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八幡平頂上の彩雲荘で「天空の露天風呂」を楽しんだあと 八幡平アスピーテラインを岩手県側におりて走っていると・・・・・・ 5分くらい走ったところで目に飛び込んできた衝撃的な光景です ここにかつては東洋一と謳われた硫黄鉱山=松尾鉱山があったのです 松尾鉱山には個人的にノスタルジックな悲しい想い出があるのです 私が小さかった頃、我が家に住み込みで働いていた親戚のお姉さんがいたのです
彼女は中学卒業してまもなく、我が家に来たんだろうと思います 小学校に入る前の小さな私の面倒は、すべて彼女が見てくれていました 家族の一員でした その彼女も私が小学校に入学する直前に結婚することになり、長く働いてくれた我が家を去ることになったのです 彼女は同じ地元の人と結婚し、そしてこの松尾鉱山に住み始めたのです その関係で小学校の低学年の頃に2度・3度と松尾鉱山に遊びに行った想い出があります 彼女には私より10歳くらい下の男の子と妹がいました 私にとっては弟&妹のような存在だった 松尾鉱山には花輪線の大更から電車を乗り継いで行ったような記憶があります
大更からの汽車は、ものすごく混んでいた記憶が!大更から山の上にある都会に行く感じでした たしか汽車は途中で進行方向を変える=スイッチバックをして行ったようにおもいます 松尾鉱山の街は、華やかで賑やかで都会の雰囲気がありました ところがそんな松尾鉱山も高度経済成長期の中で、原油精製から硫黄が産出されるようになると
じょじょに規模を縮小され、大量解雇されて松尾を離れる人が多くなりました 彼女の一家も例外ではなく私が小学校の高学年になった頃に松尾鉱山を離れ 静岡県の島田市へ引っ越しました 鉱山の閉山ほど悲しくて厳しいものは無いことを、この後の小坂鉱山・尾去沢鉱山その他で イヤと言うほど味わいました 高校の同級生数人も尾去沢鉱山の閉山で地元を離れなければならなくなり 今では連絡のつかなくなった友がいます 話は戻りますが、静岡の島田市へ引っ越した彼女の一家は静岡で新しい生活を始めたのです
私が大学生の頃に一度、島田市を訪れ一家に再会したときは懐かしさでいっぱいでした 秋田と静岡では頻繁に顔を合わせることもできず たまに彼女一家が地元に来たときに顔を合わせる程度でした そんな彼女が10年くらい前に亡くなった まだ60歳代だったろうに! それ以来、松尾鉱山は私にとって『遠い想い出の地』になってしまったのです 廃墟と化した松尾鉱山のアパート・・・ ショックでした 当時の面影がないのに廃墟のアパートだけ! いっそのこと全てが無くなっていた方が・・・・・・ よかった! 麓の松尾地区まで下りてくると 『松尾歴史民俗資料館』があったので立ち寄ってみました 松尾鉱山の概略説明 松尾鉱山の年代年表 松尾鉱山の全貌写真 昭和30年代の労働集会の模様 屋外にあった「松尾鉱山鉄道」の気動車! 私が乗った想い出があるのは蒸気機関車だったような気がする 資料館の女性職員の話によると
「埋蔵されている硫黄の量は、かなり多くあるらしいから原油がまったく無くなったら、また鉱山が稼働することは可能なのですよ。 ただ、硫黄を産出したあとの鉱毒処理が大変なのでその技術が開発されないとムリでしょうね」 「廃墟になった鉱山アパートの中に入ることはできるようですよ。たまに、写真を撮っていく方がいますから・・・・・ 私も一度中に入ってみたけど、スプレーで落書きされていました」 スプレーで落書き・・・・ そんなこと!するなよ!そこに住んでいた人は今も日本各地に居るんだぞ |

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よくテレビで見る廃墟そのものに感じました。。。
ここで昔生活していた人はこの廃墟を見るとその当時の映像がよみがえるんでしょうか。。。いろんな思い出がある場所なのに落書きする人がいるなんて・・・ほんとに情けないことです(。・´_`・。)
2008/9/21(日) 午後 9:03 [ - ]
すごいですね〜!こういう所があるってまったく知りませんでした(><)歴史の重さを感じます!!昔はかなり繁栄していたところでも、あっという間にこうやって廃墟と化してしまう・・・
なんだかすごく悲しい現実ですね(><)
