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【深い闇の中の一条の光】
安倍政権の面々による悪行の数々が続き、暗雲に覆い尽くされたかのように見える政治状況ですが、そんな中でも希望の光を見出すことはできます。
たとえば、数々の嘘をつきまくる稲田朋美。でも、彼女の発言を伝えるニュース映像を注意深く見るなら、その中にもポジティブな要素を見出すことができます。
「嘘をつきまくる」という点では、稲田朋美と安倍晋三は同じ穴のムジナだと言えるでしょう。ただ、同じ様に嘘をつきまくるにしても、稲田朋美の方が明らかに「良心の呵責」を強く感じているようです。
そんな彼女の「良心の呵責」は、彼女の虚偽の言葉の端々にもにじみ出ています。たとえば、彼女は、「日報の存在の報告を受けていたのか?」という質問に対して、『「報告は受けていない」というところでございます』と答えています。
もし本当に報告を受けていないのなら、単純に「私はそのような報告は一切受けていません」と答えればいいはずです。それを、「‥というところでございます」ともったいぶった言い回しを付け加えているのは、真っ赤なウソをただそのまま発することに心理的な抵抗を感じているからでしょう。
それに、彼女は、国会で虚偽の答弁をしたり、インタビューに対して嘘の受け答えをしたりする前に、一瞬ためらいの表情を見せた後に言葉を続けることが圧倒的に多いようです。
彼女の心の底では「こんなに嘘をつきまくっていいのだろうか」という逡巡があるからでしょう。この点が、安倍晋三との決定的な違いです。
つまり、稲田朋美は、「自分が(心の底では)悪いことをしていると知りつつ悪事を為している」のです。この点が、「自分は良いことをしている」と思い(こもうとし)ながら悪事を為している安倍晋三との決定的な違いです。
まあ、もっと正確に言うなら、そんな安倍晋三でさえ心の底では「自分が悪いことをしている」という自覚はあるのです。ただ、その気づきを抑圧する迷いの想念があまりにも強いので、「平気で嘘をつく」ように見えているのです。
【悪事と知りつつ為す悪事の方がはるかにまし】
つまり、稲田朋美は少なくとも安倍晋三よりは迷いのレベルが浅く、より悟り(ありのままの真実への気づき)に近いということができるのです。
仏教では、「悪事と知りながら悪事を為す」ことと「悪いことと知らずに悪事を為す」ことを比べた場合、後者の方が圧倒的に罪が重い(迷いが深い)と説かれています。
なぜなら、前者の方が、真理に気づいて己の過ちを改める可能性が遥かに高いからです。
【智慧によりもたらされる苦しみを祝福する】
彼女は、知人に「とても苦しい」という言葉を漏らしていると伝えられています。
その(表向きの)理由は、「自由に言いたいことも言えない」「好きな服も着れない」というとんでもないものですが、本当は、彼女の苦しみのかなりの部分(たとえ全てではなかったとしても)は、彼女の「良心の呵責」によってもたらされているものだと思います。
「彼女が良心の呵責を感じて苦しんでいる」ことを私たちは喜び、祝福するべきです。なぜなら、それは稲田朋美の良心と智慧の光が彼女の心の底では輝き続けていることを意味するからです。
彼女の(良心の呵責によってもたらされる)苦しみを喜ぶことは、彼女の深層心理における叡智と徳を祝福することであり、原始仏教において説かれる慈悲喜捨の四無量心のうちの喜(ムディター)の実践に他ならないのです。
もちろん、「彼女が悪事を為さずに良心の呵責も感じないで済む」ことが最も望ましいことです。でも、もし彼女が悪事を為しているなら、良心の呵責を感じて大いに苦しむ方が遥かにマシなのです。
【慈しむがゆえに因果応報を望む】
そして、私たちは、彼女が「(心の底から悔い改めない限りは)もっともっと苦しむ」ように手助けしてあげなければいけません。
それは、彼女の不幸を望む、つまり「呪う」ことではありません。むしろ彼女の(真の)幸福を願うことなのです。
なぜなら、「悪事を為しているのにその報いを受けて苦しむことがない」ことこそが最大の不幸だからです。「悪事を為した時には、それに相応しい苦しみを受ける」ことこそが幸福だからです。
【慈しむがゆえの徹底的なこき下ろし】
私は、現政権の悪事の数々を徹頭徹尾批判する投稿を行っていますが、親しい知人から「表現が過激すぎるのではないか」という意見をいただくことがあります。
でも、私は、安倍政権の面々を同じ人間として深く慈しんでいるからこそ、彼らの悪事を口を極めて徹底的に批判しているのです。
もし私が彼らの魂の救済(真の幸福)を望んでいないなら、私は彼らの悪事を指摘することはないでしょう。「見てみぬふり」をすることでしょう。
私たち一般国民が彼らの悪事を許し続けるならば、彼らはいつまでも己の悪事を反省することなく、永遠に魂の救済(真の幸福)に至ることはできないでしょう。
だから私たち良識ある国民は、安倍晋三を始めとする現政権の面々の魂を深い慈悲の心で抱きつつ、その悪事に対して異を唱え、(非暴力の、でも徹底的な)抵抗を続けて行く必要があるのです。
【慈悲に根ざした徹底抗戦を】
もしも我が子が、今まさに命にかかわる過ちを犯そうとしていたとしたら、親はどのように我が子に対するでしょうか?
やさしいことばでやんわりと忠告するでしょうか?オブラートに包んだ周りくどい表現を使うでしょうか?
もしも、ある人が、このままでは確実に地獄に堕ちるような悪事を続けていたとしたなら、どんな強い言葉を使ってでもそれを止めたいと思うのが人情ではないでしょうか。
現政権を支える人々の多くは、もしもこのまま心の底から反省して悔い改めることがなかったとしたら、死後確実に地獄に堕ちることになるでしょう。
私たち良識ある国民は、出来の悪い我が子を最悪の災難から守るために諌める時のような気持ちで、安倍政権の悪事に対して徹底的なノーを突きつけ続けていく必要があるのです。
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6月に、こんな記事を書きました。
「闇に届く光」
https://blogs.yahoo.co.jp/shihihaida/15683762.html
そして、その数日後に見たもの。
「深海のハート」
https://blogs.yahoo.co.jp/shihihaida/15695032.html
闇(フォース)は、自滅する
光(パワー)は、永遠に生きる
意識レベルの観点からも、魂の法則からも、そのような結果になることがはっきりしています。
本当に、今まで、隠されていたことがどんどん顕かになってきています。
一見カオスに見えますが、これも通るべき道。
静観していきたいと思っています。
2017/7/25(火) 午後 6:01 [ ひろみ ]