を目を向けられ、謀反といわれれば、せっかく築いた今の栄達も泡と消えるでしょう。
清盛は直ぐに、三人を呼びつけ、解官を命じました。(官位を返上すること)


そのころ、讃岐に流された崇徳上皇は、ささやかながらも静かで穏やかな日々を暮らしていました。
そして、自身の権力欲の為に起した愚かな戦を悔い、実弟・後白河上皇へ、皇子の誕生祝をかねて
写経を送りました。

しかし、後白河は、呪詛ではないかと気味悪がり、写経をすべて送り返します。
弟の冷酷な仕打ちに唖然とする崇徳。
そこへ追い討ちをかけるように、息子・重仁親王死去の知らせが届けられました。
(重仁親王は暗殺されたというのが定説です)

度重なる不幸に、崇徳の怨念は頂点に達し、ついに自分の舌を噛み切り、
その血で経典を汚して、「日本国の大魔王ならん」と呪いの言葉を唱え始めました。

狂ったのです。

狂って、生霊となってしまったのです。

髪を乱し、爪は伸び、血まみれの服に血まみれの部屋。
顔は怒りでゆがみ、般若と化していました。

死ぬことも出来ず、生きることもできず、延々と呪詛の呪文を唱える崇徳上皇。

生霊もおなじ井浦新さんが演じておられるのだろうか?
その変貌振りに驚愕して、HPをチェックしたところ、特殊メイクを少し施したそう。

でも、その形相、呪詛の声、そして怒りで震えるその姿・・・
あの高貴なアラタさんの姿は微塵もありません。

深夜、画面を見ながら本当にぞくっとしました。
部屋の空気は張り詰め、温度は絶対に下がってました。
冒頭でも述べましたが崇徳上皇の魂が、アラタさんに降りていると感じた瞬間です。



突然画面が代わり、
そこには変わり果てた基盛の姿が。
高野山へ向かう騎馬の途中、落馬して河でおぼれを命を落としたのです。

嘆き悲しむ清盛ら一門に、西行は、
「基盛殿が亡くなった頃、怨念のかたまりが讃岐から飛んでいくのを見た」と告げます
崇徳の怨念による祟りではないか・・・と。ぞっとする一門。

なお、平基盛は病で若くして亡くなったというのが定説ですが、
崇徳ではなく、藤原頼長の怨霊によって祟られたという説もあります。



次男の死を嘆く清盛でしたが、娘の縁談が持ちあがっていました。
藤原摂関家の長・藤原忠通より、息子・基実を婿にして欲しいとの申し出です。

かつて武家の出とさげすんだ自分が、まさか清盛に息子の行く末を頼むことになろうとは、と
自嘲する忠通。
亡き父や弟は怒るかもしれないが、どんな手段を使っても摂関家を守ることこそが誇りだとも。

栄華の影には、失意のままなくなった御霊もある・・・

清盛はみんなを集め、 一門で経典を嚴島神社に納めることを命じました。
それは、平家繁栄を祈願するためであり、保元・平治の乱で失われた命の鎮魂も願ったのです。

清盛はこの国最高の技と材料、莫大な財と労力を注ぎ込み、絢爛豪華な三十三巻の経典を完成させます。
世に名高い「平家納経」です。

清盛は、平家一門を率いて、船で経典を嚴島の社に納めることとなりました。

福原の港から船出する一門。
そこは少年時代、盛国とともに漁にでた懐かしい海でした。


天候も良く、波穏やかな船旅。
なぜか一門でもない西行が乗船していることをいぶかしかる兎丸たち。
しかし彼らはその訳をすぐに思い知ることとなります。

突然、暗雲が垂れ込め、嵐が船を襲います。
これも崇徳の祟りかと恐れる一門。
西行は、必死で経を唱えて対抗します。

重盛は経典を海に沈めて怨念をしずめるよう清盛に進言しますが、清盛は
必ず経典を厳島へ奉納する!それが我らの鎮魂である!と譲りません。

一方讃岐では、狂って生霊となった崇徳は、暗闇を切り裂くような
烈しい呪いの言葉を叫び続けるのでした。


しかし親しかった清盛(父・忠盛は崇徳の乳父であった)の声や、
心許した家臣・西行の経の声が聞こえたのか、

崇徳は光溢れる朝を向かえます。

鬼の形相が光に解けてゆき、崇徳の顔に戻っていきました。
そして一筋の涙が・・・・

崇徳上皇は生霊の苦しみから解き放たれ、そして静かにこの世を去ったのです

成仏した崇徳の表情が美しく高貴で・・・
崇徳上皇といえば、アラタさん!

