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Nov.12. Tue. 香港
朝 9時、Kさんご夫妻がダットサンでホテルまで迎えにきてくださる。途中、ご親切に買い物の案内などをしていただき、飛行場まで送ってくださる。 東洋の飛行場はやたらにポーターが多く、便利なようで気が許せない。 初めて日航機に乗り、ほっとする。 お客も日本の観光団が多い。 香港では振興会のTさんの出迎えを受け一旦ホテルに落着いた後、夕刻の香港島を案内していただく。気温は大分下がってしのぎ易いが、とにかく人が多い。この小さなエリアに400万人もいるそうだ。 歩道の脇で子供が大きいのをしているなどとは、どうにもならない。 夜は久しぶりにうなぎを食べる。ここまで来ると食事にはまったく不自由がない。 ここから一飛び 4時間で帰れるとなると大変気楽だ。フータナホテルも大変感じが良い。
Nov.13. Wed. 台北へ
朝食後 振興会の事務所に行き所長に会う。この事務所の受け持ちはフィリッピンと台湾を含むそうで、既に出張されて、市場調査をされているそうだ。 Tさんの案内でオメガを買ったり、土産物を物色する。昼はホテルの食堂で済ませ、また飛行場まで送っていただく。飛行場にはそれこそ うじゃうじゃと日本の観光団がおり、今更ながら日本人観光客の団体 ・群衆心理にあきれる。免税品の買い入れも忙しい。 香港空港はなかなか立派な飛行場だ。さすがに世界のメインルートに在る飛行場らしく、空港ビルも立派で、旅客の誘導も要領を得ている。 今日も日航機で台北に向かう。台北は準戦時体制に在り、写真撮影は禁止されている。 空港に着くと通関前から S先生お出迎えの男女が付きまとい、ブランデー 3本も無事通関させてもらう。日本語も良く通じ、もう家に帰ったようなものだ。 ゲートを出ると G先生が出迎えてくれ、借り上げのタクシーでホテルへ案内してくださる。 本日から明日の出発まではいっさいG先生のご案内をいただけるとあって、ほんとうにありがたさを感じる。 小休止の後、午後 5時頃 G先生が現れ夜の台北市内をあちこちと案内してくださる。かねてうわさに伺っていた以上に親身のお世話をいただいた。 ホテルは 10室ぐらいのごく小さなものだが、建物は新しく、従業員は大変感じが良い。しかし生活水準の低さか、バスの大きさから石けんの質まで大分今までの所より質が落ちる。(ざっと四分の一ぐらい。) 夜は本場の中華料理と老酒を十分ご馳走になった後、東京の浅草のような感じの盛り場やお寺を案内していただいたり、大きなキャバレーにも連れていってもらった。
Nov. 14. Thu. 帰国
朝、ホテルの地階で朝食を摂っているともう Gさんが迎えにきてくださった。一緒に食事をした後、昨日と同じタクシーで まず陽明山に登った。 ここは市の中心部から北へ約 10kmぐらいの所で、途中、蒋総統のいる所を通り 大分登った所にゲートがあり、入場料を払った後、さらに少し行った所で車を降りた。 ここは、いわば台北の見晴し台のような所で、南東に面し、春は桜が美しいそうだ。公園は蒋総統の命令により良く整備されているが、駐車場で競って絵はがきを売る女はわびしい。
次に行った所は、国立故宮博物院で、ここも非常に立派な建物で、中には貴重な芸術品が多数飾られてあった。街中のごたごたした所に比べて、こういう施設は非常に立派に出来ている。 再び市中に帰り、Gさんの奥さんも交えて広東料理をご馳走になった。夫人はなかなか綺麗な人で、香港が出身らしく、時々香港へ行くそうだ。 台湾は今準戦時体制下にあり、街中にもあちこちに国威高揚の大きな看板があり、海外旅行も厳しい制限の下にあるそうだ。 従って観光旅行などは許可されず、旅券交付も三ヶ月ぐらいかかり、一族皆が調査されるそうだ。 午後は少し時間があったので、床屋に行くと、その間も近くで Gさんが待っていてくれ、それから土産品屋に案内していただいたり、観光協会で沢山資料をもらったりした後、飛行場まで送っていただいた。 午後 5時すぎ、もう暗くなりかけた台北飛行場をキャセイ航空で飛び立ち、いよいよ最後のルートについた。この飛行機は大阪経由で約 1時間ぐらい遅れたが、午後 10時過ぎに皆の待っている羽田空港に降りることが出来た。 空港では夜遅くにもかかわらず課長をはじめ課員の皆さんや家族に迎えられ、税関も非常に簡単な検査で出ることが出来てほっとした。
