食うべき詩

お笑い芸人の件から生活保護受給者へのバッシングが一気に吹き出た。濫給と漏給のほんとの実態を知ってほしい。

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ブログの世間(1)

もう先月のことですが、福井健策氏の「『著作権保護延長』は文化を殺すのか―クリエーターにとっての損と得」目当てに、普段読まない「中央公論」の10月号を買いました。福井氏の論考は、著作権保護期間延長問題について非常によくまとまっている文章なので、これからの記事に参考にさせてもらうつもりです。(そういえば、著作権関連16団体でつくる「著作権問題を考える創作者団体協議会」の著作権保護期間延長を求める声明がPDFで読めるようになりました。http://www.mpaj.or.jp/topics/pdf/kyoudou.pdf)

その中央公論に掲載されていた養老孟司氏のコラムが思いのほかおもしろかっったので、ちょっとご紹介。話しのきっかけは小泉前首相の靖国神社参拝についてです。
首相が靖国に行こうが行くまいが、私にはどうだっていい。私自身は行かない。(中略)
私はお前のいうことに反対だが、お前がそれをいう権利は死んでも守る。そういったのはヴォルテールだったと思う。これは表現の自由に関することだが、思想・信教の自由についても、私は同じ立場である。小泉個人が靖国に行きたいというなら、その権利は死んでも守る。ちょっと大げさだが、そういいたくなる。それをやらせない国家がご近所にいくつもある。そんな国に私は住みたくない。(中略)
私が述べているのは、単純な市民的自由のことに過ぎない。ただし東アジアでは、それは歴史的にも当然ではない。日本社会ではじめてそれを保障したのは新憲法で、私はその下で育った。私はそれを大事にしたいと思っているだけである。
 その点について私は、純粋の戦後生まれである団塊の世代以降の人たちを、むしろ信用していない。市民的自由がまったく欠けていた時代を知らないと思うからである。(中略)
まったくの戦後生まれの団塊の世代に、なぜ「非国民」の意識が復活するのか。長い間、私はそれが理解できなかった。いまではわかるように思う。(中略)
ずいぶん前に読んだ本だから、中身を忘れてしまった。でも思い出すのは、フロムの『自由からの逃走』である。ほとんどの人は自由なんて本心では望んでいない。世情を見ていると、そんな気もする。若者がマニュアルくださいという気持ちもそれかもしれない。
中央公論2006年10月号p128-131 「鎌倉傘張り日記68」

著作権や肖像権の侵害が怖いから、自分のブログをチェックしてくださいという人がいます。わたしのところにも内緒で言ってくる人がいます。だけど、他の人の記事=表現を、セーフかアウトかジャッジするなんて事はとても怖くてできません。自分のことは自分で判断しますが、他人のことには判断の責任の持ちようがないと思うのです。著作権や肖像権という権利がなぜあるのか、ご自分でよく考えてみてください。著作権者側のサイト、利用者側に立つサイトを参考までに教えて、あとは自分で判断してくださいと言うことにしています。その際、Q&A式のマニュアルがあっても、鵜呑みにせず複数の意見を読んでくださいと付け加えます。実際マニュアル的に書かれたものでも、アウト・セーフの判断には幅があります。
しかし、自分のブログ上での表現に強いこだわりがあるのなら、他人の簡便なマニュアル的判断でその表現が損なわれることに抵抗感はないのだろうか?そこがそもそも疑問です。人によって判断が違ったら、その度に自分の判断も変えるのでしょうか。法律が変ったら唯々諾々とそれに従うのでしょうか。例えばブログが検閲されるようになったら、自分の表現の自由を素直に検閲者に引き渡すのでしょうか。

パロディやアプロプリエーションなど、他人の作品の再構築・再解釈的な利用について、著作権法はどのような視点で向き合っていくのか、立法や裁判所の解釈を通じて今後解決していくべき問題だろうと思います。
「著作権とは何か」 福井健策 p175-176

危ない橋を渡っても貫きたい表現というのはどこまで許されるのか、マニュアルには書いていないのです。あくまで自分の頭で考え抜かなくてはなりません。

この種の規制ずくめを、私は世界の北朝鮮化と呼ぶ。世界に秩序を持ち込めば、その分の無秩序がどこかに発生する。それがどこに発生するか、見えないから、秩序をあえて持ち込んだ側はその責任を取らない。人類はそろそろそれを理解したほうがいいと私は思うのだが。(中略)
 こう書いてみても、しみじみ無力だなあと私は思う。だって、細かいことを、あれこれ禁止するのは、なんでもないからである。しかもそれによって「なにかをした」という気分にはなれる。そこに「そうしないのは非国民だ」という伝統が加わったら、もはや手のつけようはない。(中略)
しかし世の中を「きちんとしよう」と思っている人たちには、それは根本的にはできませんよ、と年寄りとしてご忠告しておきたい。(中略)
ともあれ「自由からの逃走」はナチス的世界を生み出した。なぜか人はそういう世界を好むらしいのである。
中央公論2006年10月号p128-131 「鎌倉傘張り日記68」