もう私の中では完璧な鉄板となりました!


崇徳の怨霊も去り、厳島神社へ無事たどり着いた清盛と平家一門。

厳島の社で清盛は、あるアイディアがフラッシュします。
兎丸が博多を都の隣に持ってこいと言ったこと、そして福原の海。

「博多を都の隣に持ってくるぞ」と、納経の儀式の途中でありながらも
清盛は興奮して叫ぶのでした。



今回は崇徳様につきましたね!
NHKさん、
アラタさんの崇徳上皇で、スピンオフドラマ作成してくれませんか〜?


尚、日本の大魔王・崇徳上皇については、当ブログでも何度か取り上げましたが
改めて、記事にしてみたいと思います。
ちなみに、崇徳は生霊から死して怨霊に、そして日本の大魔王になりました。
その崩御後に祟ったと言われています。
ただ、ドラマで成仏させてあげたのは本当によかった。素晴らしい演出だと思いました。
元治の乱が終わり、舞台も登場人物も様変わりした29回。


正直・・・・かなりガックリきました。


保元、元治の乱とネ申回が続いき、特に前回は秀作だっただけに
29回の下落ぶりが、悲しかった。


一言。  「大河ドラマは少女マンガじゃない!!」


つうか、何で平滋子をくせ毛にしたのか、その意味分からん。

はっきりいいますが、平滋子が天然パーマだったといのは史実ではありません!(プンプン)



とりあえず本題いきましょうか。


1160(永暦元)年、平清盛はついに公卿の座にのぼりました。武士で初めての偉業です

清盛の出世により、一門の地位も上がり、平氏は平家と呼ばれるようになりました。

六波羅に集合した一門の衣装が、いきなり華やかになりましたね〜。
「花の公達」と呼ばれるに相応しいと同時に、貴族に同化してしまった平家に反感をもつ地方武士の
台頭を予感させる光景でありました。

個人的には、質素な衣装の平家一門のほうが好きだったな・・・


しかしその一門の座に、筆頭家人の家貞の姿がありません。
清盛の公卿昇進に安堵したのか、病に臥せっているのでした。

清盛は、家貞の好物である唐果物を持って見舞い訪れます。
家貞は、「唐果物が食べたくて宋との交易をさかんに進めてきた」と笑いをとり、
「いや、欲こそが力の源である」と清盛に更なる奮起を促すのでした。

そして間もなく、家貞はこの世を去りました。


家貞供養も兼ねて、厳島神社に参詣した清盛は、「何を祈願したのか」と問われて
「さらに強くなり政治の中心にたって面白き国を作りたい」と政権の頂点に立つ野望を語り、
実際に参議として、直接政事に関わる立場へと登っていくのでした。

つうか、兎丸と昔話をして「出会ってから30年」って、確かにこの頃は清盛も42歳のオヤジ。
まだ20代の松山ケンイチ君なのに、そんなに違和感ない。本当に貫禄が出てきました!


参議となった清盛は、美福門院に呼ばれます。
どのような国を作りたいのかと訪ねられ、宗との交易で自由で豊かな国にしたいと、長年の夢を語ります
美福門院は壮大な夢物語じゃのといいながらも、そなたならできるだろう。
若くて賢き二条天皇とともに、良き国を作ってくれ、と威厳を持って語りかけます。

しかしその時すでに美福門院は病を得ていました。
最後まで強きの稀代の政治女、美福門院らしいです。清盛への遺言でもあったのですね。

そしてその年の11月、美福門院も逝去されました。


二条天皇は、美福門院が選んだとおり、若き賢王と名高き天皇でした。
清盛も二条天皇の素質に賽の目を賭け、妻・時子を乳母とし、自分は乳父として二条政権を
支える決意をしておりました。
そして、時子の妹・滋子を二条に内させようと画策していたのです。

その頃滋子は上西門院の女房として宮中に勤めており、聡明で美貌だけれども、
天然パーマで個性の強い女性として、宮中でも目立った存在でありました。

そして兄時忠に二条の妃になる事をすすめられても、
好きな人の妻となるとつっぱねるのでした。
そんな滋子の前に、運命の王子さまが現れます。


二条天皇に近づき、自分をないがしろにする清盛に腹をたてた後白河院は
今様の宴を催します。

今様を歌い踊る後白河の姿にあきれ返る公卿達。
しかし後白河にうっとりと見入る女房がおりました。滋子です。

ロックスターやアイドルに憧れる少女といった趣でしょうか?
少女マンガにすれば、舞い踊る松田翔太君演じる後白河のバックには、
薔薇の花やが咲き乱れて、キラ星が輝いていたことでしょう。


