老人ブログ80

先日、日経新聞電子版を朝早く読むことを覚えました。人様には興味を引くような記事になりませんが、できるだけ続けたいと思います。

職人芸

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今日あらためて伺ったこと・・。

1.象嵌は素材としての青銅(銅と錫の合金)と、それを加工する銅より固い鉄(鉄と炭素の組み合わせ)、そしてそれを装飾する金や銀、その他様々な合金を使っている。

2.西洋で始まったのは五千年も前であるが、日本では比較的遅く、室町時代に武具に使われだし、江戸時代には調度品、明治に入ってからは博覧会に出品されたり、外人向けのお土産品などになっていた。
  金沢では、加賀藩主の前田家の御細工所で加工が始まった。

  第二次大戦の金属統制で、すっかり減ってしまい、その後もプラスチックやアルミに押され、中川さんが始めた昭和50年頃には、わずか2名だけになっていた。

3.その後、除々に増えてきているが、戦後、畳の部屋も減り、生活様式もすっかり変わってきているので、洋間とか事務所に飾るものなども考え、加工対象もジュエリーやワインオープナー、さらに大きな建築物などにも拡げている。

4.デザイン発想のヒントは、単に個展からだけでなく、あらゆる機会をとらえて集めている。
  例えば、ビルの屋上から真下の自動車のフロントガラスを見て、意外なデザインを思いついたり、庭の草木やひ弱い山野草などからも、生きた自然の姿を汲み取ることが出来る。
  山に登っても、雲の上に聳える山の形に新しいヒントを得たり、女の人のスカートの模様をじっと見つめたり、常に身の回りのものに注目している。


とにかく既成観念に捉われず、広く物事を見て、積極的な活動を進めるお姿に敬服した。


(以下再録)

象嵌に魅せられて〜加賀、日本、そして世界へ 2
2008/4/11(金) 午前 6:26ラジオ深夜便石川県

中川衛さんは、金沢美術工芸大学教授として、加賀象嵌の伝統的技法を守り、数々の優れた作品を制作されているが、二日目の今日は、このすばらしい伝統を守り、如何に後世へ受け継ぐべきか、その抱負をお話しになった。

金属象嵌の作品は古くからイスラム圏、特にトルコには多くあり、日本でも独特の技法のものが残っていたが次第に廃り、特に戦時中はごく一部の指定された人にしか残っていなかった。

ようやく最近、除々に復活してきたが、産業として発展するためには、多くの人々に受け入れられなければならない。

中川さんは、作品展の都度、来場者の趣向をつかみ、戦後の生活様式の変化、特に和室の減少なども考慮し、あらゆる場面から新しいデザインを考え、自然の草木なども細かく観察して、すばらしい作品を生み出している。

また、プロとして仕事に専念するには、先ず健康が第一で、風邪をきかないこと、目の過労を避けること、細かい作業をするためには、爪もきれいに揃えることまで心がけておられるそうである。

また、作業場の環境も大切で、常に集中して作業が出来るように整理整頓にも留意されている。

こうして優れた加賀象嵌の伝統的技法を守り、それをそのまま「伝承」するのではなく、常にその時代が求める新しいデザインなども取り入れて、「加賀象嵌」の発展を目指しておられる。

一方、後継者の育成はもちろん、近々アメリカにも渡り、各地で普及と後継者の育成にも当られるということで、中川さんの並々ならぬ熱意が伺われた。

(作品の写真は<中川衛氏の主要作品>を参照)


63.4kg  1037歩 0歩  15366 53

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(以上再録)


64.2kg  2912歩 0歩  17909 56

今朝は番組表によると、ネパールで長年農業指導をされた近藤亨さんのお話だったが、急に去る4月10日に放送された加賀象嵌作家の中川衛さんのアンコール放送に変ってしまった。

かすかに聴いた記憶はあったが、内容はすっかり忘れてしまっていた。

そこで、当日の記録を探すと、確かにちゃんと聴いていたようだ。

お話を聴いている内に、やっと思い出したが、やはり一度実物の作品を見たいものだ。


(以下再録)

