食うべき詩

お笑い芸人の件から生活保護受給者へのバッシングが一気に吹き出た。濫給と漏給のほんとの実態を知ってほしい。

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自分を表現する喜び

作文 木村君子

それから。うちへ。もってきた。こともたちわ。おおよろこんて。はやく。ふかした。はいはい。いますぐ。ふかしてあげるから。まっててね。やがて。ふきあがた
五にんお。ことも。たちわ。おいしそに。たべました。そのしき。こともの。かおみて。なみたが てて。がまんが。てきなかった。ことも。たちに。みつから。ないよに。むこへ。むきましたおかあちんも。たべなさい。うへの。女のこが。いました 私が。だべらだら ないのて。いのよ。おおちんわ。さき。たべたから。いいのよ しんばいしないて 
ほんとに。つらかた。おもいててす

作文 私は手を見るとき 秋本栄子

小さいとっきからはたらいた手
おしめを洗てあかきれて血なかれた手
いつもないしょくをした手
私は料理下手です
子供もか熱におかされてこりて
ひやした手
おこてぶたった手
あとで私が泣いたこともあった
子供か学校え手をひいてつれいた手
子供かせいせきがよくてほめて頭をなぜた手
九才のときからはたらき ねむていた
きかいにゆびをはさまれて切た
私しのきたからゆび三ほんも切た手
ちんぷんかんぷです 先生いわらて下さい
「江東区に夜間中学・日本語学級を作る会」の会報「夜間中学・日本語学級通信」から。

子供の頃貧しさのため学校教育を受けられず、老年になってはじめて字を覚えた方々の作文です。
最初にこれらの作文に接したのはずいぶん前のことですが、その時の感動を忘れることができません。
わたしはここに「表現」ということの原点を見てきました。「文字」という道具を手にして、
それまで心の中にあった感情や思考が形になって、他者に伝えること・他者の反応を知ることが
できるようになり、それがまた自分の心に還元されて、表現が深まったり豊かになったりする。。。

ブログが一般化して、今までインターネットになじみのない人々も、自分の表現・発信の道具として
ブログを活用できるようになりました。そして見知らぬ誰かの反応が期待できるようになりました。
わたしはヤフー・ブログ友達の記事を読んだり見たりのがとても好きです。
平凡な日常でもドラマチックなできごとでも、文章や写真・絵などが上手くても下手くそでも、
それぞれの人生を生きているそれぞれの思いが伝わって来るからです。
世界中に公開されているネットの片隅で、お互いに交流して親密になり心が触れ合えたことは、
無上の喜びでした。ヤフー・ブログを続けているのはそういう理由です。

しかし、ヤフー・ブログ内を回っていると、どうしても目に付くことがあります。
直リン画像記事の多さ。そこには「転載するときはコメント・傑作を忘れずに」などと書かれています。
たった数行の記事でのコメント・チャット。一文字コメントの羅列。傑作がいくつも押されています。
人気度をあらわす☆が点灯したことを祝う記事、そして意味のないコメントとトラバのそこへの集中。
ランキング入りを祝う記事、ランクアップを祝う記事、そしてまた数百のコメチャ。。。
訪問者数・コメント数の多さを宣伝する書き込み。記事も読まずに自分の宣伝だけする人。

自分を表現する喜び、誰かに見てもらえる喜び、反応してもらえる喜びを忘れさせ、ただただ、
人気度・ランキング・傑作とか、カウンターを回すこととに執着させる魔力が、ヤフー・ブログには
あるように思いました。そしてこれが「ブログの重さ」の一因となっているのではと思いました。
嫌気がさした普通のブロガーがヤフーを去り、一方で初心者の参入が続けば、淘汰が進んで、
やがてヤフー・ブログは「とんでもないブログ」に成り果ててしまうのではないかと思えました。

決定的なことが3月にありました。高校卒業を前にして過食症で急遽入院が決まったブログ友達に、
励ましの言葉を伝えたかったのですが、ブログが激重でそれが叶いませんでした。
これでわたしはブチ切れました。「いい加減にしてもらいたい!」はその時の記事です。