その夜、ふてくされて悪良いする後白河の耳に、滋子の歌う今様が聞こえてきました。
後白河は滋子を呼びとめ、朗らかに歌うなと怒るも、滋子は動じず、
「情けないお方、今様以外に自分のぶつけられるものを探したほうが良い」と説教までします。

後白河は無礼な、といいながらも、個性の強い美少女に心惹かれ、一夜を共にするのでした。


・・・・いやはや、最近の少女マンガでもこんな赤面の場面は描かんでしょう〜?
美貌の王子さまの、孤独な心を癒す女の子って設定でしょうか?
こっちまで、気恥ずかしい気持ちになりました。


それから暫くたち、滋子が後白河の子を宿していると発覚して、平家一門は大騒ぎとなります。
二条天皇の妃にと画策していただけに、清盛の面子は丸つぶれ。
しかし滋子は、後白河への思いを語り、時子や一門たちも、好きならよいではないか、
後白河の皇子なら申し分ないと、清盛をなだめますが、清盛は許しませんでした。

一方、上西門院も、滋子の巻き髪が上皇の妃にふさわしくないといって、難色を示しました。
恋する乙女、滋子は、時子らと一緒に、ストレートヘアにしようと頑張りますが、
当時、ストレートパーマなんてあるはずもなく、悉く失敗し、ついに、滋子は婚礼を辞めると
言い出す始末でした。

後白河も、滋子の心変わりに食べ物もてにつかないほどの落ち込みよう。

清盛は一計を案じ、兎丸に命じて滋子を連れ出します。

数日後、院御所では婚礼の宴が催されました。

待ち受ける後白河の前に現れた滋子は宋の衣装を着て、巻き髪を宋風に美しく結いあげてました。
「まるで天女のよう」

清盛は「ふるいしきたりに囚われるなど無意味」と言い、
後白河も美しい花嫁の手をとり、満足げに微笑むのでした。


・・・・あの・・・・
もうなんと表現したらいいのでしょうか?
古いしきたりがあってこその朝廷、宗風の天女の衣装で婚礼だなんて、あり得ませんし
ある意味、冒涜のように思えました。

平滋子が、後白河の子(高倉天皇)を出産するのは、19歳の時。
後白河は特に、滋子を寵愛し他の妃とは一線を画すほどの立場になります。

平滋子、後の建春門院は、同じ職場にあった女御達からも、
「あなうつくし、世にはさはかかる人のおはしましけるか」とその美貌を絶賛され、
「大方の御心掟など、まことにたぐひ少なくやおはしましけん」と
その性格も、謙虚で万事に気が付く聡明な女性であったと大絶賛されています。

そう考えると、今回の大河ドラマで描かれている滋子とは、違和感を感じてしまいますね。

成海璃子さんは、美しきストレートヘアの代表格の女優さん。
むしろ、へんな役作りなどせず、成海ご自身の美しさで滋子を演じられたほうが良かったのではないでしょうか?

なんとも残念な回でありました。


しか〜し、次回は期待できそうですよ!

な、なんと、井浦新さんの崇徳上皇様が、再降臨されるようです。
次回の予告では、とても嘆き悲しみ苦しんでいらっしゃいます・・・
萌え度高そうですね〜〜。


尚、次回・7月29日(日)総合・第30回「平家納経」は、オリンピックのために
夜9:00から放送になりますよ。

皆様、ご注意くださいませ。
義朝の最期、そして頼朝の助命・・・

今回も最初から最後まで涙がとまりませんでした。


特に、清盛が頼朝少年へ助命を申し渡すシーン。

松山ケンイチ清盛と、中川大志頼朝と、玉木宏義朝の、
悲しみと怒りと刹那さ、あらゆる感情が籠りまくった名場面。

ネ申でしたね。。。。


私は、このブログでも何度も書いてきましたが、
信長公ミーハーなので、悪党と呼ばれ天魔王とよばれるどんな残忍な人物であっても
歴史上の人物で嫌いな人は殆どいません。

ただ唯一の例外が、源頼朝でした。
頼朝寄りの歴史書や小説を読んでも、どうしてもこの冷酷な将軍を好きになれなかったのです。

でも、なんだか、頼朝が好きになりそうです。

やばいぞ、この大河は!
自分の嗜好までもが、変わりつつある!


