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美祢線には昭和59年に乗車しています。
好きな路線ですが、支線(南大嶺〜大嶺)にはあまり注目していませんでした(平成9年廃止)。
しかし今となっては歴史に残る重要な路線だったようです。
大嶺駅 昭和59年7月30日この駅は明治38(1905)年開業です。
そもそも1904年から始まった日露戦争における海軍の艦船の燃料用にこの大嶺炭鉱の無煙炭が
注目され国の指示で山陽鉄道が石炭積み出し用に”厚狭〜大嶺”間を開業させています。
そのため一時は国を背負った重要な駅だったことがうかがえます。
駅舎の後ろに見えるのはいわゆる”ボタ山”でしょうか??
大嶺駅 昭和59年7月30日その後、廃坑、過疎化でこの支線、この駅とも平成9年に廃止になっています。
大嶺駅 昭和59年7月30日最盛期の繁栄をうかがわせる駅構内です。
ここに石炭を満載した徳山行きの貨物列車が並んだことが推察できます。
大嶺駅 昭和59年7月30日 |
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ご投稿ありがとうございます。
こんな素敵な駅だったのですね…。
最後のお写真は南大嶺方からお撮りになられたものですよね。
このころを思い起こさせるものは残念ながら皆無でした。
この時代に行っておくべきだったと悔やまれます。
ナイスです。
2015/5/15(金) 午前 10:06 [ 日本一周 ]
こんばんは。
美祢線は昭和55年に一度だけ乗りました。
長門市からの多分一番列車で魚が沢山積んであり
やけに生臭かったことを覚えていますが、
その他のことは残念ながら覚えておりません。
2015/5/15(金) 午後 8:00 [ SL-10 ]
> 日本一周さま
大学に入った次の年でこの年は活躍しています。この3週間後は北海道のりつぶしをしていたようです。若かった・・。
2015/5/16(土) 午前 8:37 [ tom ]
> SL-10さま
そういえばキハユニ代用のキハ25600にこの日に遭遇しています。これに魚を積んでいたんでしょうね。
2015/5/16(土) 午前 8:39 [ tom ]
駅の奥の方にホッパーが残っていました
こっそり探検させてもらいました(笑)
積込みにはスイッチバックをして登って行ったのかも
とにかく人が居なかったですね
この時まで残っていたのがむしろ奇跡的でした
2015/5/16(土) 午後 9:10
> LUNさま
大規模な施設のようですから、当時、遺稿が残っていても不思議ではないですよね。
2015/6/21(日) 午後 2:06 [ tom ]