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黒田(小寺)官兵衛と竹中半兵衛が出合いました。
秀吉の「両兵衛」から転じて、秀吉の「良・平」とも呼ばれた稀代の軍師二人。
良・平 とは漢の高祖を助けて天下を取らせた「張良」と「陳平」になぞらえたのした。
その例えとおり、官兵衛と半兵衛は協力し合って秀吉の中国攻めを成功に導いていくのです。
ドラマでは竹中半兵衛は官兵衛の実力を試すために、一つの課題を与えます。
それは、播磨の名門三家を信長に拝謁させる難題でした。
播磨名門三家とは、官兵衛の主君・御着の小寺政職と、龍野城・赤松政広、そして、三木城の別所長治。
得意の話術と交渉力で赤松と別所の説得に成功するも、
肝心の主君・小寺政職がいつもの優柔不断を発揮して首を縦にふりません。
困り果てた官兵衛に助け舟を出したのは、竹中半兵衛でした。
信長に直談判して、荒木村重の軍隊を御着に派遣し圧力をかけたのです。
こうして、天正3年(1575)10月、播磨三家は、信長に拝謁し、
その甲斐あって、播磨の中小豪士達は織田に帰順を申し立てるようになりました。
が・・・・
官兵衛が単独で乗り込み、敵を信長側に説き伏せた、というのは
官兵衛をヒーローにするためにフィクション半分。
実はこの調略に最初に関わったのは蜂須賀小六と言われています。
秀吉の書状を携えて、まず摂津の荒木村重を訪ね、
共に播磨の有力城主を説得するよう、小六は村重に依頼したのです。
荒木村重は、黒田官兵衛と誼を通じており(親友だったのです)
そのつてをたどって、村重と小六は御着の小寺氏を訪ねて、官兵衛共々、政職を説得したのでした。
そして小寺政職は、「織田信長公への忠節を示す」と、
別所長政説得のため三木城にも同行したとされます。
つまり、三木城を訪問したのは、
蜂須賀小六、荒木村重、小寺政職、そして恐らく黒田官兵衛 だと推測されるのです。
だから、フィクション半分なんですね・・・(苦笑
三木城の別所長治は若年で、叔父の吉親と、重宗が後見となっていました。
弟の別所重宗は、何度か上洛して信長に拝謁するなど織田に誼を通じていたが、
兄の吉親は毛利側でした。
叔父の対立に挟まれた別所長治は、荒木や小寺氏(官兵衛)の説得で織田につくことを決めたのです。
別所長治の織田家帰順に呼応するように、播磨の有力城主たちは次々と織田氏になびき、
秀吉の計らいで上洛し、天正3年10月、信長に拝謁したのでした。
このとき上洛した播磨城主は、播磨名門三家(小寺、赤松、別所)に加えて
浦上氏、神吉し、長井氏ら、でした。
しかし・・・先のブログ「戦国時代の城攻め」でも少し触れましたが、
別所長治は、その後突然毛利へ寝返ったのです。
三木城の裏切りをきっかけに周辺の多くの城主が長治に同調したため、秀吉はピンチに立たされます。
それゆえの無情な「三木の干し殺し」を実行したともいえます。
龍野城の赤松政広もまた、織田に反旗を示します。
しかし、天正5年、秀吉の中国攻めであっさり降伏し、蜂須賀小六の配下になります。
天正3年ごろからの小六との誼を通じで秀吉に降伏を申し入れ、それが通じたということですね。
結果、龍野城主は、蜂須賀小六となりました。
赤松政広は、秀吉の配下として良く働き、
その恩賞として天正14年、但馬竹田城2万2,000石を与えられました。
天空の城、日本のマチュピチュとして最近有名になった竹田城の最後の城主なのです。
さてドラマでは、
天正3年10月、播磨城主の信長拝謁で上洛した官兵衛は竹中半兵衛が再会し、
半兵衛に「自分の力で主君を説得したかった。」とプライドを示すものの
「兵の情は速やかなるを主とす」と孫子の言葉で返答され、官兵衛が苦笑するシーンがありました。
お互いの技量を認め合った上での、なかなか面白い掛け合いでした。
ちなみに二人の軍師に関するエピソードを紹介します。
黒田官兵衛の実力を認めた秀吉が、陣営の軍師として重用し始めたころ、
野心を隠さず謀略を得意とする官兵衛の評判は芳しくありませんでした。
特に、蜂須賀小六は「キレモノすぎて油断ならない。」と反対したといいます。
そのとき竹中半兵衛は「毒薬も時には良薬になる」と小六らを説得し、官兵衛の登用を進めたのでした。
官兵衛の腹黒さは、「無駄な血を流さず戦わずして勝利する」という孫子の教えを踏襲し実行したからであり
その本質はむしろ平和主義、博愛主義に満ちたヒューマニストであることを
半兵衛はいち早く見抜いていたのです。
また官兵衛と半兵衛の二人の先輩後輩関係を示すエピソードもご紹介します。
黒田官兵衛は、秀吉から「自分が立身すれは欲しいだけ領地を与える」という誓約書を貰っていました。
しかし、秀吉は一向に約束を守る気配はなく、なかなか領地を与えられませんでした。
官兵衛は、先輩の半兵衛にその事を愚痴ります。
官兵衛が秀吉の悪口を言うという事は、二人は何でも話し合える間柄だったんでしょうね。
半兵衛は、「その誓約書をみせて欲しい」と言い、官兵衛が素直に取り出してみせると
半兵衛はいきなりその書状を破り火鉢に投げ入れて燃やしてしまいました。
突然の出来事に顔色を変えて抗議する官兵衛に対して、
半兵衛は、涼しげな表情で
「こういうものがあるから、不平不満が生じるのです。こんな誓約書は破り捨てたほうが良い」と
答えました。
官兵衛は、「さすが半兵衛殿!」と大いに感心し、納得したと言われています。
二人の軍師が、じつに良好な関係であったことが分かりますね。
さて次回は「英賀合戦」です。
毛利&石山本願寺との全面戦争がはじまります。
・・・にしても、真島秀和さんの「顕如」・・・
美しい!!!
史実の顕如も、相当な美形だったとのことですし、
カリスマという意味でも他を圧倒するオーラーをかもし出していましたね。
田中哲司さんの荒木村重と黒田官兵衛、そして顕如と役者は揃いました。
有岡城合戦のカウントダウンが始まったといえます。
ただし、播磨攻略で一番の功績をあげた蜂須賀小六がまったく登場しないってのは、
あまりにも寂しいです・・・
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