スポーツにまったく興味の無いわたしは、オリンピックやワールドカップの話題についていけず、当然日本チームでも他国のチームでも同じく応援することはないのですが、そのことを「非国民」と言う言葉で揶揄されることがあります。半分以上冗談だと分かってはいても、いやな言葉だなぁと違和感を持ちます。
日本国憲法は第13条で「すべて国民は、個人として尊重される。」と謳っています。全体に対する個人の優越を認めるイデオロギー、つまり個人主義は人間の歴史がたどり着いた最も大事な価値観だとわたしは思います。
「すべて国民は、個人として尊重される。」というのは、国家とか民族という全体が国家生活の究極の価値ではなく、もろもろの個人が究極の価値であるという個人主義の原理を表明したものである。国家や公共団体における政治やいろいろな制度は、諸個人の平等な人格の発展に役立つかどうかという観点から評価される。
有斐閣新書「注釈憲法」伊藤正巳・尾吹善人・樋口陽一 p40

ちょっと、この個人主義それから基本的人権というのを真面目に考えてみます。きっかけは牛男さんの『孤独な散歩者の夢想』 ルソーです。へー、ルソーってそうだったんだと思って、松岡正剛さんの書いたものを読みました。それから本棚から引っ張り出したのは、「無縁・公界・楽」網野善彦、「『世間』とは何か」阿部謹也、「私の個人主義」「現代日本の開化」夏目漱石です。特に「『世間』とは何か」を軸にして、ブログと世間、あるいはブログの世間ということを考えてみたいなと思いました。参考にした本を掲げただけでもう企図は知れてしまうかもしれませんね。

牛男さんのその次の記事「英語学習者に勧めたい本」 06年11月が、「私の個人主義」を取り上げていたのもうれしい偶然です。偶然じゃなくて必然なのかもしれませんが、こんなブログ上での思考の連鎖はいいですね。ソーシャル連想ゲームとでも名づけたい!

■虫干しにあたっての補遺(21) 2009/02/22
これも中途で棚上げシリーズ。。。あ゛ーーーっ。。。
(元の書庫【ブログのこと】)
過去記事の虫干しにあたって

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ソーシャル連想ゲームってうまいことを言いますね。国家に規制された範囲ないでの思考、世間の中で許された範囲内での思考、そういう壁から一歩でも出たいと思って表現はあると思うので、外からの規制に対して、敏感になるあまり自己規制をより強くしてしまうのは怖いです。

2006/11/2(木) 午前 11:32 牛男 返信する

このブログも記事が増えて、わたしの議論が明らかになっていくにつれ、わたし自身の孤立感も増していくのかな〜と予感しています。少数派だという自覚はありますから。精神の自由・人の心の奥底に手を突っ込むことをはばからない風潮が勢いを増していると感じています。

2006/11/2(木) 午後 9:10 トンコ 返信する

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トンコさんがそうせざるを得ないのであれば、共感するにせよ反発するにせよ、見届けてみたいと思います。あくまでも、僕自身のこだわりとして。

2006/11/4(土) 午後 11:27 牛男 返信する

ありがとうございます。自分でもコメントを読み返すと意図したより悲壮っぽい感じに見えますね。このブログでは自分の言いたい事を、馴れ合わず、誰とも徒党を組まず、誰の信者にもならず、書いて行こうかなという思いです。次の記事のネタバレですが、リアル生活でのしがらみ抜きに発言できるブログが、「個人」として立つことの助けになるのではと考えています。

2006/11/5(日) 午後 0:05 トンコ 返信する

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オイラの同期が爆発事故で亡くなっのはS59年でした成人式を迎えるほんの少し前の事でした。バイク事故やら自殺やら、瞬く間に大勢の仲間を失いました。忘れかけた記憶がよみがえってきます。

2009/2/23(月) 午後 11:30 ジロー 返信する

>ジローさん、そんなにお友達を亡くしているんですね。。
ところで、この記事が記憶をよみがえらせたのですか?どのへんがテコになったんだろう。。

2009/2/24(火) 午後 10:30 トンコ 返信する

養老孟司氏の文がとっても興味深いです。
牛男さんとやり取りしてて、なんだかモヤモヤしている事に関わるような予感。
センサーがピコンピコンと反応してます。
また、牛男さんとトンコさんのやり取りに、共鳴するものがあります。
わたしは注意深く扱わねばならない問題に対して、やり方ががさつで乱暴(と自覚しつつあります)なので、恥ずかしいのですが。

2009/2/24(火) 午後 10:57 [ MoranAoki ] 返信する

場違いな書き込みだとは思っていました、ただ「世界の北朝鮮化」の言葉から連想が過ぎた事は確かです。オイラが自衛官だった頃の同期の爆死事故でとても衝撃を受け『死の自己決定権』と被りました。ヤツ等の命は本当に保証された訳では無かった。そう思うと、とても悲しくなったのです。

2009/2/25(水) 午前 2:33 ジロー 返信する

>モランさんががさつというのはあんまり感じないのですが。。まあ、それはそれとして、センサーが反応したり、共鳴・共振・シンクロするのがブログの醍醐味だな〜と思ってます。思わぬ展開になったりするのもすごく面白いです。

2009/2/25(水) 午後 10:31 トンコ 返信する

>ジローさん、ああ、なるほど。。。衝撃的なご経験があるのですね。辛くて悲しい記憶だとお察しします。。

2009/2/25(水) 午後 10:34 トンコ 返信する

ごめんなさい、自分の記憶を察して貰おうとは思っていなかったのです、
出来れば、遺族の気持ちを察して欲しいと思います。

2009/2/26(木) 午前 1:42 ジロー 返信する

>ジローさん、ああ、すみません。。

2009/2/26(木) 午後 10:20 トンコ 返信する

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