老人ブログ80

先日、日経新聞電子版を朝早く読むことを覚えました。人様には興味を引くような記事になりませんが、できるだけ続けたいと思います。

「英国滞在記」

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今朝の新聞を見ると、意外なことに住み良いイギリスから10人に1人近くの人々が海外へ移住しているそうだ。

我々から見ると「イギリスの田園生活」はあこがれの的であるが、ゆとりのない競争社会・寒くて暗い気候、高い生活費などの理由により、オーストラリア・スペイン・フランス・ニュージーランド・アメリカ・カナダなどへ移住する人が約1割もいるそうだ。

もっとも彼らにしてみれば、殆ど「英語圏の国々」で、我々が北海道へ引っ越すぐらいの気安さかも知れないが・・・。

それと最近のポンド高で、一時、日本の円高時代にロングステイが流行った時のような感覚かも知れない。

私たちが滞在した2000年の頃はまだ1ポンド170円位で、物価はざっと日本の半分ぐらいの感覚だったが、240円の今はそうはいかないだろう。

今日の記事を見て、少々蒸し暑いが日本が一番住み易い国だと改めて感じた。
欲を言えば、イギリスみたいに高速道路が無料になってくれれば最高だが・・・。

ついでに消費税は外国並みに思い切って上げて、その代わりに高齢者福祉などをもっと充実してくれる方が良いと思うが・・・。


63.4kg  9101歩  6783歩  6570  31

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「英国滞在記」最終回   1/21
    
写真説明1
ホース・ガーズの衛兵交替式。厳めしいがやはり観光客向け。

写真説明2
広々としたハイドパークを歩く。

イーストボーン(その2)
 最終日3月2日は、5台のバスがそれぞれ帰路につくのだが、往路と同じバスは出発地ラフバラに直行してしまうので、特別にロンドン方面に帰るバスに乗せてもらった。
 このバスのドライバーが、またなんとも愉快なおばさんで、言葉はぜんぜん分からないが、しょっちゅう大声でゲラゲラ笑いなから運転し、気持ち良くわれわれをホテルの前に届けてくれた。運転を商売にしていても、やっぱり女は地図に弱いらしく、男の乗客にホテルの位置を確かめながら走るのだが、私も地図を見ていつホテルに着くのか、やきもきしていた。
 イーストボーンはロンドンの真南なので、環状道路M25には乗らず真っ直ぐ都心に入るかと思っていたらM25に乗り左回りを始めた。ロンドン都心からはいくつも放射道路があり、いつこれに入るかと思っていると、とうとうロンドンから真西のヒースロー空港に通じるM4も通過してしまい、やっと次のA40に降りて都心に向かい始めた。
 たしかに地図で見るとホテルはA40の終点付近にあるのだが、高速を降りてからも大分市内を大回りし、わざわざ私たち5人のために、大変な遠回りをしてくれたようで、ドライバーはもちろん他の乗客にも大変な迷惑をかけてしまったようだった。
 さて、私たちの旅行の最後のホテルは「ロンドンヒルトンメトロポール」という四つ星のアメリカンスタイルの中級ホテルだったが、今回の旅行で泊まったロンドンの4か所のホテルの中では一番良かった。ヒルトンというブランドを信用したわけだが、実はロンドンには同じヒルトン何々というホテルが数箇所あり、このホテルはその中でも大衆的なクラスのものだった。ご承知のようにロンドンには大小・上下、さまざまなホテルが数多くあり、その選別に苦労するが、やはりそれぞれが値段相応で、あとは季節割引をうまく利用したり、できるだけ多くの資料を集めて比較・選定するのが月並みだがベターな方法だと思う。
 とにかく、私たちにとっては、海外旅行最後のディナーなので、ホテル最上階のレストランでロンドンの夜景を楽しみながら摂った。しかし夜景は東京や横浜に比べると、ややさびしい感じだった。
 いよいよイギリス滞在最終日、準備万端整えて、大きな重いトランクやリュックなど、目いっぱいの荷物を携えてチェックアウトをする。
 ロビーで待ちくたびれている間に、優ちゃんがイーストリークと同じ感覚で、ホテルの回転ドアーを押して玄関にでてしまう。こちらはこれから帰国という間際に、さらわれたら一大事と、厳しく叱りつける。こちらも緊張のあまり、少しオーバーな騒ぎをしてホテルを出発した。
 まず、近くのパディントン駅でチェックインを済ませ、少し身軽になってまだ行ってなかった「ハロッズ百貨店」の見物に行く、玄関を入ると、我々と同じような風体の人たちがぞろぞろといて、厳めしい門衛に「リュックは背負わず手に下げて歩け」と命令される。
 格式を重んじるイギリス一番のデパートに我々みたいなやじうまは、内心迷惑なのかも知れないが、こっちもあまり気分は良くなかった。
 午後6時の離陸までたっぶりと時間があるので、「科学博物館」を見学することにした。館内にはたくさんの貴重な資料が展示されていたが、子どもたちには難しく、ほとんど素通りして4階に上がったら、そこは航空関係の展示場で、大きな宇宙船のようなカプセルが激しく上下左右に動いていた。この遊園地風の乗り物に子どもたちは、すっかり喜んで小一時間を過ごし、出発前の余分な時間をこなしてしまった。
 
