知泉

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クレタ島のミノス宮殿

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★クレタ島のミノス宮殿(The Minos Palace at Crete Is.)

エジプトとギリシアの中間、地中海とエーゲ海の出会う所のクレタ島。3000〜4000年前に造られたと言われる、縦170m、横180mの大宮殿。ミノス王の妃パーシファエの色欲を満たすため牡牛と交わった結果、生まれてきた頭は牛、体は人間というミノタウロスが住んでいたという。ミノス王は大工のダイダロスに命じて、入ったら二度と出られない迷宮(ラビリンス)を作らせ、そこにミノタウロスを閉じ込めたという。そこは迷宮と呼ばれるようにいくつもの部屋や倉庫が上下左右に配置されている。
20世紀初頭、イギリス人考古学者のエヴァンスが、クレタ文明の中心地クノッソスで発掘を行った際、無数の部屋が配置された宮殿を発見した。彼はこの宮殿こそが、ミノタウロスを閉じ込めたラビリンスに違いないと確信した。



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★カンボジアのアンコールワット(Angkor Wat in Cambodia)

アンコール・ワットは東南アジアで最大級の石造伽藍(がらん)であり、世界で屈指の大寺院である。
カンボジアのトンレサップ湖の北にある石像寺院で、西暦802年にクメール人によるアンコール王朝がおこり、この地には歴代の王により街や寺院が築かれました。その中で西暦1113年にスールヤヴァルマン2世によって手がけられたのがアンコールワットです。クメールの人々は、アンコールの地に初めて寺院と都城を造営して、300数十年あまり後にアンコール・ワットを造り上げその間、宇宙観の深化と成熟、宗教都市計画の発展、建築技術の開発と進展、建築装飾の開花と建築様式の発展など、さまざまな試行錯誤を経て、その後にアンコール・ワットの建立が実現したのである。そこには当時の人々の魂の救済の願いがこめられているといっていいだろう。
単一遺跡としては世界最大のきぼであり、インドの叙事詩のラーマーヤナ、マハーバーラタを主題にした沢山のレリーフがありインドのタージ・マハールに匹敵する。


藤田さんの旅行記
http://www.geocities.com/hide_fujita/index.html
ここに体験談が載っています。
http://www.geocities.com/fujita_hideaki/Cambodia/Cambo1.html
このお方は、観光した国の数がすごいね。 趣味が旅行らしいけど半端じゃない。
何をしている人なんだろう!? 私もこういう生活がしたい。。。



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★イースター島のモアイ像(The MOAI in Easter Island)

南米のチリ海岸から西方3800kmに位置するイースター島は、幅11km、長さ22.5km、総面積72.4平方km、人口は約2800人、海底火山の爆発によって生まれた島です。
1722年4月5日、イースターの日(復活祭)に発見された事により、この名がつきました。
この島以外にポリネシアのどこにも見られない鳥の崇拝や、未だ解読されていない謎の文字コハウ・ロンゴ・ロンゴ(流木に刻んだ言葉という意味)や、巨大な石の台座などなどがある神秘的な島ですが、これらのもの以上に、この小さな島で魅力的なのは、1722年にオランダ人に発見した約1000体近くの巨石像である『モアイ像』が今もじっと静かに空を見上げたたずんでいます。
高さは平均約4〜5m、重さ20t、最大のものは20mで90t近くもある容岩でできており頭上にプカオという、高さ1〜2mの円筒形の石の帽子みたいな物が被せられているのもあります。これは、髪型を模したもので、日本の髷みたいな物らしいです。この像は、8世紀頃から始まり17世紀に終焉を迎えたといわれる各部族の象徴で、今日でも多くの謎に包まれながら遠くの海を眺めるように立っている。



エジプトの王家の谷

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★エジプトの王家の谷(The Valley of the Kings)

王家の谷はカイロからナイル川沿いに南へ60kmにある,中−新王国時代の政治的中心地テーベ(現ルクソール)の西岸にあります。この地域はネクロポリス(死者の国)テーベと呼ばれ、貴人達の墓が800以上ある墓域を形成しています。そのなかで1922年にH.カーターらにより発見されたツタンカーメン王の墓で有名な王家の谷は、新王国時代の墓が60ほど集まっている場所で、トトメス3世、アメンヘテプ3世、ラムセス2世など有名な王の墓があります。


20代前半に観光したことがあるが、当時は何の知識も持っていない状態での見学で
ただただ圧倒されるばかりでした。 圧巻はツタンカーメンの入っていた棺でなんか異様な雰囲気が
漂っていた記憶があります。



ナスカの地上絵

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★ナスカの地上絵(The Lines of Nazca)

ペルーのナスカ高原にある地上絵。
1938年、当地の古代の用水路の調査をおこなっていたポール・コソックによって発見されました。
最初地上からの調査で疑問を感じた彼は、飛行機で上空を飛びそれが何なのか確認。この南北50キロの高原には地上からでは判別できない巨大な絵や図形が多数描かれていた。サル、リャマ、シャチ、魚、爬虫類、海鳥類などが描かれており、また数キロにも及ぶ巨大な直線や幾何学的な模様、螺旋模様なども描かれている。
ナスカの地上絵は、盆地の暗赤褐色の岩を特定の場所だけ幅1m〜2m、深さ20〜30cm程度取り除き、深層の酸化していない明るい色の岩石を露出させることによって「描かれて」いる。規模によっては、もっと広く深い「線」で構成されている。地上絵の線は、最初に線の中心から外側へ暗赤褐色の岩、砂、砂利を積み上げる、それから、線の中心部分に少し残った暗赤褐色の砂や砂利も取り除いて明瞭になるようにしたと推察される。
様々な図形を大規模に描き上げた方法としては、十分な大きさの原画を描き上げた上で適当な中心点を取り、そこを起点にして放射状に原画の各点を相似拡大する方法が採られた、という説が提唱されている。しかし、成層圏などの超高々度からでなければ見えない物もあるため、上記のような方法で本当に出来るのか?で論争になっている。

20世紀後半になってこれまで発見された地上絵を遥かに上回る規模の超巨大図形(スーパー図形)がアメリカ米航空宇宙局(NASA)が打ち上げた資源探査衛星・ランドットによって発見された。
ナスカ上空900kmから撮影された衛星写真は、なんと全長50kmに及ぶ。「矢印」模様の図形が写しだされていた。そして、まぎれもなく人口人工物であることを示す直線で形成されたこの「矢印」は、真南を示している。巨大な規模が桁外れだったおかげで、成層圏からでは確認できないものであった。
しかし、この図形に関しては、NASAからなんの見解も公表されてないし、現地調査も全くされていない。宇宙空間からでは確認できないスーパー図形やナスカの地上絵群の中でも、とりわけ目に付く滑走路を思わせる幾何図形から連想されるのは、どうしても飛行機やスペースシャトルといった飛行技術だが、それらを思わせる物は中南米から発見されている。


これらのことを考えるとどうしても今の人間以外の地球外生物、或いは古代地球人の存在を
否定できなくなってしまう。 どこかでひっそりと息づいていたりして。。。



◇一覧に戻る http://blogs.yahoo.co.jp/tori1998/4125994.html

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