さて本題。


1159年12月、源義朝は息子3人と鎌田政清ら僅かな供まわりで東国への脱出を図っていました。

しかし、源氏重代の刀「髭切」が無いことに気づいた頼朝は、刀を探すうちに
一人はぐれてしまいました。

残された一行は落ち武者狩りに会いながらも青墓までたどり着きます。

しかしそこで、武者狩りで重傷を負った二男・頼朝が「父上の足手まといになりたくない」と
父の手にかかって死ぬことを望み、長男・鎌倉悪源太義平もまた、義朝と別れ北国へ下るが、
やがて平氏に捕まり斬首となります。

義朝は、乳兄弟で家人の鎌田正清と二人、尾張にたどり着き、
正清の舅・長田忠致を頼ります。
温かく迎えてくれたにみえた長田でしたが、義朝はその背信を見抜き、
刺客たちと斬り合った後、もはや之まで、とお互いに刺し違えて自刃して果てました。

生まれたときから側に居てくれたもっとも信頼できる乳兄弟とともに、
最後まで闘う武士として死ぬことを選んだのです。


「源義朝、自刃」の知らせは直ぐに清盛の元へと伝えられました。
これで平氏は武士の頂点に立つ!と湧き上がる一門の前で、清盛は冷静に、嫡男・頼朝の捜索を
命じるのでした。

そして一人きりになったとき、目をつぶり友に死を深く悼むのでした。
この時の松山ケンイチ君の演技がまた上手い!


平治の乱のもう一人の首謀者・藤原信頼は、藤原成親と共に
後白河法皇がおわす仁和寺に逃げ込みました。

後白河の寵愛に再びすがろうとしたのです。

しかし後白河は長恨歌を今様にして歌わせ、「わしはまだ滅びたくない」と
信頼を清盛の兵へ引き渡します。

清盛は、「謀反人たちの処分を任されている。」と信頼に対しては斬首を命じ、
長男・重盛の義兄である成親の命は救いました。

武士の判断により貴族が処分できるほどに、時代は変わっていたのです。


保元の乱の戦後処理で、信西により叔父の斬首を命じられたあの苦しみ、屈辱からわずか3年。
清盛は、亡き叔父忠正への恩返しができたことでしょう。

しかし、息子を守るために大甘処分にした藤原成親にまた裏切られるとは。
さすがの清盛も、人の心は読めないものです。


そして2月、一人で逃避行を続けていた頼朝を、家盛の家来である平宗清が捕縛しました。
六波羅の清盛邸で、二度目の再会を果たす、頼朝。

清盛は、頼朝に兄と父の悲惨な最期を伝えると頼朝は泣き崩れます。
盛国は「まだ13歳の少年、いたし方ありますまい。」と頼朝を庇います。

幽閉の身となった頼朝の部屋に、清盛の三男・宗盛が訪ねてきます。
平治の乱で頼朝の放った矢に腰をぬかしたことが口惜しいゆえの悪態でした。
しかし頼朝はさらりとかわし「自分初陣だったのでよく覚えていない」と落ち着いて答えます。

そのやり取りをみた池禅尼は宗盛の悪態を諭し、下がらせ、
頼朝へは、檜と小刀を所望した理由を尋ねます。

頼朝は
「命の限りあるまでに卒塔婆をつくり、父・母や兄たちの菩提を弔いたい。
自分は謀反人の息子、助かるとは思っていません。亡き母の教えに従い、源氏の誇りを持って沙汰を潔く受け入れる。」と健気に答えるのでした。

中川大志君の美少年ぶりと、健気で澄み切った心の佐殿に、
池禅尼と同様、私も、哀れと大器を感じてしまいました。


池禅尼は、清盛に助命を進言します。
「頼朝殿は、家盛に似ている。」
「父思い、母思い、そして兄思いのところがそっくりじゃ。
頼朝殿が死ねば家盛が二度死ぬような心持ちがする」と。

しかし、清盛は「似てもにつかない。棟梁として情に流されるわけにはいかない」とつっぱねます。

さらに、清盛の元に、常盤と三人の息子たちが出頭してきました。
常盤は鬼若に匿われていましたが、子等を守るためあえて清盛の情に懸けてみたのです。

常盤の美貌に驚嘆した一門は、常盤を側女にと進言するも清盛は否定します。

「友の妻だ」という清盛の心中を察した時子は、
義朝殿は、敵である前に、かけがえのない友であったのだからと、清盛にアドバイスします。

頼朝助命のために、断食まで始めた池禅尼に、一門は呆れ顔です。
そんな池禅尼のところへ、家貞が水をもって尋ねてきます。

「殿には、禅尼様の思いは充分通じております」と。

池禅尼は「そなたにはかなわぬ。」と苦笑し、
「頼朝殿と家盛が似ているのは本当。もっと痛々しいのが清盛。
あのような健気な若者を殺したくもなかろうに・・・」と吐露します。

