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「英国滞在記」最終回 1/21
イーストボーン(その2) 最終日3月2日は、5台のバスがそれぞれ帰路につくのだが、往路と同じバスは出発地ラフバラに直行してしまうので、特別にロンドン方面に帰るバスに乗せてもらった。 このバスのドライバーが、またなんとも愉快なおばさんで、言葉はぜんぜん分からないが、しょっちゅう大声でゲラゲラ笑いなから運転し、気持ち良くわれわれをホテルの前に届けてくれた。運転を商売にしていても、やっぱり女は地図に弱いらしく、男の乗客にホテルの位置を確かめながら走るのだが、私も地図を見ていつホテルに着くのか、やきもきしていた。 イーストボーンはロンドンの真南なので、環状道路M25には乗らず真っ直ぐ都心に入るかと思っていたらM25に乗り左回りを始めた。ロンドン都心からはいくつも放射道路があり、いつこれに入るかと思っていると、とうとうロンドンから真西のヒースロー空港に通じるM4も通過してしまい、やっと次のA40に降りて都心に向かい始めた。 たしかに地図で見るとホテルはA40の終点付近にあるのだが、高速を降りてからも大分市内を大回りし、わざわざ私たち5人のために、大変な遠回りをしてくれたようで、ドライバーはもちろん他の乗客にも大変な迷惑をかけてしまったようだった。 さて、私たちの旅行の最後のホテルは「ロンドンヒルトンメトロポール」という四つ星のアメリカンスタイルの中級ホテルだったが、今回の旅行で泊まったロンドンの4か所のホテルの中では一番良かった。ヒルトンというブランドを信用したわけだが、実はロンドンには同じヒルトン何々というホテルが数箇所あり、このホテルはその中でも大衆的なクラスのものだった。ご承知のようにロンドンには大小・上下、さまざまなホテルが数多くあり、その選別に苦労するが、やはりそれぞれが値段相応で、あとは季節割引をうまく利用したり、できるだけ多くの資料を集めて比較・選定するのが月並みだがベターな方法だと思う。 とにかく、私たちにとっては、海外旅行最後のディナーなので、ホテル最上階のレストランでロンドンの夜景を楽しみながら摂った。しかし夜景は東京や横浜に比べると、ややさびしい感じだった。 いよいよイギリス滞在最終日、準備万端整えて、大きな重いトランクやリュックなど、目いっぱいの荷物を携えてチェックアウトをする。 ロビーで待ちくたびれている間に、優ちゃんがイーストリークと同じ感覚で、ホテルの回転ドアーを押して玄関にでてしまう。こちらはこれから帰国という間際に、さらわれたら一大事と、厳しく叱りつける。こちらも緊張のあまり、少しオーバーな騒ぎをしてホテルを出発した。 まず、近くのパディントン駅でチェックインを済ませ、少し身軽になってまだ行ってなかった「ハロッズ百貨店」の見物に行く、玄関を入ると、我々と同じような風体の人たちがぞろぞろといて、厳めしい門衛に「リュックは背負わず手に下げて歩け」と命令される。 格式を重んじるイギリス一番のデパートに我々みたいなやじうまは、内心迷惑なのかも知れないが、こっちもあまり気分は良くなかった。 午後6時の離陸までたっぶりと時間があるので、「科学博物館」を見学することにした。館内にはたくさんの貴重な資料が展示されていたが、子どもたちには難しく、ほとんど素通りして4階に上がったら、そこは航空関係の展示場で、大きな宇宙船のようなカプセルが激しく上下左右に動いていた。この遊園地風の乗り物に子どもたちは、すっかり喜んで小一時間を過ごし、出発前の余分な時間をこなしてしまった。 あとは特に変わったことはなかったが、出国審査を終わって待合ロビーで話しかけてきた日本人観光客のロンドンについての印象が少し気にかかった。 その中年婦人は、数日の英国ツアーに来たらしく「ロンドンは汚くて、つまらなかった」といっていたが、忙しい日程では、きっと「ハイドパーク」あたりをゆっくりと散歩する時間も、ましてやあのすばらしい田園風景など見る暇も、無かったのだろう。せっかく何十万円もかけて旅行するのだから、ただ漫然とツアーに乗っかるのではなく、もっと事前準備をしてから出かけた方が良いのにと人ごとながら思った。 究 極 の 観 光 ここまで、延べ8か月にわたる滞英記録を逐一まとまりもなく、書いてしまったが、本人はそのときどきの模様を思い浮かべながら書いているので、結構楽しい。しかし、前後左右の分からない皆さんには、あまり面白くないかも知れない。 しかし、そろそろ結論らしいものをまとめなければならなくなった。 今から三十数年も前、私が観光課に勤務していたころ、当時の課長さんが「観光とは邦の光を観ることである。」と言われたことがある。 この言葉をもっと広義に平たく言えば、「観光あるいは、日常の生活を一時離れて旅行をすることは、まだ知らない土地を訪ねて、美しい景色や、人々の生き様を見聞きし、自分の普段の生活と照らし合わせて、その後の生活の糧にする。」ことではないかと思う。 昨今海外旅行も大変容易になったとはいえ、地球の裏側の先進国に一年間も滞在できるとは、つい最近まで夢にも思わなかったことである。 それが実現したのだから、正に私にとっては「究極の観光」である。 真冬でも青々とした野山、何百年も前のたたずまいを、きちんと遺している町々、それに加えて、あせらず、迷わず、自信をもって明るく楽しく生きる人々・・・今、私の心には数々のなつかしい思い出が渾然一体となって残っている。 同時に、かの国に比べてわが国の良いところも、外から見るとたくさんあることに、気付いたのも事実である。 よわい70代の半ばに達した私にとって、いまさらどうということでもないが、思いがけず私の考えていた「究極の観光」が実現したことに満足して、これからの余生を、自信を持って、明るく、健康に過ごしたいと思う。 63.8 1300歩 3063 10 |

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