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現在は広島と可部を結ぶ可部線は当初は軽便鉄道としてナローゲージ非電化で1909年に敷設された後、改
軌、電化、延伸の末、後に国鉄化されています。以前は広浜鉄道を名乗っていたようです。
1969年に終点の三段峡まで全通(三段峡〜浜田間も工事はされていた)していますが、民営化後の2003年
に非電化区間の可部〜三段峡間が部分廃止になっています。
可部線では1976〜1984年の間、それまでの17m車に変わって72系を走らせていました。戦前型と比べると
さほど魅力を感じず、また遠方だったのでそうそうは行けませんでしたが、夏休みの帰省の際に横川に立ち寄っ
ています。
クハ79214 昭和56年8月 横川電留線72系は横浜線、南武線、鶴見線などでも見られましたが、末期は全金属車が多く、また初期車も隣に停泊して
いるような正面がHゴム化された車が多く見られました。特にクモハ73は原型窓も時々いましたが、クハ79の原
型窓は比較的まれでした。貴重な正面原型窓のクハ79ですが、側面が3段窓でないのがちょっと今一です。
クモハ73001 昭和56年8月 横川電留線一方こちらはクモハ73ですが全金属試作改造車です。埋め込みヘッドライトでシルヘッダが前面まで回ってい
る車両もあまりなかったように思います。
クハ79446・クハ79326・クハ79214 昭和56年8月 横川電留線一番奥の車両がもっとも見慣れた車両と思いますが、クハ79もいろいろバラエティに富んでいたようです。
確か片町線あたりには2ドアからの改造車もいたように思います。
可部線の前身、広浜鉄道のモハ90は熊本電鉄モハ71になっているようで探してみたら画像が出てきました。
モハ71(元広浜鉄道モハ90005) 日車1928年製 北熊本? 昭和63年3月広島に原爆を投下された際に幡生で点検されていたため難を逃れたといういわくつきの車両で ”原爆電車” と
いわれていますが、そういうことなので被爆はしていないのですね。
この車両は現在も工場の入れ替え用に残っているようです。
廃線になった可部から先は団地なども増えたようで旧河戸駅〜可部間の復活と電化の動きが地元住民と行政
を中心にあるようです。JR側も動いているようでうまく行けば一駅だけですが復活するかもしれないらしいです。
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こんにちは。
可部線はぼくも1980年に福塩線から宇部小野田線に移動する途中に、やはり横川で撮影しました。
この塗色がイマイチだと思ったから長くは時間を割かなかったのですが、できれば走行写真を撮っておきたかったです。
2012/7/19(木) 午後 3:43
usuirarubaさん
可部線は確か中島〜上八木に良い鉄橋があったと思いますが、小生も走行はやってません。72系も確か呉線にも入っていた頃もあったようなので他にも撮影ポイントはあったんでしょうね。
2012/7/24(火) 午後 9:29 [ tom ]