象嵌に魅せられて〜加賀、日本、そして世界へ 1
2008/4/10(木) 午前 6:53ラジオ深夜便石川県

今朝と明日は表題により、加賀象嵌作家 中川衛さんのお話だ。

中川さんは昭和22年生まれ、現在は金沢美術工芸大学で加賀象嵌の制作に当られ、数々の優れた作品の制作により、「人間国宝」に指定されている。

「象嵌」と言うと、箱根の「寄木細工」を思い起こすが、今日の「加賀象嵌」とは全くかけ離れており、ぴんと来なかった。
そこでネットを調べたところ、「象=かたち」、「嵌=はめる」と言うことで、違った材料を色々と嵌め合わせて、かたち(象)を作ることだそうだ。
そこで、材料に「木」があり「金属」があり「陶器」もあるということで、全く関係の無いような作品が出来上がるということだ。

今日は、250本を超える専用の鑿により、金・銀・銅などをコンマ1ミリ単位で加工した花器について見学しながらのお話だったので、こちらもネットで作品の数々を検索して観た。


63.2kg  2397歩 0歩  15313 76/2

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(以上再録)


64.2kg 177歩 0歩  17843 43

今朝は表題により、鹿屋体育大学教授児玉光雄さんのお話だった。

私はいつもイチロー選手の天才的な職人芸を見てつくづく感心しているが、今朝は児玉先生がその訳を明確にお話しされた。

イチローの思考から抽出された成功を掴む力は次の三つである。

1.持続力 2.没頭力 3.執着力 

1.持続力:イチローは小学校3年の時から毎日毎日努力を積み重ね、15年たって始めて一流の選手になることが出来た。なにも特別なことをしたのではなく、結局は細かいことを積み上げることで初めて頂上に達することが出来た。それ以外には方法はない。

2.没頭力:彼は、スランプのときこそ絶好調のときと言っている。「5−3のときはおもしろくない。5−0のときがおもしろい」。ピンチの時こそ、どうしたらそれを改善できるか、その方法を考えることに没頭できる。また、そのことが楽しい。

3.執着力:彼は、「ドキドキする感じとか、ワクワクする感じとか、プレッシャーのかかる感じというのはたまらないですね、僕にとって。 これが勝負の世界にいる者の醍醐味ですから」と言っている。
プレッシャーがあるというのは大きな仕事をしようとしているからで。並の人はプレッシャーから逃げようとするが、一流の人はプレッシャーを楽しむことができる。

イチローは、右に打ち、左に打ち、内野ゴロでも一瞬の内に一塁を駆け抜ける。あの痛快さ・・・、は単なる職人芸ではないことを教えていただいた。


63.8kg  803歩  0歩  7426  45

今朝は「空気のような布を織る」と題して、染色家上原美智子さんのお話だった。
上原さんはこのたび、わずか3デニールという世界一細い絹糸を使って「空気のような軽い布」を織られたそうだが、今朝はここに至るまでの並外れた努力や、そこで得られた確固たる人生観についてうかがった。
上原さんは戦後の生まれだが、生家は沖縄の激戦地でお母さんは敵機の機銃掃射で足を切断されるなど、戦争の惨禍を経てこられた。
また、高校を終えて東京の大学に就学する頃はまだ「沖縄復帰」もならず、様々な苦衷を舐められた。
ちょうどその頃、東京の「日本民藝館」ですぐれた沖縄の民芸品にふれ、以来この道に傾倒することとなった。
その時、ご両親は反対だったが、11歳年上のお兄さん(金城哲夫さん)は賛成し、表題の「一本の糸に惚れること」との言葉を与え励ましてくださった。
上原さんが今回織った世界一薄い布はもちろん実用には耐えられない空気のように軽いはかないものだが、なにか底に強いものを持っている。
たまたまお母さんとお兄さんは同じ年に急死されて、はかない思いをしたが、お二人の人生は強い強い軌跡を遺されている。私たちはこの貴重な時間をいただいて生きているのだから、毎日を大切にして生きなければならない。
というお話だった。

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