老人ブログ80

先日、日経新聞電子版を朝早く読むことを覚えました。人様には興味を引くような記事になりませんが、できるだけ続けたいと思います。

わが人生の歌語り

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今日は五木さん家族4人がようやく仁川から引き揚げ船に乗れて博多の港に着くまでの船中のお話だ.
やっと博多港に着いても検疫のため何日も港外で待たされ、その間にはさまざまな人間模様を見せつけられた。
大人たちは、ようやく帰国できた喜びに沸き立っていたが、朝鮮の土地に育ち、日本のことを知らない五木少年にとっては、若干の不安もあった。
船上では毎晩のように演芸会が開かれ、船員さんたちの新しい日本の歌やタップダンスなど、五木さんにとってまったく新しい刺激を受けた。
その時の歌は何故か昭和10年前後のものが多かった。(支那事変の始まる直前)
「青い背広で」・「男の純情」・「並木の歌」・「リンゴの唄」

今日のお話は「ラジオ深夜便」2006年5月号に掲載されている。

なお、第11回から15回までの再放送は来年1月10日からである。


63.0kg  6255歩(重慶飯店) 0歩  34061 35/2

明日はKPGのため忙しいので、続きを記載した。
なお、この放送の詳細は「ラジオ深夜便」2006年4月号に掲載されている。

以下再録

歌語り三日目
2006/8/8(火) 午後 0:27
今朝は、難民生活二年後、やっと朝鮮を脱出するまでの苦難のお話・・・。
平壌では北からの難民が続々と集まる中、ここで足止めをくらい。他の地域のような計画的な引き揚げ事業が開始される気配は無かった。そんな中、ぼつぼつつと非合法な脱出を試みる人も出たり、また脱出を援助するブローカーもいて、五木家族も一度はだまされてしまった。
そのうちに、帰国後返済するという条件で金を貸し、南北境界線の近くまで送ってくれる、という話が出て、思い切って脱出を決行することとなった。
深夜、ソ連軍のトラックに乗せられ、何箇所もの検問所をなけなしの物をはたいて通過し、境界線の近くで下ろされ、見つからないように草むらを這いずって川岸までたどりつき、そこからは一気に川を渡り、南側のキャンプに逃げ込んだ。
ここからは、普通なら鉄道で釜山に行き、船で日本に渡れるはずだったが、あいにく鉄道のストライキに遭い、長いこと待たされ、その内に米軍のトラックで仁川に運ばれ、そこからやっと軍用貨物船で朝鮮を離れることが出来た。この時は、不思議なことに安堵の気持より、長年育った土地を離れる寂しさの方が強かった。(後で考えれば、この時こそ幸運の瞬間だったのだが、その時は先のことは全くわからず、その時、その時の感情だけが高ぶったのではないか。私なども当時は、先のことなど全く分からずその日その日を過ごしていたのだから・・・。)
そんな時、人々は苦難を忘れ、なんとか生きる力を求めて、戦前の平和な時代の歌が大流行した。
たとえば「野崎小唄」・「小さな喫茶店」・「大江戸出世小唄」等・・・、いずれも歌を聴くと懐かしく思い出されるが、私などは戦前の歌で子ども心にはっきり覚えているのは、平和の情緒溢れる「東京音頭」ぐらいである。
今日のお話は、五木さんの運命の最大の岐路・・・、一歩間違えれば今日の五木さんのお話は聴けなかったであろう、と思うと感無量である。

62.8  2  824  3

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以上再録

今日の放送は2005/11/27に放送されたもので、2006/8/7に再放送され、以下のとおり記録されていたので再録する。
なお、「ラジオ深夜便」2006年3月号に詳細が記載されていた。