2008/9/21(日) 午後 9:22
この年代になると特に「時代に流されていく」人生というものを感じてしまいます。
私も小学生のころ、小真木鉱山閉山に伴い多くの級友と別れたことを思い出します。
そしてまた子供のころ深くかかわった身内が、それぞれの事情で遠いところに行ってしまい、なかなか会えないまま終わってしまうことも経験することです。
人は、大なり小なり悲しくもつらい想いを、心の奥に忍ばせながら生きていくんでしょうね。
トルさんの心中お察しします。
2008/9/21(日) 午後 10:46 [ 彩チチ ]
尾去沢や小坂の長家・・・。
大湯の古倉の跡地・・・。
近代日本の影なんでしょうね。
2008/9/22(月) 午前 10:09
pinkyさん☆
以前に、ここに住んでいた人にとっては懐かしくも悲しい光景でしょうね
それぞれの深い想い出があるのに、落書きはいけません・情けないね
ここに住んでいた人は、日本全国の中にまだご存命なのですから・・・・
2008/9/22(月) 午後 6:26
BUNBUNさん☆
日本の高度経済成長の陰に隠れた『産業遺跡』ですね
自分にとっては、珍しくまじめな重い記事になってしまったけど・・・どうしても、書かずにはいられませんでした
2008/9/22(月) 午後 6:30
彩チチさん☆
「時代に流されていく」・・・・・なんか、実感として理解できます
小真木鉱山も、ありましたねぇ〜
小坂鉱山があった小坂町は、小さな自分にとっては大都会でした
なぁ〜〜んか、はじめてまじめな記事を書いたような気がしますよ(^o^)
2008/9/22(月) 午後 6:35
kemanaiさん☆
ほんとうに鹿角は鉱山の影響が強い場所だからね
でも、これからはリサイクルでの都市鉱山を目指すって小坂の親方は言ってましたね
2008/9/22(月) 午後 6:38
ここは知りませんでした。
Toruさんの想い出の場所でもあったのですね。
年表を見て、辛く悲しい思いをされた方々がいることを、
知ることが出来ました。
2008/9/23(火) 午後 3:56 [ あぁぷるん ]
あぁぷるんさん☆
高度成長期の陰の遺産ですね
このときだけは、ちょっとノスタルジックになったりショックを受けたりで温泉巡り気分が吹っ飛んだぁ〜〜〜〜(^o^)
2008/9/23(火) 午後 5:23
私は、この松尾鉱山小学校中学校の卒業です。昭和39年度の卒業だよ
現在は静岡県の富士市在住です。今は廃墟の生まれ故郷ですけど、誇りと感謝の念を抱いて今日まで忘れず生きています。 松尾鉱山ありがとう
繁栄と没落の松尾硫黄鉱山 で生まれ育った私達よ……特に、昭和39年度中学校卒業生の諸君、 今年の9月に同窓会を開催しますので全員集合だ
、 よろしく
39年卒業生 M S
2009/1/29(木) 午前 1:59 [ ミッチヤン ]
ミッチヤンさん☆
コメントありがとうございます
松尾鉱山に住んできた方からコメントをいただけるとは思っていなかったので嬉しいです
記事の中に出てくる私の知人も現在は静岡・島田市に住んでますよ
松尾鉱山の想い出を同窓会で話すと楽しいでしょうね
今後とも宜しくお願いします
2009/1/31(土) 午後 5:27
私も松尾鉱山で生まれ、48年前に鉱山を離れた時は、小学6年生。両親と弟、妹を残し、すぐ下の妹と二人で水沢の祖父母に預けられ高校を出てから仙台へ。現在、福島市に夫と暮らしてます。松尾鉱山小の同級生に合いたいものですねぇ。
2009/12/25(金) 午後 7:10 [ YOKO ]
はじめまして!盛岡っこ34歳のおっかさんです(#^_^#)
検索してたらここに来ちゃいました。
うちの母も松尾鉱山中学校卒業です。26年生まれ・・・
みんなバラバラになったから同窓会なんてないよ、って話してます。やってるんですね〜・・・母に教えてみよう。
2010/5/4(火) 午前 7:55 [ rei*o*ne_j* ]
小学校6年の途中で松尾鉱山を離れました。(1957年生まれ)その後神奈川に行き今は宮城県に在住しています。新婚旅行は松尾に行きました。ただ、懐かしいかぎりです。
2013/6/5(水) 午後 4:08 [ 松島芭蕉 ]
松尾鉱山の画像を見るだけで胸がいっぱいになります。
鉱山中学校の卒業生です。
ぜひご連絡を!
2013/10/2(水) 午後 8:44 [ じじい ]