おわりに
他人の旅行記などは、ただ、本人だけが懐かしんでいるだけで、ひと様にはまったく面白くないものだが、最後までご覧いただき恐縮でした。
最後に一言・・・、 今回の旅行にあたり英会話のにわか勉強をしていき、一応最低限の用はなんとか足りたが、少し話しが深まるとまったく聞き取れなかった。 せっかくのチャンスを十分に生かされなかったことはまことに残念だった。 我が人生では、敗戦直後と、この海外出張と、定年後の英国滞在と三回の英語利用の機会があったが、けっきょくいずれも英語を十分ものに出来ずに終わってしまった。(これもtoriaezuの悪癖か・・・。)
64.5kg 3247歩 46831 42
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45年前の海外出張
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Nov 10. Sun. 帰途につく
今日はいよいよ帰国の途につく日だ。朝6時に気持ちよく起床し、ゆっくり準備をして、支払いも済ませて玄関で待っていると、Kさんが迎えにきてくれる。飛行場でも搭乗手続きをすっかり手伝っていただく。けっこうカウンターは混んでいて時間も少なく、両替をしたり、免税品を買ったり、朝食をしたりして忙しかった。Tさんには何もお礼をする物がなかったので残っていたスカーフを差し上げた。(オークランドは当初まったく つてがなかったが、機中で偶然会ったMさんのおかげで、すっかりT領事のお世話になってしまった。) BOACの707はさすがに幹線だけあって活気がある。 メニューを見ると、この飛行機はフィジー諸島のナンディーが起点らしい。それでもお客はAucklandからが大部分で、ほぼ満員となる。 中国人とオーストラリア人らしい大きな女のスチュアーデスがまめまめしく動き回っている。離陸すると間もなく朝食だ。今度は初めて通路側なので景色がまったく見えない。 SydneyではM氏とお別れする。 トランジットは一旦外に出て、乗るときは始発客と同じゲートから入るらしい。 Sydneyまで来ると日本人がやたらに目につく。30分ばかり遅れて12時ちょうどに離陸する。オーストラリア大陸を横断して昼下がりパースに着く。太陽がそれこそさんさんと照り、空気は乾燥していて、まことに気持ちがよい。ただはえがやたらに多いのが玉に傷だ。ターミナルも明るく立派だ。人々も皆楽しそうだ。 約1時間遅れて離陸する。お客は半分以下になった。スチュアーディスの薦めで1番前の窓際に席を変える。最後に見納めとなる眼下のオーストラリア大陸を飽きずに眺め、やがてインド洋のかなたに日が沈む。スマトラ上空あたりでは大分雷雲が出てきて不気味だ。9時頃シンガポールに着く。地上に降りると脚の先からむっとした熱気が上がってくる。まったく湿気の多い嫌な暑さだ。乗り換え客にも一々パスポート検査があり、場内にはあちこちにピストルを持ったガードがいるなど、アジアはまったく感じが悪い。乗り換え案内もまったく不親切だ。アジア人の貧相な顔がわびしい。 時差がパンフレットに書いてあるのと30分違い、乗り換えのタイ航空が気になる。21時5分ロッキード737らしいスカンジナビア航空の借り物のタイ航空に乗り込む。