友の忘れ形見である頼朝を助けたい清盛の心の奥を慮り、
池禅尼はあえて助命を嘆願して、断食というパフォーマンスを演じているのでした。

・・・

つうか、この時点で、清盛の「友の息子を助けたい」という秘めた胸の内なんて、
バレバレだったってわけで。
池禅尼、家貞、時子、そして常盤まで。

清盛と義朝が心の友であったことと、友を自分の手で滅ぼしてしまったことの苦しみ。
そして平氏一門の棟梁という表の立場とで、清盛の心は切り裂かれていたのでした。

だから友の子を助けることは清盛の心を救うことだと、池禅尼、家貞、時子は分かっていたのですね。

なるほど、これは新しい解釈です。そして、とても納得もいきます。

そして沙汰の日。

頼朝は源氏の嫡男として堂々と庭に座していました。

清盛は沙汰を下す前にと、義朝が残した「髭切」の太刀を見せます。
義朝と一騎打ちをしたときに、義朝が残していったのだと。

頼朝は、武士の中の武士であると信じた父が、敵の前に武士の鑑たる太刀を残して立ち去ったことに
衝撃をうけ、「早く、その刀で殺して欲しい。」と涙を流します。

清盛は、頼朝の中に、義朝の姿を見出し、もしかしたら、大器の片鱗を見出したのかもしれません。

13歳の少年の面前で、もうあの世へ旅立ってしまった亡き友・義朝を思い出しながら、
自分の胸の激しい心情を吐露します。

「共に武士の世を作ろうと励ましあった友が、無意味な戦を起こして滅んでしまった空しさ、
友が居ないこの世で、たった一人武士の世を作るために闘わねばならぬことの虚しさ。
それでも負けるわけにはいかない。必ず勝ってみせる。
そしてこの世の頂きに立って、お前が見ることのなかった世界をみてやる。
俺はお前を絶対に許さぬ。誠の武士の姿がどのようなものか、見せてやる」

清盛は頼朝に伊豆への流罪を言い渡し、
「遠き伊豆の地で、平氏の繁栄を指をくわえてみておれ!」と言うのでした。

それは、清盛から頼朝への「負けるな、這い上がれ!」というエールに違いないのでした。

頼朝にもその心は伝わったのでしょう。
伊豆で挙兵するまで、自分や父を涙を流しながら痛罵し、励ました、清盛の大きな背中を
頼朝は、遠く見続けることになるのですから。


頼朝が助命された後、清盛は常盤の元も訪れます。
清盛も吹っ切れたのでしょう。
常盤に「子らを守れ」といい常盤も「私は義朝殿に妻です。その覚悟で此処へ参りました。」
と答えて、清盛にその身をゆだねるのでした。

清盛は常盤を側室にすることで、その息子らの命を守ったのです。

頼朝は「髭切」の太刀をたずさえ、池禅尼の用人、藤九郎とともに伊豆へ流されます。

源氏の処分が決まったことで、平清盛は、武士として始めて公卿となり、
一門の繁栄、権力の掌握へと着実に歩み始めました。


松山ケンイチ君の清盛が、ますます輝き始めました。
頼朝を流罪へ処したあのシーンは、鳥肌が立つほどの迫力がありましたね!

保元、平治と二つの内乱を征し、かつ叔父の死、そして、友の死を乗り越えた清盛は
いよいよ公卿として朝廷にて、後白河方法との激しい権力闘争の渦に身を投じるのです。


そして今回で最期となった、義朝演じる玉木宏さん。

超イケメンの玉木さんは、「のだめ」しかり、イケメン枠での演技が主流でした。

でも今回演じた「源義朝」は、カッコイイというよりは、泥臭く、直情型で不器用で無骨な男。

実の父と対立し、結局父や弟を斬首せざるをえないところに追い込まれ、
悔し涙も多く、最期は賊軍となり負将として謀反にあい、自刃するというとても難しい役柄を
見事に、演じきられました。

一皮向けて、実力派俳優としての力量を見せ付けてくれましたね。

魂のこもった手抜きのない迫真の義朝は、清盛のかけがえのない心の友であったという
ドラマの設定に、何の異論も挟めないほど、はまりきっていました。


玉木宏さん、本当にお疲れ様でした
回想シーンでの再登場を切に、期待しております!
清盛と義朝の一騎打ち!

