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八丁畷駅を過ぎてしばらく行くと、川崎市から横浜市鶴見区に入ります。このあたりが鶴見市場と呼ばれているのは、昔海産物の市場があったからだそうです。 左:市場一里塚。日本橋から5番目の一里塚。一里=約3.93kmとして、日本橋をスタートしてから19.653kmということになります。 右:鶴見川を渡ったところにある鶴見橋関門跡の碑。1859(安政6)年の横浜港開港に伴って、攘夷派浪士などの外国人襲撃を取り締まるために作られた関門の旧跡です。 国道駅を過ぎたあたりからやたらに魚屋が多くなり、潮の香りというか、魚の匂いが濃くなります。このあたりの街道筋は生麦魚河岸通りと呼ばれ、80軒ほどの魚屋が並んでいます。現在では海岸線からは少し離れているし、鶴見=工業地帯というイメージだったのでちょっと驚きました。 生麦事件の碑。生麦事件とは、1862(文久2)年、薩摩の島津久光の行列に乱入した騎馬のイギリス人一行が、供回りの藩士に殺傷され、薩英戦争のきっかけになった事件です。道路の拡張のためか、キリンビール工場の拡張のためか分かりませんが、碑が移転中で、新しい場所には碑だけがぽつんと建ち、古い場所には塚と案内板があるのに碑がないという中途半端な状態でした。ちなみに、キリンビールの前身ジャパン・ブルワリー社は1885(明治18)年に横浜山手で設立され、1907(明治40)年に麒麟麦酒株式会社となり、関東大震災後に山手から鶴見に移転してきました。横浜は日本のビール発祥の地なんですね。 生麦事件の碑を過ぎると旧道は国道15号と合流、再び排気ガスと騒音の中を歩くという苦行が始まります。 本日のゴールである京急神奈川新町駅に到着。駅前の神奈川通り東公園は、長延寺というお寺の跡で、かつては土居があり、神奈川宿の入り口だったようです。また、開港時にはオランダ領事館とされたそうです。 神奈川通り東公園に着いたのは15時55分。川崎宿〜神奈川宿9.7kmを1時間55分で歩きました。万歩計12,105歩です。寄り道が少なかったからか、予想より早く着きました。三条大橋まであと464.8km。 |
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