老人ブログ80

先日、日経新聞電子版を朝早く読むことを覚えました。人様には興味を引くような記事になりませんが、できるだけ続けたいと思います。

福祉

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最後の職場の同窓会

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今から28年前に知り合った私の最後の職場の同窓が、その一人が主宰する絵画展を場として、今年も変わりなく集まることができた。

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6832歩  49595   245/8

今朝は川崎市などで大勢の知的障害者を雇用している日本理化学工業株式会社会長 大山泰弘さんのお話だった。
大山さんは50年も前から大勢の知的障害者の自立を助け、その工場は1975年に全国で始めて「心身障害者雇用モデル工場」の指定を受けた。
工場は川崎市と北海道にあり、チョークなど文房具を生産しており、現在の従業員74人の内、実に54人が障害者で、しかもその約半分はIQ50以下の重度心身障害者が働いている。
 
人間の究極の幸せは①愛されること ②人の役に立つこと ③褒められること ④人に必要とされることなどで、社会で自立した生活が送れることであるが、この工場ではなかなか普通に働けない人たちにも工程を工夫し、周りの人たちの援助により、最低賃金を稼げる程の作業をこなしている。
昼食も忘れる程のひたむきな働きぶりは、むしろ健常者より勝るとも劣らない熱心さである。
 
このすばらしい工場には見学者も絶えず、養護学校卒業者などから就職希望者も殺到しているが、就業には最低限次の4条件を満たしていることが求められている。
①自分の身辺処理が出来ること。
②問いかけに対して返事が出来ること。
③一生懸命に作業が出来ること。
④周りの人に迷惑をかけないこと。
 
もちろん製品は学者の指導も受けて、独自の良い製品を生産しており、彼らはひと月二十日働いて12万円程の賃金を得られるので、ひと月7万円程の経費のかかるグループホームに入って立派に自立した生活が送れるわけである。
 
最後にこうした障害者との共生が出来る秘訣は、「彼らが持っている隠れた能力をうまく引き出す工夫を重ねることである。」という言葉で結ばれた。
 
 
64.0kg 1380歩 0歩  35433 29/2
 
 

笑顔で働く喜びを 2

虹の家の利用者はみんな明るく、生き生きとしている。

今朝は,その姿を二つだけ・・・。


利用者は全員で「自治会」を組織している。

会長選挙を始めすべて自分たちで運営している。

その中の一つに「奉仕委員会」の街頭募金活動があり、地震災害者の援助募金や、赤十字募金活動にも参加している。

これらの活動には参加希望者が殺到しユーモアを交えて楽しく活動しているが、これらは単に困っている人を助けるということだけでなく、思いやりの心を育て、「自分たちも社会に参加している。」という「自覚」を持たせることに役立っている。


虹の家では「トロイカ方式」といって、企業と行政と施設の三者が一体となって「作業所」を運営している。

具体的には、地元のある大企業が町の提供した土地に「作業所」を作り、その運営に施設が参加するのである。

したがって、そこで働く障害者はその会社の社員となり、相応の給料も稼ぐこととなる。

このことにより、障害者は単に社会の支援を受けるばかりでなく、自分たちも社会の一員として自覚と自信を持ち、「共生」の社会を生き生きと生活することとなるのである。


(なお、この作業所は「クラレ作業所」で、ネットで詳細を見ることが出来た。)


65.2kg  10740歩 935歩 5.31km  23981 30

笑顔で働く喜びを 1

今朝と明日は表題により新潟県胎内市にある知的障害者授産施設「虹の家」園長 桐生清次さんのお話だ。

桐生さんは昭和8年のお生まれで、長年 中学校の特殊学級(今は特別支援学級)の先生を勤めてから、平成6年に定年退職と同時に上記の職に就かれた。

同施設には現在70人の利用者がおり、7台の送迎バスによって、それぞれの自宅から通所するほか、11名の利用者はグループホームから通所している。

作業は電器・自動車部品の組み立てを始め、陶芸・空き瓶の分別、農作業などなどいろいろで、作業の量に困ることはない。

そして、利用者はそれぞれ自分の選んだ作業に喜んで従事し、誰一人通所を嫌がる人はいない。

障害者は(この言葉は適切でないが。)、その態様、程度など各人さまざまであり、どんな重い人でも必ず何か出来ることがある。

皆、純真で素直であり、自分に合ったことであればどんな単調な作業でも喜んで従事する。

それには、本人に「何故その作業が必要なのか」を教えることも大切である。

たとえば「トランスの組立作業」をする場合に、電気の流れを発電所から端末まで見学させることもある。

また働く喜びを感じるため、たとえ少額でも、心を込めて給料を支給することも大切である。


どんな重い障害のある人でも、けっしてその人の人格を否定してはいけない。

むしろ、こういう人の方が純真で素直である。

本人の立場に立ち、思いやりの心を持って接しなければならない。

常に「人間の心は善」という前提で利用者を導かなければならない。


というお話だった。


64.6kg  1728歩 0歩  23954 53

今朝と明日は表題により、映画監督 山田 火砂子さんのお話だ。

山田さんは一昨年「天使のピアノ・石井筆子の生涯」という映画を制作されたが、今朝は、その石井筆子の生涯についてお話があった。

石井筆子は1861年(文久元年)幕末の志士 渡辺 清の長女として生まれ、東京女学校を卒業してからヨーロッパに留学し、津田梅子と共に華族女学校の教師となった。

「鹿鳴館の華」と言われる才女であったが、後に現 津田塾大学の前身 静修女学校の校長にもなり、女子教育に尽くした。

しかし、前夫との間に生まれた子に知的障害があり、たまたま石井享一が創設した滝乃川学園に預けていた縁から学園の仕事に専念することとなった。また、石井享一と再婚した。(前夫は1897年に35歳の若さで亡くなっていた。)

滝乃川学園はわが国最初の知的障害者福祉施設であるが、運営は資金的にも大変で、筆子自身も学園が火災に遭った時、重傷を負い車椅子の生活となってしまった。

そして、1937年(昭和12年)に夫 享一が亡くなってからは二代目の学園長となり、1944年(昭和19年)84歳で亡くなるまで、日本の「知的障害者福祉」にその生涯を捧げたわけである。

なお、映画の題名にある「天使のピアノ」は、筆子が結婚の時、両親から贈られたもので、今も学園に飾られている。


また一昨年は、前後して「無名の人」〜石井筆子の生涯〜 という映画が宮崎信恵の監督で発表され、にわかに筆子の生涯が知られるようになった。


64.2kg  340歩 0歩  21620 80/2  1-20 3-40  2h

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