史実じゃないし、設定に無理があると分かってはいても、

何故か、大量の涙が流れてしまいました。


いいんです、このドラマでは。
あの二人は一騎打ちしなきゃならないんです。

清盛は宗剣、
そして義朝は「髭切」
共に、亡き父から受け継いだ棟梁の剣。。。

周りには誰もいない、たった二人だけの空間、異次元のような河原での死闘。

いいんです。このドラマでは。
二人は親友、心の友なんですから・・・



さて本題。


1159(平治元)年12月18日 清盛は京へ帰還し、
即、戦になるのではないか、と六波羅でも内裏でも緊張が高まります

しかし清盛は動きません。
連日、宴を催すだけでなく、なんとクーデターの首謀者・藤原信頼に名簿(みょうぶ)を差し出す始末。

名簿とは、一門の恭順を証明するもの。
義朝は「何か裏がある」とはねつけようとしますが、清盛の代理として訪れた家貞の
落ち着いた話を信用する信頼。

平家まで恭順するとなれば畏れるものはないと、藤原信頼は益々遊び呆けてしまいます。
さらに内裏を警護する源氏ら関東武士の野蛮な態度に、公家達も後悔し始めした

「われらは間違ったのではないか・・・?」と。


六波羅では、嫡男重盛の妻・経子が、清盛に会いたいと願い出ます。
兄・藤原成親が内裏に留まっていることを謝りたいと言うのです。

しかし、重盛は「それには及ぶまい」となぜが涼しげな表情。
そうなのです、重盛は父の胸に秘めた計画を理解しているのでした。

やっぱり、窪田正孝君は、演技が上手いですね。

「平家物語」で平家の良心として描かれた重盛にとてもリンクしています。
繊細で思慮深く且つ勇猛で、時に父を諌言した平家のプリンスになりきっています。

「義経」で重盛を演じられた勝村政信さんも、温和で優しくぴったりでした。
窪田君に一抹の不安があるとすれば重盛の晩年。

ま、それは、松山ケンイチさんや、松田翔太君、西島隆弘君だって同じ。
どう中年〜晩年を演じるのか?若手主力俳優の皆さんの、演技力に期待したいです



そんな六波羅に秘密の使者が訪ねてきます。
クーデターに加わった二条天皇派の藤原惟方と経宗です。

二人は、清盛の下座に平服し、信頼のクーデターに巻き込まれたこと、
そして義朝ら東夷に支配された内裏を救って欲しいと、清盛に恭順の意を示すのでした。

清盛は二人の汚い言い訳に「本来なら斬って捨てるところだ!」と激怒するも、
二人の事を許しかつ協力を約束させます。

清盛が上座からまったく動こうとしなかったのが印象的でした。
松山ケンイチ君の清盛は、堂々とした威圧感が溢れていました。

段々と史実の平清盛に近づいてきましたね!いいです、凄く。


清盛の作戦は着々と進行していました。

密かに清盛に寝返った藤原惟方と経宗が、源氏に酒をふるまい休ませるように信頼にすすめ、
大半の兵たちが酔いつぶれる中、経宗は後白河上皇と上西門院統子を救出し、
惟方は二条天皇を女装させて輿に乗せました。

その時、義朝の長男義平が問いただすも、二条天皇(17歳の美青年)の女装に全く気がつかず、
門を通してしまいます。(これは史実です・・)
そして天皇は清盛の六波羅の館に入り、清盛は即座に「主上六波羅行幸」を触れ回させました。

翌朝、その事を知った義朝は、内裏で眠りこける信頼を叩き起こし
「日本一の不覚人」とののしります。
幽閉していた天皇を奪われたことで、義朝たちは賊軍となってしまったからでした。

天皇から直々に勅命をうけた平氏は官軍となり、三男・清三郎はそれにあわせて元服します。
清盛亡き後、棟梁となる宗盛です。(つまり平家最期の棟梁)

内裏でも、義朝ら源氏が、平家との全面戦争に意気上がります。

「これぞ、清盛!」 義朝は雌雄を決める戦に喜びを感じている様子です


そんな義朝の元に常盤御前が訪ねてきます。
常盤や子供らの身を案じた義朝は「そなたはもう妻ではない、立ち去れ!」と告げるも、
常盤は義朝に優しく近づき、手を添えて「必ず勝ってお腹の子を抱いてください」と願います。

義朝は生まれる子に「牛若」と名づけ、「きっと男じゃ。強き源氏の武者になる」と告げます

いわずもがな、牛若丸=義経ですね〜。
この男児が、やがて平家を壇ノ浦で滅ぼすとは・・・これぞ運命としか言いようがありません。


そして、平治の乱のクライマックス「源平合戦」の火蓋が落とされました。

平氏は赤旗、源氏は白旗。

総大将、清盛は天皇守護のため六波羅に留まり、
嫡男・重盛と義弟・頼盛が侍大将となり内裏へ攻め入ります。

平重盛は待賢門を破り、
「年号は平治、都は平安、我らは平氏、三つ同じだ、ならば敵を平らげよう」と味方を鼓舞します。

そして義朝の長男・鎌倉悪源太・義平との一騎打ちに臨みます。
「愚管抄」や「平家物語」にも書かれてあり、双方譲らぬ激戦であったことは間違いありません。

ただし、重盛が破ったのは郁芳門ってのが史実のようです。
待賢門を破ったのは、頼盛。父忠盛から伝えらた「抜丸」という太刀で奮戦します(これも史実)