あとは特に変わったことはなかったが、出国審査を終わって待合ロビーで話しかけてきた日本人観光客のロンドンについての印象が少し気にかかった。
 その中年婦人は、数日の英国ツアーに来たらしく「ロンドンは汚くて、つまらなかった」といっていたが、忙しい日程では、きっと「ハイドパーク」あたりをゆっくりと散歩する時間も、ましてやあのすばらしい田園風景など見る暇も、無かったのだろう。せっかく何十万円もかけて旅行するのだから、ただ漫然とツアーに乗っかるのではなく、もっと事前準備をしてから出かけた方が良いのにと人ごとながら思った。


究 極 の 観 光
 ここまで、延べ8か月にわたる滞英記録を逐一まとまりもなく、書いてしまったが、本人はそのときどきの模様を思い浮かべながら書いているので、結構楽しい。しかし、前後左右の分からない皆さんには、あまり面白くないかも知れない。
 しかし、そろそろ結論らしいものをまとめなければならなくなった。
 今から三十数年も前、私が観光課に勤務していたころ、当時の課長さんが「観光とは邦の光を観ることである。」と言われたことがある。
 この言葉をもっと広義に平たく言えば、「観光あるいは、日常の生活を一時離れて旅行をすることは、まだ知らない土地を訪ねて、美しい景色や、人々の生き様を見聞きし、自分の普段の生活と照らし合わせて、その後の生活の糧にする。」ことではないかと思う。
 昨今海外旅行も大変容易になったとはいえ、地球の裏側の先進国に一年間も滞在できるとは、つい最近まで夢にも思わなかったことである。
 それが実現したのだから、正に私にとっては「究極の観光」である。
 真冬でも青々とした野山、何百年も前のたたずまいを、きちんと遺している町々、それに加えて、あせらず、迷わず、自信をもって明るく楽しく生きる人々・・・今、私の心には数々のなつかしい思い出が渾然一体となって残っている。
 同時に、かの国に比べてわが国の良いところも、外から見るとたくさんあることに、気付いたのも事実である。
よわい70代の半ばに達した私にとって、いまさらどうということでもないが、思いがけず私の考えていた「究極の観光」が実現したことに満足して、これからの余生を、自信を持って、明るく、健康に過ごしたいと思う。

63.8 1300歩  3063  10

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その18   1/20
写真説明1
住みなれた? イーストリークとも、いよいよお別れ。
写真説明2
最後のツアーとなったイーストボーンのホテル。
写真説明3
白亜の絶壁にあと1メートル! 柵も注意標識も無し。身を護るのは「自己責任」!


