信じがたいことだが


 実に信じがたいことだが、日本聖公会京都教区は、あの性
的虐待事案に関する被害者側の代理人を刑事告発したと天狗
氏から電話があった。自分としては、あの問題は既に決着が
付けられていると思っていたのだが、とんでもないことになっ
ているいるようだ。そして、審判廷の上級審では軒並み申立
が却下され、あの性的虐待をし続けていたFH司祭だけが終
身停職になり、他の被申立人に関しては、日本聖公会京都教
区自身が出した報告書を根拠に、申立を棄却したという。

 審判廷の上級審を管区小審判廷と言うそうだが、まともな
考え方が何故出来なかったのだろう。被申立人の側の出した
「報告書」を根拠にするということ自体、信じがたい事なの
だが、それが事実であるとすればあまりにもおかしなことだ
ろう。その「報告書」に記されている内容を一つ一つ検証し
て、その「報告書」に証拠能力があるかどうかを確かめなけ
れば、審判そのものの重みがまったくないばかりか、申立人
の主張を退けることすら出来ないはずだ。刑事事件の被告の
日記をそのまま信用して、被告の日記にこの日は遠く離れた
ところにいたと記されているから、この犯罪を犯しようがな
いと判断するようなものだ。

 本当に離れていたところにいたかどうかを確かめるのが小
審判廷に課せられた当然の義務なのだが、あの審判を読む範
囲では、あの「報告書」の検証を緻密にしたと考えることは
到底出来ない。それとも、管区の小審判廷は、はじめに結論
を設定して、FH司祭一人を血祭りに上げて事態を収拾しよ
うとしたのだろうか。そして、この次に申立が行われるであ
ろう、京都教区主教に対する審判を避けるために、あの刑事
告発が為されたのだろうか。聞くところでは、あの殴打事件
の最初の通報者は京都教区主教だという。被害者が警察に被
害を届け出た時には既に、警察はそのことを知っていたと聞
いた。

 実に不可思議な話だ。京都教区主教は現場にいたわけでは
ないという。だから、その時のことを見たわけでもない。に
もかかわらず、京都教区主教はあらかじめ所管の警察署に電
話で通報していたという。現場にいなかった人間が何故、被
害者が警察に被害届を出す前に、予め警察に電話したのか。
そして、TERA氏や新撰組の面々がブログに記しているが、検
察側の証人の証言には極めて不思議な内容が含まれている。
ことに、「目の左の方で見た」というところだが、証人が高
速で移動していたとすれば、動体視力の関係から、左側で何
が起こっているか見分けが付きにくい。しかし、静止してい
る状態で、被害者も静止し、加害者も静止している状態で振
り上げられた鞄が見えなかったということがあり得るだろう
か。証人と被害者と加害者の位置関係と相互の距離を考えれ
ば、あの証言にはかなり無理があるように思える。

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