そして頃合を見計らって、平氏は兵を引きます。
これは手はずどおりでした。

逃げる平氏を追い、義朝軍は賀茂川まで迫ります
しかし、そこで待ち受けていたのは、平氏の大軍。
清盛は、内裏から河岸へ源氏をおびき寄せ、待ち伏せしていたのでした。

源頼政は罠にはまったと早々に戦線を離脱し、河岸でで孤立した源氏軍に向って
平氏が何千もの矢の雨を放ち、源氏の兵士達は次々と倒されていきます。

もはやこれまで、東国で再起を図るべしと側近鎌田正清に注進され、義朝は戦線を離脱します

しかし、その姿をみた清盛は、たった一騎で義朝を追います。

たった二人きりのどこかの河原。
誰言うことなく、平氏源氏の棟梁として、最期の一騎打ちが始まりました。

それは、宿命という場所だったのかもしれません。


馬上での斬り合いからはじめ、そして馬を降りての一騎打ち。
清盛の「宗剣」がうなり、義朝の「髭切」が鋭く舞います。

この一騎打ち、スタントなし、本当に二人が馬上で剣を振る姿は、迫力満点でした!
松山ケンイチ君も玉木宏さんも全速力で馬を駆けて突進していました!
手綱殆ど握ってないシーンもあってびっくり!

相当乗馬の練習されたんでしょうね〜。
役者としてもいいライバルであったのではないでしょうか?

視聴率云々に惑わされず、訓練し鍛錬して自分の役になりきる。
そんな魂のこもった、素晴らしいシーンでした。

そして、最後。
清盛が義朝に馬乗りとなり、
「武士とは負けてはならぬもの。続きのない戦に負けたのだ、義朝!」ととどめを刺そうにも
結局、させなかった清盛の涙。

友を切ることが出来ない、清盛のある種の弱さを描こうとしたのでしょうか?
もしくは、始から逃がすつもりで一騎打ちに臨んだのか?

「わしが滅んでも、源氏の魂は行き続ける。また会おう清盛。。」
と、力なくその場を立ち去る義朝の目にも涙。
二人とももうお互いあいみまえることはない、お互い分かっていたのでした。


できれば二人で共に武士の世を作りたかった。
しかしこの世に武門ニ家が並び立つことなど、有り得ないのです

いずれ正面からぶつかりあい、潰しあう運命(さだめ)の二人。
覚悟はしていたのでしょう。
しかし二人には、他者には分からない深い熱い友情が育まれていたのでした。


心の友と別れ、河原にしゃがみこむ清盛の側には、義朝の「髭切」の刀が・・・

この源氏重代の剣は、どのように頼朝へと渡るのか、ドラマで何かありそうですね!


尚、清盛は主上(天皇)を守護するために、六波羅の館を一歩も出ておらず、
一騎打ちは当然ではありますが、フィクションです。



さて、次回(といっても今晩か・・)
いよいよ義朝さんの最後です。

玉木さん、義朝そのものでした!
こんなに激しくでそして苦悩し涙する玉木宏さんって始めてじゃないかな〜〜。

心して視聴したいです。
源平合戦となる「平治の乱」の火蓋がきって下ろされました。

源義朝演じる玉木宏さんの勇士を拝めるのもあと数回・・
気合を入れて鑑賞したいと思います


そして今回は、信西の最期のドラマが。。。



1159(平治元)年12月9日 深夜

藤原信頼一派と源義朝が決起しました。
絵に描いたようなクーデターといっていいでしょう。

三条殿にいた後白河上皇と上皇の姉・上西門院統子は幽閉され、
二条天皇も内裏へ軟禁し、玉を奪った義朝軍は、
信西を探して三条殿を急襲します。


しかし信西は事前に察して逃走しており、三条殿にも館にも居ません。
女装しているかもしれないと、武士達は女房達も容赦なく刀を向けるのです。


信西は事前に察してすでに逃走し、奈良へ落ちようとしていました。
信西の妻・朝子も三条殿を脱出して清盛の館へ駆け込み
時子に状況を伝え、信西を清盛に救って欲しいと涙ながらに訴えるのです。

