石仏

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千葉県房総の鋸山に大きさが日本一の大仏様があります

鋸山日本寺・薬師瑠璃光如来

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この大仏様は《薬師瑠璃光如来》というのが正式な名前です。
昭和44年6月に4年に渡る復元工事の末、再現されました。
原型は天命3年(1783)に大野甚五郎英令が門弟27名と共に3年を費やし完成させたものです。

他の大仏様と比較してみると
鋸山日本寺・・・総高31.05m・御丈21.3m
奈良東大寺・・・総高18.18m・御丈14.85m
鎌倉高徳院・・・総高13.35m・御丈11.312m となります。

百尺観音

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日本寺には他にもたくさんの石仏があります。
この百尺観音もその一つですが、これは昭和41年5月に6年の歳月を費やし完成しました。


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ここ鋸山には先の大野甚五郎一門が27年もかけて1553体もの石仏を彫りました。
フォトのほかにもたくさんの魅力的な石仏があります。

次回は鋸山で見かけた動植物についてお送りします。

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久しぶりに自然以外の記事を・・・

千葉県市川市大野町の道のはずれに石碑があります。

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石碑には「南無妙法蓮華経」の文字が・・・。
これはあちらこちらの石碑に刻まれていますね。
でも良く見ると・・・

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文字の下に「見ざる言わざる聞かざる」の三猿が彫られています。
何故?どういう意味があるのでしょうか?


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彫られた年代は側面に「寛政八年」とあります。西暦にすると
1796年ですから江戸時代ですね。この時代は有名な力士の『雷電為右衛門』
が現役の大関として活躍していた頃です。

またもうひとつの側面には大野御門村講中とあるので、当時はこの辺りが
御門村と呼ばれていたことが分かります。

その時代に何故、この石碑を立てたのか?誰が立てたのか?
三猿はなぜ彫られたのか?興味は尽きません。
たぶん道祖神的な意味合いでしょうが考えを巡らせるのも楽しいひと時です♪
信州は石仏、特に道祖神が多いことでも知られています。
上田市真田のはずれの道端にこんな道祖神たちが、そっと見守っています。

イメージ 1真ん中の少し赤みがかった石仏さんは、良く見ると〔享和元年〕と彫ってあります。ということは1801年です。200年以上もここにいるんですね〜(驚)。



イメージ 2みんな同じ年代かな、と思っていましたが別々の年代のようです。この「馬頭観音」の石碑には〔慶応三年〕とあります。ということは江戸時代の最後の年ですね。街が人が変わっていくのを見ていたんですね。
どんな人が彫り上げたのか、昔の時代を考えてみるのもロマンに満ちていて楽しいです♪

個性豊か

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喜多院には五百羅漢があります。そこの石仏たちの個性豊かなこと!思わず笑ってしまいます(^^)y。

「そういえば、あの人に似ているなあ!こちらは、あのひとにそっくり〜」そんな石仏がたくさんあるのです。きっと感受性の豊かな仏師が作ったのですね。
でも、石仏を見るとみんな首のところで壊れたのが分かります。きっとこの石仏たちにとって悲しい歴史があったのでしょうね。

石仏をひとつひとつ眺めながら素敵な時間を過ごしました。

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