直リンキャンペーンも、これから書こうとしている「ヤフーブログ文化」批判の記事も、
わたしなりに強い動機があってのことです。なんとなく漫然と書いているわけでは無いのです。
ブログの楽しみ方も人それぞれでいい。他人がとやかく言う筋合いは無いとは思います。
でも、自分がブログをはじめたころの気持ちに戻って、自分とブログの関わりあい方を考えてみるのも
無駄ではないと思うのです。
このブログを読んでいただける方に、このことをぜひお伝えしたいと思いました。

■追記 08/09/20
この記事を書いてからずいぶん経ちましたが、いまさらにしてトラックバックでつながりたい記事を読みました。
「マレーシアで最初に出会った作文」08年1月 The ACT Times(牛男さん)

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私は退職後「だらだら過ごすのではなく、何かをして、そしてその日記をつけよう!」と思ったことと、ちょうどたまたま新聞記事で「ブログ」を知ったことが、ブログを始めたきっかけです。文章を書くのも好きですが、上手いわけではありません。なのでコメントをもらえるととても嬉しいです。ですので、見てくださった方への感謝の気持ちとして、キリのいいヒット数や星が点いたときには「ありがとうございます」の記事を書きます。これは、自分の感謝の気持ちを表す記事なので「無意味」だとは思いません。

2006/4/22(土) 午後 0:36 [ NYANKORO ] 返信する

あたしも最初はファンや、コメントが多いのが何故が快感で、ファンを増やす事に集中してました。でも今は、あたしの何でもないブログへきてくれて、しばらくいけなくたって、むこうがこれなくたって久々だったって、仲良くしてくれる、そんな友達をとても大切に思ってます。

2006/4/24(月) 午前 10:11 [ tot*o*moo ] 返信する

nyankoroさん、大事に心を込めて書いた記事にコメントをもらえるとうれしいですよね。コメントがつきやすいのが、ヤフー・ブログのいいところだと思います。

2006/4/26(水) 午後 9:49 トンコ 返信する

内緒さん、読ませていただきました。読んで感じたことをまた記事にしたいと思っています。少し待っててくださいね。

2006/4/26(水) 午後 9:51 トンコ 返信する

とっとちゃん、ヤフー・ブログやってると誰でも一度はそういう時期があるのかな〜。正直わたしもカウンターが気になる時期がありました。今はやっぱり友達付き合い優先です。そんなに何百人ものブログ見れるわけないもん。

2006/4/26(水) 午後 9:54 トンコ 返信する

私はあんまり深く物事を考えない単純人間ですが、ブログの楽しみは好きなときに記事の書き込みが出来、また訪問してコメントを書けることだと思います。それがブログの魅力なんですよね。そのようなブログ生活がしたいと思います。^ ^

2006/4/30(日) 午前 10:02 [ さやかパパ ] 返信する

さやかパパ、その通りだと思います。記事の中身を第三者がどう思うかはともかく、一つ一つのブログは本人にとっては等価だと思うし、サクサク読み書きできる環境は、人類にとっての地球環境みたいなものだと思います。ちょっと大げさだけど。だからブロガーのみなさんに「自分には関係無い」と思わずにブログ環境に関心を持ってもらいたいな〜と思います。

2006/5/1(月) 午前 0:31 トンコ 返信する

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これ、向こうに転載してなかったから見てなかったけど、冒頭の詩がいいですね。泣けてきました・・・

2006/9/15(金) 午前 1:53 [ sho**_12_*or* ] 返信する

あれ?そうだっけな?こちらしか載せてなかったっけ?詩というか作文ね。わたしも読むたびに涙が出ちゃう。

2006/9/15(金) 午後 9:39 トンコ 返信する

この記事にはブクマしただけでコメントを入れてなかったことを今更ながらに思い出しました、スンマセン。Y!Bの恐いところ(?)というか諸刃の剣はその「コミュニケーション性の高さ」だと思います。リテラシを欠いたまま「魅力的な」ツールというか機能に飲み込まれ、コミュニケーションだけが過剰な状態に落ち込む危うさを痛感しています。上手に使えば…とは思うのですがその「上手って何」が考えていかなければいけないところかなと思っています。