タイの衣服をまとったスチュアーディスが美しい。 それに比べてスチュアードはいかにも貧相だ。(ただし女性はやっぱり東洋人が良い。今まではいくら美人でも大柄で、金色の毛脛がちらちらしていては魅力がない。) 本日4回目の食事が出たが断り、ウイスキーを飲む。 バンコックには23時到着。ウエリントン9時30分発で、時差が6時間あったから正味19時間30分の飛行だった。 税関を出る前にKさんの名刺をいただいたが、ゲートを出ると振興会の所長さんとYさんが出迎えに来てくれホテルに案内された。 シンガポールよりいくらか良いがやはりかなり蒸し暑い。ホテルは冷房が入っているが穴蔵みたいな部屋で、今回の旅行中で一番感じが悪い。風呂に入っても湿気が多くさっぱりしない。
Nov.11. Mon. バンコック
昨日シンガポールのImmigrationで今日が私の誕生日だと教えてもらう。 昨夜、Kさんに失礼してしまったので、とにかく電話をしようとフロントに言ってまごまごしていると彼が現れた。 本日のスケジュール等を打ち合わせ、朝食とteaをとって一旦お別れする。 10時頃、振興会で迎えにきてくださり 一旦事務所に行き、現地雇の日本女性に午前中有名なお寺や王宮を案内していただく。タイは乾季に入り天気は良く、日本の真夏のようだ。運転手付きのセドリックでも見物は楽ではない。 昼は天ぷら屋に案内される。従業員は日本人だ。綺麗な日本女性が大勢いる。給料は7万から8万円ぐらいだそうだが、なにもこんな所まで来て働かなくてもよいものに・・・、と思う。 午後はYさんにTimu Landを案内してもらう。タイの生活の縮刷版のようなもので、象のショウや、稗つき、機織り、タイボクシング、踊りなどいろいろなものを見物する。
夜はKさんご夫妻にタイ料理をご馳走になる。いわば観光レストランで、ここでもめずらしい踊りを見る。 とにかく久しぶりにオセアニアからアジアに帰ってきて、その混雑ぶりにはがっかりする。 この国では泥棒入られれば盗まれ損、自動車に引かれれば引かれ損だそうだ。
65.1kg 5364歩 46789 31
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Nov.9. Sat. オークランド
5時に目が覚める。電気ヒーターでずっと暖めておいたので室内は快適だ。シャワーを浴びたり、荷物の整理をして、8時、朝食を摂る。食堂も中庭に面して明るい。庭には小さなテーブールもある。昨日の領事さんの話では、今日はちょうど一年一度のパレードが10時半からあるということを聞いていたので、Receptionistにタクシーを呼んでもらう。このホテルは、Cityからかなり離れているので、こういう時には少し不便だ。 Cityに近づくに従って、高速道路は混みだした。 やはり、ここにも交通ラッシュはあるようだ。今日は、12時10分にTさんがホテルへ迎えにきてくれて市内を案内してくれることになっているので、帰りのタクシーを確認しておかなければならない。日本のように流しのタクシーはないようなので、往きのタクシーの運転手に聞くと、市中に数カ所のタクシースタンドがあり、そこにいなければ電話をすればよいとのことだ。とにかくお祭りがはねるととても帰れなくなりそうなので、パレードは、ごく最初のものだけ見ることにする。 既に、市のメインストリートは見物人で埋まっている。どこでも同じように子供連れが多い。 ビルの窓や、ひさしまで人がでている。 見物人の服装はひじょうにカラフルで明るい。やがて、例のキルトの兵隊がやってきくる。女学生の行進も健康的だ。その後は、日本でもよく見られるコマーシャルのフロートだ。 パレードそのものは、横浜のみなとまつりと同じようなものだ。 30分ばかり見てから、例のタクシースタンドで待っていると、車はお巡りさんに規制されてなかなか入ってこない。