撤収作戦
 年が明けて、滞在期間も二ヶ月を切ると、引越しのこと、送れない家具などの処分のことなど、さっそく手配をしなければならなくなった。
 まずロンドンからも相当離れているので、引越し荷物の梱包を業者に頼むと費用もかさむと思い、あらかじめ全て規格のダンボールに梱包し、番号を付けて引越し当日トラックに積み込むだけの作業にしてもらった。
 その結果、個数は来る時とほぼ同じ50個近くとなったが、費用は半分以下で納まった。もっとも、これは船便の話で、当座必要なものを郵便小包で発送したところ、数が引越し間際にだんだん増えて、結局これに船便と同じくらいの運賃がかかってしまった。
 一方、ベッドやソファー、イス・テーブルなどの家具類や、電圧が違うので日本では使えない「電気製品」などは細かいリストを作って、お世話になった方々にご希望に応じて配ったところ、物を大切にするお国柄からか、皆さんに喜んで、全て引き取っていただけた。
 ただ、特に「車」は高価で面倒な手続きもあり、またまた最後までキャスさんのお世話になってしまった。結局、帰国までに処分は間に合わなかったが、この他、借家の返却・未払い金、未収金等の始末等、限られた時間ではとうてい出来ない諸々のことを、全てスムースに処理していただき、本当にありがたいことだった。

最後のツアー(その1)
 帰国予定日は3月3日、借家は2月いっぱいの契約で、引越し荷物もその前に発送してしまうので、帰国直前の数日をまた例の「バスツアー」で過ごすこととした。
 それに帰国前日はロンドンに泊まれば安心だ、ということで、ロンドンになるべく近い所を選んだ。日本からの観光コースに必ず入っている「コッツウオルズ」にはまだ行ってなかったのでぜひ見たいと思い、申し込んだところ、季節はずれでお客が集まらす、キャンセルとなってしまった。
 その代わりに、ロンドン南方の海岸保養地「イーストボーン」なら行けるというので、2月26日から4泊5日のツアーを申し込んだ。こちらも、もちろん季節はずれであるが、旅行会社の大きな直営ホテルがあり、なにかというと、ここへお客を集めてしまう寸法だ。
 結局、集まったのはバス5台で、お客は定員の約半分ぐらいだった。
季節はずれなので、我々のような変り種のほかは、ぜんぶ爺さん婆さんばかりだ。料金もシーズンの半額、約150ポンドで、一応のホテルでフルコースの夕食も付くのだから、老人が家でゴロゴロしているより、かっこうの気晴らしになるようだ。
 ロンドン南部は、地図で見ても北部より大分緑地が多く、気温もいくらか高いので、保養地としても人気が高いようだ。
 イーストボーンも海岸沿いに大きなホテルが立ち並び、街もりっぱな都市のたたずまいを見せ、かなりにぎやかで、夏の混雑が想像される。
 中二日は、それぞれ付近の目ぼしい所を案内してくれたが、数百年もほとんどそのままの姿で残している「名も知れぬ小さな部落」が特に印象的だった。本物の薪が燃える暖炉を背にして、お茶をすすったり、柵もなにもない断崖絶壁の端に恐る恐る近づいて写真を撮ったり、けっこう楽しい思い出を残した。

63.4 6500歩  3053  95

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その17   1/19   
写真説明1
やっと昼食にありつけるかと思ったパブ。
トイレを借りただけだった。
写真説明2
パブの隣のケム河畔で真冬のピクニック。
写真説明3
ホーキンズ博士も学んだといわれるカレッジ。


