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今日あらためて伺ったこと・・。
1.象嵌は素材としての青銅(銅と錫の合金)と、それを加工する銅より固い鉄(鉄と炭素の組み合わせ)、そしてそれを装飾する金や銀、その他様々な合金を使っている。
2.西洋で始まったのは五千年も前であるが、日本では比較的遅く、室町時代に武具に使われだし、江戸時代には調度品、明治に入ってからは博覧会に出品されたり、外人向けのお土産品などになっていた。
金沢では、加賀藩主の前田家の御細工所で加工が始まった。
第二次大戦の金属統制で、すっかり減ってしまい、その後もプラスチックやアルミに押され、中川さんが始めた昭和50年頃には、わずか2名だけになっていた。
3.その後、除々に増えてきているが、戦後、畳の部屋も減り、生活様式もすっかり変わってきているので、洋間とか事務所に飾るものなども考え、加工対象もジュエリーやワインオープナー、さらに大きな建築物などにも拡げている。
4.デザイン発想のヒントは、単に個展からだけでなく、あらゆる機会をとらえて集めている。
例えば、ビルの屋上から真下の自動車のフロントガラスを見て、意外なデザインを思いついたり、庭の草木やひ弱い山野草などからも、生きた自然の姿を汲み取ることが出来る。
山に登っても、雲の上に聳える山の形に新しいヒントを得たり、女の人のスカートの模様をじっと見つめたり、常に身の回りのものに注目している。
とにかく既成観念に捉われず、広く物事を見て、積極的な活動を進めるお姿に敬服した。
(以下再録)
象嵌に魅せられて〜加賀、日本、そして世界へ 2
2008/4/11(金) 午前 6:26ラジオ深夜便石川県
中川衛さんは、金沢美術工芸大学教授として、加賀象嵌の伝統的技法を守り、数々の優れた作品を制作されているが、二日目の今日は、このすばらしい伝統を守り、如何に後世へ受け継ぐべきか、その抱負をお話しになった。
金属象嵌の作品は古くからイスラム圏、特にトルコには多くあり、日本でも独特の技法のものが残っていたが次第に廃り、特に戦時中はごく一部の指定された人にしか残っていなかった。
ようやく最近、除々に復活してきたが、産業として発展するためには、多くの人々に受け入れられなければならない。
中川さんは、作品展の都度、来場者の趣向をつかみ、戦後の生活様式の変化、特に和室の減少なども考慮し、あらゆる場面から新しいデザインを考え、自然の草木なども細かく観察して、すばらしい作品を生み出している。
また、プロとして仕事に専念するには、先ず健康が第一で、風邪をきかないこと、目の過労を避けること、細かい作業をするためには、爪もきれいに揃えることまで心がけておられるそうである。
また、作業場の環境も大切で、常に集中して作業が出来るように整理整頓にも留意されている。
こうして優れた加賀象嵌の伝統的技法を守り、それをそのまま「伝承」するのではなく、常にその時代が求める新しいデザインなども取り入れて、「加賀象嵌」の発展を目指しておられる。
一方、後継者の育成はもちろん、近々アメリカにも渡り、各地で普及と後継者の育成にも当られるということで、中川さんの並々ならぬ熱意が伺われた。
(作品の写真は<中川衛氏の主要作品>を参照)
63.4kg 1037歩 0歩 15366 53
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(以上再録)
64.2kg 2912歩 0歩 17909 56
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