向うの角を1台通ったので合図をすると、わざわざバックして拾ってくれる。日本の流しとは大分違う。 運転手はマオリの女性だ。あまり上等ではない車を荒っぽく飛ばす。車ががたがたするだけ、日本のタクシーより不安だ。しかし、運ちゃんはほがらかそのもので、歌を歌ったり、何やら話しかけたり、まったく明るい。 一旦部屋に帰ると間もなくTさんが迎えにきてくださった。 途中でMさんのホテルに寄り 彼を乗せて、先ず昼食を摂るためににハーバーブリッジを渡りとあるモーテルに行く。車は彼のコルチナで、1600cc 120万円の新車だそうだが、この国では車は全部ノックダウン方式で輸入されている。組み立て技術は、あまり良くないそうだ。日本の車は未だあまり見かけない。 モーテルでは、鯛の焼いたのをご馳走になったが、大味で 量も多く、せっかくのご馳走を残してしまった。 再びハーバーブリッジを渡る。 この橋は従来四車線だったものを、倍に拡幅工事をしているが、工事は日本の石川島重工がやっているそうで、これにより日本に対する認識を大いに改められたそうだ。 次に、市中にある小高い丘のOne Tree Hillに登る。車は頂上まで行けて、市中が一望のもとに眺められる。この公園は、個人が寄付したものだそうで、ここにも沢山の羊がいた。まことに広々とした美しい公園だ。 オセアニア最後の夜は十分に休養をとる。 夜中の12時すぎ、ホテルで食事をした連中が帰る話し声で目が覚める。 彼等は土曜の夜は家族でホテルなどで食事を楽しむらしい。休日の町はどこも店を開いていないので、ホテルが唯一のたまりだ。 とにかくオークランドはちょうど土日に当り、ホテルも市中から離れており、ほんとうにTさんや領事さんのおかげで助かった。 オーストラリアにしろニュージーランドにしろ、少なくとも今回の旅行で見た限りでは、国民はほんとうにまじめで、健康的で、明るく豊かで理想の生活を送っているように見える。道端をはだかでマラソンをしているのは選手ではなくて一般市民だそうだ。(今では日本でもめずらしくないが、) 港には無数のヨットやボートが浮かび、キャンプカーなども普及し、マイプレーンまで容易に持てる豊さ、足として使う車は体裁などかまわず、フェンダーが錆びてぼろぼろでも乗り回す市民、家は皆揃って別荘のような豪華なものばかり、街にはちり一つない清潔さ、公害などまったく知らぬ健康な都市、正に理想の国をここに見ることができた。 いささか負け惜しみの感がするが、こんなに整っていてはまったく退屈ではないか、国民は怠けているのではないかとも思うが、事実はそうではないようだ。 なお、Oucklandの交通は、鉄道もバスも殆ど使われず、もっぱら車だそうだが、これでは不便な場合も出るのではないか。
65.1kg 722歩 76758 14
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ロトルアの間欠泉
数年前にツアーでロトルアを再度訪れた際、45分間隔で噴き上げる間欠泉が、ちょうど運良く見れたので掲載しました。
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Nov.8. Fri. ロトルア観光
9時30分に朝食を済ませ、ホテルの前のMutual Rental Carsで、モーリス1100を借りて、M氏のホテルへ行く。彼は未だ風邪が良くないので、一日寝ているそうだ。そこで、ホテルへ帰り預けたトランクを出して、薬を取ってきてあげる。それから一人で先ずWhakaraewarewaaのMaori Villageの近くにあるPohutoGizerを見る。マオリの部落を抜けて入園料を払い、ガイザーを見る。 写真の通り物凄い上記を噴き出していたが、ちょうど終わりかけていたところだった。
それから約15マイル、良く整備された国道を通ってWaimanguに行く。 国道は、車の数も少なく、二車線だが、カーブなども良く設計されており、80Kmぐらいでも安心して走れる。