ケンブリッジ
 2月18日、キャスさんご夫妻がケンブリッジを案内して下さることとなった。
 最初は、家の車と2台で行くつもりでいたが、少し遠距離でおぼつかないと思われたのか、ご夫妻がそれぞれご自身の車にわれわれ5人を分乗させてくださることになった。
 朝9時すぎ、なかなか晴れぬ濃い霧の中を出発。すぐにM1の24番ジャンクションに入り、ロンドン方向に約50Km南下し、19番ジャンクションでA14に乗り換えて、さらに東方へ約100Km進むとやがてケンブリッジの標識が現れた。
 キャスさんの話で、先に彼の娘さんの住いに寄るということで、さらに2〜30Km進むと、総面積3,000エーカー(約367万坪)もあるという広大な農場の一角に借りた小じんまりしたスイートホームに案内していただいた。
 少し余談になるが、イギリスの農業規模は日本と全く異なり、いわゆる農業地帯に日本のような農家が複数集まって、集落を作っている姿は少なくともこの地方では全く見かけなかった。
 渡英直後、この広大な農牧地に目を見張ったが、季節のせいか実際に農作業をしている姿はほとんど見かけなかったし、私たちの集落の中にも肝心な農家らしき家を見かけなかった。そこで、5万分の1の地形図をよく見ると、所々に「何々Fm」というマークがあるので、行ってみるとそこがいわゆる大規模農場であった。そこには、母屋のほか何棟もの倉庫や作業小屋が並び、トラックターをはじめ多数の作業車両等が集積していた。そこでは当然多数の季節作業員も必要であろうし、日本の農業とは全く違う形であることを、あらためて知ることができた。
 そして、たとえ機械で作業をするといっても、広大な農地を耕作することは、大変なことだろうし、また最近の狂牛病や口蹄疫問題などが起きた場合は、その経営規模が大きいだけ、その被害の規模も多大となり、すぐに農業だけの問題にとどまらず、国民全体の生活に波及するのではないかと思い、他国のことながら心配である。
 さて、話をもとに戻すが、キャスさんの娘さんカップルは、ここでこの大規模農場の仕事に従事しているのではなく、それぞれここから何十キロも離れた職場に車で通勤しているそうである。
 付近にはこの農場のほか何もない全く不便なところで、若い二人が全く新しい生活を築くということは、ちょっと日本の都会では考えられないユニークさ・新鮮さのようなものを感じた。
 その後私たちは、このお二人の案内で、付近の古い「風車小屋」を見せてもらったり、ケム川のほとりでピニックをしたりしてから、ケンブリッジ大学の町を案内していただいた。お昼の時間も大分過ぎ、どこで昼食をするのかと思っていたら、とある「バブ」の駐車場に車を止めトイレを借りて、さて食事かと思ったら、トランクから荷物やら、椅子などを取り出し、脇の河原に運びピクニックとなった。風は無かったが、日差しもおぼつかなく、気温は10度以下で最初は少しがっかりしたが、広い緑の芝生の中でのピクニックは、かけがえのない思い出となった。
 大学はかのケム川のほとりに展開しており、その名のとおり、いくつかの橋によってつながれている。川幅は思ったより狭かったが、街全体が大きな公園のようで、その中にキャンバスが散在しているという感じである。なかには有名な物理学者「ホーキンズ博士」が勉強したという「カレッジ」も教えていただいた。
 滞在も一年近くなり、特に新発見をしたわけではないが、道端の林の中には、あちこちにかわいいクロッカスが芽を出すなど、あらためてイギリスの田園風景の美しさに感激した次第である。