以下再録

歌語り二日目
2006/8/7(月) 午前 10:34
官舎を追われ、知人の伝を頼ってなんとか銭湯の二階に落ち着いたのもつかの間、五日目頃にとうとうお母さんが亡くなってしまった。お父さんは余りにも大きな環境の変化に茫然自失し、夢遊病者のようになり、全く頼りにならなくなってしまったので、五木少年は年少の弟と妹をかかえ、かえって奮起し、その日の糧を求めて大人たちにまじって働きに出た。働き口は、ロシア軍の宿舎で、飲めないタバコなども吸い懸命に働いて、帰りには大きな黒パンなどももらってきた。
こんな中で最も意外に感じたことは、ソ連兵の歌である。粗暴なソ連兵の印象とは打って変わって、個人的には、優しい素朴な歌をよく歌っていた。そして少年には初めて聴く、ロシア民謡の三部合唱・・・、天使のように美しい和音・・・、なんでこんな美しい音色が聴けるのか、荒々しいソ連兵の姿に照らして、なんとも言えない矛盾を感じた。(その時のものではないが、ロシア民謡「仕事の歌」が披露された。)
当時、平壌は既に北からのソ連勢力と南からのアメリカ勢力の狭間にあり、特に満蒙からの引揚げ者の帰国は困難を極めていた。やっと小さな子どもを連れて平壌までたどり着いたものの、泣く泣く子どもを手放さなければならなかつた母親が何人いるか、その時、孤児となった子どもたちが何千人いるか何万人いるか分からない。彼らにとっては、この時「戦争が終わった」のではなく、この時から「戦争が始まった」と言えるのではないか。
こんなときに歌われたのは、悲しい歌・・・「雨に咲く花」。昭和9年の作曲だが、青江美奈の歌声がなつかしい。

63.4  1  821  5

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以上再録


63.2kg  2435歩 0歩  34026 20  血圧 122-62 血糖値 異常なし(月例健診)

今日は昭和20年8月15日の終戦放送を聞いてから、その一ヶ月後にソ連軍が侵入し、家を追われ一家が難民となった、五木さんの人生で最も屈辱的な日々のお話だった。
思い出すのも辛い日々で、はっきりと記憶に無かったが、やっと最近になってぼつぼつと記憶が甦ってきた。
放送を聞いても少年の五木さんには何のことだか良く分からず、神州不滅を信じていたお父さんは茫然自失の状態で、朝鮮の人の態度も一変してしまった。
一部の上層部の人たちはこのことを予知し、直前に家財道具をまとめて平壌駅から南下してしまい、頼りとする日本兵も何処かへ消えてしまって、街は学生などが組織した保安隊の支配下となってしまった。
やがて9月15日にソ連軍が進駐し、数名の兵士が官舎にもやって来て、お父さんと五木さんに自動小銃を突きつけ、病弱なお母さんを庭に投げ出し、略奪の限りを尽くして行った。
この時、お母さんの身を守れなかったことは、お父さんにとっても、五木さんにとっても、一生の屈辱として残ってしまった。
事件については、翌日、ソ連軍の将校が一応謝りに来たが、同時に家の接収を告げられてしまった。
翌日、リヤカーに病気のお母さんを乗せ、妹さんと共に当ても無く、町なかの満州からの難民が大勢いる所へ向かって行った。
ということで、今回は歌どころではないが、当時人々が細々と口ずさんでいた戦前の歌二曲が紹介された。
「サーカスの歌」・「赤城の子守唄」。


63.4kg  1764歩 0歩  34006 21

今日は五木さんが小学校高学年から中学校入学の年まで、正確に言うと昭和17年から昭和20年までのお話だ。
当時、五木さんは平壌におられ、当時の内地の子供たちと同じ様に,九七式戦闘機からゼロ戦、隼,鐘き、飛燕、さらにP51、P38、メッサーシュミットなど敵味方を問わず戦闘機の活躍に興奮し、今の様に受験勉強などはあまりしなかった。
お母さんは戦況の悪化を直に心配し、直接言葉にも表していたが、お父さんは心の奥にそれを感じていたものの、痛い所に触れられたという感じで、表面はお母さんの言葉を叱っていた。
世の中は専ら戦意高揚の歌が満ち溢れていたが、不思議なことに「湯島の白梅」(昭和17年)・「南国の夜」(昭和18年)・「月夜舟」(昭和19年)・「すずかぜの道」(昭和17年)などいわば裏街道を行く歌も決してすたれていなかった。(私などの耳に残ったのは恐らく戦後のことだと思う。)

激しい戦争の時代数年間(実際には15年戦争と言われているが、)を挟んで、戦前・戦中・戦後と「価値観360度転換」の時代に作詞・作曲家も一貫して考えを貫いた人もいれば、一方ではそれぞれの時代に合わせた人もいる。
正に、戦中5年間は戦後50年間にも増す厳しい時代であった。


63.2kg 1820歩 0歩  33985 79/5

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