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鶴岡捕手が引退を発表しました。
![]() 覚悟はしていたけど、 やはり悲しいです。 引退試合もないのかなあ… ![]() 藤浪投手と黄金バッテリーで 花道を飾って欲しいです。。 経験豊かで、後輩の面倒見も良く 明るいキャラで真面目で、必ず 良き指導者になれるでしょう。 ぜひ若虎の育成に力を貸してくださいね。 お疲れ様でした! 感動をありがとうございました ![]() ![]() 【引退会見での一問一答】阪神・鶴岡「タイガースのユニホームで巨人と戦えたのは楽しかった」 サンケイスポーツ 9月29日 14時40分配信 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160929-00000536-sanspo-base 阪神・鶴岡一成捕手(39)が29日、西宮市内の球団事務所で引退会見を開いた。 鶴岡は2014年からDeNAにFA移籍した久保の人的補償として、阪神入団。ここまで10試合の出場にとどまり、安打、打点ともに「0」。 以下、会見での一問一答。 (テレビ会見にて) 「本日はお忙しい中、集まっていただき、誠にありがとうございます。私、鶴岡は今季をもって引退します。またこのような場を設けてくださった阪神球団、関係者のみなさん、誠にありがとうございます」 −−今の気持ちは 「そうですね。ホッとしている部分と、やっぱり野球が大好きだったという気持ちと両方ですね」 −−ホッとしている気持ちは 「変なプレッシャーと戦わなくて済むという。そこが一番です」 −−寂しさは 「まだ実感はわいてないですが、これから出てくるのかなと思う」 −−引退を意識したのは 「一度あがって、9月に抹消されてからいろいろ考え出しまして、最後の2軍の福岡遠征、そこで掛布監督と山田コーチに無理をいって連れていってもらいました。最終戦が終わって、そこで引退しようと、という決断に至りました」 −−誰かに相談は 「すぐに奥さんには『今年でやめようと思う』といいました」 −−奥さまは 「最初は『まだできるんじゃない?』と言葉をもらいましたが『21年間お疲れ様でした』という言葉をを最後にもらいました」 −−まだできるんじゃないか、という声がある中で引退を決断 「野球選手ですから、1軍で戦力にならないと思ったら、引き際かなと思っていた。自分にとってはいい決断だったと思います」 −−金本監督とは 「先ほど。『お疲れ様でした』と一言いただきました」 −−チームメートとは 「さっき、みんなにはあいさつをしてきました。『お疲れさまでした』とみんなから頂きました」 −−長い21年間を振り返って 「この場をお借りしまして僕の野球人生21年間、ご指導下さった監督、コーチ、先輩方、また、試合にベストで臨めるようにやってくださったトレーナー陣、裏方さん、みんなに感謝したいと思います」 −−3球団を渡り歩いた。一番の思い出は 「やっぱり野球選手ですから、08年に巨人で優勝、09年に優勝、日本一になった。これは野球人として一番、そこを目指していることなんで。優勝できた、日本一になれたというのは僕の中では財産かなと思います」 −−伝統の一戦とは 「本当に正直、タイガースのユニホームを着られると思ってなかった。着られて、巨人と戦えたというのは楽しかったですね」 −−兵庫出身。阪神は幼い頃からみていた 「そこは両親も喜んでくれていると思います。最高によかったんじゃないかなと思う」 −−改めて甲子園球場は 「やっぱり、敵地で乗り込むと思うとファンはすごいし、それに圧倒されて、自分がタイガースのユニホームをきてやると、すごく心強い。励まされて。いろんな意味で。自分にとってもよかったと思います」 −−若い投手には 「もっともっと自分が生きる道を考えないといけないだろうし、どういう投手になりたいのかもっともっと明確にしないといけない。それができて1軍で活躍できるんだ、と。そういういろんな取り組みをしてもらいたいな、と思う」 −−藤浪とのコンビ 「受けていて、手も腫れるし、どこに投げてくるかわからないし、ポテンシャルがすごく高すぎて、逆に僕も方が引っ張ってもらっていたという形でした」 −−手が腫れる 「昨年、晋太郎の後に次の投手を受けるときに手が痛すぎてどうしようもないということもあったんですが、そういう投手に出会えたことは僕にとってよかったです」 −−やり残したことは 「せっかくタイガースにきたし、やっぱり負けたら意味がない。日本一になりたかったというのはあります」 −−甲子園はどういう場所 「ホームからみる景色は最高でした」 −−今後は 「本当にやめるって決めてから間もないので、そういう部分はまだ考えていませんが、とりあえず、ゆっくりしたいなと思う」 −−ファンに向けて 「いいときも悪いときも鶴岡一成という選手を応援してくださって、本当にありがとうございました。また何をするかわからないけど、応援してくれたらうれしいです」 (囲みにて) 「会見する前が一番緊張したかな」 −−一番の思い出は 「それぞれがありすぎて、どれというものはないですが、僕にとって1試合1試合が全力でしたし、負けても勝っても…」 −−今季、藤浪と組んだ2試合だけだったが、藤浪へのアドバイスは 「それは本人にもいいましたし、それができる子だし、もっともっと勝てる投手だし。今年の経験を来年以降、やってくれたらいいんじゃないでしょうか」 −−具体的には 「ノーコメントで」 −−若い捕手には 「バチバチでやってくれたらいいんじゃないでしょうか。今、ファームにいる捕手たちも黙っていないでしょうし、上(1軍)にいる3人もバチバチで。その方がみている方もおもしろいんじゃないかなと思います」 −−一番磨いてきた部分は 「出ていないときを一番大事にしていたのかな、と思います。自分の中では。やっぱり横浜に入ったときは谷繁さんがいましたし、1個上の相川さんがいましたし、また、巨人にいったら阿部慎之助という絶対的な捕手がいて、阪神にきたら藤井さんがいて。僕はいったチームにいい捕手がいて、その人たちをみて勉強することができて、また新しい気持ちになれたのはよかったと思います」 −−故・中村GMへの思いは 「あのとき、日本一になりたいというか勝ちたかったし、いい報告ができたらいいなと思っていましたけど、今いる選手たちが来年いい報告してくれたらと思っています」 −−将来的に指導者は 「それはみんな思っていると思いますし、一概にはいえませんが、今はゆっくりとしたいなと思います」 |

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