63.4 9300歩  2958  101

英語留学

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「英国滞在記」その16   1/18

サウス ノッテンガム カレッジ
1月29日(月曜日)、超快晴。
めずらしく今日は一日中雲一つ無い超快晴、しかも全く無風だ。
しかし、発電所とジムサム(石膏)工場の煙は相変わらず遠慮なくもくもくと上がり、その一角には厚い雲が棚引いている。最初の内はなんとなく無気味で、公害も気になったが、今日のようなすばらしい晴天の日にはそこだけが目立つだけで、それ程気にならなくなった。後日、ツアーなどでノッテンガム周辺の同じような大都市の付近を通った時には、大抵同じようなスリーマイル島原発型の不気味な煙突の林立する発電所を見かけた。
さて、8時5分、ようやく夜が明けて、まだ真っ白な霧が立ち込める中を英会話の勉強に出かける。滑らないように注意しながらバス停まで下りる途中、行き交う人との「グットモーニング」もやっと板についてきた。
好天のせいか、定刻より二三分早くきたバスに乗り、ようやく上がり始めた太陽を背に、霜で化粧した田園を走る気持ちは、なんとも印象的だ。
こちらのバスはまことにのどかで、運転手も乗客も、乗る時も降りる時も「サンキュウ」と、ていねいに挨拶をかわし、時には運転中も脇に立った乗客と何やら話し込んでしまい、日本の様に「口をきくと損だ」というような顔をした運転手はあまり見かけない。(人や車の輻輳する日本の都会で、同じことを求めても無理だが。)
さて、前段が長くなってしまったが、英会話の勉強は、9月の新学期から始まり、しかも10、11月は帰国していたので、まだ、やっと10週目ぐらいで、ほとんど進歩していない。
カレッジには、多数の講座があり、千人単位の生徒がいるようだが、我々のように留学生ということではないが、初歩の英語を習う人々も百人近くいるようだ。
暮に、持ち寄りでクリスマスパーテーがあったが、日本人も10人ぐらいはいた。主に駐在員の奥さん方で、私のような老人は例外で、さっそく、「80近い物好きな老人がいるわよ」とうわさが立ったようだ。
クラスは、そのグレードによって幾つかに分かれ、我々のような超初級クラスは、20人くらいだ。結局このクラスの日本人は3人、あとは香港から2人、ブラジル1人、イラン2人、インド数人、その他よく分からないがボスニヤあたりの人もいる。
授業は、ごく初歩的でネイテブと会話をするという程の段階ではないが、始めて大きな声を出して発音することもできて、たとえ週6時間でも、じかにイギリス人の声を聞き、返事もすることは、場慣れをするという意味でもほんの少しはプラスにはなっているようだ。
それに、向こうの先生は生徒をおだてて自信を持たせようとして、「グッド」とか「ウエルダン」さらに「ブリリアント」などと、実に大げさな誉め方をするので、こちらもついその気になってしまう。
また、月曜の午前中の2時間は「ワークショップ」といって、その人が特に興味を持っている事を個人的に指導してくれるので、けっこう楽しい。帰国も近くなって、お別れのあいさつをしなければならなくなったが、自信もないので、ワープロでつたない手紙を書き、先生に添削をしていただいた。「もうお会いできませんが、Eメールでお会いしましょう。」と書いたら、先生が「Eメール送ります。」と言ってくれたが、未だに届いていない。
授業料は、一学期わずか80ポンド、もし去年の3月に来た時から習っていたら、少しはましな進歩があったかも知れない。

お別れ会食
1月31日(水曜日)、すっかりお世話になったお礼を兼ねて、キャスさんご夫妻を日本料理店にお招きした。
ノッテンガムのシテイセンターから少し外れた所にある小さなお店だが味は良く、ご夫妻も上手な箸さばきで、日本の味を賞味していただいた。
普段ほとんどイギリス人のお話を直接聞く機会が無かったので、お許しを得て約二時間余りの会話をテープに録音させていただくことにした。
私も二三簡単な話題を基に、話し掛けてみるつもりだったが、準備不足のため会話の体にはならなかった。
また、娘と話しているのを聞いても、個々の単語がなんとか聞き取れても、なかなか文としては正しく聞けないので、まことにもどかしい思いをした。
背の立つ所で水泳を習ってもなかなか上手くならないように、英語も背の立たない所・・つまり日本人の居ない環境で苦しまなければ進歩はないのかも知れない。
ここまで、英国滞在約8か月、旅行に、生活に、そしてドライブなども、娘の通訳のおかげで、何のトラブルもなくエンジョイしてきたが、その代わりに差し迫った必要もなく英語習得を怠ってしまった次第である。もし、少しでも会話らしいものが話せれば、海外旅行もこの何倍か楽しいものになるだろうと、あらためて痛感する次第である。

63.8 1500歩  2857  9

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