2006/10/18(水) 午後 5:40 ナイジェル 返信する

いや〜、謝ることなどありませんよ。それこそコメントするもしないもご自由に!ヤフー・ブログではコメントが多ければ多いほどいいという風潮がありますが、他社のブログも読んでいればそれもローカルな文化だということが分ります。一方でコメント中心にコミュニケーションを持つことを、一概に程度の低いことと見下す必要も無いとは思いますが。

2006/10/18(水) 午後 9:49 トンコ 返信する

ブクマといえば、「はてなのブクマくらい見とけ」と指摘されたことがあるので、たまに見るようになりましたが、自分の記事がブクマされているとこそばゆいですね。ヤフーのランキングや人気☆中毒になる人がいるように、「ブクマされたい中毒」にかかる人っているんでしょうかね。。。あ、遅ればせながらブクマありがとうございました!

2006/10/18(水) 午後 9:52 トンコ 返信する

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いい作文だなぁ。僕が作文教育にのめり込んでしまったのも、こうした作文に出会ったのがきっかけです。自分が書いた文章に添削ではなくコメントが返ってくることを生徒たちはとても喜んでくれます。ブログを始めたのは、そうした生徒たちの作品を紹介したかったから。でも、今は自分の作文にコメントが返ってくるのを楽しむ生徒のような気持ちが加わりました。

2006/10/19(木) 午前 0:36 牛男 返信する

牛男さん、ありがとうございます。実はこの記事を書いた動機の半分は、この作文を紹介したいということなんです。説明不要で心を打つと思ったので、表現の原点という言葉にふさわしいと考えまていました。読みにくいと思った方も、読まなかった方もいるかもしれませんが、一度自分のブログで紹介したかったんです。作文のエキスパートに読んでいただいてとてもうれしいです!

2006/10/19(木) 午前 0:47 トンコ 返信する

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まさにこれが原点ですよね。「まず記事ありき」その大前提がいつの間にかどこかにいってしまい、ファン限定100%・転載画像のみの画像倉庫(素材配布自体は否定はしませんが)・チャットにもいかずコメチャで自己満足する・常識的に考えればわかることが、どこかに置き忘れられている気がしてなりません。「まず、記事ありき」これこそ、ブログの原点ですよねぇ。いつもながら、あなたの文書には頭が下がります。いい勉強をさせていただきました。

2006/10/19(木) 午前 11:03 [ aho*t*ous*ta* ] 返信する

特にこの時期はそういった事例に憤慨していました。中身は当然何でもありだと思いますが、元々ブログは「記事」を書くものですからね。コミュニケーションも記事を通じたコミュニケーションが基本だと思います。

2006/10/19(木) 午後 7:02 トンコ 返信する

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トラックバックしたのは、何かあったときに読みに帰る作文です。新しいブロクからトラックバックを試みたけどうまくいかなかったようです。大掃除中に昔の記事を見つけると、つい紹介したくなってしまいます。すんません。

2007/2/4(日) 午後 7:46 牛男 返信する

>牛男さん、今日記事を見直してコメントとトラバをはじめて確認しました。1年半も経ってしまいました。。。ごめんなさい。。。
トラバ記事もとても素敵な記事でした。

2008/9/20(土) 午前 0:29 トンコ 返信する

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先日、亡き父の遺品を整理していたら、小学3年生の時に何かで入選した私の作文が出てきました。父が大切に持っていてくれたことがとても嬉しかったです。
その作文は、学校の教室でヒヤシンスの水栽培をした時の観察記録のようなものでした。3年生にしてはへたな文章でしたが、何故か必死さが伝わってきて、この頃の自分は頑張って文章を書いていたんだなと感じました。作文を書いたことも、入選したことも覚えていませんが、ヒヤシンスの水栽培をしたことははっきり覚えています。

2008/9/21(日) 午後 8:36 夕焼けトンボ 返信する

>トンボさん、子どもの作文をお父様は大切にとっていらっしゃったんですね。入選ということも親として嬉しかったんでしょうか。いいお話を聞かせてくださってありがとうございました。

ヒヤシンスの作文、ブログに載せてみてはいかがですか?

2008/9/22(月) 午後 10:28 トンコ 返信する

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