( ニュージーランドは左側通行で車も少なく、道路標識も分かり易く出来ているので、初めての我々でも迷う心配はまったく無かった。)
沿道はかなり起伏があるが、殆ど山の中腹まで牧草が生えており、まったく夢のような美しさだ。羊もあちこちに見える。途中から視線に入り、Waimanguの入り口に着く。こういう観光ポイントは、全てレザーブといって保護されており、入り口に管理舍兼休憩所があり、入園料を取っている。
もちろんここから中は車が入れず、気持ちの良い歩道が通じているわけだ。 約10分ぐらい歩くと、Waimangu Cauldronという熱湯の湖に出た。湖面からは、もうもうと湯気がわき上がり、湖岸のあちこちからは、ぶつぶつと蒸気が噴き出している。誠に素晴らしい。湖岸の湯気の中の橋を通り過ぎると見晴し台があり、対岸の岩山からも蒸気が出ている。
Cathedral Rocksでは、あいにく雨が降り出しそうな天気で、他に客もいないので、心細くなり引き返すことにした。
Tea Roomでジュースを飲んだ後、間道の砂利道を通りWaitapuに向かう。
砂利道でも良く整備されており、相当のスピードを出せる。途中、Ocaro Lakeの近くで、羊が沢山いたので、降りて写真を撮る。道の脇には、泥の中からあんこを煮ているみたいに、ブツブツ蒸気を噴いている所もあった。WaitapuはCraterの集まりで、至る所大穴があいている。個々のTea Roomはごく新しく気持ちが良い。なにしろお客の数が少ないから、駐車場もそんなに要らず、日本みたいに土産物屋が汚い軒を並べることもない。もちろん、国有地で相当の規制もしているのだろう。
約50マイルのドライブをした後、早めにCity Terminalに行き、飛行場行きのバスを待つ。その内に、Mさんや、スペイン人も集まる。
ロトルア飛行場では、もう日も傾きはじめ、飛行機も遅れたため、離陸すると間もなく暗くなる。それに、今日は天気も悪く、眼下の景色を見ることが出来ない。
Ouckland飛行場は雨だ。 さすがにNew Zealand第一の都会だけあって飛行場もかなり大きい。 荷物を取ったり、リコンファームをしようとまごまごしている内に、Mさんが、領事の車に呼んでれる。運転手付きのベンツだ。車中で良かったら夕食に来ないかとすすめられ、遠慮せずに招かれる。領事の官邸は、海に面したすばらしい所にある。十四.五歳の娘さんと、十歳ぐらいの息子さんの四人暮らしだが、ガレージには、2台の車が入り、今は15畳ぐらいもある立派な家だ。ここで、久しぶりに刺身や魚の日本食を十分にご馳走になる。子供さんたちが、まめにサービスしてくれる。 OucklandはNew Zealandの実力を示すまことに活気のある美しい町だ。人口が50万人だそうだが、住宅街の広がりは大きく、明るく、清潔で、とても日本ではまねが出来ない。
在留邦人は100人ぐらいで、領事館はごく最近開設されたそうだ。領事さんは、気さくで大人しい人で、いま一人Tさんという30代の方と二人だけだそうだ。仕事は最近、漁業関係の問題が多いそうだ。観光の問い合わせも多いので、資料は十分に送ってあげたい。
今回の旅行の最遠地まで来て、思いがけなく日本の領事さんにお世話をいただいたことはほんとうにありがたいことだった。
ご馳走になった後、今度は領事さんご自身の運転でホテルまで送っていただいた。
Logan Park Hotel、American Styleの新しいホテルで、今回の旅行の中では、メルボルンのSouthenCrose Hotelに次いで、気持ちの良いホテルだった。電気の豊富な国だけあって、部屋の暖房も電気だ。
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