清盛一行は紀伊で京の凶事を知ります。
「義朝よ、早まるな、信西殿を殺すな」と歯軋りするも、熊野参詣の途中で
引き返すにも鎧も武器もありません。

すると郎党の家貞が進み出て、用意はあると長櫃の中から取り出したのは
磨かれた甲冑や刀、矢!
驚く清盛や一門に対し、
「大将の側に仕えるものなら戦準備は当然。大殿にもそうして仕えてきた。」
と胸を張るのでした。

そのころ信西は、藤原師光らわずかな供回りで深い山中をさまよっていました。
疲れきった郎党をみた信西は、静に 「ここの穴を掘れ」と命じます。

そして自分はこの穴隠れて、清盛殿の助けを待つから、皆生きて落ち延びよと優しく言うのでした。


12月14日、
内裏ではクーデターに成功した信頼により、早速論功による除目を行っていました。

藤原信頼は念願の近衛大将となり、源義朝は播磨守に任じられました。
それは、保元の乱後、義朝を尻目に清盛が授かった官位だったのです。

義朝は、やっと清盛と肩を並べられたと、思ったでしょう。

清盛が、「信西と手を組み政治や社会を変えることで武士の世を作りたい」と言った問いへの答えは
「武士は政治ではなく武力でその力を見せつけ、武士の世にする」事。

義朝は、再び清盛へ問い返したことでしょう。

「源氏と平家、どちらが強く、どちらが正しいのか?」と。


信頼による好き勝手な除目の途中、義朝の長男・義平が東国から駆けつけます。
悪源太の異名をもつ一騎当千の暴れん坊の参陣に喜んだ信頼は、
「好きな国、好きな官位をとらせるぞ」というも、義平はきっぱりと断わり、
官位は不要、軍勢を頂き、阿倍野で清盛一行を待ち伏せたいと申し出ます。
が、面子を潰された信頼は、義平の進言を却下するのでした。


私が好きな悪源太を演じていらっしゃるのは、波岡一喜さんという若手俳優さんでした。
個人的には、義平は為朝に似た腕っ節の強い荒武者のイメージなので、
やや線が細いなあ、と思いました。
でも最近の青年は細マッチョが多いし。。

重盛君との一騎打ち、大いに期待してますよ。

京へ向かう途中の清盛たちは、作戦会議中でした。
悪源太が待ち伏せしているという噂に、京へ入ることをためらう声もあったのです。

一日も早く帰京し、信西を救いたいと言う清盛に、
嫡男・重盛はここは一旦落ちて、軍勢を集めてから京に戻り、
クーデター一派を倒したほうが懸命ではないか、と提案します。

そんな長男を逞しく思うと共に、清盛は信西との思い出を語り、
自分が悩み迷ったときは、不思議に信西が側にいてアドバイスしてくれたた。
そんな友である信西殿を決して見捨てないと、帰京を断行するのでした。


信西も思いは同じ。
必ず清盛が助けてくれると一人穴の中で信じていたのです。

しかし別れたはずの師光が未だ穴の側で見守っていることに気がつきます。

師光に西光という法名を与え、
もし私が追ってにつかまっても出てくるな。じっと潜んで事の始終を見届け、
世に伝えて欲しいと願うのでした。

信西は薄れいく意識の中でも清盛の救出を信じていました。
しかし、信西に向って差し出された手は清盛ではなく敵だったのです。

覚悟を決めた信西は、自ら刀で自害します

叫びたい気持ちを必死で押さえ、信西の命じたとおり、一部始終を見守る西光。

信西に心酔した心純真な師光=西光が、その後、なぜ謀反者へとなっていくのか、
その心のひだや屈折を、加藤虎ノ介さんが凄みのある演技で魅せてくれるような予感・・・!

義朝もまた、京で清盛を待っていました。
雌雄を決する時が近いと、はやる心を押さえているのです。


そして、京へ戻った清盛が見つけたのは、無惨に晒された信西の首。
長年の友を失った清盛は、もう一人の宿命の友、義朝へ怒りを燃やします。

「義朝、これがお前の出した答えなのか!ならば受けてたとう。」

宿命の対決が迫ってきました。

放映は明日なんですね・・・
待ちきれないような、でも見るのがもったいないような。

ともかく楽しみです!

そして、信西を熱演された阿部サダヲさん!
やっぱり上手いですね。最近阿部サダヲさん見たら「信西!」て心のなかで声かけてます
野心もありかつ純粋さも持ち合わせた信西というキャラのお陰で、ドラマに深みが加わりました。

お疲れ様でした。

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